蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

しかたのない水

2008年07月15日 | 本の感想
しかたのない水(井上荒野 新潮社)

井上さんを知ったのは日経新聞の夕刊の連載コラム「プロムナード」でした。このコラムは曜日ごとに書き手が決まっていて、同じ人が2カ月くらい毎週書き続けることになっています。井上さんは今年5月から6月頃に土曜日担当でした。毎週楽しく読めました。夫や母のエピソードを語ることが多いのですが、特に父母につれられてロシア料理店に行った思い出を語ったものが出色でした。

本書は、フィットネスクラブに通う、一見ごく当たり前の人なんだけど、どこか欠点(短所というより、文字通り普通の人と比べると欠けている点)がある人を主人公にした連作集。
欠けているのは、特定の相手と長くつきあう根気だったり、世間知だったり、恋愛体験だったり、自分の子供だったり、妻だった人格だったりします。

筋立てや表現があけすけとでもいうのか、ちょっと露悪的な感じ、アクが強い感じがしました。作者の登場人物への思い入れみたいなのがなくて、主題を表現するための道具みたいに扱われているような読後感がありました。冒頭の家族への愛情に満ちたコラムの内容と大きなギャップを感じます。
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春の戴冠-1

2008年07月13日 | 本の感想
春の戴冠-1(辻邦生 中公文庫)

「背教者ユリアヌス」はとても面白い小説で、高校生のころ夢中になって読みましたが、辻さんのもう一つの大作である本書は読めないままでしたが、今回、(再?)文庫化をきっかけにして読み始めました。「ユリアヌス」ほどドラマチックではないものの、やはり、面白い作品でした。(といっても全四冊のうち一冊を読んだだけですが)

ルネサンス期の代表的画家ボッティチェルリの生涯を描いたものですが、フィレンツェ=メディチ家の興廃も主題の一つとなっています。

芸術小説としても、恋愛小説としても、政治小説としても、経済小説としても楽しめる盛りだくさんな内容ですが、ちょっと欲張りすぎかもしれません。

主人公のボッティチェリも語り手役のギリシャ文学者も、真面目で、身持ち堅く、少々か堅苦しいイメージです。イタリア人=(日本人がいう)ラテン系というのは、現代にしか通じないもので、同国の絶頂期といえるルネサンスにおいては、こうした人が多かったのでしょうか。ボッティチェルリの師匠のように、「これぞラテン系」という人も確かに登場しますが。
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