アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。(その2)

2018-10-25 23:38:54 | 
(前回からの続き)

 二番目に、数値目標の陥穽。この章は更に啓発的だった。「数値化」や「見える化」はコンサルの常套句であり、私もよく聞く。数値化できないものは測れない、という言葉も聞くが、数値化できないものだってもちろん測れる、とは著者の弁。確かにそうだ、でなければ上司は部下の適性や意欲をどう判断するのだろうか。そして目標を数値化することの最大の問題は、それによって数値に変換できない目標が犠牲になることであり、往々にしてそれがもっとも大切な部分であることである。本書では「目標の数値化」がもたらした愚かしい、あるいは滑稽な事例が多数紹介される。たとえば、目標を達成するためにバス停で止まらなくなったバス、返品受け取りを約束して売上を伸ばそうとする営業、郵便物を隠してしまう郵便配達人。

 中でも印象的なのは、著者がコンサルに入った会社の工場で火災が起きた時のエピソードである。火災のダメージを乗り越えようと会社が一丸となった結果、会社が抱えていた納期や在庫の問題は自然に解決してしまった。ところが、その後平常運用に戻った後、本来のコンサル手法で会社をセグメント化し、部門目標を設定したら、またうまくいかなくなった。なぜか。セグメンテーションによって部門ごとに相反する目標が設定されてしまったからである。各部門で細分化した目標を立てることによって、会社全体の巨視的な目標が見失われ、色んな相反する問題のバランスをとって落としどころを探る能力が社員たちから失われてしまった。

 著者が繰り返し主張するのは、「数値化」や「目標設定」が現場から判断力を奪ってしまうことの弊害である。「ひとりひとりが考えるのが当たり前」ならば、判断力を奪ってはいけない。著者は言う、車を運転する時にダッシュボードだけ見て道を見なければ衝突してしまう。それとまったく同じように、数値だけ見て現場を見なければビジネスは破綻してしまう。

 さて、本書では色々な問題が扱われるが、著者が他の何よりもダントツに有害と断定しているのは「業務管理システム」である。つまり、社員の人事考課システム。私の会社でもやってます。あれを無駄だと思わない現場の社員はいないんじゃないかと思うが、経営層はいつも導入に熱心だ。

 これが有害な理由として著者は、とてつもない労力がかかる、目標がバラバラになる、評価は主観的かつ不公平になる、変化に対応できない、などを挙げている。しかしもっとも問題なのは、目先の数値目標などではないビジネス本来の目標を考える時間を奪い、社員同士の本質的な話し合いの時間を奪うことである。著者は自分自身の経験を書いているが、よい評価をあげた部下を含め結局皆が不満を感じてしまい、このシステムが人間関係を阻害してしまったという。

 もしかしたら日本の「業務管理システム」の実情は多少違うかも知れないが、少なくともアメリカではまったくこの通りだと思う。私の会社でも去年「業務管理システム」が刷新された結果、プロセスは更に複雑化した。あれこそ無駄の最たるものたが、おそらくちゃんとやれば有効なんだろうが結局やっつけ仕事になってしまうからな、ぐらいに思っていた。そうではないのである。この本を読んで、この状態がこのシステムの必然であることが分かった。

 マネジメントモデルについても、小学校では生徒にレッテル貼りすることの弊害は広く知られているのに、企業ではレッテル貼りが「スマートなマネジメント方法」としてまかり通っている、と辛辣な批判がなされる。また、リーダーシップ育成プログラムが無意味である理由は、誰もスーパーマンにはなれないという事実があっさり忘れ去られているため。組織で仕事をする意味は、チーム内で互いに欠けている部分をカバーし合うことにある、と著者はスティーヴ・ジョブスの言葉を引用しながら語る。しかしながらリーダーシップ育成プログラムにおいては、数字に強くコミュニケーションに強く文書に強く部下の教育に強いスーパーマンになれ、と要求される。

 もっと色々なことが本書では論じられているが、キリがないのでこれぐらいにしておく。ここで著者の結論をまとめると、職場の問題解決には単純な話し合いこそが有効で、ツールは失敗するということだ。ツールは解決策にはなり得ない、解決策は常に人間である。また、コンサルに任せてしまってはダメで、自分自身の頭で考えなければならない。いくつかある解決策の中から選ぶ時は、常に「より考える」方を選ぶべきである。ところが多くの会社では、より考えない方を選んでしまう。なぜならば経営者は一般的に社員の思考力を信用していないからだ。それよりもソフトウェア、スプレッドシート、フローチャートを信用してしまう。
 
 最初に書いた通り、私には会社で仕事をしながら感じていた違和感が明晰に分析されていくのが何より快感だった。考える過程にこそ価値がある、数値目標の有害性、部門ごと目標の有害性、業績管理システムの無意味性、スーパーマンを求めずチームでカバーすること、とにかく自分で考えること、等々、オフィスワーカーにとって有益な知見が詰まっている。結論だけでなく、なぜそうなのかという背景がちゃんと説明されているのが良い。属人性の排除はIT化でもよく言われることだが、これが人間の判断力を奪う方向に行く時は注意しなければならないのだなあ、と納得できた。



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