羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

上質な時間

2014年02月07日 14時19分18秒 | Weblog
 南青山、246の大通りを入って外苑西通りの一角にあるライブハウス「MANDALA」。
 あまりの寒さに、暖をとりたくて飛び込んだわけではない。
 友人が出演するREADING LIVE『岸田國士を読む』を聞くためだった。

 開演、15分前。すでに満席に近く、ようやく空き席を見つけて腰を下ろした。
 ドリンク付きの公演で、はじまる前の一時、といっても10分あるかないかの短い時間だったが、砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーをすする。
 部屋と飲み物の暖かさに、固まっていたからだが一気に解けた。
 カップを持ったまま、見るともなしにまわりを見回す。若者からシニア世代まで幅広い客人たちは、どうみても演劇のプロか、あるいは目利きぞろい、と拝察。
 私のような演劇門外漢はいないようだ。椅子の堅さがそのまま居心地の不安定さにつながってくる。
「どんなReadingがはじまるのだろう。……わかるかしら。……寝てしまわないかしら」
 次々、後ろ向きな問いが、浮かんでは消える。

 定刻に、一つ目の出し物の戯曲『世帯休業』がはじまった。すぐにも先ほどの思いは杞憂に過ぎなかった、と安堵する。40分ほど、男女ともによく通る声、滑舌もよく、実に言葉が聞きとりやすい。

 15分の休憩後、いよいよ常田景子さんが出演する小説『記憶のいたずら』がはじまったが、彼女の登場までには少し時間があるようだ。……いったい何の役なのかしら、と心の中でつぶやく。
 前半が終わって中盤にさしかかったとき、かつても今も知的で美人のお産婆さん役で登場。
 見るほどに、つややかな彼女。ホントに彼女しかいない!ピタリの役だ、とすぐにも久々の舞台出演に合点がいった。
 
 話の内容をかいつまんでおこう。
 予定日よりはやく産気づいた妻のために、昔から気にかかっていた産婆さんを頼む夫とお産婆さんの偶然の出会いを描いている。
 そのお産婆さんの名が、子供の頃憧れていた相当年上の女性と同姓同名であることから、看板の文字がしっかり記憶に残っていた夫だった。
 最後には、同姓同名ではなく、その人そのものであることがわかる、という内容。
 あからさまではないけれど、50代を迎えたお産婆さんの来し方が、おぼろげに見えてくる。
 そして、少年の淡い初恋にも似た感情が、最後に、女児出産を無事に終えた妻の一筋の涙で、そこはかとない余韻としてもたらされる小説だった。

 戯曲、小説、ともに美しい日本語、端正な日本語の空間が出現していた。
 その言葉の端端には、忘れかけた近代日本語の原型が残されていた。
 はたして最近の私の言葉は、あまりにも乱暴じゃないか、と対比してみる。
 江戸ではない東京山の手の言葉遣い。
「NHKのアナウンサーの言葉もすでに近代言語ではなく、現代語になっているし」
 それは言葉だけではない。発声もかわった。明瞭、明確、澄んだ声だが、重さがない現代の発声。
 実は、ここ数年、サークル活動から大学主催の学生演劇を主に見てきた。いつも思うことは、男女ともに声が美しすぎる。発声に無理はないのはよいが、「楽音」だけで話されいるような、かすかな不満を抱くときがあった。

 実は、このReading作品には、二つともに出てきた「縕袍(どてら)」という言葉がある。分厚い綿入れ、銘仙のような柄いきは、子供達の遊びにおける山賊の衣装に向いている。「ど・て・ら」という音にも、文字にも、「軽・薄・短・小」とは真逆の「重・厚・長・大」の雰囲気が宿っている。
 しかし、時代はかわった。
 あの場に居合わせた若者は、縕袍を見たこともなければ、ましてや着たことなどないだろう。
「縕袍」という言葉に、物に、日常着として健在だった時代の声を私の耳はしっかりつかんでいた。
 日本人の発声が、完全な欧化ではなく、まだまだ戦前・戦中・戦後間もない頃の、むしろ明治とつながる日本語の発音が残っていた時代に戻された。
 縕袍を着ていたおじいさんや、近所のおじさんの顔が浮かんで、思わず笑いをこらえた。
 たぶん、キャストのなかで最高齢(失礼な物言いをお許しください)の常田さんが、あの時代を直に知っているギリギリの世代だろうか。ちょっとザラツキ感がある声と発声が、岸田國士の戯曲に時代的な幅をもたせたのではないだろうか、と依怙贔屓して聞いていた。

 それはそれとして、忙しない私の日常にすーっと入ってきた上質な午後。最近の暮らしから言えば、何気ないがまったりした異次元のときをMANDALAで過ごしてそこを後にした。
 大した距離でもないのに、しびれるほどの寒さを纏って外苑前のホームに立ったのは、5時を少しまわっていただろうか。
「もっとゆっくりしていたかった~」
 それが叶わない今を、ちょっとだけ恨みながら、渋谷駅で山手線(やまのてせん)に乗り換えた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする