北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

自分ができること、できないこと

2012-04-17 23:45:17 | Weblog
 ある占いによると、昭和33年生まれの私は「六白金星」ということになっていて、今年は「調整運」なのだそう。

 解説には「今年は自分の能力や限界を悟るべき周期であり、忍耐力を養う良い機会。仕事などはやや渋滞続きの気配あり。来年は実りがある強運の年なので、この強運の波に乗るためには、自分の足りない部分を補い、レベルアップを見据えた準備に最適なタイミングである」とありました。

 占いというのは、信じようと思う人がやるのだから、つい信じたくなる要素が満載。

 だから当たっていることは覚えていやすくて、はずれたことは忘れてしまう心理傾向があって、それ故当たっているように思うんだそう。

 まあ良い方向に自分を鼓舞するために使う分には罪もありませんが、自分の運命を全て他人の言葉に委ねるというのは、自分で判断や決断をしない分、「楽チンな人生に向かっている」のだ、と思うような自覚だけは欲しいところです。


 【おみくじにも頼りすぎないこと】


    ※     ※     ※     ※     ※


 論語に登場する孔子様は今から2千5百年ほど前に生きた人ですが、この方は迷信が跳梁跋扈するこんな時代にあっても自分をきちんと律していました。

   子、怪力乱神を語らず (論語 述而第七 20)

 先生は、怪異とちからわざと不倫と神秘とは、口にされなかった。


 同時にすぐその後でこうも述べています。

   子、四つを以て教う。文、行、忠、信(同上 24)

 先生は四つのことを教えられた。読書と実践と誠実と信義である。


 自分ができることはこの「文行忠信」の四つだと教えられたけれど、自分の力では及ばない不思議な世界のことは口にしなかった、というのですから、立派な実践家であったに違いありません。

 
 幕末の幕府方にいた傑物勝海舟も、福沢諭吉に「元幕臣が新政府で名利を得るとは何事か」と非難されたときに、「行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張」と答えたと言われています。

 行蔵の行は「自ら世に出て活躍すること」で、蔵とは「隠れて世に出ないこと」

「俺がどんな人生を歩もうと、それは自分の思うところであって、誰が何を言おうとそれは他人のことだから」という、自己の人生に対する強い割り切りが示されています。

 占いを信じる、信じないもありますが、要は自分で選んだ選択には自分で責任を負う、という覚悟の問題です。

 
 さて、六白金星の今年の運勢を信じようと信じまいと、日々の勉強の積み重ねが必要なことに変わりはなさそうですね。精進、精進と。

 
コメント
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