殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

罠・1

2020年03月28日 09時50分33秒 | みりこんぐらし
年度末が終わりに近づき、ホッとしている今日この頃。

その昔、我々一家が生息する建設業界では

3月の年度末といったら

猫の手も借りたいくらいの忙しさだったが

ここ10年ほど、仕事の量は平常月とあまり変わらない。

ただ、本社の事務が慌ただしいため

問い合わせや確認の電話が多いだけである。


電話の主はたいてい、経理部長のダイちゃん。

私と同い年の彼は物忘れが激しい方だったが

近年はさらに重篤となり、業務連絡の内容を忘れたり

伝票や書類をガンガン紛失するので

問い合わせや確認の電話が多いのだ。


このおかた、とある新興宗教を

家族ぐるみで熱心に信仰しておられるが

新入社員への宗教勧誘がパワハラ問題となり

「定年退職後は再雇用無し」というお沙汰がくだった。

「退職後は信仰に生きる」

当初のダイちゃんは、そう豪語していたが

定年が近づくと重役を拝み倒し

週に3日のパートとして首をつなげた。

チッ。


ダイちゃんから、6年越しで入信を勧められていた我々家族。

一昨年、バッサリ断ったのを機に、彼は敵に回った。

以来、夫に向けて、重箱の隅をつつくような注意や

本社の誤解を招くような告げ口が続いている。


けれども夫は馬耳東風。

打たれ強いからではない。

ダイちゃんがどんなに頑張って意地悪をしても

それは頭の良い人がやる巧妙な意地悪。

目立たず、しかしきつく

万一、公になった場合、悪いのは夫ということになり

絶対に自分には責任が回ってこない…

言わばシンネリとした女性的なものだ。

私も一応は女性だから、わかる。


頭の程度が同等の相手に行えば

奥底に潜む悪意と憎しみを感じて悩むかもしれないが

夫には通用しない。

巧妙過ぎて、意地悪をされていることに気がつかないのである。


そのダイちゃん、私には意地悪ではない。

女に意地悪をしたら、すぐしゃべるからである。

私の口が人一倍軽いのは

この数年の付き合いで知っているはずだ。


それにダイちゃんは

私を怒らせるわけにはいかないのだ。

彼がするべき本社の仕事の一部を

私がやっているからである。

最初は、なかなか入信しない私への嫌がらせで振られた

時間のかかる複雑な仕事だった。

しかし、やっているうちにシステムが大きく変わり

ますますややこしくなったため

ダイちゃんはやり方がわからなくなってしまったのだ。


彼は、その仕事を自分がやっているフリを続けていたが

私から仕事を取り戻しておかなければ

信用問題になるのは百も承知だった。

今月末、ひとまずの定年退職を迎えると

ダイちゃんは我が社の経理を

徐々に後輩へと引き継ぐ予定である。

その前に何とかしておかなければ

若い後輩に引き継ぎができないからだ。


そこで私にやり方の説明を求めた。

例のごとく彼の得意技を使い

「あれは、どうなってたっけ?」

と、軽〜くたずねる。

そこで口頭と文書にて伝えたが

彼には理解できず、キーキー言う。


ダイちゃんは引き継ぎをあきらめ

本社から直接、後輩をよこした。

今後、ダイちゃんの仕事を引き継ぐ予定の男の子だ。

「ちょっと行って、僕の代わりに聞いて来てよ」

この子にも、軽〜く依頼したらしい。

しかしダイちゃんの魂胆は、若い彼も知っていた。

月末を越してみなければわからないが

若い子は飲み込みが早いので、とりあえずは伝わった模様。


それにしてもダイちゃん

脳が付いて行けないのなら潔く退職すればいいと思うが

無収入になると宗教の献金ができなくなる。

何しろ献金が命の新興宗教。

信者の集う会館には、手ぶらじゃ入れない。

会館のフロントには、何の変哲もない安封筒が

1枚50円で売られていた。

この封筒を買って、お金を入れなければ

献金とは認められない。

献金だけでなく、封筒でも儲ける気満々なのはともかく

封筒すら買えなくなったら信仰が続けられないので

是が非でも仕事を続けるしかないだろう。



さて、本社から我が社に配属されている営業課長

昼あんどんの藤村をご記憶だろうか。

このおかた、今月から大出世をなされた。

本社が新しく買収した会社の専務に抜擢されたのだ。

新しい会社は大阪にあるので

彼は大阪と、この広島を行き来しながら両方の仕事をする。


自営していた土建会社も

次に開いたペットショップも倒産し

あちこちの職場を転々としたあげく

本社の求人に応募して52才で入社。

それから数年で、専務に大抜擢だ。

給料は現行と変わらないものの、藤村は得意満面。

彼は中途採用の星と呼んでいいだろう。


本当に働いている者には陽が当たらず

おべんちゃらを使い分ける裏表のはっきりした者が

順調に階段を上がって行く…

それがこの世の常とはいうものの、何だかねぇ…

たいていの人はそう思うだろうが、これは罠であった。

《続く》
コメント
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