● 報道発表資料 60秒でわかるプレスリリース
アルツハイマー病で記憶は失われていない可能性 -アルツハイマー病モデルマウスの失われた記憶の復元に成功-
2016年3月17日 理化学研究所
図 シナプス増強で復元されるADマウスの自然な手がかりによる記憶
ADマウスを箱Aに入れて嫌な体験の記憶を標識し、24時間後に再び箱Aに入れると、記憶障害により「すくみ反応」はみられなかった(テスト1)。さらに24時間後、一部のマウスに標識されたエングラム細胞のシナプスが増強されるよう、青色光照射により繰り返し刺激をした。48時間後、再び箱Aに入れてすくみ反応を観察すると、光刺激によるシナプス増強を行ったグループ(ADマウス(光刺激によるシナプス増強プロトコールあり)、緑)でのみ、箱Aに対しすくみ反応を示した(テスト2)。
アルツハイマー病は物忘れなどの記憶障害から始まり、徐々に認知機能全般が低下していく病気です。2015年10月の調査で、日本でのアルツハイマー病患者数は推計約92万1千人にのぼり、高齢化が進む現代社会の大きな問題となっています。アルツハイマー病では、記憶の形成、保存、想起に重要な役割を果たす「海馬」やその周辺で神経細胞の変性が起こります。そのため、アルツハイマー病初期の記憶障害は、海馬が正常に働かなくなることによると考えられています。しかしその原因が“新しい記憶を形成できないため”なのか、それとも“一旦形成された記憶を思い出せないため”なのか、そのメカニズムは不明でした。
理化学研究所の研究チームは、光遺伝学を用いた別の研究で、個々の記憶は海馬の「記憶エングラム」と呼ばれる細胞群に保存されることを証明しています。そこで今回は、ヒトのアルツハイマー病患者と同様の神経変性を起こす「アルツハイマー病モデルマウス」では、記憶エングラムがどうなっているのか、直接調べることにしました。
普通のマウスを実験箱に入れて、弱い電流を脚に流して嫌な体験をさせます。翌日、マウスを同じ実験箱に入れると、昨日の嫌な記憶を思い出して“すくみ”ます。ところがアルツハイマー病モデルマウスで同じ実験をすると、嫌な体験をした翌日に同じ実験箱に入れてもすくみませんでした。つまり、記憶障害を示しているといえます。そこで、アルツハイマー病モデルマウスが嫌な体験をしているとき、記憶エングラム細胞を特殊な遺伝学的手法で標識しました。翌日別の実験箱内で、青色光の照射によって記憶エングラム細胞を直接活性化したところ、マウスはすくみました。この結果は、アルツハイマー病モデルマウスは記憶を正常に形成し、保存しているが、想起できなくなっている可能性を示しています。さらに研究チームは、アルツハイマー病モデルマウスでは、神経細胞同士をつなぐシナプスが形成されるスパインという構造の減少と記憶想起の障害に関連があることを突き止めました。光遺伝学を用いて、このスパインを正常化すると記憶想起も正常になることが分かりました。
「アルツハイマー病初期の患者の記憶は失われているのではなく、思い出すことができないだけかもしれません」と利根川進博士は語っています。
●アルツハイマー病で記憶は失われていない可能性
-アルツハイマー病モデルマウスの失われた記憶の復元に成功-
2016年3月17日 理化学研究所
この発表資料を分かりやすく解説した「60秒でわかるプレスリリース」もぜひご覧ください。

要旨
理化学研究所(理研)脳科学総合研究センター理研-MIT神経回路遺伝学研究センターの利根川進センター長らの研究チーム※は、アルツハイマー病モデルマウス(ADマウス)[1]の失われた記憶を、光遺伝学[2]を用いて人為的に復元することに成功し、このモデルマウスで記憶を思い出せなくなるメカニズムの一端を解明しました。
アルツハイマー病(AD)は、物忘れなどの記憶障害から始まり、徐々に認知機能全般が低下する病気で、世界で4,750万人と推定されている認知症患者のうちADは7割程度を占めています注1)。ADでは、記憶の形成、保存、想起に重要な海馬の周辺で神経細胞の変性が始まることから、海馬の異常が記憶障害を引き起こす可能性が指摘されていました。しかしAD初期における記憶障害の原因が、記憶を新しく形成できないためなのか、それとも形成された記憶を正しく思い出せないためなのか、そのメカニズムは全く不明でした。
研究チームはすでに、記憶の痕跡が海馬の「記憶エングラム」と呼ばれる細胞群に保存されることを証明しています注2)。そこで、ヒトのAD患者と同様の神経変性を加齢に伴って示すADマウスでは記憶エングラムがどうなっているのか、直接調べようと考えました。マウスを実験箱に入れ、弱い電流を脚に流す体験をさせた翌日、再びマウスを同じ箱に入れました。すると、マウスは嫌な体験の記憶を思い出して「すくみ」ます。しかし、ヒトのAD患者由来の遺伝子変異が導入されたADマウスは嫌な体験の翌日に同じ箱に入れてもすくまず、記憶障害を示しました。そこでADマウスが嫌な体験をしている最中の記憶エングラム細胞を特殊な遺伝学的手法で標識[3]し、嫌な体験の翌日、青色光の照射によりエングラム細胞を直接活性化したところ、ADマウスはすくみました。この結果は、ADマウスは記憶を正常に作っているが、それを想起できなくなっている可能性を示唆しています。研究チームはさらに、ADマウスにおける記憶想起の障害が、神経細胞同士をつなぐシナプス[4]が形成されるスパイン[5]という構造の減少と関連していることを突き止め、光遺伝学を用いてこのスパインを正常化すると記憶想起も正常化することを実証しました。
「AD患者の記憶は失われておらず、思い出せないだけかもしれない」と利根川センター長は言います。ADの記憶障害のメカニズムの一端を動物モデルで解明したことで、今後のAD治療・予防法の開発につながることが期待できます。
背景・・・
研究手法と成果・・・
今後の期待・・・
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