アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

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湖底の光芒

2019-01-26 13:13:55 | 
『湖底の光芒』 松本清張   ☆☆☆★

 『ミステリーの系譜』と一緒に買った松本清張本を読了。こちらは長編小説である。清張作品の中では一級品の部類には入らないだろうが、それなりに読ませる。題材はカメラのレンズ磨き工場で、死んだ夫の跡を継いでこの工場を経営している加須子(かずこ)がヒロイン。かなり美貌の未亡人、という設定である。

 物語は発注元の会社の倒産から始まる。最初の場面は債権者会議で、苦しい中やりくりして納品してきた、あるいはこれから納品するところだった下請けたちの悲鳴のような怒号が渦巻く。そこにうさんくさい古だぬきみたいな男二人が登場し、うまいこといってその場を治める。偽造倒産の疑惑が色濃くなる。ははあ、これはもしかして『二重葉脈』みたいなスリラーになるパターンかな、と思って読んでいると、ヒロインの加須子だけは騙されずに済み、その代わりに彼女の貞操を狙うエリート経営者・弓島が登場する。

 加須子は美貌ながら亡き夫の遺した工場を盛り立てようとするけなげな女性で、礼儀正しく、慎ましい。対して、弓島は切れ者らしい怜悧さと人の上にたつ傲慢さを持ち合わせた、ギラギラした男。そしてその周辺には、弓島の腰ぎんちゃくみたいな古だぬきオヤジ二人。弓島は隙を見ては加須子の手を握って口説こうとする。なんだか昭和の昼メロみたいだが、そこへ「弓島さんってステキ」などと言って彼に近づこうとする加須子の義妹にしてわがまま娘、多摩子が出てきて、ますますメロドラマじみてくる。

 多摩子が加須子に嫉妬して「お義姉さんはずるいわ」などと罵倒してくるあたり、こりゃ完全に昼メロだな、と思いながら読み進める。この多摩子はホントどうしようもない自己チュー娘で、工場のことは何も知らず興味もないくせに、弓島が狙っていると知ると急に自分が経営者になると言い出し、加須子を追い出そうと画策したりする。ヒロインの加須子はそれと正反対に、知的で控え目で誠実な、苦労と辛苦に耐えるタイプの女である。そういうところも昭和の昼メロだ。

 そして、自己チュー娘の多摩子がついに弓島とくっつくあたりから愛憎劇がエスカレートし、多摩子の暴力により加須子が病院送りになる。とんでもない娘である。と、このあたりから物語の視点が加須子から弓島にスライドし、雲行きが怪しくなってくる。つまりヒロインの加須子が脇に引っ込んだ形になり、多摩子につい手を出してしまったのは失敗だったな、みたいな弓島の心理描写が前面に出てくる。同時に多摩子の怪しさも更にエスカレートし、次第にシュールの域にまで高まっていく。大体ハサミで義理の姉をケガさせ、病院送りにし、それでも「あたしが悪いんじゃないわ」などとうそぶいて見舞いにも行かないなんてのはもう、サイコパスの域である。異常人格者だ。

 メロドラマ転じて、『黒革の手帖』みたいな不条理スリラーとなる。だんだんコワくなってくる。もはや弓島が主人公みたいになり、周囲のすべてが敵、という不安感と被害妄想感が立ち込める。世界の崩壊が始まる。飛び込みで座った屋台のラーメン屋からまで暴行を受けるあたりになると、もうはっきりとシュールな不条理劇だ。そしてその挙句に、人気のない闇夜に再びサイコパス多摩子が弓島の前に現れる。すでにホラーである。

 というわけで、最後は弓島メイン、多摩子がサブ、という怖いサイコ・ホラーになって終わる。ヒロインだった加須子は完全に蚊帳の外である。なんだかよく分からないが、これはこれで面白くなくもない。悪党が最後、周囲のみんなに裏切られて転落していくというのは『わるいやつら』に共通する展開だ。松本清張はやっぱりこういうのが好きなんだろう。

 本書の重要なテーマの一つとなっているのが大企業の下請けいじめの実態、そして下請け企業の怨嗟である。池井戸潤の小説にもよく出てくるだが、やはりそんなにすごいのだろうか。本書では、発注者が発注していたものを土壇場で勝手に取り消す場面が出てくる。カメラのレンズや部品はまったくつぶしが効かないので捨てるしかないそうだが、いくらなんでも契約というものがあるし、それはできないだろうと思っていると、訴訟なんかしたら業界内で警戒されて商売できなくなるから、逆らえないという。あまりにひどい。本書でも下請けの経営者が自殺未遂をするエピソードが出てくるが、下請け業者って本当にそんな地獄を見ているのだろうか。
 
 本書タイトルの「湖底の光芒」も、キャンセルされて下請けが泣く泣く湖に捨てたレンズが湖底で放つ光、という意味だ。つまり、下請け業者たちの怨嗟の念である。
 
 全体に暗い雰囲気ではあるが、さすがは松本清張、ページターナーぶりは安定している。まあ前半は昭和のメロドラマだが、終盤エスカレートしていく不条理感いっぱいのスリルは独特で、松本清張ファンなら読んで損はないでしょう。


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