アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

秋日和

2009-10-24 14:40:51 | 映画
『秋日和』 小津安二郎監督   ☆☆☆☆☆

 小津映画のDVDは日本でも1000円ぐらいの廉価版が出ているが、『秋日和』『小早川家の秋』はまだ出ていない。どうしようかなと思っていたところ、Criterionから出ている『Eclipse Series 3 LATE OZU』というパッケージを発見した。後期の小津映画五つ、『早春』『東京暮色』『彼岸花』『秋日和』『小早川家の秋』がセットになっていてたったの60ドル。『秋日和』と『小早川家の秋』が両方入っていて、他の三つも観たことがないものばかりだ。これはもう買うしかない。超お買い得商品である。

 さて、『秋日和』である。またまた季節がタイトルになっている。内容的には『晩春』に似ている。娘を嫁にやる話で、娘は嫁に行くのを嫌がっている。ただし『晩春』では父と娘だったが、本作では母と娘だ。やっぱり母親の再婚話も絡んでくる。それにしても、本作で母を演じているのが『晩春』で娘を演じた原節子というのがなんとも感慨深い。おそらく演じている原節子が一番感慨深かっただろう。

 この母子(原節子と司葉子)の結婚話に、死んだ夫の学生時代からの悪友3人組(佐分利信、中村伸郎、北竜二)が絡んでくる。これは『晩春』にはなかった要素で、本作をよりコメディ的にしている。この三人が娘の結婚相手を探し、娘が「お母さんをひとりにできないから結婚しない」と言うと、ついでに母親まで再婚させてしまおうとする。この三人は何かという集まって呑み、セクハラ親父まるだしでバカ話をするのだが、これがなんとも愉しい。お笑いタレントみたいなわざとらしいギャグは一つもないけれども、シチュエーションがしみじみとおかしいのである。しまいにはこの三人が並んで呑んでいるだけで笑えるようになる。

 それからもう一つの新鮮な要素として、岡田茉莉子がいる。彼女は司葉子の友達で、清楚系の原節子、司葉子と違ってちょっと蓮っ葉で気が強い、行動力に満ち溢れた女性である。彼女が親父三人組に真正面からクレームを言いにいく場面は痛快だ。

 それにしても小津映画をいくつも観ていると映画のタイトルバックはいつも同じだし、映画の中に出てくる会社、料亭、バー、どれもこれもどこかで見たようなのばかりである。バーといえばトリス・バー、料亭の間取りも一緒で、同じセットを使っているとしか思えない。仕事といえば笠智衆も佐分利信もいつも机に向かってハンコを押しているだけだし、親父たちが酒を呑みながら猥談をしていると必ず高橋とよのおかみさんがやってきてからかわれるのも同じ。ストーリーは娘の結婚話ばかりだし、タイトルも「早春」だの「晩春」だの「麦秋」だの「秋日和」だのまぎらわしいったらない。が、にもかかわらずどれもがユニークな傑作なのである。こういう小津の映画を観ていると、マンネリって何なのかつくづく考えてしまう。

 通常マンネリというのは、似たような作品ばかりを作るようになった創作者の態度を批判して言う言葉である。真のクリエイティビティを失い、自己模倣に陥っている、冒険心を失っている、というようなニュアンスがある。そして実際そういう作品はたくさんある。しかし小津の映画は一見マンネリのように見えながら、どれもこれもクリエイティビティに溢れ、一級品の映画として屹立している。驚くほど傑作揃いだ。つまり創作力の衰弱としてのマンネリズムは、実際はモチーフやスタイルの繰り返しとはあんまり関係がない、ということになる。ちゃんと創造力が発揮されていれば、同じモチーフを何度繰り返してもユニークで素晴らしい作品ができる。ニュアンスやディテールが変化し、それが作品に新たな生命を与えるからである。逆にそれがなければ、いくら題材やスタイルを表面的に変化させても小手先のごまかしでしかない。小津映画を観ているとそういうことを考えてしまう。

 ところでオヤジ三人組の一人である佐分利信は『彼岸花』『お茶漬けの味』では主演もしているが、この人のこの圧倒的な「偉さ」はどこから出てくるのだろう。あのさびを含んだような声だろうか。人を見下したような目つきだろうか。とにかくこの人は偉い。偉すぎる。日本一偉い雰囲気の俳優さんだと思う。もし恋人に父親を紹介されて佐分利信が出てきたら帰りたくなる。三國連太郎や山崎努も重厚感では負けないが、こと偉さに関しては佐分利信の方が上だ。この人は『砂の器』でも大臣の役をやっていた。「いいから待たせておきなさい」このセリフが日本一似合う俳優、それが佐分利信である。

 もちろん、そんな佐分利信は絶対にオロオロしたりはしない。本作では佐分利信が司葉子に母親の再婚話をほのめかし、そのせいで母と娘の関係が悪化する。岡田茉莉子はそれに腹を立ててオヤジ三人組に文句を言いに行く。この時中村伸郎と北竜二はたじたじになっているが、佐分利信は平然としている。そして「ちょっと手違いはあったがね」と余裕綽々で収めてしまう。うーん、見事だ。これこそオヤジの技である。いやしくもオヤジたるもの、これぐらいの貫禄が欲しい。本作はそういう佐分利信の魅力をたっぷりと味わえる、実にチャーミングな佳作である。


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (しょうちゃん)
2021-10-24 01:39:27
佐分利信の前で粗相をしでかしてきつく叱ってもらい、影で部下の人に「なかなか見処のある青年じゃないか、何処の部署だい?」と、こっそり誉めてもらいたいです。
返信する
Unknown (ego_dance)
2021-11-07 01:46:23
その気持ちよく分かります。
返信する

コメントを投稿