イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

水軒沖釣行とバックヤードツアー

2021年11月07日 | 2021釣り
場所:水軒沖
条件:中潮 7:59満潮
釣果:ボウズ

今日も午後から行きたいところがあるので朝一だけ出かけてみた。なんとしてもあのサワラを釣りたいという欲望は消えることがなく、禁断の仕掛けだけを持って港へ向かった。
1時間ほどで戻りたいので、そういうときは小船のほうが便利なのだが、次の休日は雨模様なので大きい方の船を動かしておこうということにした。

今日も明るくなってから出港。港内のコンテナクレーンの夜間灯が変わっている。なんだかクリスマス仕様になったかのようだ。これをいろいろなパターンで点滅させると宇宙人と交信できるかもしれない・・。



これからはこの光景を見ながら沖へ向かうことになる。

一文字の切れ目を越えたところからスタート。
今日も僕と同じように禁断の仕掛けを流している船がいる。前回見た船と同じ船だ。



これだけ頻繁にやってくるということはやっぱり釣れているのだろう。期待が持てる。
広範囲に探ってみようと、切れ目から新々波止の赤灯台に向けて移動。そこから防波堤沿いに流してゆく。午前7時までやってみたが結局かすりもせず、ボイルも見えることなく終了。



日ムラがあるのか、もう少し粘ればボイルが現れるのか、まったくわからないが、2回連続で何のアタリもないとこの釣りについての信頼性が揺らいでしまう。アタリがなければこれほど面白くない釣りもないというのだからなおさらだ。
去年も今頃が最後だったので今年も今日で終わりなのかもしれない・・。

こんなに早くあがったのは、ちからさんがご自分の船を上架するというので少しでもお手伝いをしようと考えたからだ。いつも僕のほうが手伝ってもらってばかりいるので休日が合う時は参上しなければという、ほぼ押しかけ手伝いという感じだ。ちからさんはベテランだから僕の手助けなど必要とはしていないし、彼にはたくさんの漁師仲間がいるのでそれでほぼ手は足りているはずなので押しかけ手伝いということなのだ。
スロープに到着してみると、ちょうど船が岸壁から離れるところであった。いそいで乗り込み船台の前のポールを確保する係をする。これについては前でポールを取ってもらうのとひとりでやるのとでは安心感がまったく違う。まあ、これも今日みたいな穏やかな日だとちからさんならひとりで難なくこなせるはずなのでここもただの押しかけだ。逆に僕のほうがちからさんの手際を観察させてもらって勉強させてもらっているのである。

無事に上架が終わり、フジツボを掻き落とす。「かなり付いているので船がまったく走らない。」とおっしゃっていたけれども、僕の時よりもはるかに付着量は少ない。和歌浦と水軒の水質の違いなんだろうな。不必要な栄養分がないだけむやみに付着しないのだろう。
ということで、二人でやると作業はあっという間に終わって僕はここまで。




午後からは図書館のバックヤードツアーに参加してきた。貸し出し窓口に案内のパンフレットが置いてあったので応募したら当たってしまった。当たったというか、これはメールで申し込むのだけれども、これには受付開始日というのがあったのだが、それに気付かずその前にメールを送ってしまっていた。普通ならこの応募は無効ですという知らせをするらしいのだが、図書館の人もそれに気付かず応募開始日を迎えてしまい仕方がないのであなたを当選したことにしますというので当選したという具合だ。要は不正をして当選させてもらったということである。まあ、なんでも構わない。普段見ることが出来ないところを見せてもらうのはうれしい。

書庫の中を案内してくれるのだが、ここには普通の書籍だけではなくて貴重書籍というものも保管されている。歴史的貴重な古い書物や文書が温度と湿度が管理された特別な部屋に置かれているのだが、これが特別と言いながらけっこう簡易なものに収められているのが面白い。「小梅日記」という幕末から明治に書かれた日記なのだが、当時の風俗を克明に記録しているということで貴重な資料ですといいながら普通の段ボールの箱に入っていたり、有吉佐和子の直筆の原稿はなぜか切手が貼られた封筒に入っていた。
ちなみに小梅日記には、坂本龍馬の暗殺や、ハレー彗星、黒船の来航などのことも書かれてるそうで、ラジオや新聞もない中で和歌山に居ながらこんな情報を普通の若い女性が得ることができたというのは驚きである。噂や情報というのは手段がどうであれ瞬く間に拡散するというのが世の常であるのかもしれない。

和歌山県立図書館には100万冊の蔵書があるそうだ。地下は2層になっていて、1階、2階にも書庫がある。当たり前だが中は本だらけ。案内をしてもらいながら背表紙のタイトルを眺めているとこの本の内容はどんなものだろうと興味をそそられる。人生を1000回やり直しても読み切れるものでもないがその万分の1でも読みたいものだ。



おみやげにもらったのは「参考書」という、辞書などの貸し出し禁止の書物に貼るシールだ。
僕も家に置いている辞書に貼り付けてみた。ここだけ図書館みたいになった。


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水軒沖釣行

2021年11月05日 | 2021釣り
場所:水軒沖
条件:大潮 6:24満潮
釣果:コウイカ 5匹

今日は船底塗装を終えた小船のほうで出船だ。例年ならあと10日くらい遅れて始まるコウイカを調査してみようと考えている。今年はすでにいろいろなところで釣果が出ているらしいので期待が持てる。

コウイカを始める前にやはり禁断の仕掛けを試してみる。あのサワラを逃したことがそれほどに悔しい・・。
あまり暗いうちからだと釣れないのではと思い、午前6時を過ぎて出港。こんなに明るくなってから港を出るのは久々だ。



一文字の切れ目を出たところから仕掛けを流し始める。ほんのかすかだが魚が跳ねているところをみたので近づいてみるがアタリなし。
沖の一文字の前を2回ほど行ったり来たりして終了。
しかし、イカを釣っている最中、他の船が2隻禁断の仕掛けを流していた。多分、条件がよければ釣れているということなのだろう。



新々波止の前に移動し、元の防波堤の切れ目の前からスタート。去年もこの場所がよかった。多分今でも切れ目の残骸から潮が通っているからだろうと考えている。
その考えのとおりで、仕掛けを落としてすぐにアタリ。まあまあのサイズが上がってきた。
仕掛けを落としてから生け簀がわりのゴミ箱を準備しようと思っていたので、釣り上げたイカは仕方なくデッキの上に放り込んだ。案の定デッキの上は墨まみれになってしまった。どうやったらこんなになるのだろうと思うほどの汚れ方で、エンジンの前のストレージの蓋にまで墨が飛んできている。



噂通り今年は相当釣れるのじゃないかと思ってしまったがやはりそんなに甘くはない。その後はまったくアタリがない。30分流してやっと1回アタリがあるという感じだ。
最後のほうでやっと群れに当たったか、連続して2回アタリがあったのが救いだろうか。
そして、去年の最初の釣行では仕掛けをロストしたからとはいえ、たった1匹で終わってしまったことを考えると上出来なのかもしれない。

気が狂ったような爆釣劇を見せてくれたのは6年前だ。どうなんだろう、今年はあの年の再来となるのだろうか。
これから2ヶ月間、楽しみだ。

家に帰って庭の木の剪定。ずっとやらねばと思いながら松の木を切っただけであった。今日は残りの3本をやっつけた。プロの庭師でも最低半日かけて剪定するだろうところを僕は30分でやってしまう。1本あたり10分だ。それだからもう、ざんぎり頭もいいところだ。
誰も愛でることのない庭の木だが、放っておくとジャングルのようになり、一応、父親が植えた木なのだから切り倒してしまうわけにもいかない。しかし、自然界に生えている木というのはそんなに勢いよく枝を伸ばしていないような気がするが、やはり、庭のように競争のない世界ではのびのび枝を伸ばすものなのだろうか・・。
叔父さんは、「たいして値打ちのある木ではないのだから全部切って家庭菜園にしろ。」とはいうのだが、その叔父さんの家からあの松は運ばれてきたのだし、槇の木は元の小船のオーナーさんの家に植わっていたものだそうで、多分樹齢は100年くらいたっているのじゃないかとのことだ。そう思うやっぱり切り倒せない。ざんぎり頭でもなんでも僕が刈れるうちは刈り続けようとは思っている。



船底塗装もそうだし、散髪や剪定というのは、お金や労力をかけても元の状態に戻るだけだ。こういうのを物理学では、「低エントロピー状態を維持する。」ということになるのだが、人生学では、「むなしさだけが増大する。」と言い換えられるのかもしれない。

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船底塗装

2021年11月02日 | Weblog
今日、発作的に小船の船底塗装をやってきた。発作的にといっても二日ほど前からこの日にやろうと思い始めたのだが、大きい方の船はひと月前には休みの予定を決めて、2週間前には上架のお願いをして1週間くらい前からは気合を入れて直前の休日に当日持ってゆく資材の準備をする。だから2日前でも発作的といえる。
小船の方もいつもなら1ヶ月の休日を見ながら大潮の日を選んで準備を進めるという流れだったのだが、手動ウインチが本格稼働し始めてから潮の干満を利用して陸に揚げる必要もなくなった。
この秋は個人的にもバタバタしていて気がつけば11月、大きい方の船は絶対この時期にやらねばという意識が働くが小船の方は哀れにも後回しになってしまう。
何気なく潮時表を見ていると、今日はやれるのと違うかと思い始めた。病院に行かねばならない時間は午後4時だから間違いなくその時間までには帰ってくることができる。

満潮時刻は午前4時10分なので2時間もすればスロープが露出してくるだろうと考えていたのだが、ふとんの中が気持ちよく、家を出るのが午前7時になってしまった。あわてて持っていく資材をかき集めたのでシンナーを持ってくるのを忘れていたのを気付かずに港へ向かってしまった。

午前7時半、もうスロープは粗方露出してしまっている。急ぐと事故を起こしかねないのでここは落ち着いて作業を進める。ウインチをスロープに固定して、コロとコンクリートブロックを運ぶ。数日前からの気合がないので体を動かすたびに目眩が襲ってくる。遠くから見ている人がいたら、あの人、どうしてコンクリートブロックブロック持ちながら左右に揺れているのだろうと思ったことだろう。これが、数日前から気合が入っていると、心臓もしっかり脳の方に血液を送り出してくれるのか、目眩ということはほぼない。医学的にこの根拠が正しいのかどうかは知らないが、僕はそう思っているのだ。だから、通勤の時には階段を上るたびに必ず目眩をおこしてしまうのだ。

そんなことをやりながらえっちらおっちら船をスロープに引き上げる。これもひとりでやると、船の位置決めが難しく、船がスロープに対して斜めになってしまい、再度船を後退させて位置を決め直さなければならなくなった。今日はそれほど気温は高くなかったが玉のような汗が噴き出てくる。とにかくすべて人力なのである。



ウインチを使ってコンクリートブロックの上に船をセットし終えたのは1時間後であった。
そこからは再び体力を使う。大きい方の船もそうであったが、小船の方も今年はフジツボがたくさん付着している。それに加えて、あれはパイプムシというのだろうか、くねくねした貝や海藻までも付着している。中腰になりながら掻き落としてゆく。まあ、面積が小さいからそれほど辛くもなく30分ほどでこの作業はあらかた終了。



船底が乾くのを待つ間にシンナーを取りに家に戻る。港の近くの船具屋で1本買うという手もあったがやっぱりもったいない。
往復30分を費やし戻ってからは生け簀の樋の水漏れ修理。7月にもやったけれども、まだ漏れている。再度同じ方法で漏れていそうなところを塞いでみた。成果はまだわからないが、もう勘弁してくれという気持ちだ。

その後は一気に塗装作業。これも20分ほどで終了。不必要な資材をすべて片づけ船をコロの上にセットし終えたのが午前11時半。あとは潮が満ちてくるのを待つだけだ。



午後2時頃に戻ればよかろうと止まりかけている腕時計の電池交換に友人が経営する時計屋へ。久々に会ったので雑談が長引き気が付けば2時前になってしまった。港への道中、とんかつソースを買ったり軽油を買ったりしていると船は7割がた水に浸かっていた。
ウインチで下すまでもなく、手で押すだけで海に戻っていく。



今日の潮なら、家に戻らず1時間ほど時間を潰したらそのまま進水できたのかもしれない。
と、いうことは、大潮の直前の中潮くらいの日に作業をすると、いちばん効率的に作業を進めることができそうだ。



小船を手に入れてからこの前の検査で9年が経過した。初めて塗装作業に挑んだときは、いまはすでに廃業している渡船屋の叔父さんの軽トラックに引っ張ってもらって陸揚げした。力加減もわからずそれも1年以上放っておいたカキを削り落とすと手のひらの皮が剥けてしまった。



毎回軽トラックを出してもらうのも無理なので、その後は浮かんでいる船の下にコロを突っ込んで干潮時間を待つ作戦に変更
しかし、コロを挟むだけでは船底が地面に密着した状態なので作業がしづらい。次に考えたのが、前日の夜中の干潮時刻に港にやってきてコンクリートブロックを置いておき、満潮時刻に船を持ってきて膝まで海に浸かったままで潮が引くのを待つ作戦だ
仕上がった後はジャッキを使ってコロの上に船を据え、スロープを人力で下すのだ。船の艫が4分の1くらい水に浸かっていると人力でも押し出すことができる。しかし、この運用ではあしかけ24時間近くの時間がかかる。

もっと効率的に作業ができないかと考え、メルカリで手動式のウインチを買った。しかし、これはどうも使い勝手が悪くあえなくお蔵入り・・。

しかし、このウインチの巻き上げ力は捨てがたく、ご法度ではあるが直接地面にボルトで固定してやろうという策に出たのが去年のことだ。
これでほぼ潮の干満から解放されたことになる。

振り返ってみると、この9年間、いろいろな工夫を重ねてきた。体の痛みもほとんど出ない(これは歳のせいでもあるかもしれないが。)この創意工夫を仕事に生かせていればこんな作業は業者に任せてお金だけ支払えばいいというほど出世していたかもしれないけれども、そんなに身を粉にして働くと釣りにいく暇が無くなるのだろうから痛し痒しだ。もとよりそんな意欲も能力もないのだが・・と、いつも同じようなコメントを残している・・。




家に帰って病院へ、届け物をするのも時間が制限されていて火曜日と金曜日の午後4時からと決まっているらしい。
今日は電話をするための小銭と手押し車を持ってこいとのお達しで持参。
そして母はなぜだか病棟への入り口で車いすに座っていた。いつ来るのかわからない僕を顔を見たいからというので待ち続けていたのかと思ったら、事前に息子から奥さんに午後4時に病棟の入り口で待っているから顔を見せてくれと伝わっていたらしい。会いたかったのは僕ではなく、奥さんのほうだった。奥さんは3時半には病院にやってきて午後4時になるのを待っていたそうだ。
どうりで家には誰もいないと思っていたが、僕は荷物を届けるだけの役目だったのでそんなことも知らずにやってきたらたまたま母親がいたというわけだ。
そして、会いたかったくだんの奥さんは別の場所で待っており、母親は、家族に会えたのだからもうよかろうとすぐに病室に引き戻され、奥さんとは結局会えずじまいで終わってしまった。
奥さんはメールをしていたのにと怒るけれども、そんなの見ることもないしで謝るしかない。
まあ、意外と元気な姿を見ることができたので僕としてはよかったのだが・・。



今日もこうして1日が過ぎてしまった。

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「時のきざはし 現代中華SF傑作選」読了

2021年11月01日 | 2021読書
「時のきざはし 現代中華SF傑作選」読了

「三体」について調べていると中華製のSF小説というのもたくさんあるらしいということがわかってくる。もちろん、中国で発表されるいろいろなジャンルの小説のなかで、SFという分野がどれくらいのシェアを占めているのかというのは知らないが、かの国では何か思想めいた内容が入っているものでは表から裏から政府の干渉がいっぱいあるだろうから、その点、SFなら変に疑われるということもないのかもしれない。
これが2冊目の中国SF短編集である。

17人の作家たちの短編が収録されているけれども、総ページ数が475ページという、久々に分厚い本を読んだ。
いつも思うが、どうしてSF小説というのはどれもこれも長編になるのだろうか。もう、それが好きでたまらないという読者にはいくら長くてもいいのだろうが、それほどでもない僕みたいな人間にとってはちょっとまんぷく気味になってしまう。
ハードSFといわれるような、宇宙を舞台にした科学と物理法則を交えた小説は大好きだが、空想の生物が出てきたり、ホラーチックなSFというのはどうもなじめない。
この本に収録されている短編も、そういったジャンルの作品の方が多かった。

SFの本場というと、アメリカやヨーロッパだろうし、日本の作家も多数いるのだから、まずそこから読みはじめて中国のSFを語るべきなのであろうが、ハードSFだけではなくて様々なジャンルのSFが書かれるほど、中国のSF作家界も成熟してきたということなのだろうと、ちょっと偉そうに書いてみた。

ひとつひとつの作品に対する感想というと、あまりない・・。
僕はSFというと、読んだ後は、「あ~、面白かった。」か、「よくこんなストーリーを考えついたものだ。」という感嘆があればいいと思っているのだからしかたがない。

この本の解説者もそう思っているのか、作者とその作品の紹介の羅列が目立ち、中国でも様々なジャンルのSF作品が書かれているのだというのを強調していた感じだ。
SFというのは「三体」の流れで読み続けるくらいしかないので、僕のSF小説の知識はきっと中国中心になるに違いない。

ページ数のわりにはまったく文字数が少なく終わってしまった・・。
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