夢の実現へ きむら社会福祉士事務所

独立型社会福祉士事務所を続け、地域&在宅医療の重要性を訴え、あきらめず!岩手県の医師充足度ワーストワン汚名を返上したい!

「ひょうたん島」 弁天様は無事!

2011-06-30 11:11:49 | 東日本大震災の情報
          
「ひょうたん島」 弁天様は無事
 無事だった弁天様を前に復興への思いを語る岡本さん(28日午前、大槌町の蓬莱島で)  テレビ人形劇「ひょっこりひょうたん島」のモデルとされ、大槌町沖にある蓬莱(ほうらい)島。周囲約80メートルの小さな島には、漁師が出漁前に安全祈願をする木造の「弁財天像」(高さ約80センチ)があり、東日本大震災の津波を受けても像は無事だった。地元漁師らは「一日も早く復興し、この島で大漁を祝いたい」と誓っている。

 大槌湾にある島には、大小二つの丘に灯台と鳥居が並び、劇作家・井上ひさしさん(故人)が人形劇のモデルにしたとされる。灯台や鳥居は津波で根元から折れ、島と陸地を結ぶ長さ340メートルの桟橋も流された。しかし、像が祭られているお堂は周囲のアカマツに守られる形で生き残った。

 町内の漁船は700隻から10隻に減った。28日朝に島を訪れた同町赤浜の造船業岡本大作さん(62)は「よく生き残った。津波に流されない神様として町の復興のシンボルにしていきたい」と話した。
(2011年6月29日 読売新聞)

釜石も仕事のエリアで、山田町、大槌町を通過、吉里吉里やひょうたん島を横目に走行するのですが・・・・。のどかで、風光明媚な景色は一遍!
大震災前はどうだったかな?どこに何があったかな?・・・思い出せないのです。
3月11日前は、あまり気にも留めないで普通の暮らしの中で、ドライブしていた自分に反省も
大震災後は、がれき撤去の状況や更地になり、殺風景となった風景を見ながら往来しています。
明日も釜石市へ出向く予定です。
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施設養護、段階的に3分の1に  里親委託に移行、厚労省!

2011-06-30 10:49:51 | 東日本大震災の情報
西口(西)3勝、小野(ロ)1勝、有銘(楽)1勝、中村(西)18号

施設養護、段階的に3分の1に  里親委託に移行、厚労省
 厚生労働省は28日、虐待や経済的な理由で親と暮らすことが困難な子どもたちを養育する「社会的養護」の将来像について、現行の児童養護施設の定員を現在の約3万人から、段階的に3分の1近くまで縮小するとの最終案を取りまとめた。

 子どもの成長をきめ細かく支援できるよう、里親制度など家庭的環境での養護か、少人数の子どもが施設職員と過ごす「グループホーム」での養護に移行する。

 児童相談所に寄せられた虐待の相談件数は2009年度で4万4211件で、10年前の3・8倍に増えた。
(2011年06月29日 岩手日報)

先日の投稿記事と矛盾するような内容である。
東日本大震災のあと、児童養護の重要性も声を大にして主張しなければいけない。
児童養護施設の職員の充実を図ろうといいながら、養護施設施設を徐々に縮小して地域へ移行していこうとする考え方である。
少人数の子供たちが施設職員と暮らせるような小規模な家=「グループホーム」への転換である。
すでに、障がい者施設では地域移行の取り組みとして展開されているノーマライゼーションに基づく活動である。町や地域で暮らすことは大変なリスクが伴うが、支えあう、共有する意味合いの意義は大きい。
将来構想と言わず、直ちに取り組んでほしい課題である。
しかし、バラバラな対応ではなく、ノウハウを学びながら、児童養護や障がい者にかかわる職員、スタッフ、関係者が意見交換をしながら、より良い支援体制を構築していくことを願いたい。




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児童養護施設:職員を増強 子供4人に1人の割合に!

2011-06-29 11:01:22 | 児童福祉に関する日記
七条(ヤ)1勝、唐川(ロ)7勝、金子千(オ)3勝、ホールトン(ソ)8勝

児童養護施設:職員を増強 子供4人に1人の割合に
 虐待などで親と暮らせない子供たちを手厚く支援するため、厚生労働省は、児童養護施設の現行の「小学生以上の子供6人に対し職員1人」の職員配置基準を、「4人前後に1人」とする目標値を打ち出す。また、現状で9対1となっている施設と里親など養育家庭の生活割合を十数年後に、施設、グループホーム、里親など養育家庭で同比率とする全体目標も掲げる。
これにより、里親など養育家庭で暮らす子供を全体の1割から3分の1程度まで引き上げる。

 財源のめどがなく、即時の基準改定は見送るが、「近い将来の政策の方向性」(同省)となる。

 30日の同省専門家会合で省側が示す。虐待や親の不在などで施設や里親家庭で生活する子供は約4万7000人。約3万人が暮らす児童養護施設は、虐待を受けた子供が5割、障害を抱える子供も2割にのぼり、手厚い支援が求められているが、職員の配置基準は79年以降変わっていない。疲弊した職員の退職が相次ぐ施設もあるとされる。

 また、地域の里親の支援や、施設入所児の自立支援を担当する職員も新たに設ける。
(2011年6月29日 毎日新聞)

「予算がない、財政負担が大変だからできない」だけの理由でまかり通ってきたが、いよいよ通用しなくなってきた。と期待を持たせような報道だ。児童をめぐる現場の状況が深刻化しているのだ。職員の配置基準は1979年以降変わっていない。
ただちに実行していただきたいところだが、どうやら「近い将来の政策の方向性」とのことだ。政治(家)主導でも決まらないのであれば、見込みなしということだ。残念だ。
上記の記事内容も含めた児童福祉の政策が具体的に実現する。そのために無駄をなくしてスリム化し予算措置をする。こうしたテーマで選挙などやり、真の政治家に託したいものだ。
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震災遺児 児童3割 あしなが育英会が被災状況調査!

2011-06-28 11:09:39 | 東日本大震災の情報
やっと晴れて、気温も高くなってきた暑いのも困るが、体調管理が重要

震災遺児 児童3割 あしなが育英会が被災状況調査
 災害や病気で親を失った遺児らの支援団体「あしなが育英会」(東京)は27日、東日本大震災で親が死亡・行方不明になるなどした震災遺児の被災状況を発表した。父親を失った母子世帯が約半数を占め、両親がいない世帯は2割近くに上った。阪神大震災と比べて小学生ら幼い遺児の比率が高く、同会は「長期的な物心両面での支援が必要」としている。
 5月末までに同会の特別一時金を申請した遺児1120人、707世帯を分析した。
 母子世帯は350世帯(49.5%)、父子世帯は217世帯(30.7%)。保護者が祖父やおじなど両親以外の遺児世帯は139世帯で19.7%を占めた。22歳の姉が19歳の妹と中学1年の弟の保護者だったり、19歳の姉が保護者だったりする世帯もあった。
 遺児の就学別では、小学生が346人(30.9%)と最も多く、阪神大震災時の小学生遺児(23.3%)の比率を7.6ポイント上回った。未就学児が137人(12.2%)、中学生が242人(21.6%)、高校生が252人(22.5%)で、大学生や専門学校生など高校卒業以上が143人(12.8%)だった。
 父親、母親のどちらかがいる高校生以上に保護者の就労状況を聞いたところ、回答202人のうち、母親の40.0%が無職か求職中、27.0%は非正規雇用で母子世帯は厳しい状況にある。父親も19.3%が無職か求職中だった。
 自宅全壊の世帯が6割を超すなど住居被害も深刻だ。遺児の被災時の住所は宮城県584人、岩手県385人、福島県109人など。
 同会は「24日現在で一時金申請者は1447人に増え、震災遺児は阪神大震災の3倍近い。社会全体で支える必要がある」と訴えている。
 同会は震災後、遺児の年齢に応じて10万~40万円の返済不要の一時金給付を決めたが、多くの寄付があり、未就学児を含む中学生までに50万円、高校・浪人生に80万円、大学・専門学校・大学院生に100万円と増額。遺児の心のケア施設を仙台など東北4カ所に建設する計画もある。
 連絡先はフリーダイヤル(0120)778565。

◎政治・行政が対策を

 遺児問題に詳しい副田義也筑波大名誉教授(社会学)の話 今回の震災遺児は交通遺児や病気遺児と違い、自宅が全壊するなど住宅問題が深刻。地域が崩壊し、仕事がないなど親の環境も厳しい。政治、行政がしっかりと取り組む問題だ。

◎岩手県 修学支援基金に6億2280万円
 岩手県は27日、東日本大震災で県に寄せられた義援金のうち6億2280万円を、震災孤児や遺児の修学支援のために創設する基金に充てると発表した。
 県は今月、2011年度一般会計補正予算で既に5億円を確保しており、今回の分と合わせると、積立額は11億円を超す。
 県生活再建課は「今回の分だけで100人分の高校、大学の修学費用が賄える。復興を担う若者が学ぶ機会を得られるよう役立てたい」としている。 (2011年06月28日 河北新報)

東日本大震災から3か月以上過ぎても実態がわからないのは腹立たしい
被災地に住み、幸い直接的な被害は受けない中で「民生委員・児童委員」として活動しているのだが、避難所から公営住宅、仮設住宅へ入居した方々を中心に状況調査している。これも担当の地区だけで精一杯。
しかし、高齢者や児童の状況についての報告や調査、実態の把握はできていないのだ。すでに行政や児童相談所で把握しているが情報公表しないためかも知れない。
行政の責任者は、積極的に市内や地域の民生委員や児童委員など集めて調査依頼などしないのか?
実態調査の把握のために、どんな努力をしているのか?不信感だけが募る思いだ。
一般市民の方々への周知や情報提供はますます遅れていき、関心のなさを助長していく悪循環の構造だ。
大震災を機に、少しでもこの閉塞的な仕組みを変えないといけないと思う。
児童の幸福のために!この目標に向かって進みたいものだ!。

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全国の山田さん 山田支援!

2011-06-27 12:15:13 | 東日本大震災の情報
「岩手・平泉の文化遺産」が世界遺産登録に決定

全国の山田さん 山田支援
 津波で被害を受けた山田町を支援しようと、県内出身の女性が、「山田」姓の人たちに寄付の呼びかけを始めた。全国に80万人以上いるとされる「山田さん」から月1000円の寄付を募り、街路灯の復旧や地元企業への無利子融資などに役立てる計画だ。

 寄付を呼びかけているのは、東京都港区のプログラマー高松洋子さん(35)。盛岡市生まれで、山田姓でもないが、名前の「洋子」は山田町に縁がある。海が好きで、山田湾をたびたび訪れていた祖父が、「海のように澄んだ女性に育ってほしい」と太平洋から「洋」の文字を取った。高松さん自身も家族と一緒に何度も遊びに訪れた。

 5月初旬、高松さんはボランティアで同町を訪れ、あまりの被害に声を失った。その後も時間があれば現地を訪れ、がれき撤去などにあたる一方、5月下旬には「山田町応援団」と題したホームページを開設。支援物資の提供を呼びかけるなどしているなかで、全国の山田さんへの寄付の呼びかけを思いついた。

 寄付は、個人のほかに、山田と名が付く企業や団体にも呼びかける。来月半ばから受け付け始める予定で、集まった寄付金で、街路灯の設置や地元企業への無利子融資のほか、県立山田高校に部活動用のボートを購入することも計画している。「山田町応援団」ホームページなどで呼びかける。

 高松さんは「せっかくの縁を生かして、全国の山田さんと一緒に町の復興を後押ししたい」と話している。 (2011年6月26日 読売新聞)

ユニークなアイデアだ。全国の「山田さん」が集合すると凄いパワーになる。
こうした物心両面の支援は有難い。つい笑顔になるのだ。
宮古市に隣接するが、山田町の皆さん、とても嬉しいのではないか。
継続的な支援をしていくためには、様々なアイデア、発想が大切だ。国や行政にばかり頼っていられない。
できることを、できる範囲で取り組むこと。この気持ちを忘れないで進みたいものだ。
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十年 ~70年代の歌たち~クミコ!

2011-06-26 14:00:01 | 東日本大震災の情報
十年 ~70年代の歌たち~
クリエーター情報なし
avex io


ノートパソコンが故障して困惑した。ブログの投稿を終了した後に、画面が真っ暗になった。
PC動作すると30分もしないうちに熱くなり、なんでかな?気になって、2日前に購入先に出向き見てもらったら「大丈夫、この程度の熱をもつのは?」と言われて安心した。それももつかの間だ。
修理の要請をし、デスクトップのパソコンをの購入し、セットアックに悪戦苦闘。やっとインターネットができる環境になった。ホッと安ど感だ。こうしてブログも更新できて嬉しい限りだ。
もともと情報発信にこだわりを持って始めた。どうせやるからには徹底して!
PCも機械だから故障はやむを得ない。しかし、そのことで時間やデータが失われるのは残念だ。
過去にもPCのトラブルで仕事に関係した資料やデータはバックアップしている。こまめにバックアップして置かないと大変なことになる。
PCがないとインターネットはできないし、必要な情報が入手できない。メールなどで連絡や意見交換もできない。型式や様式に沿った文書作成ができなくなるのだ。これは辛い。停滞している状況がもったいない。
PCがいかに生活の一部に入り込んでいるか。再確認する日々だ。
たぶん、どなたにも迷惑はかけていないと思うが、こうした情景が楽しい、生きがいとなってる
今世はこのスタンスで頑張りぬきたいものだ。
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病状などデータベース化!

2011-06-25 09:39:06 | 東日本大震災の情報
ダルビッシュ(日)9勝、寺原(オ)7勝梅雨どきの寒さ!キツイ

病状などデータベース化 被災3県で初、高齢者や障害者対象 
沿岸被災地で高齢者の病状悪化や孤独死を防ごうと、県は仮設住宅などの住民の病状や通院歴をデータベース化する方針を固めた。市町村と情報を共有することで、被災地に必要な医療・介護チームを効率的に派遣できるようになるほか病院間連携もスムーズになる。県によると、津波で大きな被害を受けた東北の3県では、初の取り組み。

 対象となるのは、仮設住宅や被災地の自宅で暮らす高齢者や障害者ら在宅支援が必要な人。独り暮らしはもちろん、家族と同居の場合も含む。データベース化する項目は、住所、氏名、病状、通院歴などで、さらに市町村と協議を進め、服用薬や既往症などより詳細な項目も含めるか検討する。

 メリットは、検索すれば治療に必要な情報が把握できること。避難所から仮設住宅、親類宅などに移って担当保健師が代わった場合、細かな引き継ぎがなくとも高齢者の状態を把握できる。

 現在、沿岸市町村の保健師がデータの聞き取り作業を進めている。県は、仮設住宅への入居が完了する7月中をめどに、データを県に提供するよう求めている。

 1995年の阪神大震災では、仮設住宅に入居した高齢者を中心に200人以上が孤独死した。県によると、21日現在で約5500世帯が仮設住宅に入居しており、うち65歳以上の独り暮らしは少なくとも約100人いるとみられる。

 県保健福祉企画室は「データベース化で息の長い支援をしていく」と話している。
(2011年6月23日 読売新聞)

ご趣旨やねらいは的を得ているし大切なこと。大いに賛成である。保健師が巡回してデータを集約するという。しかし、病気以外の方、通院歴のない方、自宅でひっそり暮らしている方等々、把握しにくい事案がある。また、キチンとデータとして把握していても、それを日常的に活かしていかないと意味がないように思う。めったにないであろう緊急時にだけ活かすのであればナンセンスだ。地域での日頃の活動、日常的な暮らしに活かしてこそデータベース化の意義があると思う。
こうした点も配慮して頂き、福祉、介護、自治会、民生委員等々にも上手く、正確な情報が提供されて共に生きていく仕組みが構築されていくことが希望だ。
せっかくの取り組みや蓄積された情報が円滑に機能するように重ねて願いたい。

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「義援金」収入認定せず 福島県、生活保護世帯を救済!

2011-06-24 20:08:22 | 東日本大震災の情報
盛岡へ出張介護サービス情報公表調査者の研修会へ参加岩手県では8月から12月までの予定で実施

福島のニュース
「義援金」収入認定せず 福島県、生活保護世帯を救済

 東日本大震災の義援金などを受け取った世帯が生活保護を打ち切られた問題で、福島県は21日までに、原則として第1次義援金は生活再建のための「自立更生費」とし、収入と認定しないよう通知、打ち切られた世帯を救済する姿勢を示した。福島第1原発事故による仮払い補償金は収入に当たるかどうか個別に判断する。
 県は20日付の文書で、町村の生活保護を担当する県の各保健福祉事務所に通知。直接の権限はないが、各市にも参考として同じ文書を送った。
 県内では、原発から30キロ圏内と計画的避難区域の世帯に、東電から仮払い補償金が75万~100万円、さらに国と県の第1次義援金が計40万円支払われている。これ以外の地域でも、自宅が全壊した世帯は義援金40万円を受け取れる。
 南相馬市やいわき市では、補償金や義援金の受け取りに伴い収入があったとみなされ、生活保護の打ち切りが出ている。県によると、県北保健福祉事務所管内でも一時停止が4件あった。
 県社会福祉課は「生活保護世帯の理解を得られるよう、もっと丁寧に収入があったかどうかの認定作業を進めていく」と話した。
 県の姿勢について、南相馬市は「現時点で見直す予定はない」としている。2世帯が打ち切りとなったいわき市は「県の方針に従い、再度判定したい」としている。
 第1次義援金に関して厚労省は5月2日の通知で、できるだけ自立更生費と認定するよう通知していた。(2011年06月22日水曜日河北新報)

「義援金」は、東日本大震災の被災者のために、全世界の国々や日本各地の人々から募金された、いわば、善意のお金だ。被災にあった方々に分け隔てなく支援しても良いはずのお金ではないのか。
しかもスピード感をもって大至急、配らないと意味がない!。と誰もが思っていたはずだ。
大津波や原発で何もかも失った状況にあり、当面の生活を支えて、生き延びて、希望をもって頂くための善意の浄財なのだ。
配分のための作業も遅く、被災県との調整も遅れ、後手後手のあげくに、生活保護世帯は「収入認定とみなす」との判断は納得しがたい。
善意で集められた趣旨と被災者のために使ってほしい願いが、国や行政、関係者の判断で変更され、違った使われ方をするのは問題だ。今回の福島県の指針は皆さんの善意の気持ちが通じた決断だ。
被災県の3県は共通した方針を示し、キチンと説明責任を果たして対応してほしい。


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仮設の苦情計342件 24時間対応センター開設!

2011-06-23 09:59:33 | 東日本大震災の情報
今朝、震度5弱の地震があり、津波注意報がでた。被災地は不安が続く

仮設の苦情計342件 24時間対応センター開設
 県は20日、仮設住宅に関する苦情が、これまでに342件寄せられていることを明らかにした。苦情内容は、内装関係の不備や雨漏りなど様々。苦情の多さを受け、県は同日、24時間態勢で苦情を受け付ける
「応急仮設住宅 保守管理センター」(0120・766・880)を設置した。

 県によると、市町村の担当課に寄せられた苦情は、「床がはがれている」「くぎ打ちを忘れている」など内装関係が90件、雨漏りが56件、アリなど虫の侵入が十数件などとなっている。

 県は、こうした不具合は、手抜き工事によるものではなく、工事を急いだのが原因とみている。苦情は初期工事の仮設住宅に多かった。また、県が計画する全1万3835戸は、21日に全戸が着工済みとなる予定。全戸完成は、当初の7月上旬から7月20日頃にずれ込む見込みだ。(2011年6月21日 読売新聞)

急いで建設するため手抜き工事が目立つ印象だ。
阪神淡路大震災時に使用した仮設住宅もあるとか。いわば中古だ。こうした違いは一般的には解らない。入居した方しかわからないのではないか?。
そのため、内装関係の不備や雨漏りなど多様な苦情が受付られている。
まだまだ、入居もしていない状況で、こうした苦情が噴出だ!この先が心配
雇用促進住宅や市営住宅などへ入居した方々の訴えもある。仮設住宅と同様の扱いをしているようだ。これらも含めて、苦情への対応をキチンと実施して頂きたい
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東日本大震災:他県移住、ネットで支援 東京のNPOがHP開設 /岩手!

2011-06-22 11:34:25 | 東日本大震災の情報
東北・宮古地方も梅雨に入りました。30度とか
本日から復興に向けての町づくりにあたり、市民と市長との市民懇談会が開催されます。8日間で14会場で開催予定。どなたでも、どこの会場でも参加できます

東日本大震災:他県移住、ネットで支援 東京のNPOがHP開設 /岩手
 NPO法人「ふるさと回帰支援センター」(東京都中央区)は、東日本大震災の被災地から他県への移住をホームページ(http://www.furusatokaiki.net/)上で支援する「『ふるさとから、ふるさとへ』情報センター」を開設した。

 同法人によると、39県421市町村(13日現在)が被災者受け入れを表明しているが、必要な人になかなか情報が届いていない。このため各自治体の公営住宅受け入れ情報などを集めてホームページに載せることにした。相談員4人が事務所に常駐し電話相談(03・3543・0333、午前10時~午後6時。日曜・祝日は休み)にも乗るという。

 同法人は、青森大教授でエッセイストの見城美枝子さんが理事長。都会から農山漁村へ移住したい人に、情報提供や農林漁業研修などの支援活動を続けてきた。
14日の設立会見には、福島県出身の西田敏行さん、宮城県出身の菅原文太さんが同席し「原発事故で避難した人は簡単には自宅に戻れない。希望を捨てずに前向きに生きていってもらいたい」と訴えた。
(毎日新聞 2011年6月19日 地方版)

「原発事故」で地域が、人々がバラバラになることは忍びない。国は避難勧告や命令は出すが、後は市町村ごとに考えろ!ということだ。地方自治体の対応も大変だが、住民の皆さんの怒り、苦しみ、悲しみははかり知れない。先の見えない闘いが続く。
NPO法人「ふるさと回帰支援センター」の取り組みは画期的だ。
東日本大震災で被災地から他県へ移住した方々をホームページ上で支援する仕組みだ。
著名な方が応援してくれると心強い。
復興して地元へ帰りたい時には、いつでも帰れるように情報提供してほしい。
国や政府は、こうした人と人の絆まで心配りはなかった。行政もマニュアルに従い、権限のある範囲のことしてやってくれない。
上記の「NPO法人」の取り組みに期待し、活動がさらに広がることを願う。


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東日本大震災:避難準備区域に要介護者300人超 生きるため、地元に戻るしかない!

2011-06-21 11:53:25 | 東日本大震災の情報
家裁へ後見事務報告書を6件提出。1年に1回キチンと守りたい。

東日本大震災:避難準備区域に要介護者300人超 生きるため、地元に戻るしかない
 ◇入院制限、救急搬送追いつかぬ恐れ
 300人を超える要介護者が暮らす東京電力福島第1原発周辺の緊急時避難準備区域。原発事故が深刻化した場合に自力退避が難しい人は退去を求められているが、一度区域外に避難したものの、避難生活を続けられず戻る人が後を絶たない。

 「やっぱり地元はいい」。自宅が津波で流された南相馬市の桜田力さん(60)はしみじみと言う。脳梗塞(こうそく)の影響で半身にまひが残る。津波が襲ってきた時は自宅2階から、流される知人を見ているしかなかった。県外に避難し、思い出しては眠れない日が続いた。親戚を頼って地元に戻り、震災前から利用していた施設のデイサービスに通い始めると、落ち着きを取り戻してきた。

 桜田さんが通う施設の加藤トミ子理事長によると、4月以降、訪問介護をしていた寝たきりの90代女性2人が脱水症状や肺炎を起こし救急搬送された。いずれも南相馬市内では入院できないため、他市へ搬送。加藤理事長は「このままでは、利用者が倒れた時に守ってあげられない。今の避難区域指定は、東京の人が頭の中で考えたものだ」と画一的な線引きを疑問視する。

 原発から約50キロ離れた二本松市の避難所には、南相馬市の透析患者5人が身を寄せ、避難所近くの病院で透析を受けている。県は今月末をめどに避難所を閉鎖する方針。腎臓がんの手術後間もない樋口峰雄さん(62)は、旅館の2次避難所に申し込んだが、そこも1カ月程度と言われ、自宅に戻るしかないという。地元の病院が透析を再開しなければ、自分で運転して今の通院先まで週3回、往復3時間以上かけて通わざるを得ない。

 一方、原発の30キロ圏外で入院制限のない同市鹿島区の鹿島厚生病院は、他院で入院できない患者を受け入れ、全80床が今月中にも満床になるという。受診者は震災前と同様に1日平均約180人。同院は「これ以上患者が増えれば、処置が遅れる恐れがある。国は入院患者らの緊急時の避難が心配ならば、自衛隊を常駐させて運び出せばいい」と話す。

 相馬地方広域消防本部警防課の担当者は「高齢者や重い持病のある人がさらに区域内に戻れば、救急搬送が増えるだろう。入院患者の受け入れを緩和してもらえなければ、搬送中に死者が出かねない」と訴えている。(毎日新聞 2011年6月14日 東京朝刊)

介護保険制度を利用する高齢者は地元、生まれた地域のへの愛着が強い。
また、「地域密着型」と呼ばれるほどのに市町村中心に権限も、サービスも準備されているので、「原発」などで避難を余儀なくされた皆さんの心痛は大変だ。サービスを提供する事業所も戸惑うし、避難先の受け入れ体制も混乱する。介護支援専門員も大変だ。
契約制度では、サービス提供の事業を自由に選択して契約、解約できるのだが、介護保険制度の場合はそう簡単ではない。想定を超えた事態が起きている訳だが、あまり問題になっていない。
今はそこまで考える余裕がないのかも知れないが、上記の投稿記事から察すると死活問題だ。利用者本位、サービス提供の主体が誰なのか、何のための、誰のための介護保険なのか?再度、検証して頂きたいと願う。


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~支援物資についてのお願い~!<第3弾>!

2011-06-20 11:29:11 | 東日本大震災の情報
              
  ~支援物資についてのお願い~ <第3弾>  
皆さまから激励のお言葉、ご支援をいただき、ありがとうございます。

東日本大震災から3ヵ月になろうとしています。
 具体的には、空きの雇用促進住宅、県営住宅や市営住宅への入居は満室となり、公園や市有地に「仮設住宅」建設が急ピッチですすんでいます。1日でも早く、学校・体育館などの避難所から仮設住宅等への移動が急がれ、そうした方々への支援も大変重要なことになります。
また、一部ですが商店も再開し、ちっとずつですが復興に向けた取り組みが見られます。

 ほとんどの被災者が地震・大津波で家屋や財産を失い、避難所での生活を経て、今度は全く知らない地域へ来て不安な生活が始まります。
 こうした状況で予想される心配事や不安を少しでも軽減して、物心両面から支援をしていくことを願っております。
まだまだ長期にわたり継続した支援が必要と思われます。

そこで、これまでの内容を一括し、本ブログを通じて下記の物資の支援・協力をお願いします。

<必要なもの1>
<男性>   
 (成人~サイズはM・L・LL)
 ①トランクス
 ②ステテコ(夏用)
 ③Tシャツ
 ④ランニングシャツ
 ⑤靴下
         *肌に身に付けるものなので新品でお願いします。
<必要なもの2> 
<女性>
(成人~サイズはM・L・LL)
 ①ショーツ
 ②Tシャツ
 ③タンクトップ
         *肌に身に付けるものなので新品でお願いします

<必要なもの3>
{衣類}
①ジャージ上下(Mサイズから2Lまで。洗濯済み又は新品でお願いします。)

{台所用品}
①なべ類(18㌢~20㌢位のもの)
②フライパン類(18㌢~20㌢位のもの)
③ざる等(大小問わず、段ボールに入るもの)
④ボール等(大小問わず、段ボールに入るもの)
  (*以上の他の台所で使用可能なもの。新品でお願いします。)

<送り先>
 〒027-0041 
   岩手県宮古市西ヶ丘3-2-5
       木村守男 宛へ
          ℡ 0193-64-0736
<注意点>
①梱包した段ボールの表に「生活創り応援団」と明記して下さい。
②お願いした物資の中味、内容についても、解るように表に明記して下さい。
  例えば、鍋1個、フライパン2個、ジャージ2枚とか。
     
③送料についての一切は、送る側(ご依頼主)にて負担するようお願いします。
④期間は、4月19日~無期限。
⑤お一人1箱でお願いします。(いろいろ混ざってOKです)
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東日本大震災:知的障害者、相次ぐ急死…避難先で発作など!

2011-06-20 11:12:45 | 東日本大震災の情報
セ・パ交流戦終了沢村(巨)3勝、唐川(ロ)6勝、福井(広)3勝、摂津(ソ)6勝

東日本大震災:知的障害者、相次ぐ急死…避難先で発作など
 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で避難した高齢者らが慣れない避難先で死亡する「災害関連死」が問題化する中、原発周辺の入所施設から避難した知的障害者の死亡が相次いでいる。毎日新聞の調べでは少なくとも11~67歳の男女4人が死亡し、中には津波で夫が行方不明となった妻が知的障害者の長男を災害関連死で失うケースもあった。専門家は「知的障害者は苦痛を伝えにくい上、多くは持病などを抱え、長時間の移動や環境の変化が致命的影響を与える場合もある」と警鐘を鳴らす。

 ◇苦痛伝えにくく
 原発から約5キロの福島県富岡町の知的障害児施設「東洋学園」に入所していた小野卓司さん(当時23歳)は震災翌日の3月12日、入所者ら計約200人と同県川内村の系列施設へ避難し、避難指示範囲の拡大に伴い夜に村内の小学校へ移動。周辺住民と一緒の慣れない環境からか落ち着かない入所者が相次ぎ、13日に同県田村市の通所施設(定員40人)に移った。28日夜、持病のてんかんの発作が起き、服薬で収まったが、間もなくあおむけのまま動かなくなり、29日正午過ぎ、救急搬送先で死亡。逆流した食物でのどを詰まらせたとみられる。

 「本当に(頭の中が)真っ白になりました。3週間で2人が……」。同県新地町に住む母みね子さん(55)は嘆く。漁師の夫常吉さん(56)も震災当日に海へ漁船を見に行ったまま戻ってこない。

 卓司さんは幼いころ呼びかけても振り向かなかった。障害が判明した時、夫婦は「一緒に育てよう」と励まし合ったが、卓司さんは外に飛び出しては家に戻れなくなった。小学校に上がる時、東洋学園に入所。障害は重く、成人後も着替えや入浴に介助が必要だったが、みね子さんは学園行事に必ず出かけ、盆や正月の帰省時は常吉さんが車で連れ出した。車中や母の手料理の並ぶ食卓で卓司さんはいつも笑顔だった。

 「ずっと続くと思っていた」日々は震災で一変した。「でも、私は2人に守られた気がするんです」とみね子さん。多くの家が津波で流された中、自宅は無事だった。今、卓司さんと一緒に施設にいたやはり障害者の次男(22)が気がかりだ。「いつもお兄ちゃんが近くにいた。今あの子はぽつんとしているのじゃないかと」

 東洋学園では他に千葉県鴨川市の青年の家に集団で再避難した20日後の4月27日、小学6年の久保田菜々さん(当時11歳)が授業中に施設前の海でおぼれて死亡している。

   ■

 福島県相馬市の障害者支援施設「ふきのとう苑」では大内恵美子さん(当時54歳)が急性循環不全で急死した。原発事故で協力病院の医師らが避難したため3月23日、他の入所者と群馬県渋川市の施設へ6時間かけて車で移動。30日午前7時過ぎ、受け入れ先の職員がたん吸引した際は異常なかったが、同8時ごろ朝食を運ぶと動かなくなっていた。

 「何で、と最初は思いました」と、福島県飯舘村の姉美恵子さん(62)。恵美子さんは長年同村の実家で暮らし、美恵子さんの3人の娘も「えみちゃん」と慕った。歌や踊りが好きで、村の盆踊りで3年連続で仮装の賞をとったこともある。

 40代になるとてんかんの発作が頻繁になった。両親が相次ぎ亡くなり、風呂場やトイレでも倒れて目が離せなくなり施設に入所。骨折で車椅子に乗り、声も十分出なくなったが、美恵子さんが週1度訪ねる度に笑いかけてきた。「恵美子は今は、両親のところへ行ってゆっくりしているのだと思いたい」と美恵子さんは言う。

 他にも富岡町の知的障害者施設「光洋愛成園」の67歳男性が3月12日に福島県三春町の避難所に移動、4月15日に群馬県高崎市の国立障害者施設に入り、5月5日に高熱のため病院に入院して6日未明、肺炎のため亡くなった。厚生労働省は障害者施設利用者の災害関連死を「把握していない」としている。

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(毎日新聞 2011年6月16日) (最終更新 6月17日 9時13分)

もっとも心配される事案だ。「原発」の影響がますます深刻だ。
環境の変化が大きいし地震・津波のショックも要因している。慣れない避難所生活や知らない人達との関係もストレスになる。どんな対応がベストなのか?
ささやかでも元の暮らし、環境に戻ることが良いわけだが、それがなかなかすすまない。
3ヶ月を経過しても、被災地に暮らす障がい者や高齢者に配慮がない。大災害等へのリスク管理が全くなかったということである。
東日本大震災を境に「価値観が変わった」とすると、今後どうすればいいのか
安心感を得るにはどうすればいいのか。真剣に考えなければならない課題である


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大震災百か日、癒えぬ悲しみ 各地で慰霊祭!

2011-06-19 10:32:07 | 東日本大震災の情報
内海(巨)9勝、館山(ヤ)6勝、中田(日)9号
大震災百か日、癒えぬ悲しみ 各地で慰霊祭 

 多くの人が犠牲となった東日本大震災から18日で100日目。県内の被災地では、犠牲者や身元不明者を悼む合同慰霊祭や法要が営まれた。大船渡市では稽古中に亡くなった同市出身の日本舞踊の師匠の別れの会が開かれたほか、獅子躍が供養の思いを込め舞った。遺族が泣き悲しむことをやめるころとされる「百か日」。しかし、いまだ心の整理がつかない遺族は多い。深い悲しみを胸に抱えながら、鎮魂の祈りがささげられた。

 大槌町の合同慰霊祭は、同町大槌の大槌中校庭内特設テントで行われた。参列者は震災発生時刻の午後2時46分に黙とう、献花も行い、鎮魂の祈りをささげた。

 遺族ら約2千人が出席。17日までに死亡届が出された567人の名前を読み上げると、すすり泣き、目頭を押さえる参列者の姿が見られた。遺族を代表し加藤宏暉町長の長男伸基さん(36)が祭壇に名簿を奉納した。

 宮古市田老のグリーンピア三陸みやこアリーナでは、常運寺の合同葬・百か日法要が行われた。約1700人の参列者が犠牲者、行方不明者の冥福を祈った。

 祭壇には田老地区などの犠牲者、行方不明者152人の位牌(いはい)が並べられ、参列者は花を手向け静かに手を合わせた。

 陸前高田市の普門寺(熊谷光洋住職)では、市内の身元不明者の法要が行われた。寺に安置されている遺骨約280柱を供養。いまだ家族の行方が分からない市民ら約200人が癒えぬ悲しみを抱えながら、静かに手を合わせた。

 本堂に安置されている身元不明者の遺骨を前に読経。参列者が焼香し、犠牲者の冥福を祈った。市内の行方不明者は今なお約600人に上る。
(2011/06/19 岩手日報)

3月11日午後2時46分発生の地震・津波の東日本大震災から100日目となる。
大津波で多くの犠牲者がでた被災地で合同慰霊祭や法要が営まれた。
まだ行方不明の方も多くいることを思うと心が痛む。どこかで気持ちの区切りをつけて前にすすまなければならない状況もある。家族やお身内の方々の癒えぬ悲しみははかり知れない。冥福を祈るしかないのだ。








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逮捕の弁護士を可視化取り調べ 横領容疑で名古屋地検 !その②

2011-06-18 11:12:24 | 成年後見(人)関係の事件簿

逮捕の弁護士を可視化取り調べ 横領容疑で名古屋地検
 後見人として管理していた預貯金を着服したとして業務上横領容疑で逮捕された愛知県弁護士会の弁護士の取り調べで、名古屋地検特捜部が録音・録画する「可視化」を実施していることが18日、分かった。
可視化は東京地検などが既に実施しているが、名古屋地検では初めて。
大阪地検特捜部の不祥事を受けた再発防止策の一環で、容疑者が拒むなどしない限り一部を可視化し、事件によっては全過程も行う。
(2011年6月18日(土) 共同通信社)

早期に事件の真相を解明してほしい。
真実が明らかになることを期待したい。
「可視化」にも期待したい。


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