津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

絵図に熊本の変貌を見る・・(1)

2012-09-28 08:20:48 | 地図散歩

  江戸末期(文久頃?)の絵図である。齊茲が一時期居を構えた本山御殿が図左下に見える。御門・構口で御府内は厳重に守られていたことが判る。
坪井川・井芹川は現在とは流路が全く異なっているし、熊本城地と京町台はまだ完全に繋がれている。これが開鑿されて広町から花園・島崎方面へ繋がるにはまだまだ時間を経なければならない。泰勝寺・妙解寺が熊本城から表鬼門・裏鬼門に位置することも良くわかる。本妙寺に至る長い直線道路が出来るのもまだまだ先のことである。 

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