レーヌスのさざめき

レーヌスとはライン河のラテン名。ドイツ文化とローマ史の好きな筆者が、マンガや歴史や読書などシュミ語りします。

雪の夜の語らい

2006-05-31 19:47:07 | Caesar und Calpurnia
第7章② 
雪の音で目を覚ましたカルプルニアとカエサルの語らい。抄訳します。


廊下の果てで二本の柱の間に見える夜の庭は、黄色味を帯びたバラ色に輝いていた。それはカルプルニアが一度も見たことのない眺めだった。そもそもその夜はいつもよりはるかに明るく見えていた。彼女は、庭を囲む柱廊にはいり、空を見上げた。雲ひとつなかった。月は珍しいほど冷たく澄んで、銀の光を下界へ恵んでいた。いまや彼女は、列柱廊に囲まれた庭全体を見渡すことができた。すべてが、庭を夜でも明るく照らしている穏やかな赤味がかった灯りに包まれていた。ふだんは闇の中で灯りが気前よく光を投げて人目をひいているのであるが、今日は、あたかも地面そのものが反射して、独特のこの世ならぬ光をもって夜に挑戦しているかのようだった。
 カルプルニアが二度目に見渡したとき、この変化がなにから来たのか気づいた。庭中が、ひざの上まで積もった厚い白い層に覆われていた。ほのかにきらめく白は目の前に横たわっていた。それは、かたまった海、柔らかな動きのない波と渦のように見えた。ベンチも藪も小像もその下に消えていた。だたそこここで小さい木と彫刻が突き出て、たっぷりした白い被り物の下でほとんど見えなくなっていた。カルプルニアは柱の間に出てかがみ、その白いものを少し手に取った。するとそれは指に押されて小さな輝く水晶の欠片に砕け、ついには溶けて、冷たい濡れた染みをして残った:雪であった。
 彼女は、雪を見たことはあった。冬にアペニン山を横断したときに何度か、遠くの山頂にかかっていた。雪片も知っていた。時折落ちてきて、重くて湿っていて、すぐに雨に変わり、ぬかるみをあとに残すものだった。(略)
 そしてもちろん氷を知っていた。北のアルプスから運ばれてきて、料理や飲み物を冷やすために倉の奥深くしまわれているものだった。しかし、これほどみごとなものは記憶になかった。この厚い柔らかな輝く白の中に飛びこんで身を沈め、それまで知らなかった白さの中に浮かんで泳いでみたいくらいだった。そのとき中庭の反対側で音がした。雪のひとかたまりが屋根からすべり、砕け、半ばは塊として、半ばは粉々になって地に落ちた、少しの残りだけが貯水池にかかっていた。
 するとカルプルニアは中庭の反対側の柱の間に彼の姿を認めた。(略)
「眠れなかったのかね?」
「きしむ音で目が覚めましたの。あなたもそのようですわね」
「私はもうそうたくさんは眠らないのだ。この歳になると、夜とあらためて親しくなる」
「あなたはいつでもどこでも眠れるとまえにきいたことがあります」
「昔のことだ」
 彼は柱にもたれ、腕を頭の後ろにやり、右足を曲げて石を持ち上げた。カルプルニアは顔を庭に向けた。
「雪は美しいこと」
「私は降るのを見たことがある。二時間以上立って、落ちてくるのを見ていた。あれは私の覚えている一番深い雪だった。たくさんの雪を顔に受けたこともある、ガリアで、アルプスで、ほかの地で」
「そんな眺めは羨ましいですわ」
「ほかにも羨ましがりそうなものを見たぞ」
「きっと、決して私が羨ましがらないものはもっとたくさんあるのでしょうね」
「たとえばガリアやゲルマニアの濃い森だ。果てしなく深い緑、君が目にしたなによりも暗いのだ」
「そんなもの、決して私は見ることはないでしょう」
「私がもどってきたら、新しい属州をまわる旅ができる。君も一緒に来るといい。私の征服地を全部見せよう、ローマの新しい民が敬意をこめて迎えてくれるだろう。(略)ガリアとゲルマニアの森はそうたやすく人間に刈取られはしない。私が戻ったら君も見られる」
「では決してないということですわね。ガリアを征服するのにほとんど10年かかりました。いまやあなたはパルティアへ進軍し、たぶんインダスまで、かつてアレクサンドロスでさえも引き返さざるをえなかったところへ。それから、パルティアを負かしたら黒海まで。終わりのない遠征ですわね」
「パルティアはローマの最後の大敵だ。彼らは我々の東方の平和の秩序を脅かす」

      ・ ・ ・ ・ ・

このあと部屋にはいった夫妻の睦みあいの場面がなんとあります!翌朝「愛の一夜のあとで」のメッセージつきで本が贈られる、しかしそれが『アンチカトー』で、その辛辣な内容に動揺するのでした。
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