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萬蔵庵―“知的アスリート”を目指すも挫折多き日々―

野球、自転車の旅、山、酒、健康法などを徒然に記載

2012夏の北海道(1)「雌阿寒岳登山」

2012年09月12日 | 山と温泉

<頂上では晴れ間が出た>


<火山による有毒ガスに対する注意書きがあちこちにある>

2012年8月14日(火) 曇りのち晴れ 山行所要時間3時間半

昨年も雌阿寒岳を登る為に北海道にきたが、初日に登った斜里岳の下りで転倒し、3針縫う裂傷を負ったので断念した。今年はそのリベンジである。前日の昼過ぎまでさいたま市の自宅にいて、夜には女満別空港近くのホテルに泊まって、この日は早朝6時前、道東は雌阿寒岳の雌阿寒温泉登山口にいる。飛行機やレンタカーを屈指しての瞬間移動である。便利な世の中ではある。

この山には「熊注意!」の看板はないが、随所で火山の危険性を訴えている。1998年の小規模の水蒸気爆発があって以来、警戒しているようだ。登りだしは登山道がわかりづらいが、すぐに登り易くなる。途中からハイマツのトンネルをくぐるように登る。5合目ぐらいからは火山礫の急坂となる。頂上付近は火山灰の所為だろうか、砂地で足がとられることもあり、少々登り難い。ほぼ頂上火口に近づいた時にジェット機の爆音のような音が聞こえ、何事かと思って火口を覘くと勢いよく噴煙が上がっている。どうやらその音だ。高度感といい、吹き上がる噴煙の勢いといい、轟音といい、なるほど、活火山、活きている。


<噴煙上がる火口>


<雄阿寒岳方面、火口底にはエメラルドグリーンの池が見えた>

登っている内は曇りであったが、頂上付近についたら、晴れ間が出た。火口付近も一瞬であるが晴れた。おかげで、何枚か写真を撮ることができた。山頂の注意書きにも「有毒ガスが出る可能性があるので、山頂に長居しないこと」とある。一休みして、さっさと降りる。9時半には登山口まで下山。10時には明日予定の羅臼岳の麓、岩尾別温泉に向けて出発できた。

                          つづく
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穂高岳縦走(7)「下山」

2012年09月09日 | 山と温泉
家に帰ってからこのブログにいただいたコメントで判明したのであるが、この日(北穂高岳まで縦走して19時に降りて来た日)の涸沢ヒュッテに、学生時代のサイクリングクラブの同期Gonji氏が泊まっていた。なんと、一つ屋根の下にいたのだ。我々パーティが予定通り着いて、17時から食事をしていたら、彼との劇的な出会いがあったかもしれない。誠に、惜しいことをしたものだ。

*************************************************


<名残惜しいが涸沢を後にする>

前の日にあれほどバテていた「若女」達であったが、一晩寝れば疲れもどこへやら、皆、完全復活したようだ。それと、昨日の難路、修羅場を経験したせいか、どことなく頼もしい表情をしている。若者は日々成長するのだ、と感じ入った次第。さて、上高地14時発の新宿行きのバスに乗るため、12時到着を目指して、名残惜しいがヒュッテを6時半に発つ。

下りだしは雪渓の踏み跡を行く。多少、歩き難くかったがまもなく通過。傾斜のきつい本谷橋までの道も、この三日間で鍛えられた我々一行の敵ではなかった。昨日歩いた道に比べれば、なんと歩き易いことかと、みな、口にする。これから登る登山者とすれ違う度に、彼女達が「おはようございます」と明るく声をかける。登山者は高齢者が多く、しかも、男性単独行が半分以上を占める。苦しい登りの時に、若い女性の挨拶というものは励みになる。現に、先頭を行く小生が「おはようございます」と声をかけても返事もしない人が、後ろの彼女達に声をかけられると「おはよう!」と反応している。なんだ、しゃべれるじゃねーか。と思いつつ、おじさん達の気持ちも分かるのであった。

本谷橋から先は距離はあるが、ほぼ平地。のんびりと今回の山行を振り返りながら、ぶらりと歩く。この梓川沿いの林道歩きも気分はいい。特に予定通りの山行ができて、達成感に満ち足りている時はなおいい。「凱旋」というと大げさかもしれないが、誇らしげな気分で歩ける。

12時半過ぎ上高地のバスターミナルに着く。さっそく、売店で生ビールとつまみを買って来て登山の成功を祝って乾杯!なんと、心地よきビールよ!立て続けに三杯いただいた。


<本谷橋で一休み。ここから先は平坦路だ。>


<河童橋着>


<振り返るが、穂高連峰はガスの中だった>

この三泊四日の山行は小生にとっても8年ぶりの北アルプスということもあり、十分堪能できた。また、若者たちに「涸沢」を「北アルプス」を観せてあげたい、という目的も達成できた。彼女達が仲間へどう伝えてくれるかにかかっているが、決して悪くは伝わらないだろう。これを機に登山熱が広がってくれると、仕掛け人としては嬉しい。

上高地14時発のバスに乗って、一路新宿へ。四日間の疲れもあってバスの中では皆ウトウト状態。予定通り19時新宿着。平日の夜の新宿は気温も高く、勤め帰りの人、呑みに行く人などでごった返していた。

下界に戻ったか。

疲れている「若女達」を見送った後、S二郎氏と小生「老男組」はビヤホールに入る。この四日間で何度目になるのか、生ビールで乾杯!今回の旅を振り返りかえりつつ杯を重ね、3000m上空に慣れた心身を徐々に下界のそれへと戻してから、帰路についたのだった。

                        <了>


穂高岳縦走 (1) 「北アルプス」
穂高岳縦走 (2) 「メンバーと計画」
穂高岳縦走 (3) 「上高地~涸沢」
穂高岳縦走 (4) 「涸沢ヒュッテ~穂高岳山荘」
穂高岳縦走 (5) 「奥穂高岳」
穂高岳縦走 (6) 「涸沢岳~北穂高岳縦走」
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穂高岳縦走(6)「涸沢岳~北穂高岳縦走」

2012年09月07日 | 山と温泉

<涸沢岳から観た奥穂高岳>

“縦走”は縦に走ると書く。最近はやりのトレイルランニングならいざしらず、ふつう尾根を走るのは難しい。ましてや、3000m級の山をつなぐ尾根を“走る”なんて…。
**************************************************

我々「老男若女隊」は涸沢岳から北穂高岳までの痩尾根を縦走した。登り口の標識には「北穂高岳まで2時間」とあった。このタイムが上級者の為だということは当然想像できた。初心者の女性3人を含むパーティがこの時間で行けるわけはない。それでも、ゆっくり行って4時間かければ、なんとかなるだろう、と思って挑んだのであった。

コースリーダーの小生が考えた行程は、朝8時に取りついたので、お昼には北穂高岳に着き、そこで1時間程休んで、13時に涸沢ヒュッテに向かって下山。通常は2時間のコースだが、3時間かかったとしても16時、倍かかっても17時にはヒュッテに着けると踏んだのであった。

穂高岳山荘のあるコルから涸沢岳山頂までは順調にいく。この山頂の北穂高側は岩稜が垂直に落ち込んでおり、覗いただけで、十分迫力がある。その脇を鎖をつたって10mほど垂直に降りるのであるが、まずは先頭の小生が降りてみて、驚いた。結構、高度感があり、怖いのだ。鎖に頼って降りるのだが、足の引っ掛かかりを探って下を見下ろすと、恐ろしい程の高度感がある。小生でさえビビるのに初心者たちの女子たちは大丈夫だろうか。

安全が確保できるところまで降りてから、「OK!降りてきていいぞ!」と声を掛けたが、一人でもビビッて動けなくなる者が出たら、この縦走は中止にして、おとなしく、ザイテングラードを降りて行こうと思っていた。ところがだ、若いからなのか、もともと恐れ知らずなのか、こわごわと降りてはくるが、泣き言は言わない。これなら、行けるか。と思って先へ進むことにした。

しかしながら、鎖、梯子の難所は続き、とても“走る”どころではない。安全優先で一歩一歩確実に進む。北穂高岳にはなかなか着かない。ようやく着いたのは12時半。二時間コースに倍以上かかったことになる。北穂高岳山頂下の標識には奥穂高岳まで2.3kmとある。平地の二キロなら30分もあれば着く。4時間半もかかったこの二キロが以下に難路であったかが、わかるであろう。

だが、ホントはここからが大変だったのだ。北穂高岳で昼食を兼ねて1時間近く休んだ後、涸沢ヒュッテ目指して下り始めた。山頂では笑顔で余裕を見せていた彼女たちだったが、縦走の難路を必死で歩いている内にすっかり体力、脚力を使い果たしてしまったのか、思うように下れない。涸沢ヒュッテまでは、標準所要時間2時間、距離2kmの道のりなのであるが、なかなか進まない。

涸沢ヒュッテに全員が着くのに、5時間半も要したのだった。これまた、倍、いや3倍近くの時間がかかってしまった。通常、山荘での食事は17時から18時の間にすますのであるが、我々が食事を始めたのは19時からである。完登を祝って乾杯しようと思っていたのだが、食事の時間は既に終わっているので大騒ぎはできない。小さくなって、食事をすませたのだった。

山行終了時間が19時ではコースリーダー失格である。幸い終日好天だったからよかったが、雷雨だの強風だのに見舞われたら、明るい内に帰れなかっただろう。大いに反省すべきである。


<緊張を強いられる、鎖場>


<痩尾根から見える前穂高が癒してくれる>


<北穂高岳になかなか着かない。前途は多難だ。>


<やっと、たどり着いた北穂高岳>


<距離だけだったら、それぞれ2km程度のことなのだが…>


<涸沢ヒュッテは見えている。が、なかなか着かない>

                             つづく

穂高岳縦走 (1) 「北アルプス」
穂高岳縦走 (2) 「メンバーと計画」
穂高岳縦走 (3) 「上高地~涸沢」
穂高岳縦走 (4) 「涸沢ヒュッテ~穂高岳山荘」
穂高岳縦走 (5) 「奥穂高岳」
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穂高岳縦走(5)「奥穂高岳」

2012年09月06日 | 山と温泉

<山荘前から観た常念岳方面>


<奥穂高岳への登り口。既に梯子を上がっている人たちがいる。>


<常念岳の上に陽が昇る>


<雲海>

なんと、晴れた。

初日、2日目と雨にやられ、この日の予報も前夜の段階では「くもり」。山荘のスタッフに聞いても「くもり」ではあるが、どちらかと言えば山の上だから雨の可能性の方が高い、ようなことを言っていた。「今回は晴天には見放されたのかもしれん。雨男も雨女もいるし…。」と諦めて床に就いたのだが、なんと、晴れた。

午前4時過ぎ、他の宿泊客がざわざわと動き出す気配で目が覚めた。窓の外を見ると雨は上がって雲もなく晴れている。こうしちゃ、いられんとカメラを持って外に出た。晴れた、晴れた、晴れた。写真を撮りまくってから、部屋に戻り、出発の準備を整える。5時からの朝食をそそくさとかきこんで、奥穂高岳山頂目指して、山荘を出る。

最初はほぼ垂直に立つ梯子を上がって行く。初心者はちょっと緊張する箇所であるが、思ったよりも恐くは無い。梯子を上がってしまえば、それ程きつくない道がつづく。よく晴れているので、景色を楽しみながら上がる。みんな笑顔で、瞳も感動でキラキラしている。連れてきた甲斐あり。そして、6時50分。我々5人は日本第三位の高峰奥穂高岳の山頂に立ったのだった。

絶景だった。槍ヶ岳を初めとした北アルプスの山々、遠くには富士山も見える。日本中の山がここから見えるような気がする。すぐそばには相変わらず、存在感のあるジャンダルムが聳え立つ。見ていたら、ジャンダルムのてっぺんに赤いウエアーの登山者が。昨晩、山荘の食堂で一緒に呑んだ、ジャンヌ・ダルム嬢かもしれん。無事ジャンダルムに行けたようだ。


<奥穂高岳山頂だ>


<北アルプスの名峰「槍ヶ岳」>


<スームアップ>


<富士山も観える>


<ジャンダルム(左)と笠ヶ岳(右奥)>


<頂きに立つのは、昨晩呑んだジャンヌ・ダルム嬢かもしれん>

奥穂高岳山頂からの眺めを堪能した我々は、一旦、穂高岳山荘まで下る。すっかり、気分をよくした我々は躊躇無く北穂高岳までの縦走路に挑戦したのだったが、これがまずかった。「老男若女」組にはあまりにもハードなコースだったのだ。

                                 つづく



<今回歩いたコースがすべて入ってる、涸沢ヒュッテのマップ>



穂高岳縦走 (1) 「北アルプス」
穂高岳縦走 (2) 「メンバーと計画」
穂高岳縦走 (3) 「上高地~涸沢」
穂高岳縦走 (4) 「涸沢ヒュッテ~穂高岳山荘」
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道東単独行、本日休息日(移動日)。

2012年08月16日 | 山と温泉

<牧草ロールと斜里岳>

本日は休息日を兼ねた移動日。もともと予定していたのであるが、天気は雨。明日は朝から晴れの予報なので、今回の山行は天気に恵まれている。ただ、今日の宿泊は、旭岳温泉の野営場のテントでも借りてすませようと思っていたのだが、雨では面倒だ。寝袋や炊飯の道具は持って来ているがジトジトしたテントの中で過ごすのはいかがなものか、という結論に達し、温泉ホテルの素泊まりに変更した。幸い夏休みのピークも過ぎているので、部屋は空いていた。途中で、アルコール類と今晩と明朝の食料を調達しておけば、本日は温泉にゆっくり浸かりながら過ごせる。

何もかも順調なのであるが、一点予定通り行かなかったことがある。昨晩のことだ。北見駅の近くにホテルをとったのだが、これには理由がある。北見で気に入っている店「サムライ」で呑むためだ。この一週間の旅の「呑み」分野ではかなり楽しみにしていたひとつである。ホテルに着いてひと風呂浴びてから電話をしてみると、なんと、大きな店舗に移転するため今月一杯休業しているという。なんという不運。この店はいつも繁盛していて、まともに最初から呑んだことがない。〆に塩焼きそばを食べた経験が二度あるだけだ。その塩焼きそばがとても旨かったこと、店の雰囲気がよかったことなどで、一度は最初(はな)から、この店で呑みたいと思い続けていたのだ。今回はいい機会だったのだが、残念、無念。今度、北見に来るのはいつの日か。もしかしたら、一生来れないかもしれない。

もともと、屋台村の一角から初めた店であったが、繁盛して表通りの大きな店に移転した。さらに、繁盛して今度は同じ通りだが、二階建ての店に移転するという。ヤドカリが殻を脱ぎ捨てる度に大きくなっていくようだ。お店にとってはいいことなので、若い店主の為にここはエールを送っておこう。「ますます繁盛して、沢山の人に感動を与えてください」と。

ま、ひとつぐらい予定通り行かないことが無いと後が怖い気もするので、諦めよう。また、なんかの機会で北見に来ることもあるだろう。その時こそ、ハナから呑んでやる!
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道東単独登山、順調なり。

2012年08月15日 | 山と温泉

<雌阿寒岳山頂>


<羅臼岳山頂>

13日の夕方の便で女満別に舞い降りて、空港でレンタカーを借りて、近くの安ホテルで一泊。それにしても、13日の午後三時頃までさいたまの自宅でウダウダしていた人間が、その日の午後8時過ぎには道東女満別にいる、ってのはどうもなぁ。便利すぎて味気ない。自転車とは言わないが、せめて鉄道で大宮から乗り継いで来たら、最果ての地に到達した、と言う気になるのだろうが。そんな暇ないもんね。仕方なし。

翌14日は朝4時にホテル出発で、ひたすら雌阿寒岳登山口を目指す。6時前には登りだすことが出来、8時には山頂へ。雌阿寒岳は活火山で噴煙がジェット機のような音をたてて吹き上がっている。山頂の注意書きにも「有毒ガスが出る可能性があるので、山頂に長居しないこと」とある。さっさと降りて9時半には下山。10時には翌日の登山口岩尾別温泉に向けて出発できた。岩尾別温泉では「木下小屋」に泊まった。過去二回、ここの「ホテル地の涯」に泊まって、羅臼岳を目指したが、一度目は豪雨、二度目は「怪我」で見合わさざるを得なかった。ホテルの所為ではないが、験が悪い。今回は登山口にある「木下小屋」素泊まりにしたのだった。

15日(本日)早朝4:20に登りだし、8時に山頂。11時40分には下山。7時間20分の長丁場を午前中に終えることができた。天気もよかったし、熊にも会わなかった。まずはメデタシ。今回の山行の中では一番ハードで、ヒグマがうようよいる所で、しかも三度目の正直。いろいろ思い入れが強い羅臼岳だったので、無事登り終えることができてホッとしている。後は明後日の大雪山旭岳を残すのみ。

「銀メダル以上確定」の気分である
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穂高岳縦走(3)「上高地~涸沢」

2012年07月31日 | 山と温泉

<上高地、雨の「河童橋」>


<梓川。晴れていれば川上方向に穂高連峰が見えるのだが…>

今回の山行はただ登るだけでなく、隠し味として節目節目には酒を呑もう!というのも織り込んでいる。ということで、新宿に21時頃着いた我々はバスの発車時刻23時まで、近くの居酒屋で呑んだ。会社を抜け出し、猛暑の都会を抜け出せることへまず乾杯。前途山行の安全を祈ってまた乾杯。一時間ちょっとの酒宴を開いた後、夜行バスに乗り込む。程よい酔いで結構眠れた。

予定通り翌朝6時に上高地に着く。あいにくの雨模様で、さっそくレインウエアを着込む。準備でき次第まずは明神目指して出発。皆、体調はよさそうだ。3時間の平地行なので、まずは散歩気分だ。雨は途中強く降ったり、小雨になったりを繰り返す。徳沢園で休憩していたら、豪雨のように雨が強くなった。横尾まで行くと少し雨が上がったように見えた。S二郎氏の「雨は上がった」を信じて、レインウエアを一度ザックにしまう。横尾から1時間程行った、ここから本格的な登りとなる「本谷橋」でまた大雨となる。S二郎氏曰く「こういうこともある」だと。

雨にも負けず、我ら老男若女一行は涸沢へと一歩一歩登って行く。例年の夏より残雪が多く、途中から雪道を歩く。こちらの方が直線的に登れるので結果として早く着く。雨の日にはありがたい。涸沢ヒュッテ近くになると、スコップで階段を刻んでくれていた。結局、最後まで雨がやむことは無かったが、予定よりは2時間早い14時に着いた。雨の中の初日としては上出来だ。初心者たちもよく頑張った。


<テラスから明日登る奥穂高岳方面を眺める>

雨具等を乾燥室に入れて自分たちの部屋というかスペースに荷物を置いて、ヒュッテのテラスに出てみるが、雨が降っているので長居はできない。屋根のあるところで、初涸沢を祝して生ビールで乾杯!この時ばかりは皆元気だ。小生も久々(8~9年ぶり)なので、感激はしたが、晴れてればもっといいのに、という気持ちは常にあった。

山の夕食は早い。17時から18時の間で終らせる。もちろん、我々はビール、ワインなどを呑みながらいただいた。消灯の9時までまだ間があったので、下界から運び上げたウイスキーを雲上でストレートで呑んで語りあう、という山の夜を過ごした。「明日の天気に期待しょう!」と何回も同じことを言いつつ小生はいつの間にかバタンQであった。ようだ。

                             つづく
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穂高岳縦走(2)「メンバー」と「計画」

2012年07月29日 | 山と温泉

<やっと着いた北穂高岳山頂>

先年北海道の斜里岳下山中に膝を裂傷した。傷は治ったがその時の打撲の後遺症か、いまだに時々痛むことがある。いつか膝がダメになって、厳しい山には登れなくなるかもしれん、という不安がある。折も折、昔は健脚だった先輩が膝痛で山に登れなくなったという話を聞いた。元気な内に登れるだけ登ろう、と思うと共に、若者達にも継承しておきたいと思うようになった。本当に山好きになる者はわずかかもしれないが、とにかく、標高3000mの世界を観せてやりたい。

そこで6月中旬、若者男女十数人に声をかけた。前の週の両神山日帰り登山の参加者は多かったが、この連休の北アルプス山行の方は、既に予定が入ってる者もあり、手を挙げたのは3人だけ。しかも、いずれも20代の女性ばかり。経験はほとんどない。さすがに、小生ひとりでは不安だ。こういう時にありがたいのが呑み同志S二郎氏。氏とは「呑み」だけではなく「山」でも同志である。小生の要請に快く乗ってくれた。これでひとまず安心だ。

ということで、メンバーは50半ばのオヤジ二人と20代半ばの女性三人という、親子のような道連れとなった。「老若男女」ならず「老男若女」の組み合わせとなったのだった。

計画を大まかに言うと、週末金曜日、仕事を終えてから新宿発23時の上高地行き高速バスに乗って、翌早朝、上高地から登り始めその日の午後早くに涸沢に着く。登山2日目は涸沢からザイテングラート経由で穂高岳山荘まで行く。天気がよければ、その日の内に奥穂高岳を登っておく。三日目は涸沢岳を超えてヤセ尾根を北穂高岳まで縦走し、涸沢へ下山。四日目は涸沢から上高地まで昼までに下山し、新宿行きのバスに乗って夕刻新宿着。

というものだ。三日目の涸沢岳から北穂高岳までの縦走路は結構難度が高い。行くかどうかは、天候とメンバーの体調、技術などを見極めてから決めることにして、準備万端整えて、金曜日を待ったのだった。

                         つづく


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穂高岳縦走(1)「北アルプス」

2012年07月28日 | 山と温泉

<奥穂高岳山頂から槍ヶ岳を望む>

あれは、出向先の関西からこっちへ戻ってきた初めての夏(たぶん、1990年)。野球部のS田氏を中心とした7~8人のグループで北アルプスへ行こう、ということになり、初めて本格登山に挑戦した。とても暑い夏だった。山はまったくの初心者であったが、いきなりテント泊で荷物も均等配分されたので随分重かったのを覚えている。しかも今から思えば、かなり“山”をなめていた。上高地からのアプローチでは休む度にビールを呑み、暑さと重さと酔いで本谷橋から涸沢までの本格的な登りではかなりバテた。

しかし、そうやって苦労して上がった涸沢は素晴らしかった。既に、自転車で日本中を見て回ったと思っていたが、日本にこんな所があったのかと、新鮮な感動を覚えた。この景色を観ながら、ヒュッテのテラスで呑むビールは格別だった。いつのまにか、疲れもどこかへふっとんでいた。翌日も天気はよく、北穂高岳~涸沢岳~奥穂高岳(今回の逆コース)を登り、穂高岳山荘に泊まった。スリルはあったが、山の楽しさ、清々しさを十分味わえた。また、大自然の中ではちっぽけな存在でしかない自分を自覚し、素直な気分になれた。

以来、山の虜となり、登った百名山は70座。北アルプスに限って言えば、白馬岳、五竜岳、鹿島槍岳、剣岳、立山、薬師岳、黒部五郎岳、黒岳、鷲羽岳、槍ヶ岳、穂高岳、常念岳、燕岳、笠ヶ岳、乗鞍岳と焼岳以外はすべて登っており、その他に表銀座縦走、立山~笠ヶ岳縦走や雲の平から裏銀座縦走など、かなり親しんだ。

ただ、ここ8~9年はご無沙汰していた。久々に行ってみたい、というのと、昨年と今年入社の若者たちに北アルプス登山の素晴らしさを伝えたい、という二つの思いで今回企画したのだった。

                 つづく
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穂高岳縦走!

2012年07月25日 | 山と温泉

<涸沢ヒュッテからみた涸沢カール>

写真の左端が奥穂高岳。そこから、中央の涸沢岳経由で右端の北穂高岳までの高度三千メートルの縦走が今回のメインであった。このコースは結構スリルがある。小生が初めて涸沢に来た時はここを右から左。つまり、北穂高岳~涸沢岳~奥穂高岳のコースを通った。ヒヤリとする難所もあったが、なんとか行けた。そして、登山の醍醐味みたいなものを刷り込まれた。

今回は会社の仲間5人で登って来た。一日目、二日目は雨にやられたが三日目は見事晴れた。おかげで、充実した登山が出来たし、同行の3人の「初穂高」組も感動、感激したようだ。詳細は何回かに分けて紹介しようと思う。
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しばらく、山籠もり

2012年07月20日 | 山と温泉
本日、夜行バスで上高地まで行って、明日から4日間、北アルプスで過ごす予定。まず、電波は届かないところへ行くので、しばし、ブログはお休みとなる。帰ってくるのは25日。詳細はその時にでも。

それでは、行ってまいります。
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両神山登山

2012年07月19日 | 山と温泉

<こんな新緑の中を歩く>


<頂上の碑>

昨夏8月の盆休み。北海道は斜里岳の下りで転んで、左膝3針を縫う裂傷を負ってからほぼ一年経つ。今年も夏山シーズンが到来した。今夏は「久々、北アルプス」「リベンジ北海道」など大きなイベントを予定している。その足慣らしを兼ねて「海の日」に山に行って来た。

小生の山暦は30代前半からである。小学校~高校までは野球一辺倒で、大学時代はサイクリング。登山は遠足の他は馴染みがなかった。30歳を過ぎてから、山好きの友に勧められるままに、北アルプスは涸沢に行った。その時の感動、感激が小生を山の虜にした。以来、毎月のように登るようになり、山スキーも趣味のひとつになった。だが、一緒に遊んでくれた仲間が結婚、退社などでいなくなってしまった。しかたがないので、最近では単独行を楽しんでいた。

昨今、またまた山ブームで、しかも、「山ガール」などと言う言葉も出て来て若い人たちの興味に「山」も取り上げられるようになった。ということもあり、若手中心の山登りの会を小生が声をかけて結成してみた。その第一回企画として組んだ日帰り登山が「両神山日帰り登山」であった。総勢8人で登って来た。男女4人づつ、計8人の山行である。小生と小生の呑み同志S次郎氏以外は全員20代前半の若者たちである。本格登山は初めてという人がほとんどだ。途中で足をツルもの、膝が笑って、やっと降りて来たもの、鎖場を怖がるものなどなど続出。それでも、やっぱり若さだなぁ。なんとか、順応して見事全員頂上を極め、無事下山。もう二度と山には行かない、というのがいるかと思ったが、全員百名山の一座を堪能できたようだ。また、いきましょうとの声多し。

明日からはこの会の企画第二弾で新宿から夜行バスに乗って上高地に行く。梅雨は明けたが、天気はイマイチのようだ。晴れんかなぁ。
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本日、久々登山。

2012年07月16日 | 山と温泉
昨夏の斜里岳以来の登山を本日実施。場所は両神山。参加メンバーは新たに会社でチームを作った面々と行く。まあ、初心者が多くいろいろあったが、無事皆頂上を極めることができた。詳細は明日にでも。
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巻機山の麓は満開だった

2012年05月02日 | 山と温泉

<巻機山の麓の登川沿いの公園の桜が見頃だった>


<登川は雪解け水で水かさが増している。自然の豊かさを感じる。>


<巻機山の頂上付近と桜>









4月29日に巻機山の麓の清水集落の宿まで行ったのだが、首都圏ではとっくに散ったはずの桜がこちらでは丁度見頃であり、思わぬ収穫となった。巻機山を間近にみてさらには雪解け水で水量の増した登川を眺めながら満開の桜を楽しむ。素晴らしい場所で、首都圏内にこんな場所があったら、さぞや花見客でギューギューになるだろうが、人口が少ないのか、花見に興味がないのか、パラパラとしか人はいない。もったいないことだ。



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久しぶりの山スキー

2012年04月30日 | 山と温泉


このブログを始めたのは2007年1月からであるが、山スキー紀行を書いた覚えが一切ない。ということは、2006年の春以来山スキーには行っていないことになる。実に6年ぶりだ。そして、その最後は今回行った「巻機山」だったと思う。なんとか行って来たが、結構バテた。下りではスキーが下手で転倒もした。林の中の急斜面であったので、打ち所が悪ければ大けがの可能性もあった。擦り傷程度で収まったのでまずは助かった。

という具合に久々の山スキーは面白かったが、怖い思いもした山行であった。
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