イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「外道クライマー」読了

2020年08月05日 | 2020読書
宮城公博 「外道クライマー」読了

2012年7月15日、那智の滝に登ろうとした登山家たちが逮捕されるという事件が起きた。
その時の記事の内容がネットに残っていたのでブログのいちばん最後に転記することにして、著者はそのグループのひとりである。

逮捕から4年後の出版になっているが、その時の心情とその後の国内、海外での登攀の記録が書かれている。
著者についてどんな人なのかということを書くと、クライミング界では異色ではありながらかなりの有名人であるらしい。
世界最高峰というような一般人にはよくわかる登山ではなくキャニオニングという分野で活躍しているそうだ。キャニオニングとは文字のとおり、沢すじを遡行する登山のことだ。彼らは自分たちのことを「沢や」と呼ぶそうだ。僕も少しだけ渓流釣りをしていたが、川には両岸が崖になっているゴルジュという場所がある。釣り人はそこで引き返すか、泳いでそこを通り抜けるか、高巻きといっていったん川から離れてやぶの中を迂回して蒸留を目指す。ちなみに僕はすぐに引き返す。そういうところや滝を登るのがキャニオニングという。
そして、このひとは、角幡唯介の本に出てくるのだが自らを「セクシー登山部の舐め太郎」と名乗っている(いた?)らしい。確かにそのブログは残っていて、雪景色のなかで全裸で滝登りをしていたり、なぜだかわからないが、モデルらしき女性が裸で山の中に立っていたり、下着を丸出しにした女性が海岸線を歩いたりしている。元々が映像作品を作るために始めたのが登山だったということで、著者にとってはこういうことも自己表現のひとつであったのかもしれない。
ふざけているように思うが、その実力は相当なものらしく、日本の有力な登山家の中でも一目置かれていて、あるひとの評価では、「昔の素浪人ような男だ」ということになる。今のところは仕官先はないものの、いつでも仕官できるように刀と腕を研ぎ澄ましているような人という意味らしい。登山界では、『一番偉いのは冬期登山、2番目が普通の岩登り、3番目が沢登りでだれでもできるのがハイキング』と言われているらしいのだが、その3番目に命をかけているというのも異色の所以のひとつである。

そんなひとがどうして神域である那智の滝を登らねばならなかったか・・。それはただ単に、一段の滝としては落差が日本一、それも1枚岩でできている。そしてなにより、誰も登ったことがない滝であるということが彼らを引き付けたという、ある意味ものすごく純真な動機であったということだ。
普通なら道義的には許されるものではなく、事実、滝を登った3名は会社を辞めることになったりスポンサーから契約を解除されたりして世間から制裁をうけている。
しかし、この本を読んでいると、僕はなせだか同じようにこの人たちを非難できなかった。まあ、非難するような人はこの本を読もうとは思わないだろうが・・。
「そこに山があるから登るのだ。」というのは有名な言葉だが、誰も登ったことにない滝に是が非でも登りたいという衝動が起き、それを実行してしまうというのは、確かに自分の心の思うままに生きているということにほかならない。そういうことができること、やってのけてしまうということにどこかうらやましいという気持ちがあるのだろう。
加えて、彼らが那智の滝に登ろうとしたきっかけが、「ゴルジュ感謝祭」という、池原ダム周辺を舞台にしてキャニオニングの愛好家が集まったイベントの一環であったことが僕の変な共感につながっている。
かつて、アルミボートを車の屋根に積み込んで通いまくったところだ。ダム湖は広大で支流のバックウォーターまでさかのぼると何百メートルあるのかわからないくらいの岸壁を見ることができる。ぼくは登山家ではないので、そこを登ってみようかとか、ボートを降りてこの流れ込みの先まで行ってみようかとは思わなかった(少しだけ、アマゴが釣れるのかなとは思ったことはあったが・・)がその同じ場所に集った人々の行為であったということもその理由のひとつだ。

このイベントの主催者は別にいて、著者に乗せられたとはいえ、所属していた大学のクラブが廃部になるという制裁を受けている。もちろん、著者は、すべての責任は自分にあるのだからそれを大学に説明してお前は罪をかぶるなというのだが、主催者もそれをよしとしなかった。クライマーの絆の強さというのも僕の共感のひとつになっているのかもしれない。

ここからは本題からすこし外れるが、著者はその世間の反応に対して恐ろしさを感じる。それは、そのバッシングの矛先が自分たちだけではなく、その関係先にまで及んでいったという恐ろしさだ。2012年というとインターネットで情報が飛び交うということが当たり前になっているころだ。そういうところから関係先を割り出して攻撃を仕掛けてくる。
いまでいう、自粛警察というところだろうか。彼らの本質は、自分たちがやりたくてもできないことをやった人に対して嫉妬をするということだ。もしくは自分は我慢しているのにそれをしない人に対して怒りををする。彼らは自分の考えを持たず、周りの情報だけを頼りにしている。常に人の考えを気にしなければいられないのだ。
そんな輩に比べたら、犯罪とはいえ、彼らの行動のほうが自らの考えを自らの判断で実行したという意味では人の生き方としては真っ当なのではないだろうか。
この本には、単行本にもかかわらず解説がついている。それを書いたのが角幡唯介なのであるが、彼もこの行為を知った時、「やられた。」と思ったそうだ。そんなことを公の場で語ると大炎上必至なのは明白だから登山家のうちでもそんなことを言った人はいなかったがほぼすべての登山家はそう思ったに違いないと角幡は書いている。登山家にとって「初登攀」という言葉は並々ならぬ魅力があるらしい。
登山に限ったことではないが、趣味の世界、特に自然の世界でおこなう趣味の世界は反社会的なものである。釣りもしかり、事故が起これば人に迷惑をかけるし、ゴミや海底に引っかけて落とす仕掛け。船に乗ると排ガスも出す。それを知りながらだれもそこに目を向けたがらない。それならいっそ、そういうことをすべて飲み込んで自分がやりたいことをその心のままにやってのけられる人がうらやましいと思い、嫉妬する。だからそれをやらずにいられないのだ。
それがこの本の本質であると思うのである。

那智の滝の一件は1章分しか使われておらず、残りはタイのクウェーヤイ川の46日間に及ぶ探検、富山県にある称名滝の上流のゴルジュ地帯、台湾のチャーカンシー川のゴルジュ地帯の走破の記録が書かれている。特にクウェーヤイ川の46日間は素人が読んでもこれは恐ろしく破天荒な冒険だと思うけれども、先のことを考えずにそういうことができる人というのはいちばん幸せな人なのではないかと思うのだ。
釣りでもしかり、人が釣ったからと聞いて釣りに行くというのは愚の骨頂だ。明日は天気が悪くて危ないから釣りに行くのはよそうと思う釣り人は失格だ。それと同じことなのだ。

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新聞記事は以下のとおり。著者は逮捕されたひとのうち、“愛知県春日井市の団体職員”である。

『著名登山家ら3人「那智の滝」に登り逮捕
世界遺産「那智の滝」でロッククライミングをしたとして現行犯逮捕された佐藤裕介容疑者(左端) 和歌山県警新宮署は15日、世界遺産の「那智の滝」でロッククライミングをしたとして、軽犯罪法違反の疑いで、男3人を現行犯逮捕した。新宮署は同日夜までに3人を釈放。今後は任意で事情聴取を続ける。

新宮署が逮捕したのは、アルパインクライマーとして世界的にも著名な佐藤裕介さん(32)=甲府市西高橋町=らで、滝を所有、管理する熊野那智大社は敷地内への立ち入りを禁止していた。
 「なぜ、あなたはエベレストを目指すのか」と問われ、「そこに山があるからだ」と答えたのは英国の登山家、ジョージ・マロリー。
かたや「なぜ、那智の滝を目指したのか」と警察に捕まり、「ごめんなさい」となったのは世界でも名を知られるアルパインクライマーだった。
 和歌山県警新宮署によると、佐藤裕介さんらの逮捕容疑は、15日午前8時半ごろ、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」を構成する「那智の滝」(立ち入り禁止区域)に無断で侵入し、滝の岩を登った疑い。
 ほかに逮捕されたのは、東京都国分寺市の会社員(35)と愛知県春日井市の団体職員(28)で、3人とも「那智の滝に登ったことは間違いありません。入っていけないことは知っていたが、日本一の滝に登りたかった」などと容疑を認めている。
 ただ、3人は深く反省もしており、逃亡の恐れもないことなどから、同日夜までに釈放された。新宮署によると、今後は任意で事情聴取を続け、容疑が固まれば書類送検する方針という。
15日早朝に車1台で現地入りした。那智の滝の滝つぼ近くにある「立入禁止」の札がかかった柵を乗り越え、岩の隙間に入れる“カム”と呼ばれる道具を使いながら、滝の約3分の2の高さ約100メートルまで登った。
 この地点で、ちょうど休憩していたヘルメット姿の3人を、熊野那智大社の見回り職員が発見。仰天して宮司の朝日芳英さん(78)に報告し、朝日さんが近所の交番に通報した。
 新宮署によると、すぐにパトカーで警官が駆けつけ、滝つぼ付近から大型拡声器を使い「そこでナニをしているのか!」「ただちに降りなさい!」と呼び掛けたところ、佐藤さんら3人は抵抗することなく、あっさり“投降”した。岩などに傷はついていない。
 佐藤さんは、山梨県出身。山岳地域で岩壁や氷壁を登り切ることを目標とするアルパインクライミングの分野で日本を代表するクライマー。2009年には、世界の最も優れたクライミングに贈られる「ピオレ・ドール(金のピッケル)」賞を他の登山家らとともに日本人で初受賞した。』
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