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平成26年(受)第1434号,第1435号 損害賠償請求事件
平成28年3月1日 第三小法廷判決
主 文
1 平成26年(受)第1434号上告人の上告を棄却する。
2 原判決中,平成26年(受)第1435号 上告人敗訴部分を破棄し,同部分につき第1審判決を取り消す。
3 前項の部分に関する平成26年(受)第1435号 被上告人の請求を棄却する。
4 第1項に関する上告費用は,平成26年(受)第1434号上告人の負担とし,前2項に関する訴訟の総費用は,平成26年(受)第1435号被上告人の負担とする。
理 由
平成26年(受)第1434号上告代理人三村量一ほかの上告受理申立て理由
(ただし,排除されたものを除く。)及び同第1435号上告代理人浅岡輝彦ほか
の上告受理申立て理由について
1 本件は,認知症にり患したA(当時91歳)が旅客鉄道事業を営む会社であ
る平成26年(受)第1434号上告人・同第1435号被上告人(以下「第1審
原告」という。)の駅構内の線路に立ち入り第1審原告の運行する列車に衝突して
死亡した事故(以下「本件事故」という。)に関し,第1審原告が,Aの妻である
平成26年(受)第1435号上告人(以下「第1審被告Y1」という。当時85
歳)及びAの長男である平成26年(受)第1434号被上告人(以下「第1審被
告Y2」という。)に対し,本件事故により列車に遅れが生ずるなどして損害を被
ったと主張して,民法709条又は714条に基づき,損害賠償金719万774
0円及び遅延損害金の連帯支払を求める事案である。第1審被告らがそれぞれ同条
所定の法定の監督義務者又はこれに準ずべき者に当たるか否か等が争われている。
2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
・・・・・・(略)・・・
3 原審は,次のとおり判断して,第1審原告の第1審被告Y1に対する損害賠
償請求を一部認容し,第1審被告Y2に対する損害賠償請求を棄却した。
(1) 一方の配偶者が精神上の障害により精神保健及び精神障害者福祉に関する
法律5条に規定する精神障害者となった場合には,同法上の保護者制度(同法20
条(平成25年法律第47号による改正前のもの)参照)の趣旨に照らしても,そ
の者と現に同居して生活している他方の配偶者は,夫婦の協力及び扶助の義務(民
法752条)の履行が法的に期待できないような特段の事情のない限り,夫婦の同
居,協力及び扶助の義務に基づき,精神障害者となった配偶者に対する監督義務を
負うのであって,民法714条1項所定の法定の監督義務者に該当するものという
べきである。そして,Aと同居していた妻である第1審被告Y1は,Aの法定の監
督義務者であったといえる。
第1審被告Y1は,Aが重度の認知症を患い場所等に関する見当識障害がありな
がら外出願望を有していることを認識していたのに,A宅の事務所出入口のセンサ
ー付きチャイムの電源を入れておくという容易な措置をとらなかった。このこと等
に照らせば,第1審被告Y1が,監督義務者として監督義務を怠らなかったとはい
えず,また,その義務を怠らなくても損害が生ずべきであったともいえない。
(2) 第1審被告Y2がAの長男として負っていた扶養義務は経済的な扶養を中
心とした扶助の義務であって引取義務を意味するものではない上,実際にも第1審
被告Y2はAと別居して生活しており,第1審被告Y2がAの成年後見人に選任さ
れたことはなくAの保護者の地位にもなかったことに照らせば,第1審被告Y2
が,Aの生活全般に対して配慮し,その身上を監護すべき法的な義務を負っていた
とは認められない。したがって,第1審被告Y2は,Aの法定の監督義務者であっ
たとはいえない。また,第1審被告Y2は,20年以上もAと別居して生活してい
たこと等に照らせば,Aに対する事実上の監督者であったともいえない。
4 しかしながら,原審の上記3(2)の判断は結論において是認することができ
るが,同(1)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1)ア 民法714条1項の規定は,責任無能力者が他人に損害を加えた場合に
はその責任無能力者を監督する法定の義務を負う者が損害賠償責任を負うべきもの
としているところ,このうち精神上の障害による責任無能力者について監督義務が
法定されていたものとしては,平成11年法律第65号による改正前の精神保健及
び精神障害者福祉に関する法律22条1項により精神障害者に対する自傷他害防止
監督義務が定められていた保護者や,平成11年法律第149号による改正前の民
法858条1項により禁治産者に対する療養看護義務が定められていた後見人が挙
げられる。しかし,保護者の精神障害者に対する自傷他害防止監督義務は,上記平
成11年法律第65号により廃止された(なお,保護者制度そのものが平成25年
法律第47号により廃止された。)。また,後見人の禁治産者に対する療養看護義
務は,上記平成11年法律第149号による改正後の民法858条において成年後
見人がその事務を行うに当たっては成年被後見人の心身の状態及び生活の状況に配
慮しなければならない旨のいわゆる身上配慮義務に改められた。この身上配慮義務
は,成年後見人の権限等に照らすと,成年後見人が契約等の法律行為を行う際に成
年被後見人の身上について配慮すべきことを求めるものであって,成年後見人に対
し事実行為として成年被後見人の現実の介護を行うことや成年被後見人の行動を監
督することを求めるものと解することはできない。そうすると,平成19年当時に
おいて,保護者や成年後見人であることだけでは直ちに法定の監督義務者に該当す
るということはできない。
イ 民法752条は,夫婦の同居,協力及び扶助の義務について規定している
が,これらは夫婦間において相互に相手方に対して負う義務であって,第三者との
関係で夫婦の一方に何らかの作為義務を課するものではなく,しかも,同居の義務
についてはその性質上履行を強制することができないものであり,協力の義務につ
いてはそれ自体抽象的なものである。また,扶助の義務はこれを相手方の生活を自
分自身の生活として保障する義務であると解したとしても,そのことから直ちに第
三者との関係で相手方を監督する義務を基礎付けることはできない。そうすると,
同条の規定をもって同法714条1項にいう責任無能力者を監督する義務を定めた
ものということはできず,他に夫婦の一方が相手方の法定の監督義務者であるとす
る実定法上の根拠は見当たらない。
したがって,精神障害者と同居する配偶者であるからといって,その者が民法7
14条1項にいう「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に当たるとする
ことはできないというべきである。
ウ 第1審被告Y1はAの妻であるが(本件事故当時Aの保護者でもあった(平
成25年法律第47号による改正前の精神保健及び精神障害者福祉に関する法律2
0条参照)。),以上説示したところによれば,第1審被告Y1がAを「監督する
法定の義務を負う者」に当たるとすることはできないというべきである。
また,第1審被告Y2はAの長男であるが,Aを「監督する法定の義務を負う
者」に当たるとする法令上の根拠はないというべきである。
(2)ア もっとも,法定の監督義務者に該当しない者であっても,責任無能力者
との身分関係や日常生活における接触状況に照らし,第三者に対する加害行為の防
止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の
監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められ
る場合には,衡平の見地から法定の監督義務を負う者と同視してその者に対し民法
714条に基づく損害賠償責任を問うことができるとするのが相当であり,このよ
うな者については,法定の監督義務者に準ずべき者として,同条1項が類推適用さ
れると解すべきである(最高裁昭和56年(オ)第1154号同58年2月24日
第一小法廷判決・裁判集民事138号217頁参照)。その上で,ある者が,精神
障害者に関し,このような法定の監督義務者に準ずべき者に当たるか否かは,その
者自身の生活状況や心身の状況などとともに,精神障害者との親族関係の有無・濃
淡,同居の有無その他の日常的な接触の程度,精神障害者の財産管理への関与の状
況などその者と精神障害者との関わりの実情,精神障害者の心身の状況や日常生活
における問題行動の有無・内容,これらに対応して行われている監護や介護の実態
など諸般の事情を総合考慮して,その者が精神障害者を現に監督しているかあるい
は監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地からその者に対し精神障害者
の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観
点から判断すべきである。
イ これを本件についてみると,Aは,平成12年頃に認知症のり患をうかがわ
せる症状を示し,平成14年にはアルツハイマー型認知症にり患していたと診断さ
れ,平成16年頃には見当識障害や記憶障害の症状を示し,平成19年2月には要
介護状態区分のうち要介護4の認定を受けた者である(なお,本件事故に至るまで
にAが1人で外出して数時間行方不明になったことがあるが,それは平成17年及
び同18年に各1回の合計2回だけであった。)。第1審被告Y1は,長年Aと同
居していた妻であり,第1審被告Y2,B及びCの了解を得てAの介護に当たって
いたものの,本件事故当時85歳で左右下肢に麻ひ拘縮があり要介護1の認定を受
けており,Aの介護もBの補助を受けて行っていたというのである。そうすると,
第1審被告Y1は,Aの第三者に対する加害行為を防止するためにAを監督するこ
とが現実的に可能な状況にあったということはできず,その監督義務を引き受けて
いたとみるべき特段の事情があったとはいえない。したがって,第1審被告Y1
は,精神障害者であるAの法定の監督義務者に準ずべき者に当たるということはで
きない。
ウ また,第1審被告Y2は,Aの長男であり,Aの介護に関する話合いに加わ
り,妻BがA宅の近隣に住んでA宅に通いながら第1審被告Y1によるAの介護を
補助していたものの,第1審被告Y2自身は,横浜市に居住して東京都内で勤務し
ていたもので,本件事故まで20年以上もAと同居しておらず,本件事故直前の時
期においても1箇月に3回程度週末にA宅を訪ねていたにすぎないというのであ
る。そうすると,第1審被告Y2は,Aの第三者に対する加害行為を防止するため
にAを監督することが可能な状況にあったということはできず,その監督を引き受
けていたとみるべき特段の事情があったとはいえない。したがって,第1審被告
Y2も,精神障害者であるAの法定の監督義務者に準ずべき者に当たるということ
はできない。
5 以上によれば,第1審被告Y1の民法714条に基づく損害賠償責任を肯定
した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,原判
決のうち第1審被告Y1敗訴部分は破棄を免れない。この点をいう第1審被告Y1
の論旨は理由がある。そして,以上説示したところによれば,第1審原告の第1審
被告Y1に対する民法714条に基づく損害賠償請求は理由がなく,同法709条
に基づく損害賠償請求も理由がないことになるから,上記部分につき,第1審判決
を取り消し,第1審原告の請求を棄却することとする。
他方,第1審被告Y2の民法714条に基づく損害賠償責任を否定した原審の判
断は,結論において是認することができる。この点に関する第1審原告の論旨は理
由がないから,第1審原告の第1審被告Y2に対する同条に基づく損害賠償請求を
棄却した部分に関する第1審原告の上告は棄却すべきである。
なお,その余の請求に関する第1審原告の上告については,上告受理申立て理由
が上告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
なお,裁判官木内道祥の補足意見,裁判官岡部喜代子,同大谷剛彦の各意見がある。
裁判官木内道祥の補足意見は,次のとおりである。
私は・・・・・・・(略)・・・
裁判官岡部喜代子の意見は,次のとおりである。
私は,・・・・・・・(略)・・・
4 ここで,結論を同じくする大谷裁判官の意見について若干述べておきたい。
大谷裁判官の意見については利害の調整という観点から共感を覚えるものである。
しかし,・・・・・・・(略)・・・
5 以上のとおりであるから,第1審被告Y2は法定の監督義務者に準ずべき者
に該当するものの民法714条1項ただし書にいう「その義務を怠らなかったと
き」に該当し,その責任を負わないものである。なお,第1審被告Y2が法定の監
督義務者に準ずべき者に該当することは上記1において述べたとおりの諸般の事情
に基づくものであって一般的に長男であることないし長男という立場に基づくもの
ではないことを注意的に付言する。
裁判官大谷剛彦の意見は,次のとおりである。
1 私は,・・・・・・・・・・・(略)・・・
8 次に,第1審被告Y2において,監督義務者としての義務を怠っていなかっ
たかどうかの免責要件について検討するが,この主張,立証責任は,条文の構成か
らみて被告側が負うこととなる。
この点についても,・・・・・・(略)・・・
高齢者の認知症による責任無能力者の場合について
は,対被害者との関係でも,損害賠償義務を負う責任主体はなるべく一義的,客観
的に決められてしかるべきであり,一方,その責任の範囲については,責任者が法
の要請する責任無能力者の意思を尊重し,かつその心身の状態及び生活の状況に配
慮した注意義務をもってその責任を果たしていれば,免責の範囲を拡げて適用され
てしかるべきであって,そのことを社会も受け入れることによって,調整が図られ
るべきものと考える。
(裁判長裁判官 岡部喜代子 裁判官 大谷剛彦 裁判官 大橋正春 裁判官
木内道祥 裁判官 山崎敏充)
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