北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

今年の前半、終了です

2020-06-30 23:20:13 | Weblog

 

 道民割による旅の経費補助が始まったというので、さてどこへ行こうかな、なんて悠長に調べていたら、もう候補地のお宿はほとんどが枠達成で、募集停止。

 なんだかすっかり気勢をそがれてしまった気分です。

 でもよく考えてみたら、「補助してもらえるから決まった行く先から選ぶ旅」よりは、「自粛が解除になったから行きたいところへ行く旅」の方がいいかな。

 妻は「のんびり温泉につかって夜は豪華な食事が楽しめるところ」と言い、私は「昼間は釣りをして程よい疲れでたどりつく温泉宿」と言う。

 似ているようだけれど微妙に違う。お互いに頭に描いている宿の映像は違っていることでしょう。

 キャッシュレスショッピングの還元も今日で終わり。

 必要なもので買い残したものはないでしょうか。

 ノートパソコンを新調するならこのチャンスだったかな。


 そして今日は夏越の祓で今年一年の前半が終了。

 コロナ騒動であたふたしていますが、今年は時が進むのが特に早い感じ。

 神社には茅の輪が飾られて、これをくぐって今年前半の穢れを払って心身を清める日でした。

 早くコロナの厄災も祓われてほしいものです。

 

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「西南戦争」を読む

2020-06-29 23:24:44 | 本の感想

 

 久しぶりの書籍のレビュー。

 今回は「西南戦争」(小川原正道著 中公新書)を読みました。

 西南戦争は明治維新が起こってから10年後の明治10年に鹿児島士族が挙兵し始まった近代日本最後にして最大の内戦です。

 明治の初期はまだ世の中が落ち着いておらず、明治7(1874)年からは佐賀の乱、神風連の乱、萩の乱など士族による反乱が続きました。

 これらは維新によって家禄などの特権を失った士族による恨みという側面が大きいのですが、そうした不平不満をあわよくば政権を倒せるのではないか、という期待まで背負ったのが西郷隆盛であり西南戦争でした。

 反乱軍は九州一円からはせ参じ最大3万人といわれましたがこれに対抗する政府軍は総数6万人。

 西南戦争は明治10年1月末に、政府の密偵が西郷暗殺を目論んでいるという情報から、それまでの不平不満が一気に高まり、西郷のいないところで政府軍の弾薬を奪うという事件が発生し、もはや私学党らの一団を押さえることができず挙兵ということになりました。

 最終的には「政府をただす」ということから東京の政府を目指したものの、戦闘はあくまでも陸路で熊本城を急襲しましたが、谷干城(たに・たてき)が率いる熊本鎮台は薩軍の猛攻に耐えに耐え、援軍の到着を待ち続けます。

 熊本城は熊本地震で大損害を受けましたが、加藤清正築城の名城であることを後年証明しました。

 その後熊本城を包囲しつつ戦線は拡大してゆきましたが、政府軍が到着してからは各所で抑え込まれることになります。

 私自身不勉強だったので、西南戦争では田原坂(たばるざか)の戦いが有名だということは知っていましたが、田原坂の場所は鹿児島のすぐ上くらいに思っていました。

 今回改めてそれが熊本市のまだ北にある峠だということを知りました。


  【田原坂はここだったか】

 また、戦闘の場所も「せいぜい鹿児島と熊本くらい」に思っていたのが、実際には熊本から宮崎県、大分県と九州の広範な地域に渡っていたことも初めて知りました。

 戦争は結局物量と兵力に勝る政府軍が次第に攻勢を強め、薩軍を追い込んで行くのですが、薩軍は当初「西郷さんが立ち上がれば全国で不平分子が蜂起する」ということに大きな期待を寄せていました。

 しかし現実にはそうはならず、西郷とともに不平士族の頭目と目された板垣退助は西郷とともに起つかどうかの選択を迫られた時に「(大儀)名分がない」と言ってこれを渋ったと言われます。

 結局不平の高まりという火薬庫に、西郷暗殺の密偵という火花が火をつけてしまったものの「戦いの名分が人々の心に響かなかった」という点で、その火は広がらなかったという顛末となりました。

 西郷隆盛は反乱者として戦争後に評価を下げましたが、その誠実な性格は次第に彼を慕う有力者らの努力もあって明治22年に大日本帝国憲法発布に伴う大赦により赦され、正三位を追贈されています。

 こういう本を読んでいれば上野の西郷さんの銅像の見方も、熊本旅行の際の立ち寄り場所も変わったことでしょうが、惜しいことをしました。

「何事もことを起こすには大義名分がなくてはならぬ」ということを戒めにしたいと思います。

 次の九州旅行はいつになるかなあ。

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上向きなら何でも良いとは限らない

2020-06-28 23:04:24 | フライフィッシング

 

 先週は湖での釣りで、まだ今年は渓流に一度も出ていませんでした。

 今日も予報は雨模様でしたが、行きたいポイントは雨雲がかかるかかからないかのギリギリと出たので、意を決してGO!

 昨夜半からの雨でポイントの川は少し濁ってはいますが、ドロドロと言うほどではなくこれなら釣りにはなりそうです。

 今月買ったGoproは湖の釣りにも持って行ったのですが、使い方がまだ慣れておらずあまり良い絵が撮れませんでした。

 今回こそ、と意気込んでカメラを帽子の上から頭に着けて釣りに臨みます。

 今日の川はヤマベがいる川なのですが、ドライフライではなかなか魚が出てきません。
 
 雨なのと気温が低いことでなかなか虫も出ていないよう。早く陽気が良くなって欲しいものです。

 一方で川にはもうたくさんの釣り師が入っている雰囲気があって、(餌釣りで抜かれたかな)という印象です。

 大きな魚は期待できないか、と思った時に投げ入れたフライに反応が!

 とっても軽い手ごたえで釣り上げたのは7センチほどのヤマベの新子、今年生まれた一年目のヤマベです。

 今日の釣果はこの一匹でしたが、とりあえずのボウズ逃れでありかつ、今シーズン最初の一匹です。

 釣り上げた様子は頭に付けたGoproで撮影できたはず、と家に帰ってから動画をチェックしてみると、なんと頭に付けたカメラの角度が上向きになっていて魚の姿が全く映っていませんでした。

 大事なのはこの写真の画面の下なのに(涙) なんでも上を向いていれば良いというわけでもないんだな。

 なんとも情けない話ですが、まあこうやって使い方に慣れていくのでしょう。

 Goproって、撮った画像を好きなところだけスローモーションにできたり、「Gopro Quik」というソフトでは映像を組み合わせて簡単に編集したりもできて相当奥深いのですが、まだ使い方が分からずあたふたするばかり。

 しかし新しいことを始めるということは、この歳になると脳にとって面倒くさくて疲れます。

 そしてその反面、脳を活性化するための良い刺激にもなっているというわけ。

 まずはとにかくコツコツ始めて慣れることでしょう。

 さすがにyoutuberにはもうなれないでしょうけど(笑)。

 

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田舎の三年、京の昼寝

2020-06-27 23:07:41 | フライフィッシング

 

 雨が降るという予報に怯えて家の中の事をしていたら、外は全然雨が降っていない。

 こんなことなら釣りに行くんだった(怒)とぶつぶつ言いながらも、家の周りの雑草を見過ごすこともできずひとしきり草むしりに精を出しました。

 世の中はコロナ一色ですが、雑草の増え方には一向関係がありません(笑)。

 在宅勤務が増えると世の中の家の周りの雑草はきれいになるかしらん。


    ◆


 先日、所属している都市計画学会からメールで「7月の理事会もZoomによるリモート会議とすることといたしました」という報せが届きました。

 コロナのリスクを避けて東京に行かなくて済む、という安心感もありますが、その一方で全国の皆さんと直接会えないというのは残念でもあります。

 正式な懇親会はいずれにしてもないのかもしれませんが、気の合う同士での飲み会ぐらいはあったかもしれません。

 リモート会議は楽ですが、その余禄としての東京旅。それはそれでやはり何か面白いことに出会うことがあったかもしれないのに、そんなチャンスは今回も来ませんでした。

「田舎の三年、京の三日」ということわざがあります。

 地方で一生懸命3年間勉強する成果は、京(=都会)で昼寝をしている間に身に着くものだ、ということで、都会で多種多様な人と出会って揉まれることで得られるものは多い、という意味です。

 リモート会議によって、会議そのものが求める成果は得られますが、参加者には東京を訪ねる機会を与えてくれることで得られるものも多いのにな、と思います。

 移動やついでに使うはずのお金も使われず、やはり世の中の消費は減りますな。

 いろいろな機関の会合のために予算化してある旅費はずいぶん余るはずですが、どうするのかなあ、といらぬ心配までしたくなります。

「もっと使えるお金を使わせてー」と心の中で叫びました。

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それを「損した」とは思わない

2020-06-26 23:24:48 | フライフィッシング

 

 ある縁がつながってまだ20代のOA機器社員の友達がいます。

 かなり年下ですが何かとウマが合うので話していて楽しいのです。

「でもよく考えたら、自分が20代の時の60過ぎのおじさんって、社長の年齢なんじゃないか?」

 そういうと彼は屈託なく「会長…かもしれませんね(笑)」と笑います。

 そんなタメ口も楽しいから良し。


 彼はOA機器メーカーなので、コロナウィルスの影響はどうなのかと訊いてみました。

 すると彼は「いやあ成績がひどいですね。我々のビジネスってコピー機などのOA機器を使ってもらったカウント数と消耗品がビジネス単位なので、オフィスに出てこない在宅勤務やリモートが増えるとそういう消費が減ってしまいまして」

「在宅やリモートが増えたから拡大するビジネスチャンスもあるのじゃないの?」
「はい。確かにネットワーク構築のニーズなんかもあってご用命もあるのですが、それってビジネスのシェアがメインとなる消耗品関係の10%くらいですからメインストリームにはなれないんだと思います」


     ◆


 デジタル化やリモート化って、新たな需要を生み出すよりは今の需要を減らす方に強く働くことでしょう。

 それは一面をとらえれば「節約」ということになるのかもしれませんが、実需要を減らすということは、ただでさえデフレ気味の経済をさらにデフレに追い込みそう。

 デジタル化の時代は需要を減らしつつあり、その一方でその需要が減ったことを補うために「経済を支えてください」と借金をして一人10万円の給付金を配る。

 受けられるサービスは、負担に見合ったものであるべきというバランス感覚がちょっと怪しくなっています。

 わが心の教えである二宮尊徳先生の「報徳の教え」は至誠・勤労・分度・推譲を4つの徳目としていますが、その中に「父母の子を育てる道」という話があります。

 曰く、父母が子を育てるには、もっぱら慈愛を尽くし、たとえ無頼の子になっても養育費を損したとは思わない。農夫が他を作るには、ひたすら耕作に努め、たとえ凶作という災いにあっても培養費を損したとは思わない。
 舜や禹(古代中国の伝説の名君)はひたすら天下を治めて、これをわがものとせず道を万世に伝えたし、釈迦は王位を避けてもっぱら人を導き、法を万年の後までも残した。
 これらはちょうど、物を買うのに財布のひもを解くように、当然の「譲」であって我が道を行うものは、よろしくこの心がけを持つべきである。

 財布のひもを開くことが全て散財で怠奢ではありません。

 何もかもを「消費した」「損した」と思わずに賢く「譲った」と考えをきりかえてはいかがでしょう。

 若い人たちの給料の源が細らないことを祈りたいなあ。

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びーたーしてー!

2020-06-25 23:52:27 | フライフィッシング

 

「びーたーしてー!」とラジオで叫んだのは、シンガーソングライターにしてラジオパーソナリティの松崎真人(まつざき・まこと)さんでした。

 松崎さんは北海道の民放ラジオ"STV"で、ナイター中継のない11月から3月にかけて「MUSIC☆J 」という音楽番組のパーソナリティを務めています。

 本来は4月以降はナイター中継が始まって、「MUSIC☆J 」はお休みになるはずなのですが、今年は4月からのナイター中継がなくなったために、「ナイタースペシャル MUSIC J」として臨時の番組を継続し、2か月半に亘って多くのラジオリスナーを楽しませてくれました。

 そんな彼が、ナイター中継がいよいよ始まってこの番組も終了する間際に叫んだのが「びーたーしてー!」でした。

 「びーたーしてー」とは単語をひっくり返す芸能界の言い方で、これを訳せば「たーびーしてー → 旅してー → 旅がしたい」ということになります。

 松崎さんは本来今頃の時期は全国各地を巡ってコンサートを行っているはず。

 しかしコロナ騒ぎでコンサートの予定が立たないことと、ラジオ番組が延長されたことで旅に出るわけにいかなくて悶々とした日々を送っていて、いよいよラジオ番組が終わるとなった直前に冒頭の発言が飛び出したもの。

 全国をコンサートで巡ることが当たり前だった日常が壊れて、旅に出られない日々が続くことで改めて「旅に出ていたころの楽しさ」に気が付いて、心底「旅がしたいなあ」と思ったことでしょう。

 
 私も今回久しぶりに函館出張に行って、途中や現地の方とお会いすることができました。
 
 遠くの友人に会って、知らない知識を得ることは楽しくて、やっぱり旅は良いものです。

 昨夜泊まったホテルは、朝食が美味しいことで知られたところでしたが、チェックインの際にフロントからは「朝食ですが、ワンプレートでのお食事でご提供させていただいておりますのでご了承ください」と言われました。

 (そうかコロナ対策なので、豪華な朝食バイキングはないんだな)と思い、簡素な食事を予想していたら、どうしてどうして、料理スタッフが思い切り料理を出せない残念な気持ちをぶつけてきたような豪華な朝食でした。

 広い朝食会場も、コロナ対策で距離をあけているのと、そもそもお客が少ないので閑散としています。

 そんな中サービススタッフはきびきびとしてお客さんの対応に当たってくれています。

 本当なら余裕がありすぎるのでしょうが、そんなことは感じさせずに「お客さんがいることが嬉しい」という様子がうかがえます。

 朝食を終えて出口のスタッフさんにお客の様子を訊くと、「少しずつですが戻り始めています。ありがとうございます」とのこと。

 ホテルスタッフは相当力を持て余しているようです。

 旅は良い。ホテルのおもてなしの力を見せてもらおうではありませんか。

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「もういいんですよ、いいんですけど…ねえ」 ~ 函館出張

2020-06-24 23:48:55 | Weblog

 

 今日から明日は函館出張。

 6月19日の自粛規制解除によって、特に札幌とそれ以外の地域との行き来も解禁になり、ようやく地方部への営業をすることができるようになりました。

 函館で旧知の方を訪ねると、「やっぱり19日以降に、少しずつ札幌方面からの挨拶回りが増えましたね」と実感されているよう。

 彼は札幌から函館に単身赴任なのですが、コロナウィルス騒ぎがピークの頃は、札幌へ集まっての会社の会議もなく、そればかりか札幌への帰省も自粛していたそう。

「函館地域なんてほとんどコロナウィルスの陽性患者が出なかったのに、全道一律に動きが止まってしまいました。もう少し地域単位でなんとかならないものか、とは思いましたよ」 

「それじゃあ函館の経済もかなり冷え込んでいるのじゃないですか」と訊くと、「ほんとうにその通りですよ。せっかくホテルがたくさん立ったりリニューアルしたところなのに、インバウンドも減りそればかりか国内観光、道内観光も全然動きがありませんからね」と渋い顔です。

「それじゃあお宅などは大企業なんだから、自粛解禁でこれからは率先して地域経済を動かす意味で会合や宴会などをするのが良いのじゃないですか」そう訊くと彼は一層渋い顔になってい、「ところがうちのトップはまだ底が偉く慎重なんですよ」

「えー、どうして?」
「うちの会社は業態的にコロナの影響をほとんど受けなかったんです。だから表立って発表しているわけじゃないけど、社員の給料が減ったわけでもない。でもそれが早速宴会だ、会合だと賑やかにやって、そこでコロナの患者がでたらどうですか。やれ『あそこの会社は景気がいいん、だな』とか、『それなのになんだあの様は』と余計なバッシングを受けるんじゃないかという心配を強く感じているんです。うちは全道展開の企業なもので函館地区だけでも大丈夫じゃないか、と思うんですけど、札幌の本部はまだそのあたりが固いですね」

 そろそろ地域経済復活への日常を取り戻したい気持ちはふつふつと湧き上がっているものの、まだ世間体を気にする向きも強いよう。

 人間の心理は経済に大きく影響しますね。

 心置きなくやりたいことをやりたいようにやって、それで経済が回るという時はいつになるでしょう。

 

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人間ドックと生産性向上

2020-06-23 21:50:47 | Weblog

 約一年ぶりの人間ドックでしたが、今回は午後からの検診。

 朝一番からの検診は何度も受けましたが、午後からの検診は初めて。

 おまけに鼻からの胃カメラもお願いしているので、朝の食事は「7時までにご飯を軽く一杯だけ」という制限がありました。

 そんなぽっちを食べるのも面倒なので朝食と昼食は抜いて検診に臨みました。

 しかし普段ならば朝からお湯を飲んだりお茶を飲んだりするので、「検診までは何も口にできないぞ」と思い続けるのは結構大変。

 もしかしたボケちゃって何気なく何かを口にするのじゃないかと心配でたまりませんでした。

 で、無事に何も食べずに臨んだ人間ドック。

 人間ドックに特化したクリニックは、検査の運びが実にシステマチックで効率的にできています。

 コロナ対策で待合室のイスはこちらも千鳥に座るようになっていましたが、さほどの混雑もなく淡々と検査は進みます。

 最後は鼻からの胃カメラ。

 鼻に麻酔を三度入れて鼻腔全体を麻痺させてから、ボールペンよりもやや細めのカメラを入れていきます。

 いくら麻酔をしていると言っても摩擦でちょっとは痛いですし、喉の奥を通るときは少しだけオエッとなってしまうのですが、それでもカメラを入れ始めてから撮影を終了してカメラを抜くまでは5分くらいなもの。

 ドクターからは、「胃も食道もきれいでした。特に炎症などの異常は見られませんでしたよ」との所見をいただいて、まずはほっと一安心。

 それ以外の検査結果はのちほど郵送で送られてくることになっていますが、検査時間は全部で1時間半ほどで終了。

 検査時間が短くなって被験者の負担は軽くなっています。こういうちょっとしたところにも実は進歩と医療現場の努力がうかがえます。 

 こういうところにサービス向上と言う形で実は生産性の向上や効率化が行われているのですが、経済は一般に動いたお金の量で測られるので、質を問う研究って案外少ないものです。

「日本は生鮮性が低い」という紋切り型の批判や自虐に惑わされず、良質の研究レポートを読むようにしています。

 さて、この手の検査、面倒くさいなどと思わずに、忙しい現代人には必要な自分の体への管理と気遣いだと思って真面目に受けましょう。

 どうかほかに異常がありませんように。

 

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次があるさ

2020-06-22 23:14:09 | フライフィッシング

 

 二泊三日の阿寒釣行。

 思い返せば数多くの反省点があります。

「一つのフライにこだわりすぎたかな。もっといろいろなフライを試した方が良かったのか」

 しかしその瞬間はこれが最善だと思ったのです。

「もっと早くダブルハンドに見切りをつけて、シングルハンドに替えた方が良かったのかな」

 しかしその時は、ダブルハンドの練習にもなるしこれが一番良いと思ったのです。

 悲しいかな、我々は同じ時間に二つのことを同時にはできないので、自ずから選択をしてその選択とともに突き進むことになります。

 その判断を後になってから、今このときの価値観でとやかく言うことはできないと思います。

 
 アメリカで逮捕された黒人男性が死んだことをきっかけに、いま世界中で黒人差別の歴史への反省の姿勢を示すことが求められています。 

 聞けば、かつての「人種に対する偏見を含んでいる」として配信を停止された名画もあるとか。

 取り戻せない過去を悔やんでなかったことにするよりも、その反省を未来に生かす方がよほど建設的です。

 少なくとも釣りは、経験と反省の積み重ねで少しずつでも上達します。

 少しの慢心でバレたことも反省材料。次はもっとまじめにやろう。

 未来志向ってことは、次があるってこと。

 次があるのが良いのです。
 

 

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「阿寒の釣り」とかけまして 

2020-06-21 23:38:47 | フライフィッシング

 

「阿寒湖の釣り」とかけまして、

「ススキの山に満月」

 と解きます。

 その心は…

 おわかりでしょうか。

 

 そう「ボウズ」でございます。

 いやあ釣れません。とうとう最終日も釣果はなく終わりました。

 

 阿寒釣行最終日の今日は晴れを期待して早朝から湖の北側ポイントへ船で移動。

 葦の生える岸際から沖へめがけてフライとルアーをキャストして魚を狙います。

 元に声が上がったのはワカサギルアーで狙った一人。

 30センチほどのアメマスで幸先良し。

 しかしその後が続きません。

 私のダブルハンドもさっぱりで、少し太陽が見え始めたときにシングルのロッドにセミのドライフライに変更してチャンスを伺います。

 その時が来たのはセミフライチャレンジの10分後。

 湖面にぷかぷか浮かぶセミめがけてモワッとした水面の盛り上がりがあって大きなニジマスが食ってきました。

「来た!」

 フッキングも成功、何度もジャンプして抵抗するニジマスを見ながらあとは取り込むばかりと思ったその瞬間、ラインが軽くなりました。

(切られたか?)と思いましたが実はティペットがリーダーから結び目のところで抜けるという大失態。

 バレたというにはあまりにも惜しい夢の一瞬でした。

 そこから先は他のメンバーにも全く反応なし。

 今回の釣行は三日間にわたってほとんど晴れ間がなく霧雨と気温の低い状態が続き、実に残念な旅となりました。

 モンカゲロウもわずかに飛んでいましたが、あの数では湖面に飛来するツバメたちによってひとたまりもなかったことでしょう。


  【ちょっとピンボケですみません】

 魚もとうとうライズらしいライズを見せてはくれませんでした。

 強いてこの釣行の良かった点を挙げるならば、①春先から一度もいけていなかった釣りにようやく来れて、阿寒湖のほとりで時間を過ごせたこと、②ダブルハンドの実釣を始めて行っていろいろな勘が養えたこと、でしょうか。

 湖での釣りは本当に久しぶりだったので、今回の反省点は次に生かして良き釣果につなげたいところです。

 疲れましたが釣りなんてこんなもの。

 良いポイントの数々を見られてよかったです。

 それにしてももう少し暖かくなって欲しかったなあ。

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