蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

剱岳<点の記>

2010年03月07日 | 本の感想
剱岳<点の記> (新田次郎 文春文庫)

日露戦争直後に(当時、未踏峰と思われていた)剱岳に登頂した測量隊を描いたドキュメント風小説。

新田次郎さんは、いまや藤原正彦さんのお父さんとしての方が有名なのかもしないが、親子ともども、「生真面目な人なんだろうなあ」と、その作品からは共通の感想がもたらされる。

小説の登場人物にも、その生真面目さが伝染したように、本書の主人公である測量官・柴崎は、愛する新婚の妻をかえりみるとこなく長期の測量旅行にでかける。仕事ぶりも真面目一本槍で、昼間の測量作業の後、夕食後も雪上に設営されたテントで疲れきった体に鞭打ってデータ整理に勤しむ。

シェルパ役の長次郎も、危険を顧みず、命じられた仕事には常に期待以上の成果で応えようとする。彼は晩年も文字通りお客様第一でガイド業を営んだという。

「本格的な梅雨に入ってからの山の中の生活は苦しかった。天幕は随所から雨が漏れるので、天幕の内側に桐油布を張った。だが、それだけで完全に防ぐとこができるものではなかった。湿気は天幕の隅々にまで行きわたっていた。雪の上に寝るのだから、全身が冷えた。ほんとうは、盛大な焚火をして居所を暖め、濡れたものを乾燥させたかったが、天幕の中ではそれができなかった。馴れと云っても、そういった生活が長く続くことが健康に悪いことは分かりきっていた。風邪を引いたり、腹痛を起こす者がいた。人夫たちはそれを理由に下山していったが、責任者の柴崎は病気を理由に休むことはできなかった。せめて食物でもと思っても、山の中ではどうにもできぬ相談だったし、人夫等と共同生活をしているのに、測量官だけが、旨い物を食べることはできなかった。測夫や人夫たちと同じ天幕に寝、同じものを食べて働くのが、測量を成功されるこつであると先輩たちに教えられたことが、柴崎の頭の中にたえず働いていた。
長次郎が柴崎の健康を気にして、人夫たちに頼んで和田からわざわざ取り寄せてきた鶏卵を、
「どうぞ召し上がって下さい」
とすすめても、柴崎は自分ひとりで食べるようなことはしなかった。そこに居る者全部に分け与えるか、味噌汁の中に割って入れた。」(P266~277)

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