『犯人に告ぐ2 闇の蜃気楼(上・下)』 雫井脩介 ☆☆☆☆☆
ニュージャージーの紀伊国屋で平積みになっていたのを購入。シリーズ前作である『犯人に告ぐ』は2004年の作品だったが、作品世界の中ではあれから半年後という設定になっている。当然ながら、捜査官・巻島が再び主人公。
前回は連続殺人事件だったが、今回の事件は誘拐。しかし、本書の誘拐事件は警察小説でよくあるような誘拐事件とはかなり肌合いが異なって、誘拐と詐欺のフュージョンみたいな犯罪だ。要するに「振り込め詐欺」の手法を応用した誘拐というかなり意表をついたアイデアで、昔ながらの身代金狙いの誘拐、つまり『天国と地獄』みたいな警察との対決色が強い劇場型犯罪ではなく、いかに警察の思い込みの裏をかくか、いかにダマし、犯行者側のリスクヘッジをするか、というところに注力したビジネスライクな犯罪である(実際犯行チームのリーダーはこれを「誘拐ビジネス」と称する)。従って、当然「詐欺」色が濃くなる。
それから、前作では犯罪そのものよりむしろ警察の内紛やマスコミの卑劣さが目立っていたが、本書ではそんなことはない。多少そういう要素もあるけれども、今回のメインは間違いなく誘拐犯グループと捜査陣の対決であり、頭脳戦である。そういう点で、私は本書の方が好きである。
さて、なんといっても本書のキモであり斬新さの中心は、「振り込め詐欺」を誘拐に応用したことである。一体どうやって「振り込め詐欺」を誘拐に応用するんだ、全然違うじゃないか、と思うだろうが本当に応用している。これが面白い。犯人グループのリーダーは振り込め詐欺グループの天才的指南役、という設定で、振り込め詐欺が一時ヤバくなったのでもっと大きな「収益」が見込めるビジネスをやろう、ということで誘拐を手掛けることになる。犯罪としてのスケールの違いに部下は尻込みするが、このリーダーはビジネスとしてリスクヘッジをして取り組めば心配いらない、今年を日本における「誘拐ビジネス」元年にする、などと言って、ビジネスとしての誘拐を断行する。
だから発想が従来の誘拐とは根本から異なり、たとえば「クライアント」である身代金支払い者とは「信頼関係」が重要なので、まず誘拐犯としての「実績」を作ってアピール材料にする、身代金受け渡しが失敗することを織り込んでプランニングする、取引相手の身代金支払い者が裏切ることにも保険をかけておく、など意表をついたアイデアが次々と出てくる。身代金支払い者への指示も額面通りでなく、必ず裏がある。つまり、すべてが「騙し」になっている。これで面白くなかったら嘘だろう。
その犯行グループのリーダー、つまり「振り込め詐欺」の天才的指南役のキャラ設定もうまく、こんな斬新なことをやろうとする人間の異常性やスケール感、カリスマ性、ずば抜けた知力、などをエキセントリックな性格で味付けし、説得力を持たせている。まずは読者に「振り込め詐欺」のプロセスを見せ、もはや犯罪がビジネスとして成立していて、かつそのビジネスを成功させてドカドカ儲けているいわば「ベンチャー起業家」がいる事実を見せつけるという持っていき方も功を奏している。この手の犯行グループにありがちに年配者に率いられたチンピラ集団ではなく、天才肌の若者グループというベンチャー的性格を付与したのが新しい。
というわけで、まずメインプロットの前振りとして振り込め詐欺の現場が詳しく描かれるが、これだけでも結構な迫力だ。私など、こんな巧妙にシステマティックに行われているのかと驚いてしまった。もっと雑なのかと思っていたのである。それから、犯罪をビジネスとしてなんとなく職業にしてしまう普通の若者たちの雰囲気もうまく描けている。本書の巻島に次ぐ二人目の主人公というべきキャラは反抗グループリーダーではなく、彼の下で働く青年だが、彼は普通に大学に行き就職活動で内定をとり、内定取り消しによって人生が狂った青年である。彼みたいなどこにでもいる普通人がなんとなく、アルバイトに誘われるようにして「振り込め詐欺」グループの一員として働くようになってしまう。非常にコワい。
さて、冒頭でじっくり「振り込め詐欺」の巧妙さと効率的なビジネスモデルを読者に刷り込んだ後、いよいよメインの誘拐ビジネスが始まる。犯行グループの発想と行動は意表をつくことばかりで、たとえばさっきも書いた身代金支払い者=「顧客」と信頼関係を作るために成功実績を作る、受け渡し失敗時のバックアッププラン、「顧客」の支払いをあてにしない、「受け子」や「逃げ子」の活用(要するに外部業者へのアウトソース)、などなど。要するに、従来の「誘拐」とはビジネスモデルが違うのである。
もう一つの大きな特徴は、被害者心理を読んでダマす、更には思考停止させる、という「振り込め詐欺」の心理操作手法が徹底的に応用されること。犯行グループは巧みにミスディレクションを張りめぐらし、盲点をついてくる。警察はそれを読もうとする。文字通りの騙し合い、知能戦が展開する。特にクライマックスで犯人が打ってくる手はシンプルながら巧妙で、正直、この知能戦全般にわたって巻島率いる捜査陣は犯人側におされている。偶然の助けを借りてかろうじてキャッチアップできている感じであり、犯人グループ側、つまりはリーダー・淡野のスマートさが際立っている。
さらに、警察と犯人が頭脳戦を繰り広げるそばには苦悩する被害者家族がいる。この事件はいわば警察、犯人、被害者家族の三つ巴の駆け引き合戦なわけだが、被害者家族の主要な葛藤は犯人に協力すべきか警察に協力すべきか、という点であり、これは非常に苦しいジレンマだ。え、警察に協力するに決まっているでしょう、と思われるかも知れないが、そこがこの犯人グループの「心理操作」である。要するに家族は人質を無事に返して欲しい、そのためにはどっちが確実か、ということになる。犯人グループは、我々に協力して警察をダマした方が確実ですよ、と「顧客」に刷り込む。そのための「実績づくり」であり、そのための「直接面談」なのである。なんのことか気になる人は本書を読みましょう。
一番気になる主犯・淡野の去就にケリがつかないで終わってしまうため、竜頭蛇尾の印象を受けてしまう読者もいるに違いないが、間違いなく作者はこのキャラを中心に据えて続編を書くはずである。シリーズものの引きとしてはうまい、と言わざるを得ない。淡野と巻島の対決に決着がつく続編が出たら、私は間違いなく買います。
ニュージャージーの紀伊国屋で平積みになっていたのを購入。シリーズ前作である『犯人に告ぐ』は2004年の作品だったが、作品世界の中ではあれから半年後という設定になっている。当然ながら、捜査官・巻島が再び主人公。
前回は連続殺人事件だったが、今回の事件は誘拐。しかし、本書の誘拐事件は警察小説でよくあるような誘拐事件とはかなり肌合いが異なって、誘拐と詐欺のフュージョンみたいな犯罪だ。要するに「振り込め詐欺」の手法を応用した誘拐というかなり意表をついたアイデアで、昔ながらの身代金狙いの誘拐、つまり『天国と地獄』みたいな警察との対決色が強い劇場型犯罪ではなく、いかに警察の思い込みの裏をかくか、いかにダマし、犯行者側のリスクヘッジをするか、というところに注力したビジネスライクな犯罪である(実際犯行チームのリーダーはこれを「誘拐ビジネス」と称する)。従って、当然「詐欺」色が濃くなる。
それから、前作では犯罪そのものよりむしろ警察の内紛やマスコミの卑劣さが目立っていたが、本書ではそんなことはない。多少そういう要素もあるけれども、今回のメインは間違いなく誘拐犯グループと捜査陣の対決であり、頭脳戦である。そういう点で、私は本書の方が好きである。
さて、なんといっても本書のキモであり斬新さの中心は、「振り込め詐欺」を誘拐に応用したことである。一体どうやって「振り込め詐欺」を誘拐に応用するんだ、全然違うじゃないか、と思うだろうが本当に応用している。これが面白い。犯人グループのリーダーは振り込め詐欺グループの天才的指南役、という設定で、振り込め詐欺が一時ヤバくなったのでもっと大きな「収益」が見込めるビジネスをやろう、ということで誘拐を手掛けることになる。犯罪としてのスケールの違いに部下は尻込みするが、このリーダーはビジネスとしてリスクヘッジをして取り組めば心配いらない、今年を日本における「誘拐ビジネス」元年にする、などと言って、ビジネスとしての誘拐を断行する。
だから発想が従来の誘拐とは根本から異なり、たとえば「クライアント」である身代金支払い者とは「信頼関係」が重要なので、まず誘拐犯としての「実績」を作ってアピール材料にする、身代金受け渡しが失敗することを織り込んでプランニングする、取引相手の身代金支払い者が裏切ることにも保険をかけておく、など意表をついたアイデアが次々と出てくる。身代金支払い者への指示も額面通りでなく、必ず裏がある。つまり、すべてが「騙し」になっている。これで面白くなかったら嘘だろう。
その犯行グループのリーダー、つまり「振り込め詐欺」の天才的指南役のキャラ設定もうまく、こんな斬新なことをやろうとする人間の異常性やスケール感、カリスマ性、ずば抜けた知力、などをエキセントリックな性格で味付けし、説得力を持たせている。まずは読者に「振り込め詐欺」のプロセスを見せ、もはや犯罪がビジネスとして成立していて、かつそのビジネスを成功させてドカドカ儲けているいわば「ベンチャー起業家」がいる事実を見せつけるという持っていき方も功を奏している。この手の犯行グループにありがちに年配者に率いられたチンピラ集団ではなく、天才肌の若者グループというベンチャー的性格を付与したのが新しい。
というわけで、まずメインプロットの前振りとして振り込め詐欺の現場が詳しく描かれるが、これだけでも結構な迫力だ。私など、こんな巧妙にシステマティックに行われているのかと驚いてしまった。もっと雑なのかと思っていたのである。それから、犯罪をビジネスとしてなんとなく職業にしてしまう普通の若者たちの雰囲気もうまく描けている。本書の巻島に次ぐ二人目の主人公というべきキャラは反抗グループリーダーではなく、彼の下で働く青年だが、彼は普通に大学に行き就職活動で内定をとり、内定取り消しによって人生が狂った青年である。彼みたいなどこにでもいる普通人がなんとなく、アルバイトに誘われるようにして「振り込め詐欺」グループの一員として働くようになってしまう。非常にコワい。
さて、冒頭でじっくり「振り込め詐欺」の巧妙さと効率的なビジネスモデルを読者に刷り込んだ後、いよいよメインの誘拐ビジネスが始まる。犯行グループの発想と行動は意表をつくことばかりで、たとえばさっきも書いた身代金支払い者=「顧客」と信頼関係を作るために成功実績を作る、受け渡し失敗時のバックアッププラン、「顧客」の支払いをあてにしない、「受け子」や「逃げ子」の活用(要するに外部業者へのアウトソース)、などなど。要するに、従来の「誘拐」とはビジネスモデルが違うのである。
もう一つの大きな特徴は、被害者心理を読んでダマす、更には思考停止させる、という「振り込め詐欺」の心理操作手法が徹底的に応用されること。犯行グループは巧みにミスディレクションを張りめぐらし、盲点をついてくる。警察はそれを読もうとする。文字通りの騙し合い、知能戦が展開する。特にクライマックスで犯人が打ってくる手はシンプルながら巧妙で、正直、この知能戦全般にわたって巻島率いる捜査陣は犯人側におされている。偶然の助けを借りてかろうじてキャッチアップできている感じであり、犯人グループ側、つまりはリーダー・淡野のスマートさが際立っている。
さらに、警察と犯人が頭脳戦を繰り広げるそばには苦悩する被害者家族がいる。この事件はいわば警察、犯人、被害者家族の三つ巴の駆け引き合戦なわけだが、被害者家族の主要な葛藤は犯人に協力すべきか警察に協力すべきか、という点であり、これは非常に苦しいジレンマだ。え、警察に協力するに決まっているでしょう、と思われるかも知れないが、そこがこの犯人グループの「心理操作」である。要するに家族は人質を無事に返して欲しい、そのためにはどっちが確実か、ということになる。犯人グループは、我々に協力して警察をダマした方が確実ですよ、と「顧客」に刷り込む。そのための「実績づくり」であり、そのための「直接面談」なのである。なんのことか気になる人は本書を読みましょう。
一番気になる主犯・淡野の去就にケリがつかないで終わってしまうため、竜頭蛇尾の印象を受けてしまう読者もいるに違いないが、間違いなく作者はこのキャラを中心に据えて続編を書くはずである。シリーズものの引きとしてはうまい、と言わざるを得ない。淡野と巻島の対決に決着がつく続編が出たら、私は間違いなく買います。
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