未唯への手紙
未唯への手紙
文房具が本を駆逐する
久しぶりの名古屋
やはり、右胸が痛いですね。バス停まで15分、歩きました。思い切って、名古屋に行くことにしました。何も持たずに来ました。録画した、NHK番組「戦争と平和」だけ持って、来ました。高速バスの中で見るつもりです。テレビとバッテリーです。
10時過ぎについて、地下街の吉野家で並卵のあとに、スタバに行き、恐る恐る覗き込んだ。居なかった。休憩かもしれないとと思い、ミッドランドスクエアの映画館に行って、適当な映画があるかどうか確認した。時間帯が悪かった。それで、戻って、見ていたが居なかった。
知り合いのスタッフが声を掛けてくれたので、居るかどうか聞いたら、「居ない」とのこと。機能も居なかったみたい。年末の月末では、勤務時間が限られますね。やはり、縁はないですね。Iさんが居ないと入る気にもならないので、そのまま、東急ハンズに向かった。
文房具が本を駆逐する
10階の文房具に着いたが、様子がおかしい。尋ねたら、11階とのこと。11階はほんやだったはずだったけど。本屋が1/3になり、残りをハンズの文房具が占めていた。名古屋の駅前の本屋といえども、規模縮小なんですね。東京の大規模本屋がつぶれるのと一緒ですね。
一昨年と同様に、モレスキンのダイアリー(3020円)を購入。色はオレンジにしました。どこにも寄る気がしなくて、バスで豊田市に直行。
スタバのザッハトルテが薄くなっていた
駅前スタバにザッハトルテがあった。クリスマスが終わり、次のシリーズですね。早速、セブンイレブンのザッハトルテと比べるために購入。420円は高すぎる。ファミマが250円、スタバが300円ですね。なんとなく、背が低くなっているねとカウンターのみのりさんと話していた。チョコレート味があまりしなかった。
モレスキンには世界の祝日が書かれている
モレスキンのダイアリーに世界の祝日が書かれていた。元旦が食実でないのは、イスラエルだけです。四月の祝日は世界を見ると、3日ぐらいあるけど、日本は1日しかない。これは宗教の関係なんでしょう。
他者の世界に一人
私には文句を言える相手が居ない。周りには他者しか居ないんだから。
外出する人の割合
ネットニュースで、外出する人の割合が低くなっていると報じている。この外出の定義の中で、近くのコンビニまで行くことは含まないでしょう。そうだと、私の場合は0.6ぐらいですね。かなり、低いですね。
ブロックチェーン以前に市民の覚醒
ブロックチェーンで従来のハイアラキーのカタチから配置のカタチに変わっていく。元々のものが変わってくれば、こういうものが出てきて、それがサポートしていくことを述べている。主客が変わります。
まず、ハイアラキーの方から変わっていかないといけない。そうでないと、手段は使えません。ブロックチェーンの問題をリーダーシップとかガバナンスで解決できるというのは、まだまだ不十分です。これこそはイアラキーに依存している。これを超えていくためには底辺から変えていくしかない。
小さな視点での映画
大きな視点に対して、小さな視点を描けるのが映画です。大きな視点の映画はできません。戦争と平和と言っても、概念だけ述べても。映画にはなりません。
アンドレが出てきて、ナターシャが出てきて、ピエールが出てくる。それぞれが何を考えて、土オウ動くのか。ナターシャは何を望んだのか。
OCR化した本の感想
『世界史のながれをつかむ技術』
怠惰と欲望が世界を変えるとある。歴史を変えるためには、市民の覚醒で、人類を新たな境地へ持って行かないといけない。その実験は6世紀に為されている。ムハンマドでアラブ社会が覚醒した。その伝播力は大きなモノだった。
オスマントルコというよりもトルコ人の迷走によって、中途半端なものになってしまった。新しいカタチでの覚醒で、怠惰と欲望を超えることでシェア社会を他者の世界に作って欲しい。
西アジアの時代区分は実験の歴史を示している。古代オリエント世界⇒一神教の誕生⇒アラブ帝国とイスラム帝国⇒オスマン帝国。これが西洋中心の歴史のそばで流れていた。今後は大きな一つの流れで動き出す。
『独身40男の歩き方』
これって、一般的な悩みを書いているだけで、そこから先を分析していない本ですね。そして、その悩みは独身40男に限ったことではない。自分を持っていない人間に共通するものです。他者の世界は面倒くさい。勝手に人との関係で悩んでいる。
『起死回生の読書!』
何故、本を読むのかは難しい。まずは1万冊の本に触れてみないと理解できない、と言うのが私の感想です。1万冊達成時点で分かったのは、全てを知るために本はあるんだと言うこと。
1万冊を読める環境は図書館抜きには考えられない。1万冊買ったら、軽く1千万円を超えるだけでなく、置き場所がない。借りて、本からDNAを抜き出して、ネットに補完することで可能になった。
電子書籍の時代になれば、コンテンツの文化・統合によって、個人の環境はたやすくできる。更に進めば、知のカプセル化も可能になる。全てを知るために、本を読まなくても済むようになる。本を読むことが重要ではなく、私は私の世界を創り出すことが目的です。
やはり、右胸が痛いですね。バス停まで15分、歩きました。思い切って、名古屋に行くことにしました。何も持たずに来ました。録画した、NHK番組「戦争と平和」だけ持って、来ました。高速バスの中で見るつもりです。テレビとバッテリーです。
10時過ぎについて、地下街の吉野家で並卵のあとに、スタバに行き、恐る恐る覗き込んだ。居なかった。休憩かもしれないとと思い、ミッドランドスクエアの映画館に行って、適当な映画があるかどうか確認した。時間帯が悪かった。それで、戻って、見ていたが居なかった。
知り合いのスタッフが声を掛けてくれたので、居るかどうか聞いたら、「居ない」とのこと。機能も居なかったみたい。年末の月末では、勤務時間が限られますね。やはり、縁はないですね。Iさんが居ないと入る気にもならないので、そのまま、東急ハンズに向かった。
文房具が本を駆逐する
10階の文房具に着いたが、様子がおかしい。尋ねたら、11階とのこと。11階はほんやだったはずだったけど。本屋が1/3になり、残りをハンズの文房具が占めていた。名古屋の駅前の本屋といえども、規模縮小なんですね。東京の大規模本屋がつぶれるのと一緒ですね。
一昨年と同様に、モレスキンのダイアリー(3020円)を購入。色はオレンジにしました。どこにも寄る気がしなくて、バスで豊田市に直行。
スタバのザッハトルテが薄くなっていた
駅前スタバにザッハトルテがあった。クリスマスが終わり、次のシリーズですね。早速、セブンイレブンのザッハトルテと比べるために購入。420円は高すぎる。ファミマが250円、スタバが300円ですね。なんとなく、背が低くなっているねとカウンターのみのりさんと話していた。チョコレート味があまりしなかった。
モレスキンには世界の祝日が書かれている
モレスキンのダイアリーに世界の祝日が書かれていた。元旦が食実でないのは、イスラエルだけです。四月の祝日は世界を見ると、3日ぐらいあるけど、日本は1日しかない。これは宗教の関係なんでしょう。
他者の世界に一人
私には文句を言える相手が居ない。周りには他者しか居ないんだから。
外出する人の割合
ネットニュースで、外出する人の割合が低くなっていると報じている。この外出の定義の中で、近くのコンビニまで行くことは含まないでしょう。そうだと、私の場合は0.6ぐらいですね。かなり、低いですね。
ブロックチェーン以前に市民の覚醒
ブロックチェーンで従来のハイアラキーのカタチから配置のカタチに変わっていく。元々のものが変わってくれば、こういうものが出てきて、それがサポートしていくことを述べている。主客が変わります。
まず、ハイアラキーの方から変わっていかないといけない。そうでないと、手段は使えません。ブロックチェーンの問題をリーダーシップとかガバナンスで解決できるというのは、まだまだ不十分です。これこそはイアラキーに依存している。これを超えていくためには底辺から変えていくしかない。
小さな視点での映画
大きな視点に対して、小さな視点を描けるのが映画です。大きな視点の映画はできません。戦争と平和と言っても、概念だけ述べても。映画にはなりません。
アンドレが出てきて、ナターシャが出てきて、ピエールが出てくる。それぞれが何を考えて、土オウ動くのか。ナターシャは何を望んだのか。
OCR化した本の感想
『世界史のながれをつかむ技術』
怠惰と欲望が世界を変えるとある。歴史を変えるためには、市民の覚醒で、人類を新たな境地へ持って行かないといけない。その実験は6世紀に為されている。ムハンマドでアラブ社会が覚醒した。その伝播力は大きなモノだった。
オスマントルコというよりもトルコ人の迷走によって、中途半端なものになってしまった。新しいカタチでの覚醒で、怠惰と欲望を超えることでシェア社会を他者の世界に作って欲しい。
西アジアの時代区分は実験の歴史を示している。古代オリエント世界⇒一神教の誕生⇒アラブ帝国とイスラム帝国⇒オスマン帝国。これが西洋中心の歴史のそばで流れていた。今後は大きな一つの流れで動き出す。
『独身40男の歩き方』
これって、一般的な悩みを書いているだけで、そこから先を分析していない本ですね。そして、その悩みは独身40男に限ったことではない。自分を持っていない人間に共通するものです。他者の世界は面倒くさい。勝手に人との関係で悩んでいる。
『起死回生の読書!』
何故、本を読むのかは難しい。まずは1万冊の本に触れてみないと理解できない、と言うのが私の感想です。1万冊達成時点で分かったのは、全てを知るために本はあるんだと言うこと。
1万冊を読める環境は図書館抜きには考えられない。1万冊買ったら、軽く1千万円を超えるだけでなく、置き場所がない。借りて、本からDNAを抜き出して、ネットに補完することで可能になった。
電子書籍の時代になれば、コンテンツの文化・統合によって、個人の環境はたやすくできる。更に進めば、知のカプセル化も可能になる。全てを知るために、本を読まなくても済むようになる。本を読むことが重要ではなく、私は私の世界を創り出すことが目的です。
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