
<最もヒグマが出る地帯>

<そこを通り過ぎても、ヒグマはどこにでもいる、そうだ>
「羅臼岳」は知床半島にある、日本の北の北、地の果ての山であり、厳寒に加えヒグマが多く生息していて、おいそれと人を近づけない秘境のような印象を強く持っていた。ここを登るには「登山」ではなく「冒険」の覚悟がいると思っていたし、恐れてもいた。アイヌ語でラウスというのは「動物のハラワタの捨て場所」という意味だそうだ。アイヌ人が狩りをして得た鹿とか熊とかの死体置き場ということらしい。そういう意味と知って“羅臼”という漢字を改めてみてみるとさらなる禍々しさを感じる。意味を知る以前から小生は羅臼岳に、この“禍々しさ”をずっと感じていた。それは、ひとえにヒグマの所為だ。
最初は漫画で知ったのだと思うが、ヒグマというのは人間を襲って食うこともあり、しかも、賢くて残忍な日本最強の動物である、と思っていた。長じるにつれてそれを裏付けるようないろいろな話を聞いた。
学生時代に初めて北海道を自転車で走った時に、札幌の先輩がヒグマの恐ろしさを話してくれた。毎年、秋になるとキノコ狩りに行って行方不明になる人がおり、大抵はヒグマに襲われて惨殺死体で発見される。自転車で山深い峠などを走る時はベルを鳴らすなどして、気をつけて走れ。などと、脅され、実際層雲峡近くの三国峠などを登るときはビビりながら走ったものだ。
また、南アルプスを縦走していた時に山で会った登山者に、羅臼岳でキャンプしていた大学のパーティがヒグマに襲われた話を聞いた。なんでも、テントで泊まっているところを襲われ、何人かは逃げることができたが、ヒグマが狙っていた食料を持って逃げた為、後を追われ結局は殺されてしまった、とのこと。この一連の顛末が羅臼岳登山口の掲示板に貼り出されていて、それを読んだこの登山者は羅臼岳には登らずに帰ってきた、と言っていた。
また、怖いなら読まなきゃいいのだが、ついつい、吉村昭著「羆撃ち」を読んでしまう。実際に起きた数々のヒグマ事件を著者お得意のしっかりとした取材に基づいてリアルに描かれている。ヒグマは残忍で恐ろしい動物であることをこれでもか、というぐらいに繰り返し主張していた。
・2012年8月14日 くもりのち晴れ
14時頃、羅臼岳の登り口である岩尾別温泉木下小屋に到着した。今回はこの木下小屋に宿泊したが、過去二回(2009年夏、2011年夏)羅臼岳に登ろうとした時は「ホテル地の涯」に泊まった。が、一回目は豪雨、二回目は怪我で断念した。今回は宿泊客がいっぱいで木下小屋しか空いていなかったのだが、ゲンを担ぐ意味でも「地の涯」の方に泊まらなくてよかったのかもしれない。
小屋は素泊まり。寝袋持参で1500円だ。隣のホテルの10分の1の費用で泊まれるのはうれしい。小さいが露天風呂もある。まずはそこで汗を流して、16時ぐらいから食事をした。小屋の前のテーブルで湯を沸かして夕餉の準備をし、まずは途中、コンビニで買ってきたツマミと缶ビールでひとり乾杯。
と、そこへ、小屋の泊り客の65歳前後の男性が、やはり、このテーブルで自炊を始めた。ビールでもどうですかと声を掛け、話しながら食事をした。彼は二三日宇登呂の野営場で天候回復を待っていて、天気がよくなったのをみはからって本日ここまで来たとのこと。足が遅いので明日は早朝4時には出たいと言っていた。そこへ、今日羅臼だけへ登った登山者たちが下山してきた。
彼等らからの情報だと、下山中にヒグマの親子が出たとのこと。登山道に座り込んでいたので、30人ほどの登山者たちは下山できずに立ち往生していたらしい。こういう時はヒグマを刺激せずに立ち去るまでじっとしていた方がいいらしい。なかなか立ち去らないヒグマに対し、後から降りてきた登山者が発煙筒を燃やして、ようやく、ヒグマは登山路を立ち去ったらしい。
やはり、ヒグマはいたのだ。
つづく