アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

おかま

2009-09-13 18:13:11 | 
『おかま』 ウィリアム・S・バロウズ   ☆☆☆☆

 再読。これは『ジャンキー』の姉妹編みたいな初期の小説で、『ジャンキー』と同じく主人公はビル・リー、語りもカットアップが使われない伝統的なものだ。基本的にビル・リーと友人たちがぶらぶらしているだけという話の構成も同じ。ただし雰囲気はかなり違う。非常にクールだった『ジャンキー』と比べぐっと哀切である。あのリーが泣くシーンまである。

 その理由をバロウズは前書きの中で禁断症状の影響と説明しているが、本書のテーマは愛なので、読者はまるでそのせいのような印象を受ける。『ジャンキー』のテーマがドラッグだったように、本書のテーマは同性愛である。それは『おかま』という情けないタイトルが示す通り。もちろんバロウズの小説なのでドラッグも出てこないわけがないが、本書が主に描くのはリーがアラートンに寄せる痛々しい恋愛感情である。

 構成は大きく前半と後半に分かれ、前半はメキシコ・シティで色んな連中とぶらぶらする。後半はイェージという麻薬を探すためにリーとアラートン二人が南米を旅行しながらぶらぶらする。イェージはテレパシーを助長するという、またバロウズ特有のわけわからない麻薬である。

 リーはアラートンに恋していて、愛想良くされると単純に喜び、つれなくされると激しく傷つく。この痛ましい感情を肉体感覚のように描くやり方が独特で、こういう文章を読むとやはりバロウズはすごい作家だなと思う。残酷な哀切感と、透明な喪失感が世界を覆っていく。この喪失感は特にエピローグに顕著だ。

 この小説はバロウズ好きにはたまらなく面白い小説だと思うが、人によっては全然面白くないかも知れない。基本的にプロットに依存しない小説である。リーとアラートンのラブ・ストーリーというには起伏が足りないし、大体アラートンがリーをどう思っているのかも、二人の関係の変遷も良く分からない。前書きでバロウズが書いているように、この小説の中のアラートンはまるで幽霊のような存在だ。おまけに二人の別れの経緯は飛ばされてしまっている。イェージ探索というテーマも面白いが、結局中途半端なまま放り出されてしまう。要するに、例によっていい加減なのである。

 そんないい加減な小説のどこが面白いんだと言われそうだが、これが面白いのがバロウズの不思議さだ。あえて言えば個々の会話とか、描写とか、登場人物が動き回るテンポとか、そういう部分が快感なのである。それからまた本書や『ジャンキー』のバロウズの描写にはリアリズムながら本当の現実からはちょっと浮き上がってるようなシュールさがあって、それが非常に気持ちいい。ただこの感覚はかなり微妙で、多分バロウズを読んだことがない人が本書を読んでも「別に普通じゃん」となってしまうだろう。

 だから本書はすでにバロウズにはまっている人向けの小説である。『ジャンキー』の方が一般受けすると思う。まあそういうわけで、本書は絶版になっているわけだ。


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