蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

昭和の犬

2021年04月23日 | 本の感想
昭和の犬(姫野カオルコ 幻冬舎)

戦後間もないころ、滋賀県の田舎と都会の中間くらいの香良市でイクは育った。語学教師の父親は機嫌が悪くなると暴発するDV系で、母親は育児放棄気味。しかし周囲の人の協力もあってイクは東京の大学に通う。東京では就職してからも貸間住まいで、清掃会社でずっと働き、独身だった。
とても薄幸な人生みたいに思えるが、終盤でイクはこう独白する。
***
「自分はいい時代に生まれたと思う。昭和という時代には暗黒の時期があったのに、日当りよく溌剌とした時期を、子供として過ごした。ましてその昭和最良の時期にも翳りの部分はあったのに、その時期に子供でいることで翳りは知らず、最良の時期の最良の部分だけを、たらふく食べた。田んぼや畦道や空き地や校庭や野山や、それに琵琶湖のほとりの浜は、空想の中で変化自在の空間だった。正義と平和を、心から肌から信じられた。未来は希望と同意だった」
***
私はイクよりも少し若いと思うが、戦後生まれのこの辺りの世代は、生きてきたその当時はそうは思わなかったが、振り返ってみると日本という国の歴史上最もラッキーな世代だったのかもしれない。戦争の惨禍は直接には経験せず、生活水準は時間とともに切りあがり、経済成長の果実の一番おいしいところを味わえた。

本作は全体として「リアル・シンデレラ」とよく似た内容だと思うが、作品のレベルとしては「リアル・シンデレラ」がかなり上にあると思えた(個人の感想です)。「リアル・シンデレラ」が直木賞を逃し、本作が受賞するというは、相手(他の候補作)があるとはいえ、面妖なことと思えた。
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死体埋め部の回想と再興

2021年04月23日 | 本の感想
死体埋め部の回想と再興(斜線堂有紀 新紀元社ポルタ文庫)

「死体埋め部の悔恨と青春」の続編。
前編で主人公(の一人)が死んでしまったのだが、多分人気が出たので無理矢理続編を書いた感じの内容。

しかし、「その謎解きはムチャだろ」みたいな話が多かった前編よりむしろこなれた?感じでよりよくなっていたと思う。
本シリーズのキモは、死体埋め部創設者?の織賀善一の特異で魅力的なキャラを普通人である祝部(はふりべ)の視点で描く点にあって、推理小説的要素は添え物だと思うので。

そういう意味では、次回作(あるのか?)は、織賀が死体埋め部を創設するまでの壮絶な人生を祝部がゆかりの地を訪ねてしのぶ、みたいな内容になりそうな気がする。
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カセットテープ・ダイアリーズ

2021年04月23日 | 映画の感想
カセットテープ・ダイアリーズ

主人公のジャベドの父はパキスタンからの移民で、イギリスのルートンの自動車工場に長年勤務していた(が、解雇されてしまう)。
ジャベドは友達から紹介されたブルース・スプリングスティーンに熱中するが、父はひややかだった。
バイトしていた新聞社で認められたこともあり、ジャベドは音楽評論などのジャーナリストを目指してアメリカの大学に留学しようとするが、父は強硬に反対する・・・という話。

実話に基づく話だそうで、「ボヘミアンラプソディー」でも見られたようにパキスタン移民に対するイギリスの人の差別意識は露骨だったようだ。
今ではありえないような差別行動が横行していたようだが、移民はじっと耐えるしかなかったらしい。
もっとも本作におけるジャベドの住居は広々していて生活もとても優雅な感じに描かれていたが。

原題は「Blinded by the Light」(ブルース・スプリングスティーンの楽曲名)。
ジャベドがヘッドホンをクビにかけて筆箱くらいの大きさのウォークマンでブルース・スプリングスティーンを聞いているシーンが多いことからつけた邦題と想像されるが、なかなかのセンスのよさ。
しかし、今どきの若い人にあれが昔のウォークマンだと言ったら絶句しそうだなあ。
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