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萬蔵庵―“知的アスリート”を目指すも挫折多き日々―

野球、自転車の旅、山、酒、健康法などを徒然に記載

低山めぐり

2013年02月25日 | 山と温泉

<尾根の雑木林>

今年の正月と2月の三連休に立て続けに九州に行った。旧友のS田氏のお世話になって、かの地の山と温泉を楽しんで来た。登った山は1787mの久住山を除けばすべて600m以下の低山である。低山といえども、自然は備わっているし、頂上に上がれば景色もいい。もちろん、健康にもいいし、本格的な登山のトレーニングにもなる。夏場の低山は暑くてかなわないが、この時期は低山もあり、だと思った。

そして、九州まで行かなくたって埼玉にも低山はある。学生の頃、自転車でよく行った奥武蔵があり、秩父の山々がある。クルマを持たない小生でもあの辺りなら、川越線と西武秩父線を乗り継いで電車でも行ける。ネットで調べると所要時間は2時間程度だ。ということで、11月~3月までの冬期は低山で楽しもうと思い立ったのであった。昨日はさっそく出かけて来た。以前に一度登ったことのある伊豆が岳(851m)に行ってみた。総高低差約1000m、歩行距離12kmを4時間半かけて歩いて来たが、結構充実できた。帰りの電車ではピーナッツつまみに缶ビールを呑む。電車の旅ならではの楽しみだ。

またひとつ、手軽に楽しめる“遊び”を発見した気分である。この春は野球や「おくのほそ道」の合間に「低山めぐり」をしてみようと思ったのだった。
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熱海旅行

2013年02月03日 | 山と温泉


一泊二日で熱海に行って来た。天気にも恵まれ、気温も暖かく満足の二日間であった。特に土地柄魚が旨く酒もすすんだ。ビール工場、美術館、水族館など観るべきものも多く、充実した二日間であった。また、久々に伊豆地方をうかがったわけだが、再び訪れたい所や新たに行ってみたい所が結構あった。自転車の旅か徒歩の旅かいずれじっくりと観て回りたいものだと思った。
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熱海へ

2013年02月02日 | 山と温泉
今日明日は会社の仲間と熱海へ保養に行く。極寒期に暖かいところで温泉三昧という企画であったが、本日は異常に暖かい一日のようだ。ま、暖かいに越した事はない。ビール工場見学の予定もある。さぞ、生ビールも旨いことだろう。温泉に酒に観光に、楽しい一泊二日にしようと思う。それでは行ってきま~す
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2013北九州旅行 その2「久住山」

2013年01月17日 | 山と温泉

<荒涼とした雪景色>


<片道4km>


<雪山その1>


<雪山その2>


<頂上>

正月2日、久留米のS田氏の家を出て、久住山の登山口「牧ノ戸峠」へと向かう。天気は薄曇り。あまりよくはないが、年末の予報では雨または雪であったので、それよりはましである。九州の山と言えども1800m級であり、日本海側に属しているので雪は降る。あまり天候がよくないようなら、登山は断念しよう、ということでとりあえずは登り口まで行くことにしたのである。

久留米から日田を通って湯布院に抜けるこの筑後街道は三十数年前自転車で走っているはずだが、思い当たる景色は見当たらない。記憶が情けないのか、クルマからみる景色とサドル上から見る景色との違いなのか。小生としては後者と思いたいが…。途中から「やまなみハイウエイ」に入ったが、ここもまた、先の街道を走った同じ夏に来ている。こちらはなんとなく覚えている。おそらく、筑後街道は日本のどこにでもある景色だったので、はっきりと覚えていないのだろう。こっちは、観光地を貫く景色のいい道路(当時は有料道路だったと思う)なので、鮮明とは言えぬが朧に覚えているのだろう。

牧ノ戸峠に近くなると前日に降った雪が凍っていてスタッドレスタイヤでないと走れなくなった。S田氏はさすがにアウトドア派である。ちゃんと履き替えていた。久留米からクルマで約3時間。久住山登山口の牧ノ戸峠に着いた。クルマの中では左程に感じなかったが、外に出るとさすがに寒い。曇ってはいたが、視界はまあまあで風も落ち着いていたので、登ることにした。正月2日だというのに、結構登山者がいる。広い駐車場ではあったが、8割方埋まっていた。

牧ノ戸峠が標高1330m、久住山が1787mなので標高差は500m弱なのだが、距離が片道4kmと結構長い。急登の部分はあまりなく、初心者向けの尾根歩きの山である。だが、この日は積雪が5cmほどあって、最初から軽アイゼンをつけて登っている人が大半であった。我々は最後のひと登りまで、アイゼンは付けずに上がったが、下りの時に滑るのが嫌だったので付けた。山道はこれが九州の山かと思えるほど一面の雪景色だった。久々に雪山を登った気がして気分がよかった。

午後2時には下山し、途中、宿で呑む酒と肴を買出ししてからこの日の宿泊地湯平温泉へ。午後3時には着いた。

                               つづく
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2013北九州旅行 その1「久留米」

2013年01月09日 | 山と温泉

<水天宮境内>


<真木和泉像>


<水天宮の裏に筑紫二郎(筑後川)が流れる>

今年の正月は久留米を拠点に大分九重方面、佐賀吉野ヶ里方面で酒・温泉・山を楽しんできた。拠点の久留米には呑み同志の一人S田氏が若隠居生活をしている。氏は小生の勤めている会社を2007年末で辞め、故郷の久留米に帰った。あれからはや5年。この間、氏と会ったのは2010年に九州出張に行った時のみである。今回の旅の目的は氏との旧交を温めるのが第1、温泉で体を温めるのが第2、山は第3位、の位置づけで楽しんできた。

初日の1月1日は丁度お昼に久留米着。元日とあって開いていない店が多く、駅ナカのうどんやで食事をした。一旦氏の家で正月番組などを観ながら少々くつろいだ後、久留米市内見学をした。水天宮や久留米城址などを観て時間をつぶしてから、繁華街へ行って呑む。この1日の晩と山と温泉に行って戻ってきた4日の晩に久留米で呑んだ。ここは玄界灘も有明海も近いので海の幸が豊富だ。何を食べても旨い。また、焼き鳥も有名でいい味付けで酒に向く。ま、酒飲みの多い土地柄なので、うるさい人も多く、競争も激しいのだろう。

4日の晩にはS田氏がよく行くジガーバーによってカクテルなどを呑んだ。気さくなバーテンで楽しかった。生のピアノ演奏もあり、小生のリクエスト、バド・パウエルの「クレオパトラの夢」もやってくれた。雰囲気のいい店であった。久留米は誠に酒飲み天国の街である。

1日も4日もS田宅に戻ってからもウイスキーを呑む。両日とも気を失うようにいつの間にか寝ていたのだった。

                     <つづく>
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2012年夏の北海道(5)「羅臼岳下山」

2012年11月15日 | 山と温泉

<クマ避けの大鈴>


<40ℓのザックにつけても存在感はある>

山頂の絶景をいつまで眺めていてもキリが無いのと、この日は北見まで移動して一杯やろうという魂胆なので9時前には下山開始した。下山中もヒグマに出くわすのを避ける為、なるべく一人にならないようにと思ったが、慣れたのか、そんなに恐ろしさは感じなくなっていた。また、かつて阿寒湖のお土産屋で買った、クマ避けの大鈴(ベルと言った方がいいかも)がガランガラン音を立ててくれているのが、心強かった。周りの登山者からも「北海道の山を登る時にはこのぐらいの鈴がなきゃダメだな。チンチロ鳴ってるような鈴ではヒグマ避けにはならんわ。」と褒められていた一品である。

ということで、くだりも快調に降りていたのだが、まさに、「ヒグマ出没多発地帯」に入ろうとしたその時、さっきまでガランガランとザックの後ろで大きな音を立てていた大鈴が沈黙しているのに気が付く。おいおい、肝心なところで沈黙かよ。ザックを下ろして調べてみると鈴の中の内側を打つ金具、舌(ぜつ)と呼ぶらしいが、これが無くなっていた。もともと、この大鈴は昨夏斜里岳を登る時にも「舌」が外れ、音無しのベルとなって何の役にも立たなかったのであるが、駐車場に戻ってきたらクルマの側に「舌」が落ちていた。という、まさに“落ち”があったのだが、今回はシャレにもならん。

ここを一人で行くのに不安を感じたので誰か来るのを待って、その後からこの「多発地帯」を抜けようという姑息な手を思いついた。しばらく、木陰で休んでいると初老の夫婦が降りてきた。二人とも鈴をつけているし、しゃべりながら歩いているので賑やかだ。ある程度間隔をあけてから後をついて行く。ところが、小生の方が足が速いのですぐ追いついてしまう。少し休んでからまた歩く。これを二度程繰り返してから、ふと思った。自分がヒグマに襲われたくないために、初老夫婦に先に行かせているとは、なんと女々しい奴だ。男として、人間として卑怯ではないか。自分が先頭を立って初老の夫婦を守るぐらいの気概がなくてどうする。と、大いに恥じる。

そこで思案。大鈴を手に持って、手ごろな石で打ち付けるようにしたら、結構いい音が出るではないか。そうだ、こうやって打ち鳴らしながら行けばなんてことはない。初老夫婦を守ってやろうではないか。そう決めて、足早に降りて行って二人を抜く。俺に着いて来い、ぐらいの勢いで前に出た。先程までの惨めな気分はふっとんだ。この勢いにヒグマも怖気づいたのか、出没せず。午前11時半には無事下山できたのであった。

それにしても、この羅臼岳。ヒグマの生息地の割には人気がある。関西弁のおじさんは「これで4度目や。」と言っていた。わざわざヒグマの出る山に関西地方から4度も来て登っているのだ。それだけ、この山には魅力があるということだ。小生も最初こそ、百名山なので1度は登るが2度と来ないぞ、と思っていたのだが、この山を後にする時には「いつかまた来よう」と自然に思ったのだった。

今夏の山行計画の中では一番ハードで、ヒグマがうようよいる所で、しかも三度目の正直。いろいろ思い入れのある「羅臼岳」だったので、無事登り終えることができてホッとした。下山後、顔を洗ったり、靴を履き替えたりして、レンタカーに乗り込み一路今晩の宿「北見」をめざして、出発したのであった。

                                つづく
いままでのお話
 ↓↓↓↓↓↓

2012夏の北海道(1)「雌阿寒岳登山」
2012夏の北海道(2)「霧の摩周湖」
2012夏の北海道(3)「羅臼岳とヒグマ」
2012夏の北海道(4)「羅臼岳登山」
          
                            
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山の会

2012年10月19日 | 山と温泉


昨晩はこの前行った「紅葉の涸沢」の報告をメインとした山の会の宴が催された。総勢10名参加。秋の涸沢に参加したメンバーは6名の内4名出席した。山行からほぼ二週間経って振り返るに、いろいろあったが、見事な紅葉と初冠雪に出会えたこと、この良かった点のみが印象に残っている。皆もそうだったらしく、その話が中心であった。今回「紅葉の涸沢」に行けなかった連中も、来年こそはと闘志を燃やしていたようだ。

7月に立ち上げたこの山の会。山行は「両神山日帰り」「穂高岳縦走3泊4日」「八ヶ岳1泊2日」「紅葉の涸沢2泊3日」の4コースを企画・実行した。まずまずの成果を上げたと思っているが、ひやひや場面もあり、やはり、もっと慎重、もっと厳しくやらないと、滑落・遭難といった大きな事故につながる可能性もある、と思った。

特に女性陣の下りのスケジュールは標準時間の倍はとっておかないと予定が大きく狂うことが分かった。また、持ち物チェック。雨具とかヘッドランプとかの必携品を準備したか、しっかりチェックしておかないと、気楽に考えて持ってこない人がいる。

雨具は上だけあればいいでしょう。ヘッドランプはPhoneの懐中電灯アプリで代用。などと安易に考えている人がいるが、雨具は上下ともちゃんとしたものでないと、ずぶ濡れになって、夏でも高所では非常に寒い思いをするし、風邪でもひいたら、パーティに迷惑をかける。ヘッドランプも薄暗い早朝から歩き出すことは普通だし、なんかあって予定が狂えば夜歩くこともある。両手がちゃんと仕えて前方をしっかりと照らせるヘッドランプは必携なのである。これも1名持っていないだけで、パーティに迷惑をかけることになる。

というように仲間で山に上がる場合、他の人に迷惑をかけないことが大前提なのであるが、その辺の認識が甘い人が多い。ま、山登り未経験の若者を集めて歩き出した山の会なので、その辺の意識は低くて当然なのであるが。

やはり、リーダーが口をすっぱくして、手を変え品を変えしながら、教えて行くしかないのだと思っている。
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2012夏の北海道(4)「羅臼岳登山」

2012年10月13日 | 山と温泉

<ヒグマ出没多発生地帯だ>

 2012年8月15日 晴れ

“羅臼岳登山道にヒグマが出た”

この事実を知ったおかげで、夜は寝苦しかった。さいたまの夜とは違い涼しかったにもかかわらず、だ。午前3時には目が覚め、登山の用意をし、行動食を食べ、鈴が鳴るのを確かめ、4時には準備が整った。だがしかし、暗い内からひとりで先頭にたって羅臼岳を登るのだけは避けたかった。何人か登る人を見送ってから歩き出す。時に午前4時半。まだ、ヘッドランプがいるくらい薄暗かった。

登り出しは結構急登である。20分も歩いたろうか、辺りがだいぶ明るくなってきた頃、先行した5人の登山者たちが立ち止まっている。「どうしたんですか?」と聞くと、ヒグマがいるという。もう、出たんか。熊が去るまでじっと待機。と肝に銘じて恐る恐る遠方を覘いてみるが、ヒグマらしきものはいない。「今、立ち去ったんや。」関西系の人が言う。ヒグマを確認できなかったのは残念だったが、いないに越したことはない。6人でその場を急ぎ足で進む。

このあたりはヒグマの好物のアリの巣があり、ヒグマはそれを食べに頻繁に出てくるという。この話を聞いて、ここは自然優先で人は自然に従うよう位置づけられているのだと思った。登山者優先に考えれば、ヒグマが出るなら、まず、猟師に駆除してもらい、ヒグマの好物のアリ塚などは除去するか、できるかどうかわからないが、登山道から遠く離れたところに移動するとか、方法がありそうなものだ。

だが、ここでは、熊を撃ちはしないし、好物のアリ塚が登山道にあっても除去しない。自然優先なのだ。人間はこの自然をすべて受け入れた上で、登るなら登りなさい、というスタンスなのである。人はわざわざこんな山を登らなくたって生きていける。伊達や酔狂で来ているのである。自然優先で当たり前なのだ。しばらくは5人について行ったが、皆さん結構足が速く、だんだんと離された。また、一人歩きとなるが、ヒグマ出没多発地帯はまもなく抜けた。


<羅臼平から見た羅臼岳>


<ハイマツ帯を抜け頂上を目指す>

鬱蒼とした森林を抜け、沢を登り這松地帯にはいると間もなく羅臼平に出る。ここからの羅臼岳の眺めはいい。羅臼平で一息入れた後、びっしりと這えてるハイマツ林を抜け、最後の登りに取り掛かる。火山礫のある結構急な登りで、歩きづらかったが、30分程で頂上に着く。少しガスがかかっていたが、360度展望可能であった。登って来た道を振り返ると半島の先に向かって、三ツ峰を前衛とした知床連峰が連なる。右に目を転ずると国後の島影がうっすらと見え、南側には道東の大地が広がる。オホーツク海側の宇登呂、太平洋側の羅臼の町並みも展望できる。両方の海が見えるということは滅多にない、と地元の人らしい人が言っていた。

3年越し3度目の正直で“地の涯の山”羅臼岳山頂に達することができた。この眺望はカムイからの贈り物だったのかもしれない。 (つづく)


<山頂到達>


<知床連峰。連峰の先端は知床岬だ。>


<国後島の島影がうっすらと観える>


<道東方面>

                                                   
2012夏の北海道(1)「雌阿寒岳登山」
2012夏の北海道(2)「霧の摩周湖」
2012夏の北海道(3)「羅臼岳とヒグマ」


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2012年夏の北海道(3)「羅臼岳とヒグマ」

2012年10月12日 | 山と温泉

<最もヒグマが出る地帯>


<そこを通り過ぎても、ヒグマはどこにでもいる、そうだ>

「羅臼岳」は知床半島にある、日本の北の北、地の果ての山であり、厳寒に加えヒグマが多く生息していて、おいそれと人を近づけない秘境のような印象を強く持っていた。ここを登るには「登山」ではなく「冒険」の覚悟がいると思っていたし、恐れてもいた。アイヌ語でラウスというのは「動物のハラワタの捨て場所」という意味だそうだ。アイヌ人が狩りをして得た鹿とか熊とかの死体置き場ということらしい。そういう意味と知って“羅臼”という漢字を改めてみてみるとさらなる禍々しさを感じる。意味を知る以前から小生は羅臼岳に、この“禍々しさ”をずっと感じていた。それは、ひとえにヒグマの所為だ。

最初は漫画で知ったのだと思うが、ヒグマというのは人間を襲って食うこともあり、しかも、賢くて残忍な日本最強の動物である、と思っていた。長じるにつれてそれを裏付けるようないろいろな話を聞いた。

学生時代に初めて北海道を自転車で走った時に、札幌の先輩がヒグマの恐ろしさを話してくれた。毎年、秋になるとキノコ狩りに行って行方不明になる人がおり、大抵はヒグマに襲われて惨殺死体で発見される。自転車で山深い峠などを走る時はベルを鳴らすなどして、気をつけて走れ。などと、脅され、実際層雲峡近くの三国峠などを登るときはビビりながら走ったものだ。

また、南アルプスを縦走していた時に山で会った登山者に、羅臼岳でキャンプしていた大学のパーティがヒグマに襲われた話を聞いた。なんでも、テントで泊まっているところを襲われ、何人かは逃げることができたが、ヒグマが狙っていた食料を持って逃げた為、後を追われ結局は殺されてしまった、とのこと。この一連の顛末が羅臼岳登山口の掲示板に貼り出されていて、それを読んだこの登山者は羅臼岳には登らずに帰ってきた、と言っていた。

また、怖いなら読まなきゃいいのだが、ついつい、吉村昭著「羆撃ち」を読んでしまう。実際に起きた数々のヒグマ事件を著者お得意のしっかりとした取材に基づいてリアルに描かれている。ヒグマは残忍で恐ろしい動物であることをこれでもか、というぐらいに繰り返し主張していた。

・2012年8月14日  くもりのち晴れ

14時頃、羅臼岳の登り口である岩尾別温泉木下小屋に到着した。今回はこの木下小屋に宿泊したが、過去二回(2009年夏、2011年夏)羅臼岳に登ろうとした時は「ホテル地の涯」に泊まった。が、一回目は豪雨、二回目は怪我で断念した。今回は宿泊客がいっぱいで木下小屋しか空いていなかったのだが、ゲンを担ぐ意味でも「地の涯」の方に泊まらなくてよかったのかもしれない。

小屋は素泊まり。寝袋持参で1500円だ。隣のホテルの10分の1の費用で泊まれるのはうれしい。小さいが露天風呂もある。まずはそこで汗を流して、16時ぐらいから食事をした。小屋の前のテーブルで湯を沸かして夕餉の準備をし、まずは途中、コンビニで買ってきたツマミと缶ビールでひとり乾杯。

と、そこへ、小屋の泊り客の65歳前後の男性が、やはり、このテーブルで自炊を始めた。ビールでもどうですかと声を掛け、話しながら食事をした。彼は二三日宇登呂の野営場で天候回復を待っていて、天気がよくなったのをみはからって本日ここまで来たとのこと。足が遅いので明日は早朝4時には出たいと言っていた。そこへ、今日羅臼だけへ登った登山者たちが下山してきた。

彼等らからの情報だと、下山中にヒグマの親子が出たとのこと。登山道に座り込んでいたので、30人ほどの登山者たちは下山できずに立ち往生していたらしい。こういう時はヒグマを刺激せずに立ち去るまでじっとしていた方がいいらしい。なかなか立ち去らないヒグマに対し、後から降りてきた登山者が発煙筒を燃やして、ようやく、ヒグマは登山路を立ち去ったらしい。

やはり、ヒグマはいたのだ。

                                       つづく
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涸沢秋景。

2012年10月11日 | 山と温泉

<涸沢小屋から奥穂高岳を眺望>

紅葉の涸沢に来たのは何年振りだろうか。15年か20年かそんなものだと思う。過去に(恐らく)2度程来てはみたものの、天気が悪かったり、紅葉がもうひとつだったりとあまりいい思い出は無い。ところが、今回はどうだ。又聞きなので、本当かどうかは定かではないが、"10年ぶりの見事な紅葉"とのこと。

しかも、6日から7日にかけて降った雨が穂高岳山頂付近では雪になり、これが本年の初冠雪だったそうだ。7日の朝の涸沢の風景はこの10年ぶりの紅葉と初冠雪でめったに観られない、一種凄味のある風景となっていた。

写真の腕がイマイチなのでなかなかいい写真は撮れなかったが、比較的うまく撮れたものを以下披露する。















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紅葉の涸沢から帰還。

2012年10月08日 | 山と温泉

<涸沢まであと一息。>

今回は男女三名づつの6人パーティで紅葉最盛期の北アルプスは涸沢まで行って来た。天気はまあまあであったが、下山日の本日がもっとも天気がよく快晴であったのは少々悔しかった。今回の山行はすべてがうまくいった、とは言えなかった。

今回の山行とかけて
一酸化中毒と解く
そのこころは
不完全燃焼

といったところか。ではあるが、10年ぶりの見事な紅葉と初冠雪というめったに観られない景色を目にできた。詳細は後日。
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山の会。

2012年09月26日 | 山と温泉

本日は山の会の呑み会があった。7月に発足してから、4回目の宴である。
会主催で登った山は

第一回「両神山」日帰り、8人参加
第二回「穂高岳縦走」三泊四日、5人参加
第三回「八ヶ岳」一泊二日、2人参加

と、こちらは3度目だ。

宴会含めすべて参加しているのは小生だけだ。さすがに発起人だけのことはある。が、見方によると、小生の山遊びに付き合ってくれる人間を集めた会ともとれる。もっとも、会主催以外の山行も企画されているので、段々と山登りの輪は広がっているようだ。それで目的のひとつは達成できたことになる。

さて、本日は第三回「八ヶ岳」の報告と10月初旬の3連休に行う、会主催企画第四弾「秋の涸沢」の事前打合せを兼ねた宴会であった。第四弾企画の参加者は小生入れて6名。初心者も多いが、なんとか涸沢まで行ければ、北アルプスの醍醐味は堪能できる。みんな、期待で盛り上がっていたようだ。

連夜の宴会なので、今日は早めに帰ってきた
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八ヶ岳から無事帰還。

2012年09月22日 | 山と温泉

<左端が八ヶ岳の最高峰「赤岳」。右端は「阿弥陀岳」。真ん中はそのまんま「中岳」。>

久々に八ヶ岳を登って来た。相棒は入社2年目の福岡出身のI氏。まだ、23歳?の若手社員である。山歴は九州に居る時に久住山他を登っている。まったくの初心ではない。蕎麦やコーヒーに詳しく、どちらかというとストイックな性格である。その点、山歩きを趣味とするにはいいかもしれない。詳細はおいおい書こうと思っているが、コースは美濃戸口から行者小屋のキャンプ場でテント泊。本日、早朝5時半から登って、阿弥陀岳~中岳~赤岳を踏破して行者小屋に戻り、下山してクルマで午後6時には大宮に戻って来た。なかなか、充実した1泊2日の山行でした

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2012夏の北海道(2)「霧の摩周湖」

2012年09月15日 | 山と温泉

<“晴れ”の摩周湖>

2012年8月14日(火) 曇りのち晴れ

雌阿寒岳登山を終えて、レンタカーで知床に向かう途中、摩周湖によった。「霧の摩周湖」のはずがすっきりと晴れていた。ここには1979年夏の北海道サイクリングで訪れて以来、4度か5度は来たことがあるが、見事に晴れた摩周湖を観たのは初めてである。

摩周湖は晴れていない時の方が多いのだろう。摩周湖を呼ぶときは大抵“霧の”という前置きがつく。その前置きがつくために、神秘的なイメージが摩周湖にはつきまとう。忍者の名前でも、ただ「とんべえ」と呼ぶだけだと、いかにも弱そうだし、忍術も使えそうもないが、「霧のとんべえ」と呼ぶとたちまちドロンと消えそうである。(霧のとんべえ。「隠密剣士」に出てきた忍者。我々の世代では忍者と言えば「霧のとんべえ」といっても過言ではない。)

であるから、晴れている摩周湖は大いに結構なのであるが、すべて見えてしまうと何かあっけない感じがして物足りない気もする。不謹慎ではあるが、女性の裸像と同じだ、などと思ってしまう

土産物屋に六花亭のバターサンドがあったので、山の行動食として購入した。バターサンドは小生の好物のひとつであるが、おやつとして食べるには高カロリーであるが、山の行動食としてならうってつけだと思っていた。カロリーメイトなどよりはずっと旨いし、食べやすい。

“晴れ”の摩周湖を後にして、一路、知床は岩尾別温泉に向かう。広々とした道東の景色を楽しみながら、クルマを走らせたのだった。

                       つづく


2012夏の北海道 (1)「雌阿寒岳登山」
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ブロッケン現象

2012年09月13日 | 山と温泉

<奥穂高岳山頂から見たブロッケン現象>

「ブロッケン現象は太陽などの光が背後からさしこみ、影の側にある雲粒や霧粒によって光が散乱され、見る人の影の周りに、虹と似た光の輪となって現れる大気光学現象。 光輪 (グローリー、glory(英語))、ブロッケンの妖怪(または怪物)などともいう。」

と、ウィキペディアに書いてある。この夏行った奥穂高岳山頂からブロッケン現象を見ることができた。二日間の雨の後の晴れだったので、水蒸気が霧を起こし、発生し易い状況であったのだと思う。しかしながら、小生の登山歴、足掛け20年で、ブロッケン現象をはっきりみたのは今回で3回目である。我がパーティーの3人の初心者達はラッキーだったと言わねばならない。「なかなか見ることのできない貴重なものだ」と皆に教えたが、伝わったかどうか。

小生が最初にみたのは、燕岳~大天井岳の尾根だった。自分の影に後光が射している現象が不思議でなんども手を振ったり、回したりしたものだ。飛行機に乗っていて、飛行機の影がブロッケン現象として映っていたのを見たこともある。いずれにしても、この現象が起きる状況に身を置くことの少ない人は見る機会も少ない。山に暮らす人やパイロットにとっては珍しい現象ではないだろう。

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