静岡ホーリネス教会グレースチャペルBlog

(日本ホーリネス教団静岡教会)

主日礼拝説教要約

2007年12月02日 | 説教要約
「救い主の誕生の預言」イザヤ9章1~7節

 本日からアドベント(待降節)に入ります。アドベントとは、救い主が来てくださったクリスマスを待ち望む期間のことであります。
 神が、主イエスの御降誕より700年以上も前に神の僕として奉仕した預言者イザヤを通して語られた、「救い主が来られる」という預言箇所を、今日は見ていきましょう。

Ⅰ 救い主を受ける者達
 「苦しみにあったゼブルンの地、ナフタリの地」とは、アッシリアに滅ぼされた北イスラエルにありました。また、この地の者は捕囚にあいました。このような苦難の中にありましたが、神はイザヤを通して、「光」を照らすと預言したのです。それは、捕囚からの解放ということだけではなく、救い主が与えられるということであります。マタイ4章12節からは、その預言が主イエスによって成就したことが記されています。
 救い主を受ける者達とは、苦しみの中にある者達なのです。

Ⅱ 救いを与える救い主
 では、救い主とは、どのような方なのでしょうか。「不思議な助言者」「力ある神」「永遠の父」「平和の君」とここでは言われています。救い主は、人知を超えた知恵による計画を持ち、愛と大能の力によって、人間を受け止め、保護し、平和と平安を与える方なのであります。それは「救い」ということです。
 この「人間への救い」を、万軍の主が熱心になしてくださるというのです。

 私達はすでに救い主イエスを迎えた時代に生きています。主イエスは、天に帰られましたが、今も生きておられ、苦しみにある者達を、救いを求める者達を救うことができるのです。なぜなら、イエスは救い主だからです。そのことを熱心に今もなさっています。

2007/12/2 説教者 杉本守
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

天のマナ

2007年12月02日 | 天のマナ
 「自分のなすべきこと」  
 
 第二礼拝では、旧約聖書が語られてきています。先週はハガイ書からでした。神殿(主の宮)を再建するために、バビロンから解放された神の民は、周りの民の妨害や困難な状況により、神殿再建を休み、「神殿を再建する時ではない」と自分のことばかりに夢中になっていました。それゆえに主は、神の祝福を留められ、主は次のように言われたのです。「あなたがたは、自分のなすべきことを考えるがよい」(ハガイ1:6、7、)。主は、神の民を奮起させ、神殿を完成していくのです。

 私達が命を与えられ生かされ、罪より救われた目的は、神を愛し(主の体なる教会を建て上げること)であり、隣人を愛する(宣教)ことであります。しかし、私達はどうでしょうか。自分のことばかりに夢中になり、神の祝福を失ってしまっていないでしょうか。先週の大掃除は、主の体を建て上げることの大切な時でありました。教会堂を掃除するということを通して、神が与えてくださった教会堂を感謝すると同時に、主を信じる信仰によって結ばれた共同体(教会)で共に奉仕をしました。共に掃除をしながら、神の家族の幸いを深く深く感じました。そして感謝と喜びを持ちました。なおこの教会という幸いな群れに一人でも多くの方が加えられるように宣教の業に励みたいのです。

2007/12/2
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

講壇の花

2007年12月02日 | 生花

そのまつりごとと平和とは、増し加わって限りなく、
ダビデの位に座して、その国を治め、
今より後、とこしえに公平と正義とをもって
これを立て、これを保たれる。
万軍の主の熱心がこれをなされるのである。
イザヤ書9章7節

アドベント第1週

                                         投稿 S・I

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする