アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

北の夕鶴2/3の殺人

2015-08-06 22:56:29 | 
『北の夕鶴2/3の殺人』 島田荘司   ☆☆☆★

 再読。島田荘司といえば、やっぱり『占星術殺人事件』や『斜め屋敷の犯罪』みたいなあっと驚く大掛かりなトリックだよな、と思う方には多分お気に召す作品だろう。同じ路線だ。私は『占星術殺人事件』には心から驚いたが、『斜め屋敷の犯罪』にはむしろ「ア、アホか…」となったクチなので、本書も微妙である。が、愉しめなかったといえば嘘になる。それにトリック以外にも色々と趣向を凝らしてある。

 本書に登場するのは名探偵・御手洗潔ではなく、吉敷竹史という刑事である。これもまた島田荘司のシリーズ・キャラクターだが、私はこの吉敷シリーズは本書と『奇想、天を動かす』しか読んだことがない。『奇想、天を動かす』はかなり面白く、私は本書より出来がいいと思うが、先に書いた通り『占星術殺人事件』『斜め屋敷の犯罪』の路線に近いのは間違いなくこっちである。

 吉敷シリーズがいつもトラベルミステリなのかどうかよく知らないが、本書はトラベルミステリである。東京の刑事である吉敷が北海道まで旅行して事件にあたる。しかも警察の仕事ではなく、自分の元妻が絡んでいるというので仕事を放り出して出かけていく。吉敷は今でも妻のことを愛しているが、だからこそ妻に別れを切り出されたことがトラウマになっている。久しぶりに元妻の通子に会ってときめいていると、列車の中で通子失踪、もしかしたら殺人犯かも知れない、警察にも追われている、という状況にいてもたってもいられなくなり、北海道まで行ってしまう。

 すると北海道で彼を待ち受けていたのは、恐ろしいまでにさっぱりワケが分からない、島田荘司印のあり得ない殺人事件であった。そのあり得なさはもう特上級で、これが可能なら世の中どんなことでも可能だろ、というぐらいのあり得なさである。2人の女が、団地の一室で死体で発見される。この被害者2人は団地の他の棟の住人で、事件当日他の場所にいたことを目撃されている。そして現場の部屋に行くには管理人室の前を通っていくしかないが、管理人と一緒にいた数名は誰も通らなかったと断言する。ではどうやって現場に行ったのか?

 これはまだ序の口である。次に夜遅く、管理人室で寝ていた数名の一人が、管理人室の前を鎧兜を着た人間が後ろ向きに歩いていくのを目撃する。それからその日管理人室で撮った写真を現像すると、窓の外に鎧兜の武者が映っている。ところが、その写真を撮った時に撮影者が肉眼で確認しているのだが、窓の外には誰もいなかったのである。かつ、窓の外には雪が積もっていて、雪の上に足跡などまったくない。更に恐ろしいことに、写真の中で窓の外に立っている鎧兜には中身がない。つまり、誰がが着ているのではなく、空っぽなのである。

 これが本書の謎の骨格部分で、これに夜鳴き石が泣く声が聴こえたとか、鎧兜にまつわる怪談などが絡んでくるのだが、まあとにかくワケわからない。ついでにもう一つ、霧の日に団地のそばで高校生が撲殺された事件もあり、これも回りに人が大勢いて逃走経路も限られているにもかかわらず、誰も犯人らしき人間を見ていないという不思議な事件だ。

 映っているはずのない鎧兜が写真に映っているという、怪談かオカルトとしか思えない話を吉敷刑事が最後に謎解きするわけだが、この説明もまた唖然となるようなものだ。「すげえ!」となるか「ア、アホか…」となるかは人それぞれだろう。とりあえず、実現可能性はゼロである。まったき机上の空論だ。加えて、もんのすごい偶然が必要となる。これが起きる確率は天文学的といっていいだろう。

 まあ、解説でも指摘されている通り著者本人も分かってやっているのだろうし、実現可能性なんてことを言うのは野暮かも知れない。しかし、要は現実のさまざまな制約を無視した、雑駁な、単なる机上の空論を組み立ててそれがどれだけ面白いのか、ということである。思いつきだけあって検証がないというのは、プロの仕事ではない。プロの凄みがないただの脳内パズルじゃ、やっぱり私は物足りない。

 物語の味付けとしては、吉敷とその元妻・通子とのかなり痛々しいラブストーリーになっていて、吉敷は通子にかけられた殺人容疑を晴らすために文字通り満身創痍となって犯人を追う。このあたりも多少はハラハラさせてくれるが、まあ大したことはなく、やはり本書のウリはアクロバティックなトリックと謎解きに尽きると言っていいだろう。こういうのが好きな人はどうぞ。



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