アブソリュート・エゴ・レビュー

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福家警部補の報告

2019-01-19 10:40:37 | 
『福家警部補の報告』 大倉崇裕   ☆☆☆

 「刑事コロンボ」の影響を強く受けて「刑事コロンボ」そっくりの倒叙推理小説を書いている作家がいると聞き、これは要チェックと思って一冊入手した。短篇集である。といってもそれぞれ中編程度の長さで、本書には「禁断の筋書」「少女の沈黙」「女神の微笑」の三篇が収録されている。また、これは最初の短編集ではなくシリーズ三つ目の短編集である。なぜ三つ目を選んだかというと、これぐらいがキャラも固まり脂がのってきた時期だろうと見当をつけてのことだ。もちろん、アマゾンのカスタマーレビューも参考にした。

 なるほど、これは確かに『刑事コロンボ』である。『古畑任三郎』といっても同じだが。ストーリーは完全に王道の倒叙推理で、主人公である「福家警部補」のキャラも、刑事に見えない、現場に行くと警官から野次馬扱いされる、物忘れがひどい、などかなりコロンボを意識している。たびたびではないが、帰ったと思ったらふいに戻って来るなんてこともある。一方で、B級グルメ的な食べ物へのこだわりは古畑任三郎っぽい。徹夜続きでも平然としている、なんてフロスト警部みたいな特徴もある。

 ミステリとしての出来は悪くないと思う。コロンボ同様、事件のディテールの辻褄が合わないところにこだわり、その疑問を犯人にぶつけて議論する、という流れがメインで、事件への突っ込みポイントは本家と似たパターンでありながら、大体において本家より細かい。そもそも、本家『刑事コロンボ』は推理面ではそれほど細かいわけではない。

 本家コロンボの魅力は、実は推理やロジックやトリック以外の部分にあって、それは言うまでもなく犯人とコロンボの心理戦である。そして、ミステリとしてはそう悪くないにもかかわらず、総合的に本書が本家より弱い理由もそこにある。

 詳しく言うと、まず第一に福家警部補のキャラが漂わせるアニメ臭。小柄で、メガネをかけていて、就職活動中の女学生か事務員みたいな外見にもかかわらず、こわもてのヤクザに凄まれてもまったく動じない出来過ぎたクールさや、腐敗した刑事から言いがかりをつけられた時に完璧な反撃で相手をやりこめてしまうなんて部分が、極端に「スーパー刑事」なのだ。まるでマシーンみたいで、アニメ的なデフォルメ感がある。リアルではない。こわもてのヤクザが彼女をやたら怖がり、話する時に緊張したりするのもやり過ぎだ。

 加えて、当然のようにコミカルな味付けがなされている。福家警部補にペースを乱された容疑者がドタバタ的言辞を弄したりするが、これはたとえば青崎有吾の裏染天馬シリーズとも共通するテイストで、ちょっとラノベっぽい。軽くて読みやすい、ということでこの方が売れるのかも知れないが、やはり犯人と刑事の息詰まる心理戦の醍醐味という観点から言うならば、こういう軽いコミカルなノリはテンションを下げてしまう。ゲーム的になり、犯罪心理小説の迫真性を損なってしまう。

 更に、肝心の心理描写に奥行きがない。先に書いたように福家警部補はロボット的、非人間的で、心理描写はないに等しいが、これはいいとしよう。叙述は基本的に犯人視点なので、対決者である福家警部補が何を考えているのか分からなくても良い。が、犯人の心理描写は必要であり、本書においてはその点がわりと平坦だ。不安に思ったりほっとしたり、という表面的な描写はあるが、それ以上の濃密さがない。

 私は以前書いたようにコロンボのノヴェライズ本を大量に所有していて、そのすべてを舐めるように二度三度、いや五度六度と読み込んだ男だ。小説版コロンボの面白さは日本一知り尽くしているとの自負がある。その私が言うのだが、『刑事コロンボ』でもノヴェライズ版の方がテレビより面白いケースがままあって、それは決まって犯人の心理描写が濃密な場合である。時にはテレビ版にはなかった犯人のコンプレックス、強迫観念、歪んだ願望、あるいは屈折した愛情などが盛り込まれ、綿密に描き込まれて、それがコロンボと犯人の心理戦を手に汗握るものにし、陰影を与えていたものだ。

 残念ながら、本書にはそれがない。平坦であり、ゲーム的だ。そもそも前述したようなアニメ的・ラノベ的軽さを狙っているとしたら、こういう濃密な心理描写は相いれないことになる。だからもともとないものねだりかも知れず、作者からは「そんなもの狙ってないよ」と言われるかも知れないが、かつてノヴェライズ版コロンボにハマった私みたいなコロンボ・ファンからすると、その点が明らかに、絶対的に物足りないのである。

 思わず熱くなってしまったが、そういうコロンボ・ファンとしての勝手な願望をちょっと脇に置いて、軽いミステリとして読む分には悪くないと思う。とりあえず、ここまで王道を行く倒叙推理は最近他に見かけない。TV番組の『古畑任三郎』を小説にしたようなものだ。なんだかんだ書いたが、シリーズの他の巻も読んでみようと思う。
 


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