文部省の調査によれば、昨年度に確認された、児童生徒の暴力行為は、
約6万件にのぼった。この3年で7割増え、過去最多だという。
数字がすべてではないだろうが、ゆゆしき事態には違いない。
「癇癪を起こす」とか、「癇癪玉を破裂させる」とか、以前は言ったものだ。
いつしか、「キレる」という、寒々とした言葉がとってかわり、
世の中も、殺伐となってきた。
大きい癇癪玉の破裂「ブチキレる」などと言う。荒い言葉である。
彫刻刀を振り回す。床に倒した友達の顔を踏む。
そんな行為も起きている。
給食のときに「自分だけ少ない」、と文句を言われた
配膳係は、怒って容器を丸ごとひっくり返した。
この程度のことは、珍しくないという。
「怒りをうまく言葉にできないようだ」と、あるベテラン教諭は印象を語る。
「怒る」とは、言葉で感情を表すことを言う。
しかし、表現する言葉を失ったときに、人はキレる。
( 『怒りの方法』岩波新書 )
キレやすい人は、往々にして表現の力が乏しいそうだ。
自らの感情を受け止めて、相手に伝える。
そうした言語力の「堤防」が低いと、感情はたちまちあふれて、
洪水をおこしてしまう。
「良い怒り」は人間関係をつなぐ。だが、「キレる」とそれを絶ってしまう。
*** 朝日新聞・天声人語より抜粋にて ***
タイトルの「怒りを制御できぬ子ら」は、天声人語の記事の
前日の新聞に、出ていた記事のタイトルです。
詳しい内容が書かれていましたが、
「少子化で大事にされ、他の子との間で、我慢を経験することもなく
育っている。感情のコントロールができない理由は、そこに根ざしている。」
と、都立高校で23年間カウンセラーを務めてきた渡辺喜久子さん(69)。
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子どもがいませんので、学校内のことも分かりませんが、
この記事の内容を見ても、社会の事件などを、
見聞きしましても、「怖さ」をとても感じます。
することが、残虐ではないかと・・・・・
子ども間でも、これ以上したら、どうなるかも考えないようです。
なにか、歯車が狂っているようです。
金のなる木ですが、満開になりそうに、開花しています。
怒られることなく、甘やかされた子供(法律上の大人になっても、精神的に)は、対処の仕方が分からず、キレてしまうのでしょう。
家庭でも、学校でも、地域でも、もっと、怒ることをしなければいけないですね。
そして、怒られた時に、冷静に反省出来るように、躾けて行かなければ行けないのでしょう。
皆で、もっともっと考えなければいけないでしょう。
昔の子どもは、外で遊んで、ケンカしてもすぐ、
仲直りして、いたわりがあったように思えます。
TVの人を殺す場面の多いことも、影響があるのでは、
と世の中の様変わりでしょうか。
よその子どもでも、注意をしましたが、いまは、
あとの反動が、と考えてしまう雰囲気のようです。
家庭のしつけが、大切で、基本ではないでしょうか。
本当に、難しい問題ですね。
例えば、団塊の世代のこどもたちは絶対的な権力を毛嫌いし、自分たちが頭ごなしに
押さえつける躾をせずに、こども達にともだちのような関係でありたいと願いました。
この関係は間違っていました。
よくも悪くも絶対的なものに対する恐れ・権威を尊重しつつ人間関係を縦に意識する
ことに疎くなった気がはます。
何事も平等という意識はもつ必要はあるものの、犯してはならぬ境目を理解できぬよう
になったと思います。
その意味から、巻き戻しが求められ時代のうねりを感じます。時代感覚は、こんな繰り返し
なのでしょうね。
昔の父親は、怖いところもありましたが、
親子であっても、敬う気持ちがありましたが・・・。
今は、女の人も働く人が増えていますが、男親が
ないがしろにされているような、感じがします。
家にも大黒柱は必要ですし、社会にもリーダーの
柱が有りませんと、乱れるばかりかと思います。
3歳までにその子の知恵がつくと言われますが、
子どもの躾もきちんとしませんと、その躾が
一生ついて回ります。
親として、子どもに責任が有るということですね。