「のぼうの城」 (和田竜 著、2007年12月、小学館)
普段あまり読まない時代物である。雑誌、TVでいろいろ紹介され評判になっていたから最近のものかと思ったら2年弱前に刊行されていた。
1590年、秀吉の北条(小田原城)攻めの一環で、石田三成が率いる二万が今の埼玉県行田にある軍勢二千の忍城(おしじょう)に向かう。秀吉のもとで有能な人材として評価されてはいたが、戦の才では自他共にいまひとつであった三成は、以前秀吉が備中高松城を力ずくで降すときに用いた水攻めを使いたいと最初から考えていた。
さて忍城当主成田氏長は、それまでここが武田、上杉、北条などに翻弄されてきた経験を踏まえ、秀吉に内通、降伏の密書を送っているが、三成がそれを知る前である。
三成進軍で、忍城の城代になったのは氏長の従兄(?)成田長親だが、これが偉ぶらないのはまだしものぼうさま(でくのぼう)と言われていて、有能な家来数人にも謎の人物である。タイトルはここに由来する。
そして、三成軍の降伏勧告を蹴る羽目になり、これは三成が水攻めを試したかったからそうしむけたということなのだが、ここから双方の意外な善戦、苦戦が始る。
おそらくいくつもの資料に書かれた結果を推測し、活躍する人物像を組み立て、そのやり取りを創作・再現し、というのは時代小説の定石だろう。それでもこの不思議な話を、こうして読ませるのは作者の並でない力だ。
多くの魅力的な男女、そしてその中心に、三成が特異な将器とした長親のなんとものっそりしたわかのわからないキャラクターが座っている。
それはブラックホールというのかなんというのか、この人の行動から、気がついてみると結果はオセロゲームのように突然黒が白に変わり、そのときには三成もなすすべなし、である。
登場人物間の会話がいい。それが展開とともに読み進め続けたいと思わせるポイントだろう。
そして三成についても、最後の最後まで読めば、この戦における単なる失敗者というわけでもないことがわかる。おりしも大河ドラマ「天地人」で焦点が当てられ、関が原で西軍を率いただけのことはあることが示されていたように、物語の中でこの人が見聞きし、認識を新たにしていく様も面白い。
なお、和戦の議、開城時の取引など、戦国時代でも理性的、現実的な交渉ごとはまともにあったように見える。むしろそれが幕末から大戦まで、硬直化していったのではないだろうか。