蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

フェルマーの最終定理

2008年04月26日 | 本の感想
フェルマーの最終定理(サイモン・シン 新潮文庫)

私は今、マニュアルを書くことを仕事にしている。
新しいマニュアルをリリースすると、当分の間、ユーザーからの質問を受けるとかなり緊張する。
分かりづらい点に対する質問ならいいけど、一番恐ろしいのは、この部分は間違っているのでは?というもの。タラーっと冷や汗がながれて頭に血がのぼる。質問者のいうとおり間違っていてそれが重大なものだったら、当然責任を問われるし、修正の告知の手間を考えるとうんざりする。

この本をよむと、論文を発表したばかりの数学者も同じような気持ちになるものらしい。
発表された論文は、それが重大なテーマであればあるほど多くの数学者の厳しく批判的な目にさらされる。そしてわずかなミスがあれば、それまでの努力は水泡に帰す。

まして論文のテーマが何百年もの間解かれていない謎で、学者でない人でも知っている有名なもので、マスコミも大騒ぎ、なんてことになったら、緊張感は耐え難いものがあっただろう。

フェルマーの最終定理を証明したという論文を発表した、この本の主人公ワイルズもそうしたストレスにさらされた。
審査員からは一部について疑義が投げ掛けられ、それに対する有効な反論を見いだせない主人公の苦しみは(私のそれとはスケールが違いすぎるものの)深く共感できた。

数学に関する内容もけっこうあるが、その部分を読み飛ばしても、解けそうで解けない問題に何百年もの間悪戦苦闘してきた天才たちの物語として楽しく読める。

ワイルズの証明を理解できる人は世界でも数人だとか。証明の本当のすごさ、偉大さが本当に実感できるこの天才たちは、まさに神の愛でし幸福な人たちといえるだろう。

数学者はとにかく深く考える。一日中机に向かって一字も書くことなく白紙をにらんでいることもあるという。
将棋の羽生二冠の著書で、あまりに深く読みをすすめるともう現実の世界に戻れなくなるのではないか、という恐怖を感じることがあるという旨を読んだことがある。それに似た状況なのだろうか。15分と考える続けることに耐えられない身としてははかりがたい心境だ。


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