北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

博物館大会公園 ~ つなぐ・つながる・つなげる生涯学習

2011-06-30 23:48:45 | Weblog
 第50回の節目の全道博物館大会が釧路で開催されて、その記念講演を任されました。

 私自身博物館は嫌いではないので折に触れて旅行の時などに訪れますが、最近は展示などが似通ってきているような気がしていました。

 またどの博物館も、人口減少や景気低迷、行政の予算縮減などによって利用者もあまり増えない状況に陥っています。今回の博物館大会のテーマは「つなげる・つながる博物館」というもの。

 その趣旨は「博物館はモノや情報などを通じて、人と人がつながっていく場であります。より充実した博物館活動を目指して、これまでも『連携』することの必要性・重要性が語られてきました。今回は、現状における『連携』のあり方を検証するとともに、あらためて博物館施設、関係団体、地域住民などとの連携といった面から、今後の活動について考えてみたいと思います」とされています。

 (なるほど~、ということはなにか「繋げること」をキーワードとしたこうえんにしなくてはなるまい…)と考えて、今回の講演のタイトルは「つなぎ・つなげる・つながる生涯学習」としました。

 講演の直前までパワポを修正していたので、事前に配布できなかったことと思います。しかしパワポを配布するのも考えもので、資料で先が読まれてしまうと意外さが減るので、たまには資料配布なしで画面に注目してもらう講演も良いでしょう。


    ※     ※     ※     ※     ※


 さて、講演の内容を軽くメモしておきましょう。

 まずはプロローグで、宿泊客が減る観光地のホテルと、2002年に経営危機に陥った札響の立て直しの話から導入。いったい何のこと?という意外さをねらってみました(笑)

 話は「生涯学習とは何か」に続きます。生涯学習とは、単に芸術・文化活動をするだけではなく、「○○とは何か?」と常に問いかける能動性と、「今何をなすべきか」を考えて実践する強い生き方のこと、というのが私の理解です。


   【生涯学習とは何か】


 単に博物館が従来型の生涯学習の拠点などと胡坐をかいているわけにはいきません。学芸員や博物館行政に携わる人たち自身にもよりよい博物館を目指して「今自分は何をなすべきか」を考え実践することを求めています。


    ※     ※     ※     ※     ※

 そこで「生涯学習の本質」とは「つながる」「つなげる」積極的な生き方だ、と続きます。よく「物事(ものごと)」と簡単に言いますが、これは「物」と「事」に分けられます。

 そして見える実態としての「物」と、見えない「事」の違いに気づき、「事」とはまさに物同士の関係性であることにも気づきます。「何事が起きているのか」ということが関係性への理解にほかなりません。


   【モノ・ゴトの話】



 ここで話題は釧路市の情報発信へ。実際のところホームページもセンスや見やすさなどにおいて十分とは言えないし、ネット環境も強いとは言えません。



 
 そんななかでいかに地域の情報を発信してゆくか、ということで昨年から観光振興室や市立博物館、こども遊学館などでツイッターを始めてもらいました。

 まだまだ使い方が上手とは言えませんが、情報を発信しなくては、という動機づけができれば今のところは上々でしょう。情報発信スキルは実践しなくては身につかないので、今はまだ様子見です。


   【博物館のツイッター】


   【こども遊学館】



   【観光振興室のツイッター、フォロワーの数がすごい】



 ただ肝心なのは、行政の上層部として博物館など運営に関心を持って折に触れて意見交換やネット上でも良いから会話をできるようにしておくことです。ここでも現場とどこかのチャンネルで繋がっていないと、スムースな意思疎通は図れません。

 私もこれらのツイッターをフォローして、ときどきアドバイスをしています。自分がやらないでいて、業務命令で「ツイッターをやりなさい」と言ったって現場も本気にならないでしょうしね。

 これらの機関の担当者には早く私の屍を乗り越えていってほしいものです。


    ※     ※     ※     ※     ※


 さて、今日一番言いたかったのは次のスライド。「Wikipedia時代の博物館の役割」とは何かというものです。

 情報だけなら大概のことがWikipediaで見つかる時代に、わざわざ博物館があって、そこに学芸員がいて展示物がある意味とは何でしょう。




 情報と言う文字情報だけでは伝わらないリアルな現物こそが博物館の『強み』であるので、そこを上手に見せる必要があることがひとつ。

 しかしもっと売りになるべきは、博物館の展示に潜んでいる「科学の面白さ」や「なぜ?」を解決してきたその過程の面白さなのではないか、というのが私の問いです。

 学芸員の皆さんだったら、自分の中に市民にしてもらいたいことや、これが分かってくれたら死んでも良い、と思うくらいのネタがあるのではないでしょうか。

 ツイッターやフェイスブックをやりましょう、などとは申しません。ただ情報は何らかの形でもっと発信して市民と繋がるよう努力するべきだと気付いた方が良い。

 そのうえで繋がった先の博物館が十年一日のごとく漫然と展示を飾るだけの場所では価値を発揮しているとは言い難い。感動や気づきを与えられるようなものをこちらもしっかりとストックしておいてほしいものです。

 つまり、博物館が市民とつながってゆくためには質の良い情報をこまめに発信すべきだと思うこと。そして自ら持っている魅力をもっと研ぎ澄ますことが大事だ、ということなのです。


    ※     ※     ※     ※     ※


 冒頭のプロローグで紹介した団体客とホテルの話、経営危機から立ち直った札響楽団は、いずれもお客さんとの間のつながりが切れているのではないか。それを取り戻した時には再興が可能なのではないか、と思っています。

 今日のお話が何かの参考になって、一人でも多くの実践に繋がってゆくことを心から期待しています。ご成長いただいた皆様、ありがとうございました。

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やっぱりロコには敵わない

2011-06-29 23:45:07 | Weblog



 先日掛川組として釧路へ遊びに来てくれた友人のサトー君が、阿寒川でのフライについて「北海道がテリトリーになった」という素晴らしい文章をブログに書いていました。

 彼こそ日頃から「これからはロコですよ、ロコ!」と地元を良く知り地元を徹底的に遊ぶ地元民を『ロコ』と名付けて面白がっている張本人。

 漫然と地元に生きていてはロコにはなれない。自分の興味あるフィールドを徹底的にしゃぶり尽くさなくてはロコとは呼べないのです。

 そんなロコ伝道師であるサトー君が阿寒川でフライフィッシングをしたい、というのだから、こちらとしてはロコのフライフィッシャーと言うことでH田さんに頼み込んで案内をしてもらったのだが、これがベストマッチングでした。

---------------≪ ここから引用 ≫--------------

【道東がテリトリーになった「自然回帰マーチャンダイジング」】
   http://bit.ly/knq26x
 …(前略)
  いつもとは勝手の違う釣りが要求されていることを承知しつつ、いつものソフトハックルの釣りが通用しないはずがない、とタカをくくって釣り上がっていったが、ウンでもスンでもない。

 すると早田さんが近づいて来て、「あのー、サトーさんは南アルプスの渓がホームグラウンドだから、流れの速いところを流してますね。この川の場合、例えばあの小さな流木脇の、さらに岸寄りかな。

 あるいはもっと際で、もっと浅くて、もっと緩くて、サトーさんからすれば、え?こんなところ?くらいのピンスポットを大切にやってみてください。私はさっきサトーさんがやっていたところで、50cmオーバーが出ましたよ!」やんわりと、流し方とスポットがズレているという指摘だった。

 阿寒川の流儀を大切にしないとアカン!のだと、釣り方もシステムもフライも変更。早田さんの言う通りを、さらに大げさに解釈してトライしてみたら、阿寒川のニジマスは、いともあっさり、バコーン!と迎えてくれた。しかも早田さんからいただいたこのフライに…。

 (以下略)

---------------≪ 引用ここまで ≫--------------


 H田氏は、この時期にこれくらいの魚と遊べる川筋はどこかを瞬時に思い浮かべてそこへ連れて行ってくれ、さらにはそれぞれの力量を見定めたうえで的確なアドバイスをして回っていた。


    ※     ※     ※     ※     ※


 サトーさんからH田さんとの間でそんなことがあったと聞いて、早速H田さんとあった時のその話をしてみた。

「サトーさんが、『H田さんは後ろからじっと様子を見ていて、頃合を見計らって、フライを入れる場所を的確に教えてくれました。後で掛川でスライド上映会をしたのですが、皆、そんなところに落とすなんて考えられない、と言っていたんですがね。やっぱりロコには敵わない、って話なんですけど』なんて言っていましたよ」

 そういうとH田さんは、「サトーさんは上手だから狙ったところにちゃんと落せていましたからね。ただ、南アルプスの川は急流ですが魚も小型のものが多いから急流を流れていても疲れないんです」
と言います。

「ふむふむ」
「阿寒川でも小物で良ければ必ず釣れる、というところもあれば、確率は低いけれど大物が出るところを楽しめるところ、といろいろなポイントの特徴があります。今回は後者の、『当たればでかい』のが出るところでやっていたんです」

「なるほど」
「大物は、体がでかいだけに急流を上流に向かって泳ぎ続けるなんていうのは、小型の魚と違って体力がいるので楽をしたくて流れの緩やかなところにいるものなんです。それが分かっていると、『あの辺に落としてみたらどうですか』と言えるし、アドバイス通りそこに落とせれば釣れるというわけですよ。全部魚の考えそうなことを理解できれば釣れますよ」

 
 ふーむ、経験と眼力のないものはそれができないのですがね。やっぱりロコには敵わないものです。


 もしも我々が南アルプスを案内されるようなことがあれば、ロコはサトーさんだ。その時にはやっぱりロコに敵わないのだろう。

 自分はどこで何のロコでいられることだろう。転勤族にもロコは憧れである。
  
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博物館大会での講演「つなぎ・つなげる・つながる生涯学習」

2011-06-29 09:51:15 | Weblog

 お知らせです。明日釧路市内の生涯学習センター「まなぼっと」で博物館大会のなかで講演会をします。「つなぎ・つなげる・つながる生涯学習」というタイトル。

 二週間の間に断続的に来ていた講演依頼の最後の山です。


 講演の要旨はこんな感じ。

1.「生涯学習」の本当の意味
 私は平成14年から三年間、静岡県掛川市の助役として当地で働きました。掛川市は当時の榛村純一市長が提唱した生涯学習都市宣言を日本で始めて行った都市で、生涯学習によるまちづくりを進めてきたことで知られています。現在生涯学習というと高齢者が生きがい作りのために文化・芸術活動に触れることと理解されがちですが、掛川市が提唱した生涯学習にはもう少し深い意味がありました。そこから生涯学習と「つながる」という事の意味を考えたいと思います。


2.繋がることの意味
 今回は博物館が誰かや何かと「つながっている」ということの意味を考えたいと思います。今日博物館には低予算や人員不足、利用者の増減など多くの課題がありますが、その存在の意味と価値を再確認して、つながっていることの必要性を考えたいと思います。


3.繋がる手段としての新しいツール
 インターネットの時代になって、情報や人は相互にすさまじい勢いでネットワーク化が進んでいます。人と人が繋がるという意味では、ブログやメールマガジン、ツイッター、フェイスブックなど、新しい電子ツールが次々に登場しています。それらの有効な活用とはどういうものでしょうか。


4.博物館とつながる人と情報
 博物館が持っている知識やデータ、研究成果などはストック情報として価値あるものですが、それらは人々に利用されてこそ真の価値をもたらすことでしょう。新しい情報ツールで博物館が人や情報と繋がるということの意味は何でしょうか。


    ※     ※     ※     ※     ※


 今回は博物館と利用者の関係性を「つなぐ・つなげる・つながる」という切り口でお話します。いくら良いことを考えていても、思っているだけでは伝わりません。「発せられない声は聞こえない」のです。

 そう思うと、博物館は市民や利用者に対して何をどれくらい発信しているのでしょう?ネット環境が著しく進化している現代社会にあって、だれもが簡単にネットにアクセスできる時代になって、そうした環境を上手に使いこなしているのでしょうか。

 もし情報発信に対してそれを妨げているハードルがあるとしたらなんでしょう?

 職員の意識か?職員のネットスキルでしょうか?もしかしたら『ネットに簡単にアクセスしてはいけない』という市役所内部の規定なのではありませんか?

 博物館だけの話ではなく、大切なことはビジネスも市役所の行政事務も利用者や市民と繋がっていて、繋がることで共感が得られた方が良い。共感が得られなければだめだと思うことではないでしょうか。

 博物館って何のためにあるのでしょう? その根源的な問いにまでさかのぼらないといけないかも、ね。
 
 今は最後のパワポの整理中。あ~、熱くなってきた(笑) 明日はちょっと辛口になるかもしれません。

 → http://bit.ly/mCqtWe

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釧路の元気創造交付金

2011-06-28 23:41:00 | Weblog
 先週の25日に審査委員会を開催した、「元気な釧路創造交付金」の交付対象事業が決定しました。

 全部で9件の事業についてそれぞれ応募団体からのプレゼンテーションを受けて、8人の委員が闊達な審議を行ったうえで交付内容を決定したものです。

 【元気な釧路創造交付金の交付対象事業の決定について】釧路市HPより
   http://bit.ly/mdBj23




 
 結果は、応募9事業のうち6件を採択、残念ながら3件は不採択となりましたが、昨日は新聞社から今回の審査結果について取材を受けました。審査にあたっての感想などについて書いておこうと思います。


 まずは応募された皆さんありがとうございました。応募された事業は防災から福祉、地域整備、食による地域振興など多岐にわたっていて、いろいろな団体の方が行政の発想を超えるアイディアをお持ちだと良くわかりました。

 (社)地域防災DIG(災害図上訓練)を用いた町内会防災事業などは委員から「津波被害を受けた今日、時宜に叶っていて行政との役割分担もしっかりしている」と高評価でした。建築士という建物からまちづくりまで広い範囲をカバーする建築士の皆さんの手によるワークショップなどで、行政が行う以上の効果を期待したいものです。

 阿寒クリーンに標(しるべ)プロジェクトは、エリア管理者が多岐にわたる国立公園の中で、地元のNPOが主体となって標識設置や清掃を行うなど、観光地を自ら積極的に整備しようという姿勢が評価されました。

 市民後見人養成事業は、まだまだ行政として発想が及んでいない分野で、市民有志による会が市民後見人を要請することで安全・安心な地域づくりにつながるものと良い評価を受けました。できれば、もっと数多く養成できないものか、という意見もありましたが、まずはモデル的に実施していただいてノウハウを蓄積していただきたいものです。


    ※     ※     ※     ※     ※


 ザンギで釧路を盛り上げたい!という提案については、B級グルメイベントとして昨年もザンギが出店されましたが、これをザンギの店として規模を拡大したいという提案でした。
 ザンギは元々鶏肉だったのが最近はタコザンギや鮭ザンギなどのバリエーションも出始めていて、どうなるか先が読めないのですが、そうした多様性を大いに認めようという動きなのだそうで、釧路の特徴ある食材を大いに生かしてほしいものです。

 エゾシカを知ろう、食べようというキャンペーンは、これまでも多くやられているのですが、この交付金で単なる宣伝からより実践的なキャンペーン活動として展開したいという提案でした。エゾシカ対策は喫緊の課題でもあり、その対策そのものが釧路らしさに繋がるよう期待しています。

 戦略的交通アクセス活用による交流活性化事業については、本来ビジネスではないか、とう意見もありましたが、この交付金によって多少のリスクを軽減することで新しい事業展開に挑戦できるという効果を期待する声が勝りました。
 

    ※     ※     ※     ※     ※


 以上が採択された事業についてのおおまかな評価です。審査の観点のなかでは、これまでとは違う発想の新規性や事業の効果が他に波及する度合い、発展性などについて委員同士で意見を交わしました。

 その中では、提案事業の熟度が少々足りないとされたものや、現在すでに行われている事業と今回提案の違いが分かりづらいとされたものが残念ながら不採択となりました。次回に向けてさらに充実していただければ幸いです。


 マスコミさんからは「採択の6件は多くないですか」と訊かれましたが、委員会としては多様な提案を幅広く受け止められたと考えています。

 また「これで釧路は元気になるでしょうか」という問いもありました。今回採択されたのは6件の事業でしたが、この6事業を行うことで元気になる、ということだけではなく、市内の各団体が事業提案から実施してゆく過程をフォローしてゆくことで、頑張る人たちの元気を目にする機会が増えて、元気がどんどん伝搬してゆくことも期待したいと思っています。

 そういう意味では、マスコミの皆さんもぜひ採択された方たちをこれからも追い続けて節目節目でこの頑張る姿とその成果を報道していただきたいと思います。


 元気の源は共感と感動です。釧路の市内に共感と感動の輪を広げていただけるよう心から期待しています。行政ともども頑張りましょうね。

 

 
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わくわくする時

2011-06-28 12:18:56 | Weblog

 人間力を磨く雑誌「致知」というのがあって、この愛読者が集まって月に一度くらいのペースで意見交換をする「木鶏クラブ」というのがあるのですが、先般代表が東京の致知出版を訪れて、正式に釧路支部を作ることを認めてもらったとのこと。

 道内でも既に大きな都市を中心に支部があって、目立ったところでは釧路にないのを寂しく思っていただけに朗報。まあ志を同じくする人たちとときどき語り合う時間をもつことは人生を豊かにします。

 さて、この「致知」の出版元である致知出版社ではメルマガを発行していて、過去の記事から心に残るものを提供してくれています。
 
 今日のメルマガから心に残った一説をご紹介します。



---------- 【以下引用】 ----------


       「わくわくする時と“天のチャンネル”」
       
       
            竹田和平(竹田製菓会長)

             『致知』2005年4月号
              特集「極める」より


                         ※肩書きは掲載当時

────────────────────────────────────

「わくわく」ということを、
 私は次のようにイメージしているんだけれども、
 天はわれわれ一人ひとりに個性、
 言うならば周波数の違うチャンネルを与えている。
 
 そのチャンネルが自分にピッタリ合った時が
 わくわくという状態だと思います。ですから
 
 「俺がやっていることは、本当にわくわくするのか」
 
 とチェックしないといけません。


 そして、そのわくわくは楽しいです。
 楽しんでやっていると、周りが
 「何がそんなに楽しいの」と言って集まってくる。
 
 あれやり、これやりというのではなくて、
 一番わくわくすることを一所懸命やっていると
 奇跡が当たり前のように起こってくるんです。
 
 花咲爺でいえば「ここ掘れわんわん」で
 金がザクザク出てくる、
 そういう不思議現象が起きてくるんですね。
 
 
 別の言い方をしますとね、
 わくわくの反対はひやひやです。
 
 ひやひやというのは不安で、
 それはチャンネルが合っていない証拠なんです。
 
 もちろんわくわくしながらやっていても、
 法律の問題だとか、いろいろな障害にぶつかりますよ。
 そういう時は仕方ないからやめて、次のわくわくを探す。
 そしてそれを育てていけばいいんです。

 わくわくするのは、やはり人のためになるからですよ。
 人のためになっていないと遊びになってしまう。
 仕事は人のためになることだから、飽きはきません。
 遊びは仕事をするための学びだと考えるべきでしょう。

 われわれはすべてのものに生かされている。
 お茶が飲めるのも、こういう部屋があるのも、
 みんな誰かがやったことであって、
 着るものとて自分で作った覚えはない。

 ですから私は皆さんへの奉仕の意味を込めて
 仕事をさせていただいているわけで、
 それがおもしろい。
 
 自分一人のことだけならおもしろみはありません。





※『致知』はあなたの人間力アップに役立ちます。
======================================================
 『致知』最新7月号 特集テーマ「試練を越える」
⇒ http://www.chichi.co.jp/monthly/201107_pickup.html
======================================================

---------- 【引用ここまで】 ----------


 日頃の仕事は職務ではヒヤヒヤすることが多いのですが、一人の個人に立ち返った時にこそワクワクするような人生を歩みたいものです。

 今を漫然と生きずに、「やらなくちゃ」と思ったことはすぐにやろう、それが縁だよ。

「○○しませんか?」と言われて、「また今度」と言う。その「今度」は具体的にいつなんだろう?

 人生の若さとか体力とか、今ここにいることのありがたみなども全て貴重な宝物で、それは使ってこそ輝きを増すんだ、ということにいつ気づくんだろう?

 「今度」は「今」だよ。そしてワクワクして生きようよ。

 私はワクワクしながらブログを書いてます。人生は命の時間という資源を使って幸せという財産をつくる過程なんだよ。


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ロコ・ガイドの入り口

2011-06-27 23:55:56 | Weblog
 昨日の屈斜路湖でのカヤック体験。湖面を滑るように自由に移動できるアクティビティは見たことのないものを見ることができる素晴らしくて魅力的な世界だ。

 ところで、カヤックで遊んでいる最中にもいろいろな人との出会いがありました。

 湖面でファルト(布系)のカヤックを操る年配の男性がいました。

「こんにちは、どちらからですか?」
「山梨、今回は一か月道内で旅をしています」

「は~、すごいですね。屈斜路湖以外ではどこに行かれましたか?」
「そうですね、ここには一週間いるんだけど、金山湖にも一週間いましたよ。全部キャンプですけどね」

「そのファルトのボートは素敵ですね」
「今回のためにオークションで落としましてね。今回がその初めての湖面デビューですよ」

「そうですか、お気をつけて」「ありがとう」




    ※     ※     ※     ※     ※


 湖畔で食事をしていると、リタイアしたと思しき品のいい女性がカメラをテーブルに置いてセルフタイマーで写真を撮ろうとしていました。

 そんなのはつまらないと思って、「写真撮りますよ」と言うと、「あら、ありがとうございます」と優しそうな声。

 写真を撮ってあげた後で、「どちらからお越しですか?」と訊くと、「千葉県からです。この辺りは大好きで年に二、三回は来ています。今はPホテルに泊まっているんですけど、そこなら自転車を貸してくれるので、それに乗ってここまで来たの」

「道内ではどういうことをして楽しまれますか?」
「私は花が好きなものだから、図鑑を持って花を見て歩いています」

「そうですか、どうぞお気をつけて良い旅をお楽しみください」
「ありがとう、さようなら」


    ※     ※     ※     ※     ※


 私はロコ・ガイドツーリズムという、地域の人間が地域をよく知ってガイドをすることで外からくるゲストたちをもっと楽しませることができるのではないか、と考えています。

 しかし、北海道に憧れてわざわざ飛行機代と時間をかけてやってきて、道内を旅してまわる人たちを楽しませるには、特別なガイドのためのスキルがない人だって、ちょっと声をかけて何気ない会話をすることだって十分にガイドの入り口に立っているのだと思っています。

 旅をしていると何百人の関わりのない人たちとすれ違いますが、それがほんの少しの会話を交わし、もし自分がちょっとでもアドバイスできるようなことがあればよし、なければ「気を付けて」と気遣うだけで十分なのではないか、とも思うのです。

 つい内気で話しかける勇気のない自分でも、観光客と思しき方が近くにいたら、たった一言、「どちらからお越しですか?」と言う言葉が会話のきっかけに必ずなります。その一言を発するちょっとだけの勇気があればよい。

 そして会話が終わったら、「どうぞお気をつけてお楽しみください」で会話を終える。

 この「どちらからですか」「気をつけて」サンドイッチは大抵の会話で成立するから是非お試しいただきたい。仮に「あ、地元です」と言われたら、「そうですか」と愛想笑いをして立ち去れば良いのですから、気にすることはありません。


 ロコ・ガイドの入り口は、植物やら歴史やらのガイド的知識よりはまず、「おもてなしの優しい心」を持って話しかける実践的行動にあるのです。



   【屈斜路湖畔の『コタンの湯』。これが無料とは…!】
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お座敷列車で厚岸の炉端のお店へ

2011-06-27 23:45:35 | Weblog



 市役所の記者クラブとの懇話会主催の懇親会に参加しました。

 今回のお題は「貸切お座敷列車&厚岸で炉端を楽しもう」というもの。市役所の記者クラブには一人、とんでもない鉄オタ(鉄道マニア)がいて、以前から厚岸に飲みに行こうと誘われていたのですがなかなか実現できずにいたものです。

 それが今夜予定の懇話会には他の用事が入らなかったのでようやく参加できたわけ。参加者は全部で11名だったのに対して用意されたお座敷列車は三両編成のスペシャルな車両。




 道内ではこの手の車両はこれしかないのだそうですが、昨日までは利尻礼文方面のツアーで使われていて、「今夜だけ釧路に泊まっているので使うなら団体で貸せますよ」ということで我々の団体専用列車として厚岸までの往復に使わせてもらったのです。

 定員は約80名に対して参加者は11名ですが、幹事さんの熱烈な交渉の末に、(さすがに11名分の料金とはいきませんが)格安でお座敷列車を使わせてもらうことができたのだそう。JR北海道もなかなかイキですね。




 夜の19時ちょうどに列車は釧路駅を出発。まだほの明るい西の空を見ながら我々一行はゴトゴトと厚岸へ向かいます。 

 途中で何度か急ブレーキがかかり、テーブルの上の缶ビールが滑ってゆきます。どうやらシカをひきそうになったための緊急停止のよう。シカとの戦いを現実に感じた瞬間です。


    ※     ※     ※     ※     ※
 



 厚岸に着くまでがミニ宴会ですが、厚岸に到着してからは徒歩5分で今日お目当ての炉端のお店「あかり」に到着。





 中はレトロ調で懐かしい感じですが、こちらも事実上我々の貸切となって大いに楽しみました。

 旬の季節など関係なく牡蠣焼きは出るわ、ツボダイ、ホッケ、アサリの酒蒸し、コマイにおでんと、美味なる海産物や手料理に舌鼓。写真を撮ることも忘れて箸を動かし続けました。厚岸の炉端のお店も馬鹿にできません。


    ※     ※     ※     ※     ※


 しかし楽しい時間は短いもの。厚岸駅には20時に到着しましたが、折り返しの列車は21時40分発で、現地での宴会時間は1時間と30分しかありません。名残惜しいところですが、また来たいという思いを残すにはちょうどよい時間ですし、前後の車内での宴会を考えればずっと飲んでる計算です。

 思いのほか揺れる電車に鉄道談義やまちの話題で大いに盛り上がりました。

 貸切電車に乗って隣町へ行き、たらふく飲んで食べてまた貸切電車で帰ってくる。おまけにそれが偶然今日だけ釧路にいるお座敷電車と言うので、おやじたちもはしゃぎ気味で、さしずめ『大人の遠足』という風でした。




    ※     ※     ※     ※     ※


 旅はしているけれど、遠足はここ最近なかったなあ。

 途中の列車すれ違いのため止まっていた上尾幌の風景などもめったに見られないものでした。


 夜の23時に帰り着いた釧路駅は霧に包まれていて抒情あふれるたたずまい。こんな大人の遠足もまた釧路の魅力に違いありません。

 「ロマンのまち釧路」。これまた釧路のキャッチフレーズの一つです。


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屈斜路湖でカヤック

2011-06-26 23:45:52 | Weblog
 快晴の日曜日。今日は、以前から誘われていたシーカヤックに挑戦。

 シーカヤックはアリューシャン列島の先住民族であるアリュート族やグリーンランドを中心に海の民族が長年の知恵で作り上げたもので、かつては動物の骨や木を骨組みとして動物の皮で縫い上げたシートで覆うタイプの船です。


   【後ろに舵があるとは知らなかった】


 一本のパドルで漕ぎますが、船尾に足で操作できる舵(ラダー)がついていて、細かな方向転換が容易です。本来は海へ出て釣りや移動に使われましたが、今ではそれもスポーツレジャーの一つとなりました。今日は知人のMさんに誘われて屈斜路湖までやってきたのです。

 屈斜路湖は気温も上がりこれ以上ない素晴らしい天気。今日のコースは屈斜路湖の南側に位置する和琴半島で、この周辺を回って楽しもうということにしました。


   【屈斜路湖は日本で6番目に大きな湖なのです】


   【和琴半島は屈斜路湖の南に突き出した半島です】


   【今日のコース。前半は緑で後半は紫のルート】


 湖へ出る前に、基本的な動作や水が艇内に入らないためのやり方を学んでいざ出航!なにしろ鏡のような湖面で船出は順調。とにかくパドルを動かして前へ前へと進んでいたら、Mさんから、「水をかくときは水につけた方の腕を引きますが、反対の腕は押し出すようにすることで力を分散すると良いですよ」というアドバイスが。

 なるほど、こうやると腕の疲れが少し和らぐし、進み方もスムースです。操船スキルはちょっとしたコツの積み重ねなんですね。


   【いざ船出。実はドキドキ】


 足の左右のペダルはワイヤーで船尾のラダーに繋がっていて、前に押し出すとその方に舵が切られるようにできています。カヌーだったら腕のバランスで進行方向を調整しなくてはいけませんが、左右の腕のちょっとしたアンバランスを足による舵で微妙に調整できるのでとてもスムースに動かすことができるのです。これは良いですねえ。


    ※     ※     ※     ※     ※


 なんとなく操作の仕方が分かってくると楽しくなってきました。Mさんが船に積み込んだ釣竿でルアー釣りをしている間に沖まで出て開放感を楽しんでいると、やがてMさんが追い付いてきて「岸からあまり離れると風が出た時に戻れなくなりますよ」と脅かされました。

 聞けば、特に海に出た際などは、船が転覆した時に岸に近ければ打ち上げられるけれど離れすぎていたら沖に流されるのだそう。その運命を分けるのは岸からの距離だということと併せて、「岸に沿って移動した方がいろいろ見るものもあって楽しめますしね」とのこと。

 …岸に沿って漕ぎます…


    ※     ※     ※     ※     ※


 さて、和琴半島沿いに船を進めるとセミの鳴き声が聞こえてきます。時期的にはまだエゾハルゼミかな。湖面には虫が大量に発生していて、それを食べる魚たちのライズが激しいこと激しいこと。

 和琴半島の突端にはオヤコツ地獄と呼ばれる火山性の噴気孔が多数ある場所があります。我々が近づいてみると、既に水上バイクの一行が陣取っていたために少しずれたところへ着岸。


   【噴煙の上がるオヤコツ地獄が見えてきた】


 ここでMさんは突然ぼこぼこと高熱の泥湯の吹き出ているあたりを棒きれでつついて広げると、そこへ持参した卵を入れてゆきます。


   【上陸するとさっそく熱湯の穴に卵を入れてゆで卵】


「これで7分で硫黄泉ゆで卵ができますよ」とのこと。実際に7分後にできたゆで卵は硫黄成分のために殻が黒くなりましたが、味には変わりなし。半熟の美味しい野趣あふれるゆで卵をいただきました。


    ※     ※     ※     ※     ※

 
 その後、半島を岸に沿って反時計回りに回っている最中には大木の上から体長1m以上のオジロワシが飛び立ち我々を驚かせたかと思うと、水中にはウグイの大群が岩の間でぬらぬらと泳ぎ回っています。


   【ものすごい大群が見えますか?】


 なんと多様で豊かな生き物たちの姿を目の当たりにしたことか。やはり水辺に近いところで生き物たちに警戒されない形で近づくことができれば、見られるもののグレードが上がるようですね。

 半島の付け根の、出発したところからは半島を巡ってちょうど反対側の西岸で食事をとったら今度は逆回りの時計回りに元の位置に戻ります。

 その途中で通称「奥の湯」と呼ばれる、湖面で岩を組んだ湯船があるだけというなんとも野趣あふれる温泉に到着。東京から来た、という先客がお一人いましたが、一緒に入って語り合えばもう長年の友人も同然です。

 残念なことにこの先客の方はデジカメを水没させてしまったのだそうで、私のカメラで撮った記念と記録の写真をメールで送ることにしました。こういう裸の付き合いはいいですねえ。

 
 シーカヤックはカヌーよりも操作性が良い上に安全性も高く、海上を旅することもできます。実際同行のMさんは好条件の時に一日で羅臼から知床半島を回ってウトロまで行けたのだそうですが、「普通だったら2泊三日だね」とか。これまた野性味あふれるキャンプ&カヤックとなりそうです。

 これもまた道東にあっては地域を楽しむ格好のツールになりそうです。今度はいざというときのリカバリーを練習してから海にも出たくなりました。

 こういう技術は単なる体術なんかじゃなくて、故郷を味わい尽くすための技術なんじゃないかな。皆どんどん身につければよいのに。

 うーん、道東はやることが多すぎるなあ!

   【温泉からの絶景。これは何とも贅沢だ】 
 
 
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釧路を元気に

2011-06-25 23:45:23 | Weblog
 今日の午後は今年から始まった「元気な釧路創造交付金」の審査委員会。

 これは、地域やまちづくりの課題を、市民と行政が共有・連携して、それぞれの役割や専門性を明らかにしつつ事業を実施して地域を活性化することを支援しようというもの。

 今日は書類による一次審査をパスした9件の応募者から、直接プレゼンテーションを受けて最終的な対象事業と交付する額を決めるという会議です。

 プレゼンテーションまでは一般に公開され、ユーストリームというインターネット中継までされました。

 応募してきた事業は多種多様。エゾシカを食べようというキャンペーンをしたいという事業があれば、市民後見人を要請しようという活動も。

 観光から地域振興、福祉や防災まで行政では気付かないしなかなか実行するには勇気がいりそうな事業提案が多かったようです。

 事業の新規性や実現性、公共性や効果波及性などからみた各審査員の評点を合計しましたが、委員によってかなりばらつきもあってまとめるのに苦労しました。

 発表は来週だそうです。これで釧路が元気になるように願っています。
 
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【おまけ】おやじの含蓄

2011-06-24 23:58:59 | Weblog
 昨夜の講演会の後に知人とともに二次会でごく少数のおやじ飲み会に移りました。


「こままささん、あんた生まれはどこ?」「私は室蘭です」
「あ、そう、やっぱり北国生まれなんだね」「そうです」

「こういう言葉があるよ。『艱難よく知る代官は皆北道の訛(なまり)あり』ってね」
「それはどういう意味ですか?」

「それはね、大変な苦労を良く知っている良きお代官様はみんな北国生まれだということさ。あなたも北国生まれだから、艱難というものをよく知る善き代官になってくださいな」
「なるほど、がんばります」

 北国生まれのお代官は苦労という者をよく知っている、か。まだ到底そこには至りませんが、含蓄のある言葉です。

 おやじ同士の飲み会というのは、年かさもはるか上の先輩と飲むと、実に人生に関する深い言葉が出てくるものです。





    ※     ※     ※     ※     ※  


 私も負けじと「人間たるもの、知育、体育、徳育と言いますが最も大切なのは徳なのではないでしょうか」という話をしたところ、同席していた自衛隊出身の大先輩からは、「そのとおり。自衛隊には『怒りなくして尉官なし、知力なくして佐官なし、徳なくして将官なし』という言葉があるんです」と返ってきました。
「尉官、佐官というのは少尉、中尉とか少佐とかいう階級のことですね」

「そうです。怒りと言うのは不正義に対する怒りですね。そういうものがなくては少尉、中尉レベルにもなれない、しかし知力を伴わなくては少佐、中佐、大佐という上のクラスには上がれません。そしてさらに仁徳が加わらなければ、さらにうえの少将、中将、大将という階級に上がることができないんです。部下を死地に追いやるわけですからね」


    ※     ※     ※     ※     ※


 もっともいよいよお酒が入ってくると最後は、「いやあやっぱり女性は前戯八割!ホンバン二割!俺はこれをずっと逆だと思っていたんだ!もっと早くわかっていたらなーー!」

 さすがはおやじ飲み会。これが一番含蓄が深かったかも…。
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