リベルテールの社会学

生きている人間の自由とは、私の自由と、あなたの自由のことだ。そして社会科学とは、この人間の自由を実現する道具だ。

(番外)インテリゲンツィアの人知れぬ役割

2019-09-08 20:19:02 | その他
 今日は番外。心調調整。
 基本的に漫画の代わりの佐藤優、図書館の3門で「おや」という興味深い題名の本をとると、それが佐藤優だというのが2回続いて。なんだか親しみが湧いて借りた「プラハの憂鬱」。へたくそな小説なのですが、自伝と思えば、感情移入ができて、そうか、、、という感じ。絶対友達にならない人ですが、でもすごく近しい。
 その後ネットで検索して、佐藤を一生懸命批判している文章に出会っても、その批判の趣旨はとても当然なのですが、でもそんなの批判にもなりはしない。あなたは何も分かっていない。そんな反批判の気持ちが湧いてきました。言ってもしょうがないから言わないけど。
やっぱ、人の存在って、まともに表現する人間に対しては、口先でなんといっても批判にならない、もっと根本的なものだよね。
 佐藤は小説は下手でも、理論はつぎはぎでも、一生懸命生きている。
 わたしといっしょ、数少ない同志。
 ほかの図書館から借りたどうでもいいアカデミズム諸本を前にして、諸本の空しさをも感じてしまいます。 
 と、佐藤はどうでも、その他の人々との違いをつくづく感じて、またひとしきり、自分の孤立を認識してブログにグチをつづるわたくしでありました。
 ほんとのインテリの存在価値はどっちにしろ誰もが誤っている論の中身じゃなく、どう生きるべきかを伝えることであり、その表現は、あとに続く人間の人生と補強しあわなければならない。まあ私の場合は論も正しいしこっちのほうが年上なので、その結論からは外れるけどね。

 明日は、まだ台風の進路が直撃のままで変わらないよ。明日朝、出掛けんだけどなあ、、通勤電車、なんとかならんかね。

 
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