蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

冷血

2015年01月17日 | 本の感想
冷血(高村薫 毎日新聞社)

私は、子供のころに乳歯を抜きに行った(昔は学校の歯科検診で乳歯が残っていると抜いてこいと言われたものだった。しかし、自分の子供ではそんなことは一回もなかったので、最近ではそういうことは必要ない、ということになったのだろうか?)くらいで、歯医者には縁がない人生を送って来た。

本作の犯人の一人は、強烈な歯痛に悩まされており、最後はアゴの一部を削ってしまうような手術を受けるに至る。この歯痛も犯行動機の一部になっていることもあって、歯が痛くなったことがない私でも多少は共感できるほど、そのつらさが執拗に描写される。
同じ著者の「照柿」でも歯医者が治療する場面が詳細に描かれていたし、もしかして高村さんも虫歯がひどいのだろうか?

三章に分かれていて、一章では犯人二人の、出会ってから犯行(都内の富裕な歯医者一家四人の強盗殺人)の直前までの行動を描く。
二章では合田雄一郎らの捜査陣が犯人を逮捕するまでを描いている。
ここまでが上巻で、犯行場面の描写が飛ばされている上に、犯人(井上・戸田)があっさりと見つかってしまうので、もしかして、殺人犯は別にいて井上・戸田が押し入った時にはすでに4人は殺されており、下巻で合田たちは犯人を追う、みたいな筋かと思ってしまった。しかし、犯人はやはり井上・戸田で、三章で犯行過程が(取り調べの形で)これまた詳細に語られる。

ミステリ的要素は排除されていて、警察小説とか犯罪小説ともやや離れた感じだし、現実の事件ともあまり似ていない。あえて言うと刑事訴訟法のサブテキストとでも言うのが適当かもしれない。

そんなもの読んで楽しいのか?と思われてしまいそうなのだが、けっこうスイスイ読み進められて、読後感も悪くなかった。
合田は終始傍観者的で冷めたムードだったのが残念で、次回はもうちょっと活躍もしくは苦戦してもらいたいなあ、と思った。
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孤独の価値

2015年01月14日 | 本の感想
孤独の価値(森博嗣 幻冬舎新書)

森さんがデビューした頃は、世間一般にはネットがあまり普及していなかった。森さんは自作のホームページで日記を毎日更新(ほぼ間違いなくデイリーに更新されるので読むのがとても楽しみだった)して、作品制作のプロセスを公開していた。一時期まではメールで感想を送るとほぼすべてにリプライしたりしていたらしい。
今では当たり前のように思えることも、当時としては極めて斬新で「すべてがFになる」から始まるS&Mシリーズの人気上昇に大きく貢献していたと思う。
一方、森さんは、ホームページの日記の中でも、こうした活動は自らの著作のプロモーションにすぎない、という主旨のことを繰り返し述べている。並の作家なら、あえて「商売のためにやってます」なんて本音は言わないのだろうけど。
このように、森さんは、ネットを通して繋がるという点においては先駆者なのだが、本書ではそうしたコミュニケーションは必ずしも必要ではなく、一人っきりで深く考えに沈むことに本当の価値があると述べている。

森さんは大学の先生を辞め、今は奥様と二人(+2頭の飼い犬?)かなり人里離れた場所で、拘束が少ない自由な生活を送っているそうで、このような日常を、理想に近づけたものであると述べている。
私などもそうした静謐な生活への憧れはあるものの、おそらく、2週間もしたら人ごみが恋しくなってしまいそうな気がする。
孤独に耐える精神力?がないと孤独の価値を実感することはできないということだろうか。
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ターニングタイド 希望の海

2015年01月14日 | 映画の感想
ターニングタイド 希望の海

無寄港・単独搭乗のヨットでの世界一周レースに参加予定だった友人が怪我をしたため、代理として参加したヤン。舵の修理のために近寄ったカナリア諸島で、フランスへの密航を企てる少年がヨットに忍び込んでしまう。
途中の島などで降ろそうとするが、うまくいかない。次第に順位をあげたヤンは優勝を望める位置につけるが、少年を乗せたままでは失格になってしまうため、彼をどうするか悩む・・・という話。

この映画を見て知ったのだが、最近のヨットのハイテク化?はすごいものがある。レースの順位や他の競争相手の一をディスプレイに表示できるし、テレビ電話で家族やレースの本部とはいつでも通話可能だし、体調が悪くなればいしの診断を仰ぐこともできる。救命ボートが発出されれば(落水したものとして)緊急警報が本部で鳴り響く。(よく考えたら、ヨットのハイテク化というより、単に通信技術の進歩というべきか・・・)

なので、単独・無寄港といっても、昔ほど危険ではなさそうなのだが、実際にヨットに乗って撮影した(と思われる)画面を見ると波は高いし、ヨットは大揺れ、海水面はすぐそばにあって今にも転げ落ちそうに思えてしまう。十分な訓練や経験がないと、とてもヨットになんか乗れないなと感じさせてくる。

このようにヨット航走の臨場感がバツグンにいいので、ストーリーの柱であるはずの(忍び込んだ)少年のエピソードがなくて、単なるヨットレースのドキュメンタリーみたいな作品であっても十分に面白かったと思う。
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氷菓

2015年01月12日 | 本の感想
氷菓(米澤穂信 角川文庫)

高校に入学した主人公は、(今は海外にいる)姉に勧められて古典部にはいる。現在の古典部の部員はゼロで、主人公と同学年の入部者数人と活動することになる。文化祭に向けて恒例の文集を作るため、過去の文集を参考にするが、そこにはある部員の係累に関する謎が隠されていた・・・という話。

重大な犯罪が発生するわけではなく、日常的な謎を主人公が解いていくものなのですが、古典部部員のキャラクター設定がうまくて、それだけで人気が出そうな感じでした。(現実にはとてもいそうもない、世慣れ過ぎの高校生たちですが)

謎解きは、「すごい」と思えるほどでもないのですが、謎自体が魅力的というのか、不思議な雰囲気がありました。

タイトルも謎めいた感じですが、種明かしはラストで披露されます。人によって好き嫌いがありそうなものでしたが、私は、余韻をより強く響かせる効果があって「いいな」と思えました。

やはり、人気が出る人には、なんとも言えないセンスみたいなものがあるのでしょう。
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模倣の殺意

2015年01月08日 | 本の感想
模倣の殺意(中町新 創元推理文庫)

新人賞を受賞したが、2作目がなかなか書けない作家の卵が自殺した。彼には盗作疑惑も持ち上がっていた。本当に自殺だったのか疑問に思ったルポライターが彼の周辺を探り始めるが・・・という話。

創元推理文庫版の裏表紙に、鮎川哲也さんのコメントが掲載されていて「・・・読み進んでいくと、やがて、どうみても中町氏の書き誤りではないかと考えざるを得ない結論に到達する・・・」とあります。
この箇所(がどこか)は、非常にわかりやすく、そこを読むと明らかに違和感があり、「ダマされるな、オレ」とすぐに自覚できるのに、謎解きにはまだ距離がある、といった上手な作りになっているのに感心しました。

本書の叙述ミステリとしてのトリックは2つあって、そのうち1つは、まあ、よくあるパターンなのですが、もう1つの方は、真相を明かされると確かにびっくりします。というか、見方によってはトリックといえないほど単純で、ミステリとしてOKなのか、と疑いたくなる面もあります。

後から冷静に考えれば、ミステリの読者としては当然に考慮の範囲に入れなければならない事項なのですが、謎解きされたその瞬間は「えーこんなのアリ?」って思っちゃたんですよね。
まあ、単純でわかりやすいからこそ、東京創元の文庫にはいってから爆発的に売れたのでしょうけど。
ストーリー自体は薄っぺらな感じではありますが、読み返さないと理解できないような精巧なトリックや重厚で複雑なプロットのミステリより、むしろ爽快な読後感がありました。
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