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メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

羊と鋼の森(宮下奈都)

2016-01-21 10:47:54 | 本と雑誌
「羊と鋼の森」 宮下奈都 著 2016年9月 文藝春秋社
ピアノ調律師とそのお客しか出てこない、そういう設定で広がりがある世界を描けるとは、誰も想像できなかっただろう。そう、「羊」とはピアノのハンマーの材料であるフェルトであり、「鋼(はがね)」はもちろん弦である。
 
北海道の小都市の高校で、たまたまピアノの調律に初めて立ち会った主人公が、感ずるところがあって、卒業後その道を選ぶ。調律師の修行から始まるから、読者もこの世界を具体的に知ることができるし、音楽を直接ではなく、ピアノの音という世界から見ることができる。
ピアノを習っている双子の少女の不思議な感性、主人公と先輩たちとのやりとり、それは音楽とは何か、それも音楽の時間的な流れとはちがう垂直な面を改めて考えさせられる。
 
とはいえ、この小説はピアノの調律を描いて見せるためのものではない。この世界を通して、どちらかといえば無垢だった、あまり個性も面白みもない青年が、外界と関係をもつ、というか関係を発見し作っていく、その歩みを見せていく、それが見事である。
また双子の少女のふるまい、成長も、こんなことがあるのかなと思いつつ、気持ちのいい眺めである。
 
もちろん、強いストレス、軋轢のあるエピソードがほとんどないから、ドラマ性に多少欠けるということはあるかもしれない。ただそれでも本来中編小説の規模の話に、この世界の面白さを組み込んでこの長さにしたと思えばいいだろう。
 
おりしも年末にNHKで「もうひとつのショパンコンクール」というドキュメンタリー番組があり、昨年のコンクールにおける調律師たちの闘いがとても興味深かった。使われたピアノはスタインウェイ、ヤマハ、カワイ、ファツィオリ、しかもスタインウェイ以外の調律師はすべて日本人であった(イタリアのファツィオリも)。日本人のレベルはこれからさらに高くなるのだろう。
 
ところでこれは以前から知っているけれど、調律師はピアノで楽曲を弾かない、少なくとも調律の現場では。実はまったく弾けない人が多いし、それでもかまわないわけである。それでは彼らはピアノの音楽をどう聴いているのだろうかと思っていたが、それがこの作品から少し読み取れた。