羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

地雷を踏む……かも?!

2014年11月02日 09時19分08秒 | Weblog
 2020年開催予定のオリンピックを盛り上げようと、“10月は東京オリンピックの月”と題して、NHKはいくつも特集を組んでいた。
 そのなかで、今日のテーマ「地雷を踏む……かも?!」につながる話が登場した。
 番組は10月10日(金)夜7時30分放送『特報首都圏』ー発掘”幻の日記”東京五輪の舞台裏ーである。
 最近になって第二代東京都知事の東龍太郎が残した100冊の日記が発見され、その中に日本のスポーツが軍隊と結び付いて若者の体力増強に使われたことへの反省と贖罪が書かれていたことが報告された。
 東はその思いから、戦後日本の復興のために東京にオリンピックを招致することで、戦場ではなく平和の祭典オリンピックに若者を送り出したいと願った。
 予算が足らなくなると当時の岸総理に直談判し、いち早く不参加を表明したインドネシア、そして韓国、台湾、中東、東西ドイツ等々の国々に対し自らが説得に当たり、それを成功させ、結局、それまで開催されたオリンピクのなかで、最多の参加国と参加人数を得た東京オリンピック成功に導いた。
 スポーツを人づくり国つくりの根幹と考えた東は、日本が先進国の仲間入りする国際化を目指す東京オリンピックを目指した、という内容だった。

 さて、ここからが地雷の部分。
 東は東京帝大出身のボート選手でもあり、東京都知事前職は、東京高等体育学校の校長もつとめた経歴の持ち主である。スポーツが軍隊と結び付いた「国防競技大会」は東条英機が深くかかわり、そのことも含めて反省と贖罪意識が後の東の行動を支えた。
 実は、この東京高等体育学校の全身は、1924年大正13年、文部省所管でつくられた体育研究所であった。場所は幡ヶ谷・西原である。1914年第一次世界大戦が終わったのち、欧米では兵士の体力づくりに、医学や生理学、心理学までも取り入れた体育の研究が進んでいた。それに比べて日本の研究は非常に遅れているということから、欧米のそれに模してつくられた研究所であった。その後、名称も内容も変えて1941年東京高等体育学校として指導者養成を中心とした学校に改変されて行く。(今のところの調べた段階です。今後、訂正される所も出て来るかと思います。)
 1944年昭和19年(野口の記憶によると18年末)東京体育専門学校と名称を変え、敗戦の色濃くなった時期に銃後の守りを研究するという表向きで、日本国中から武術家や体育専門の人間が集められた。
 このときの校長が大谷武一。地方の一小学校教諭の30代の若い野口三千三が、体操の研究者・指導者として大抜擢された、ということである。
 戦後、GHQ(CIE 民間情報教育局)の指導のもと、体育指導要綱の作成を委託されたのもこの東京体専であった。中心は大谷武一である。

 野口が自身の身体的ダメージと、戦時中の体育教師としての反省と罪の意識によって野口体操を創始することになったのだが、同じ系列の学校に後に東東京都知事となる東が校長として在籍していたことを、今回、はじめて知った。
 多くの日本人が、敗戦をしっかり受け止め、戦時中にとった行動に対して、それぞれに反省と贖罪の思いを秘めて、戦後を生きたに違いない。
 その中から、百人を選べば、百通りの生き方が、そこには展開された、と確信できる。

 そのなかでも野口体操の特殊性、独特の身体価値観は、いかにも正直で素朴である、としみじみと憶う。
 一般常識と照らし合わせると、なかなかに受け入れてもらえないほどユニークな体操で思想だ。
『原初生命体としての人間』という書名が顕すように、地球生命体としての発想による体操に結実していく道程こそ価値がある、と言える。
 正直なところ、始めて体操教室に足を踏み入れたときのカルチャーショックは忘れられない。
「なんて、こった!こんな動きが許されるのだろうか」
 
 しかし、野口の講義を聴き、出来ない体操に食らいついて思ったことは「このような考えを残していきたい」だった。
 戦後を独り真摯に生き、常識的には顰蹙を買うような動きを編み出し、その意味を解く体操の教師がこの日本にいたことを、どこかに残していきたい。
 そうした思いに突き動かされた私の二十代半ばだった。
 
 それから40年近い歳月が流れて、歴史がようやく表に出てきた。
 スポーツと宗教の関係、戦争とスポーツの関係、体育と戦争、体操と身体観等々。
 この道を進むには、いくつもの地雷を踏みそうになる気配を感じている。

 さてさて、11月は野口三千三誕生の月である。なにやら因縁話めいてきたぞ!
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