イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「てんまる 日本語に革命をもたらした句読点」読了

2024年03月23日 | 2024読書
山口謠司 「てんまる 日本語に革命をもたらした句読点」読了

最近、にわかに、「マルハラ」という言葉がクローズアップされている。ウイキペディアで調べてみると、『主にチャットなどのSNSの文面において、句点(。)を使用することで威圧感を与えさせてしまうことを表す造語である。』と書いていた。僕も昔から「。」で終わってしまうとなんかだか紋切り型すぎるなと思っていたのでブログで書く文章でも「・・。」のように少しクッションを置くような書き方をしてきた。
それに加えて、本格的に文章を書くことを学んだわけではないので、「、」についてはどんな時に打てばよいのかずっと悩んできた。

小学生の頃は、国語の授業の作文というと、原稿用紙最低OO枚書きなさいと指示をされるので、できるだけ文字数を稼ぐことと原稿用紙の空白を作るため、やたらと「、」と「。」を入れるというようなことをやってきたのでまったくわからない。
読んでいるうちに、授業の中で、こんな法則で「、」と「。」を使いなさいということを教えてもらったこともなかったように記憶をしているが、そういうことを教えてくれなかった理由というも少しだけわかったような気がする。

「、」や「。」(以後、この本に倣って「てんまる」と書いてゆく)がないとどんな不具合があるかというと、これは日常生活でも実感することだが、読み間違いと誤解を招くということだ。「きょうふのみそしる」というやつだ。しかし、日本語には古来から「てんまる」が存在していたわけではなかった。日本語というのは元々、声に出して読むのが基本だったので「てんまる」がなくてもそのリズムで誤解を招くようなことはなかったのである。源氏物語にも「てんまる」はないのだが、これも、当時の女御たちはこれを声に出して読んでいたからである。
時代が下って、黙読が普通になってきたときに文章に区切りがないと読み間違いが起こってしまうので必要に迫られて付けられてきたのである。
しかし、どの時代にも声に出して済む文章ばかりがあったわけではない。公文書などはどうしていたのかというと、これはすべて定型文があったので読み間違いなどをする恐れはなかったらしい。江戸時代にはそういう定型文が7000種類くらいもあったそうで日常生活での不便はまったくなかったらしい。夫婦が離縁するための「三下り半」にも「てんまる」はもちろん付いていなかったそうだ。
手紙文などでも、大体の定型文のひな型(「往来もの」という)があって、それに倣っているから誰も不便をこうむることがなかった。それに加えて、「~候」という候文が使われ、この“候”という文字が文章の区切りの代わりもしていたのでやはり「てんまる」は必要なかった。

「てんまる」の始まりだが、まず、「、」の始まりは漢文を訓読する際の記号として生まれた。だから歴史上での登場は早く、奈良時代の写本(「文選李善注」という書物)にすでに登場しているそうだ。平安時代前期には読点として使う時は左下に、句点として使う時は右下に付けられた文章が残っている。「。」の出現はもっと遅く、江戸時代の慶安のころにヨーロッパから伝わった「,(コンマ)」と「.(ピリオド)」、平安時代前期に使われた「、」がもとに生まれたと考えられている。

その後、江戸時代後期には古活字印刷というような印刷された文章が作られ、一般庶民にも広く文章が読まれるようになったことが「てんまる」の普及につながった。
それまでも「てんまる」がまったく使われていなかったかというとそうではなく、一部の文章ではそれに替わる方法や記号が使われている文章も残っている。お経には、鎌倉時代や室町時代に「・」が使われているものがあったり南北朝時代には「てんまる」の代わりに空白を入れているものが残っているそうだ。
ほかに、文節や文章の区切りとしては、英語のように空白を入れているような文章も存在する。まあ、過去の人たちもいろいろ工夫していたということか・・。

現在の「、」や「。」はいつごろから使われるようになったのかというと、それは明治時代になってからということだ。学制が敷かれ文部省が日本語表記の基準を作ってからのことであった。この契機になったのは明治の富国強兵策の一環であった。有線、無線による伝令の正確さ、国民の国家に対する意識の統一を求めるため、「国語調査委員会」が作られる。ここで「てんまる」についてどんな議論がされたかという記録は残っていないそうだが、明治39年には「句読点法案」というものが出版されている。「。」はけっこう簡単で、「文の終止する場合に施す」というだけだが、「、」については、21の場合が決められている。けっこう細かい。ちなみに、この法案にはなぜだか「てんまる」は使われていない。まあ、案の段階だから安易に使うなということでもあったのだろう・・。

ただ、基準を作ったとはいってもどんなときにどうやって入れてゆくかということの厳格な決まりがあったわけではない。夏目漱石や森鴎外はそれぞれ独自の使い方をしていたし、前期と後期でまったくそのパターンも違っているらしい。
基準が生まれた時点からあまり守られていなかったのである。

さらに時代が下って、現代ではどうかというと、井上ひさしがこんなことを書いていると紹介されている。それは、「てんまる」に対して、「重要だと考える派」、「単なる記号派」のふたつに分かれるというのである。句読点をきちんと使って文章を正確に、また明晰にしなければならないと考える人と、そもそも文章というのはそういうものがなくてもきちんと伝わるように書かねばならないと考える人たちの違いだ。
また、「視覚派」、「聴覚派」に分かれると考えている学者もいる。「視覚派」は文章の長さや漢字と仮名のバランスを考える人たち。「聴覚派」は音読して息継ぎをする部分に句読点を入れようと考える人たちに分かれるという考えだ。
さらにこの学者は、「視覚派」、「聴覚派」とは別に、句読点を打つツボには四大派閥があると考えている。「長さ派」、「意味派」、「分ち書き派」、「構造派」である。
ここでも基準というよりも、書く人の感性にゆだねられているということである。どれが正しいというものでもないのである。
自分の文章の書き方を顧みてみると、「四大派閥」方法をその時々で使い分けているというところだろうか。

そして、最近巻き起こっている、「マルハラ」問題の原因ではないかというものが最後の章に書かれている。それはマンガに書かれている日本語だ。最近はまったくマンガなど読むことはないけれど、マンガの吹き出しの中に書かれている日本語には一切「てんまる」は使われていないらしい。鳥山明が死んだらものすごいニュースになったが、伊集院静が死んでも一時のニュースで終わってしまっていたように、最近の若い人たちは本よりもはるかにたくさんマンガを読んでいるから「。」に抵抗を感じるのかもしれない。
しかし、面白いのが、小学館のマンガにはきちんと「てんまる」が使われているそうだ。さすが、「小学OO年生」を発刊している出版社ということだろうか。今度立ち読みしてみよう。
そんなことを気にしながら映画の字幕やテレビの字幕放送を見てみたら、ほとんどというか、まったく「てんまる」は使われていなかった。使われている記号は「!」や「?」、「…」くらいである。(いう記号を、「てんまる」を含めて「約物」という。)
きっと、多分、ニコニコ動画なんかに投稿されているコメントなどにも「てんまる」は使われていないのだろう。新聞も本も読まないでそんなものだけに慣れ親しんだ人たちが「。」に違和感を抱くのももっともだと思う。

僕はまったく知らなかったが、今では横書きの日本語では「、」の代わりに「,(コンマ)」が使われるのが普通になりつつあるそうだ。どんどん日本語が変わっている。そんなに遠くないうち、日本語から「てんまる」が無くなってしまうのはきっと間違いがないかもしれない。公文書は最後の砦になるのだろう・・。それでも僕は「てんまる」を使い続けると思うのである。
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