アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。(その1)

2018-10-22 00:19:02 | 
『申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。』 カレン・フェラン   ☆☆☆☆☆

 これも『犯人に告ぐ2 闇の蜃気楼』同様、ニュージャージーの紀伊国屋で平積みされているのが目に入り、つい購入してしまった本。普段ビジネス書はほとんど読まない私だが、これはとても面白かった。いつも会社で仕事をしながら漫然と感じている違和感や疑念が、経験豊富なコンサルタントの知見によって明快に整理され、説明され、解き明かされていく快感を味わえる。タイトルはちょっと釣りっぽいが、内容はきわめてまっとうな企業コンサルティング批判の書である。批判されているのはビジネス戦略やBPR、業績評価、リーダー育成、タレントマネジメントなど、企業ではごく当たり前に「有益」とされている手法やツールだが、ただいたずらにコンサルタントを貶めるのではなく、正しい付き合い方を説いている。

 そんな風にとても面白くためになる本書なのだが、アマゾンのレビューをみると「結局当たり前のことしか言ってない」「もっと斬新な内容かと思ったので失望した」などという批判的なコメントも散見される。これは違うと思うのでここで反論しておきたい。「結局当たり前のこと」と思ってがっかりしたという人は、つまり本書の要点をつかみ損ねたということである。本書の要点は、作者によってダイエットのたとえで分かりやすく説明されているが、つまり色んな奇抜なダイエット方法が流行ってはすたれるけれども、健康体を維持するには本来、正しい食生活をして運動をする、これ以外にない。それと同じく、BPRだの業務評価だの色んなコンサル手法が流行ってはすたれていくが、ビジネスを成功させる秘訣は社員同士のコミュニケーションとそれぞれが頭を使って考えること、これ以外にない。この当然のことをまずはちきんと認識しよう、すべてはそこから始まる、というのが本書の核心だ。

 だから本書を読んで「結局当たり前のこと」「もっと斬新な内容かと思った」と言う人は、「正しい食生活と運動なんて当たり前のことじゃなく、もっと魔法のようなダイエット方法を教えて欲しい」と言っているに等しい。そもそもそんなものはない、というのが本書最大のメッセージだというのに。

 でも、それが本書の内容なら読むまでもないな、と思われると困るので言っておくが、本書の読みどころはちゃんと他にある。当たり前のことと言いながら特効薬を求めてしまうのが人間の性だが、大多数の会社では、そもそも当たり前が当たり前と認識されていないという実態がある。「考えるのが大事」は当たり前というが、現場の社員それぞれの判断に依存しないようにとか、誰がやっても同じ結果になるようにとか、属人性を排すため自動化するとか、そんなことをオフィスで耳にしたことがないだろうか。

 もちろん、あるに決まっている。そんなことは当たり前と口ではいいながら実は全然分かっておらず、実際は逆のことばかりやっている、これが私たち人間の愚かさである。しかもその愚かさは「スマート」であり「先進的」であると見なされている。つまり本書は「スマート」の皮をかぶった「愚かさ」を暴く話である。科学や哲学の進歩ととももに愚かさもまた進化する、と書いたのはミラン・クンデラだが、本書は現代の企業にはびこる「進化した愚かさ」の研究の書だ。著者はそれらの手法やツールがなぜ本質的に愚かしいのかを経験論とロジック、そして事例をもって丁寧に解き明かしていく。これが面白くないわけがない。

 ちなみに、これに似た本としてもう一冊、森川亮氏の『シンプルに考える』を挙げておきたい。これはLINE創立者によって書かれた本だが、これも「計画はいらない」「ビジョンはいらない」「管理しない」「ルールはいらない」「情報共有はしない」「モチベーションはあげない」など、会社経営に欠かせないとされるあれやこれやを次々と否定する本であり、非常に刺激的だ。仕組みでは成功できない、会社は人間がすべて、という根っこの主張も本書と共通する。違うのは、森川亮氏は経営者として「本質的なことに集中すべき」という信念の上で自分がやってきたことを語るのに対し、本書では流行りの手法を導入してきたコンサルとしての経験を踏まえ、反面教師的に結果を分析していく点だろう。

 さて、そんな本書で特に示唆に富む(と私が思った)部分をいくつか覚書的に書いておくと、まず、「戦略」は無意味である、なぜなら未来を予測できることが前提となっているから、という議論。あとで振り返るとどれほど自明に思えることでも、たとえばバブル経済崩壊やリーマンショックでも、事前に予測できたためしはない、と著者は言う。もしこれを会社の会議室で言ったら「そんなこと言っても、ある程度は予想しないとビジネスの計画がまったく立てられないじゃないか」と上司に言われそうだが、著者は戦略を練ること、あるいは計画を立てることが無益とは言っていない。トルーマンの言葉を引用して、作戦は役に立たないが、作戦を立てるプロセスが重要なのだと主張する。なぜならば、それによってさまざまな未来の可能性への心構えと備えができるからである。

 従って、コンサルに丸投げして戦略を作らせるのは愚の骨頂である。なぜなら、その場合「作戦を立てるプロセス」を経験したコンサルは去り、残るのは「役に立たない作戦」であるパワポの報告書だけだからである。パワポの報告書は無価値、と著者は断言する。意味があるのは戦略策定のプロセスで得られた知見と洞察である。

 また、重要なのは計画することや計画を几帳面に守ることではなく、チャンスを見逃さずに機敏に動くことである。そのためには(経営者が部屋に閉じこもって議論するのではなく)現場から情報を集めることが肝要。軍隊が作戦を立てる時、前線からの報告を何より重視するのと同じだ。ところが実際は、戦略策定のために現場の意見を聞く経営者はほとんどいない。

 まあ会社によって多少は違うだろうが、これは個人的には十分納得できる議論である。

(次回へ続く)



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