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モンゴル 人民革命と全体主義の恐怖政治

『モンゴルを知るための65章』より

清朝が滅亡し帝政ロシアが瓦解すると、ハルハ・モンゴルは反共・シナ従属か、容共・独立かの二者択一を迫られた。最善の策は自力独立だが、力及ばぬのがモンゴルのつらいところであった。モンゴルが中華民国から独立するにはソ連の軍事援助は不可欠だが、それには不安と拒絶感の強い共産主義を受容せねばならない。しかしマルクス・レーニン主義は資本主義の成立を前提とし、小資本の蓄積もない遊牧経済のモンゴルに適合するかは未知数だった。また、唯心的傾向の強い仏教を信じるモンゴル人には、唯物弁証法や唯物論は精神的にも感情的にも馴染まぬものだった。内蒙古は独立援助の勢力に反共・反シナの日本を選択したが、ハルハは地政学的にソ連と組む以外に道はなかった。モンゴル独立の達成はこうしたジレンマの克服でもあった。

結局ハルハは共産主義を受け入れ、ソ連を侍んでモンゴル人民共和国として独立した。内蒙古が日本の敗戦によりいまだに中国の支配下にあるのを見れば、主権国家の名目を獲得できたハルハの選択は大筋では正しかった。しかしその代償は大きかった。かつてロシアはモンゴル帝国の影響力をタタールの帽と呼んだが、20世紀は逆にソ連がモンゴルヘの幄となった。

1924年の人民共和国憲法は、最高権力を勤労人民に置き、4000人に1人の割合で選出された代議員の国家大会議が政権を担うと定めている。それはソ連の模倣で、会議は会議の焼き直しだった。選挙も普通・平等・直接が原則だが、党の反対者の立候補はなく、有権者は賛否の表明をするだけで、候補者はソ連同様ほぼ100%の支持率を獲得した(坂本是忠『モンゴルの政治と経済』)。人民共和国時代は、自然科学の論文ですらマルクス、エングルスらの論著が最初に引用されるなど、自由主義社会の識者には自明の奇怪なことが社会全体で行われていた。

革命という名の伝統破壊は、平等のイデオロギーを建前に1929~1932年、貴族・寺院、富裕牧民から一般牧民までの財産を没収し、強制的に集団化した。これには反乱もおきたが、集団化は農牧業協同組合として1955~1959年に結実した。世界の共産主義者は集団化による経済発展を夢想したが、結果は反対だった。私有財産を失い勤労意欲は低下し、自由をなくした人民の生産効率は上がるはずもない。ウィーン学派の経済学者ハイエクは、「ある決定的な社会的目標へ向けて、社会全体の労働を計画的に組織化すること」(西山千明訳『隷属への道』)を集産主義とし、ファシズムや共産主義などの全体主義に共通の性格と述べている。ハイエクはすでに半世紀前、このような経済の自由を統制した計画経済は、必ずや政治・文化・生活の不自由にいたると喝破していた。モンゴルはまさに「隷属への道」の渦中にあった。

ハイエクは、経済の自由、金銭の自由こそすべての自由の根拠とした。蓄財・散財は個人の自由であって権力が統制してはならない。「私有財産制は、財産を所有する者だけでなく、それを持たぬ者にとっても、もっとも重要な自由の保障である」とはそのことを指す。政府が経済を統制し富の再分配という道徳を語ると、それを実行するごく一部の官僚に権力が集中し、ほかはすべて隷属する。戦後日本の左翼が蛇蝸のごとくきらった戦前の日本は、実は統制経済であり、不完全の社会主義社会だった。熱狂的な軍国少年が戦後共産主義者に転じたのは、本質が全体主義的だからである。その意味で共産主義とファシズム、左翼と右翼は共通の性格をもつ。

こうした社会ではスパイが横行し、人々は常に監視されるという。1987年、私がモンゴルのホテルの一室でモンゴル人学者と社会主義批判の話になったとき、彼はベッドの下に手を入れ盗聴器を探しだした。私が「ソ連製盗聴器なら大丈夫」と言うと、彼は真顔で「彼らはソニーを使う」と言った。これがブラックユーモアでない点に全体主義の姿が見える。

ハイエクによれば、全体主義国家では社会の最悪の者が指導者になる。レーニン、ヒトラー、スターリン、毛沢東、ポルポトらは恣意的正義にもとづき大虐殺を実行した。モンゴルでもボドー、ダンザン、アマル、ゲンデンら首相経験者が、日本のスパイとか反革命分子などの罪状のもと、ソ連などで処刑された。ノモンハンの国境紛争で日本・満洲国軍を破った英雄チョイバルサン将軍は、2年に亙る粛清を実行したのち、1939年首相となった。ソ連で処刑されたゲンデン旧宅は現在「政府による被害を記念する博物館」となり、その一階の内壁に赤で書かれた軍人721人、青の民間人9852人、黄の僧侶1万7612人の処刑された人の名を公開している(1999年現在)。

1992年新生モンゴル国憲法は、政治信条の違いによる弾圧を禁じたが、1998年民主化運動の指導者ソリグが暗殺されるなど、政情は安定しない。モンゴルの自主独立には希望も課題も多い。
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