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「障害者福祉の父」施設で強制不妊関与か?

2019-03-06 11:22:03 | 障害者自立支援法って!なに?
「障害者福祉の父」施設で強制不妊関与か 10代少女の手術申請

近江学園の男性医師が1952年、少女1人に強制不妊手術をするよう申請した記録。学園の文書庫から見つかった
 優生保護法(1948~96年)による強制不妊手術の問題で、障害者福祉の父と呼ばれる糸賀一雄が創設した知的障害児施設「滋賀県立近江学園」(湖南市、当時は大津市)の医師が52年に、10代少女1人の手術を県の審査会に申請していたことが、1日までに分かった。京都新聞の情報公開請求を受け、学園内で申請書などの文書7枚が見つかった。福祉施設側が障害者らの断種に関与した可能性を示す新たな資料だ。
 県は「医師個人でなく、近江学園として手術を申請した可能性が高い」としている。52年当時、糸賀は園長を務めていた。
 国の統計では滋賀県内で54~75年に少なくとも282人が手術を強いられたが、52年の記録は存在しない。県は同法関連の公文書の大半を廃棄済みで照合できる資料はなく、手術が実際に行われたかは分からないという。
 発見された申請書や健康診断書などによると、申請者は学園の男性園医。52年1月27日に少女を「遺伝性精神薄弱(白痴)」(知的障害の当時の呼称)と診断し、本人や保護者の同意が要らない同法4条による手術の適否を県優生保護審査会に申請していた。手術場所として県内の特定の病院を指定して希望し、少女の戸籍謄本を審査会に提出したという記述があった。
 学園によると当時、少女は約2年前に退園して県内の民間障害者施設に入所していた。家庭内や学園、施設の生活状況、遺伝関係を記した身上調査書には、同月11日付で「相違ないことを証明します」とする施設長の署名があった。
 文書に医師や施設長の印影はなく、学園は「申請後の控えでは」とみている。精神状態や発病後の状況などの項目もあるが、開示された文書の大半は県の判断で黒塗りとなり、内容は分からない。
 手術を申請した医師は故岡崎英彦氏。西日本初の重症心身障害児施設「びわこ学園」の初代園長で、障害者福祉に貢献した人物として知られる。
 厚生労働省が昨年、福祉施設などに手術申請書など個人記録の有無を尋ねた全国調査では、学園は「ない又(また)はない可能性が高い」と回答していた。今年1月に情報公開請求を受け、改めて学園内を調べて今回の記録を見つけた。開示は2月25日。
 近江学園は「非常に驚いている。まさか園の医師が手術を申請していたとは思わなかった」としている。
【おことわり】当時の公文書には現在使われていない不適切な疾患名や表現がありますが、記録性を重視し、かぎかっこに入れて表記しました。
【 2019年03月02日 08時42分 】


優生保護法(1946年~96年)による強制不妊手術の問題にかかる驚きの事実が報道されている。
糸賀一雄氏は「この子らを世の光に」、「福祉の思想」の著者だ。
知的障がい福祉のパイオニア的な存在で必読書だった。

私は、若い頃、知的障がい児・者の仕事に関わる決意をした。
しかし、自己研鑽の必要を感じて、岩手県から滋賀県の「近江学園」、「びわこ学園」を訪ね、見学しながら学びを頂いた。
既に、糸賀氏は亡くなっており,会うことはなかった。
続けて、隣接の「一麦寮」の田村氏、「信楽学園」の池田氏へお会いし学びを頂いた。

もう45年以上も前になる。残念だ!
しっかりと向き合って解決策を見出してほしい。


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