レーヌスのさざめき

レーヌスとはライン河のラテン名。ドイツ文化とローマ史の好きな筆者が、マンガや歴史や読書などシュミ語りします。

『笑う大天使』川原泉の弱点

2006-07-13 07:00:19 | マンガ
 かつて「花とゆめ」に連載された『笑う大天使(ミカエル)』が映画化されたので、そのノベライズが文庫で出た。それを機会に、ここで話題にしてみる。

 最初に断っておくと、このマンガに対しての私の感想は結構辛口。少しでもネガティブな意見には耳をかさないという人はこの項読まないことをお勧めします。

 知らない人のために説明すると、お嬢様学校「聖ミカエル」の中の異端児三人組が、奇妙な事件で怪力になってしまい、それを生かして誘拐計画を阻止して暴れるという展開。この三人組は、、
・庶民の出ゆえに姑に追い出されてた母と暮らしていたが、その母の死後、生き別れだった兄にひきとられていきなりお嬢様になってしまった司城史緒
・やり手のホテル王だが妾宅3軒構えた父と、それを平然と無視して家庭も放任した元華族の母を持つ斎木和音
・ただの食堂から運良くチェーン店にのしあがってしまったけど庶民な生活してる一家の更科柚子
という具合に、それぞれ境遇が違ったネコかぶりお嬢様という点がポイントである。(川原さんはネーミングセンスがいい。現実離れしてない程度に素敵な名前が多い。)
 しかし。境遇が大違いなわりにはそれが性格にまではあまり響いていないように(本編では)見えた。『源氏物語』を読まされたときの感想(みんなして光源氏をののしりまくる)、イタリアから赴任した神父の怪しい行動を見てしまったときの反応(この時は見て見ぬふりに決めた)。三人の個性の描き分けがいまひとつ弱い、これは、実質デビュー作(注)『ジュリエット白書』以来の弱点だと思った。『ジュリ~』は:ライバル関係にある兄同士、しかしその妹同士は親友。両方の兄は妹の親友に、天敵の妹とは知らずに惚れてずるずると(そしてこそこそと)お付き合い・・・という話。これは当時、「兄同士、妹同士が似たような性格でパターン化しているのが難点」と批評されていた。この評価を、『ミカエル』で思い出した。個性の描き分けは番外編でようやく出てきたと思った。
 しかし。3つの番外編で私が手放しで気に入ったのは、和音と教育係の俊介(通称?「アンドレ」)、および和音の両親の昔のロマンス(?)が絡む『空色の革命』だけだった。
 柚子が担任教師ロレンス先生の英国のお屋敷でその旧友のオペラ歌手と親交を結ぶ『オペラ座の怪人』はーーたしかに、泣けましたよ、しかしね。これはものすごくイジワルな、たぶん勘ぐりすぎな見方だろうとは思う、だけど、本来読みきりのはずだったものが、「前編」、「後編」、「完結編」、「最終話」と、間も飛び飛びで4回にわたってしまった。「構想拡大のため」と書かれていたけど、それはむしろ逆で、こんなに長期になってしまったからなにか大事件でもないと格好がつかなくなって、それでおハルさんは予定外に死んだのではないだろうか、・・・私にはそんなふうに思えてならなかったのだ。一気にあの話が掲載されたならば、せめて前後編くらいでまとまっていたら、こんなことも考えずに素直にじわっと泣くだけだったろうけど。
 そして問題の『夢だっていいじゃない』。史緒の兄の一臣は見合いのたびに妹にまで同席させて呆れられており、史緒本人も閉口気味。しかし、とあるお嬢様はそれを嫌がらないようでうまくいきかける。
 苦労してきた妹が不憫で幸せにしてやりたいという兄ごころはもっともだ。しかし、それを自分の見合いの相手にまで、「妹優先」を求めるのはいかがなものか。「たまには妹さん抜きで」と思うのはあたりまえである。どうしてもというならば、せめて妹の友だち・先輩から相手を選んで自分との結婚のほうをついでに思ってくれるように説得でもしないといかんだろうに。
 これが(私の知る限りでは)批判もされずに受けたということは、多くの少女読者は、ヨメよりも「妹」の立場に自分を置いていたということなのだろうか。ではレディコミならば許されなかったかもしれない。
 そういうふうに、身びいきの強さは配偶者迷惑だと身近な例で痛感している私には抵抗のある話だった。

 批判はこのくらいにしといて。

 ノベライズを読んだ限りでは、中々うまくまとまっていると思う。こっそり学校でラーメンを食べようとしていた史緒が火事を出しかけて、そのときのいろいろ混じってしまった煙が怪力のモトという話の縮め方などいい要領。文緒の兄の職業は原作ではけっこう早い時期にわかるけど、これがひっぱられて人情話として生かされる。
 あのワンピースのような制服はいったいなんなんだ、という不満はまえからある。舞台に立つ合唱団かなんかならばわかるけど、学校の制服としてはヘンじゃないか。首元開きすぎ。原作のほうがずっと可愛いのに。

 原作で好きな場面。
・城に住む貴族のくせに、福引で洗剤あてようとしているロレンス先生が可愛い。
・誘拐犯人たちを、ハデな服だけで「イタリア人」と決め付けて断言する史緒。
・とっても簡潔にまとめられたサムソン&デリラのエピソード紹介。

ほかの川原作品についてはいずれまた。いちばん好きなのは異色作『Intolerance・・・---あるいは暮林助教授の逆説』。
 
注「実質デビュー作」
白泉社では(少なくとも私の読んでいた時期には)投稿作が受賞して掲載されたものは「デビュー作」と見做さないという方針。これは(コロンブスの「アメリカ発見」が原住民を無視した言い方であるように)読者の存在を無視していると思う。
コメント (6)    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ヴォルムス | トップ | 地球「温暖」化 »

6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
映画、気になっています (HAYA)
2006-07-13 20:21:24
川原作品は好きですけど、確かに、キャラの物事への反応はやや画一的なとこがありますね。それが独特の平和な雰囲気を醸し出しているとも言えますが、悪くいえば退屈。



http://movies.yahoo.co.jp/

上の映画ブログという部分で映画の冒頭を観ることができます。これだけでは何とも言えませんがちと悪い意味で漫画的だと感じました。

制服は私も違和感があるのですが、お嬢様らしさを普通の制服で表現するのが最近では難しくなってるのかな、とふと思いました。がさつなお嬢様を表現するはずがただのがさつな女子高生に見えては、インパクト皆無ですから…。
ご紹介ありがとう (レーヌス)
2006-07-14 13:08:14
 読んでからだいぶ経っているので、忘れていた場面もありました。

 それにしても、ドラゴンだの天使だの、・・・これ日本の話だよねオイって感じですね。
Unknown (サラ)
2018-07-09 21:15:36
三人のその後について、他の二人が結婚する一方、史緒は兄の一臣とともに独身と紹介されていましたね。

あの二人が独身のまま一緒に生きていってるってのは、「結婚することが当たり前」との世間の風潮からすれば、内実はともかく、外観はけっこう「進歩的」では、と思いました。

あまり贅沢を言ってはしかたないのですが、結婚した二人がどっちも子持ちっつうのも、自分としてはちょっと不満(「子どもはない仲良し夫婦」ってカプが描かれてもいいじゃないか!)。
私が連想してしまうのは (レーヌス)
2018-07-10 18:59:20
 ほかの二人が他人男女の結婚でそれらと並んで書かれたので、私はどうしても、「ジークムントとジークリンデするなよ!」と思ったのでした。

>「子どもはない仲良し夫婦」ってカプが描かれてもいいじゃないか

 そうですね、三人三様にもなるし。
Unknown (マハーケイマ)
2019-08-15 08:41:20
こんにちは。暑いですねー。

笑う大天使…川原泉の…

私が都内M区内の某社で受付やっていた時、机の下で読んでいたヤツですよー!都内SF並区の古本屋で買って!
受付嬢、やりがいのない仕事だったなー隣のガードマンのおじさんは野球と釣りの話ばかりするし…
でも川原泉の絵は好きでした。
しかしS並区内の古本屋で、まつざきあけみの作品見つけて感動しました!とくにリリカの中の宝石物語の宝石夫人…あそこに出てくる美少女にしか見えない美少年が!
女の子にしか見えない男の子って、バラの騎士のオクタビアン?でしたね!たらさわみちの…。
まだまだ「残暑」ではない感じです (レーヌス)
2019-08-21 08:44:03
 映画化された時に『ミカエル』の廉価版みたいなのが出たのでパラ見して、このころの絵はきれいだったと思いました。いまはなんだか乾いてしまった感じです。
 「リリカ」、短命だけど異彩を放っていた雑誌ですね。

コメントを投稿

マンガ」カテゴリの最新記事