湘南徒然草

湘南に生まれ、育ち、この土地を愛し、家庭を持ち、子育てに追われ、重税に耐える一人の男の呟き。

医師を志望したが・・・数学は”言語”

2016-10-20 18:17:31 | Weblog
地方の国立大学の医学部を二つ
そして、首都圏の幾つかの私大の医学部を受験し
すべてに不合格であった私は
ごく自然に、浪人をすることになりました

医学部を目指した理由は幾つかあります
最大の理由は、医師の収入が多いことでした
お金が欲しかったのではありません
両親が税金の重さに悲鳴を上げていたので
両親を助けるために、農家の跡継ぎとしては
家産を守れるだけの収入を得る必要があったからです

他にも、大きな理由がありました
私の好きな作家、北杜夫も安部公房も
文学部ではなく、医学部出身だったからです
私は、中学生の頃から、作家志望でもあったのです
高校に入ってからは、短編小説を書いたりしていました

今から思えば
私は、本音では、まったく医学部を希望していませんでした
私は、医療に関する、ほぼ全てが嫌いでした
病気は勿論、病院も、医者も、薬も注射も、消毒の匂いも・・・
まして死体など、見るのも触るのも、真っ平でした
とにかく、全てが、現在に至るまで、嫌いです

他人から強制されたわけでもなく
自分自身で選んだ道であるにもかかわらず
私は、自分の進路が、嫌で嫌で、たまらなかったのでしょう
こんなことで、勉強をやる気が出るわけがありません
浪人した私は、予備校には行かず
最初にしたのは、自動車学校に通うことでした
さすがにこれには、一緒に医学部を目指していた友人も呆れていました

私が本音で憧れていたのは、京都大学の理学部でした
そこで、京都大学の入試の数学の問題を見てみると
私には、まったく、歯が立ちませんでした
解答を見ると、計算の途中で、ある公式を思いつけば
まるでパズルを解くように、スラスラと問題が解けるのでした

私は、がっかりしました
これでは、中学の時の二次方程式の”たすき掛け”と同じです
知っている公式が、パッと思い浮かぶかどうかが勝負です
”数学は論理”と考える私には
慣れや勘が解法に結び付く数学は邪道なのでした
京都大学への夢は幻滅に終わりました

同じ頃、東京大学の入試問題を見て、私は感心しました
実に良く出来ていて、私は東大を受験してみたくなりました
数学の問題についての記憶はありませんが
どの科目も、とても良い問題が作られていて、解答は論述式でした
東大の入試問題には、独特のものを感じました
私は、浪人して、東大の入試問題を見てから、東大に憧れたのでした













コメント (2)
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