北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

ブログに悩んだら~「テーマ」と「文体」

2012-10-31 23:45:40 | Weblog
 どうでも良いことなのだが、ブログの文体をちょっと変えてみた。

 かなり長い間、「です・ます」調で書き続けていたのを「だ・である」調に変えてみているのだ。

 「です・ます」調の良さは、文章が優しい感じになって読みやすいということがあるのだけれど、書き手にとっては制約がある。

 それは文末が「です」にしても「ます」にしても「…す」で終わるために一本調子になりやすいことだ。

 読んでいて「…です」で終わるような単調な文章の連続は幼稚な印象を与え、いささか品が足りない。

 そこでそれを避ける工夫としては、名詞で文章を終える「体言止め」を挿入したり、会話のセリフを入れるようにして、特に文末に変化を与えるように努めていたのである。

 それに比べると、「だ・である」調の方が文末に変化を与えやすく、読みやすさに苦労するよりは内容にエネルギーを注ぐことができる。

 リズムも良くなるような気がしているので、少しの間この文体を試してみたいと思っている。





   ◆   ◆   ◆



 さて、ブログを書き始めた最初の数か月に苦しんだのは「どんなテーマで書くか」ということが大きいが、もう一つ悩ましかったのはこの文体というやつだった。

 多分皆さんもブログを初めてみれば気がつくと思うが、ある程度の自分の型ができるまでは、テーマと文体は同じくらい苦しむ二大要素のはずだ。

 テーマの方は私の場合、日常の中に見出せるキラリと光る砂金のような希望の種だとか、自分自身が知らなくて「へぇ~」と思うことで自分自身も成長した記録になるようなことに置いている。

 またできるだけ批判的でネガティブなことは書かずにおこうと決めている。

 その理由はそんな文章は読んでいても自分のプラスのエネルギーが消耗するだけのような気がするからだ。

 ブログを読んでくださる方からは「いつも楽しそうですよね」と言われることがあるが、読んで楽しくなるような種を明るくなるように書こうと心がけているので、そう感じていただいたとすれば本望というものだ。

  
   ◆   ◆   ◆


 さて文体だが、長い間単調になりやすさを感じていたものの、慣れ親しんだ文体を変えるのが面倒なのか、怖いのか、不安なのか、いずれにしても変えなくてはいけない積極的な理由がみつからなかった。

 すっかり自分の型ができたように思っていたのだが、ある方の文章に触れたことでもっと表現の可能性が広がるような書き方にも挑戦してみるべきだと気がついた。

 そう思うと、「自分の型」などというものは単に昨日の自分に安住しているだけの楽な道を歩んでいるように思えてきた。

 そこでこの際、文体を少し変えてみることを試してみることにした。

 ただそれだけのことなのだが、ポイントは昨日の自分との決別を恐れないようにしよう、という生き方の問題だ。

 人間は新陳代謝を繰り返している。

 今日の自分は昨日の自分とは違うはずだ。

 昨日の自分に追いつかれないように逃げまくってやろうではないか。

 

【おまけ】
 あと、読みやすい文章を書こうと思ったら、できるだけ短い文章にすることがコツだ。

 文の途中で「、また…」などと接続詞でつながりそうだったら切ってしまって二つの文にした方が良い。


 私がお手本にしているのは『ローマ人の物語』を書かれた、女性作家の塩野七生さんの文章。

 彼女の文章は読んでいて本当にリズミカルで心地良いのだが、その理由はポンポンと打ち出すような短い文章だからだと気ついたのは幸運だった。

 長くて難しい文章を書くことが物書きだと思っていた先入観を打ち砕いてくれたからだ。

 どうぞお試しあれ。 

  

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ヘリの遊覧はできますか?~クルーズ観光のニーズ

2012-10-30 23:45:33 | Weblog
 世界指折りのクルーズ会社であるロイヤル・カリビアン・インターナショナルから旅造成のアジア担当責任者が二人、釧路へ来てくれた。

 北海道運輸局による北海道観光推進事業の一環で、北海道の各港を活用した大型客船による国際クルーズ観光の可能性について宣伝をするとともに、様々なアドバイスをいただこうという趣旨だ。

 来釧してくださった二人は、シンガポールからケルビン・タンさんと、上海からはジャンフェン・トンさん。

 二人とも中国系でまだ40歳前後と若いが、英語もペラペラでアジア圏域でのクルーズ旅行を造成しているのだ。

 釧路空港で歓迎の出迎えをした後に、一行には市内視察をしてもらい、昼食会でさらに意見交換をした。

 二人は9月20日に同社のレジェンド・オブ・ザ・シーズが釧路に寄港したことは当然知っていて、おまけにキャプテンやクルーズからは大好評だったという報告も受けていますよ、というリップサービスぶり。

 実際に船が接岸したMOOの前の耐震岸壁を視察してみて、「実に釧路は魅力的です」と感慨深げだった。

 その訳は、「ダウンタウン(市内中心部)の近くに接岸できて都市的魅力を存分に感じられるから」だそうで、「釧路はとてもヨーロッパ的に見える」とも。

 そう、釧路は他の日本の都市とはちょっと違うのだ。


   ◆   ◆   ◆



 釧路が他の日本の都市と違ってヨーロッパ的なのは、市街地のど真ん中を流れる釧路川に堤防らしい堤防がないためだ、と思っている。

 ヨーロッパの川は高低差の少ない大陸を流れていて、雨による増水がほとんどなく、そのためドイツにしてもフランスにしても川の水面と河畔を歩く人の距離がとても近い。

 それに対して日本の場合は一たび雨が降ると一気に水位が上がるために川の断面を大きく取る必要があり、いきおい土地の少ない都市では深く掘ってお城の堀のような様相にならざるをえないのだ。

 釧路川は上流の岩保木水門で増水分を新釧路川に切り替えて放流しているので旧の釧路川にはほとんど影響が少なく、そのため水面に対する視点が低くヨーロッパ的に見えるのである。

 川一つとっても、釧路は恵まれた景観を有していると言えるだろう。


   ◆   ◆   ◆


 今後のクルーズに関していうと、前回来たレジェンド・オブ・ザ・シーズは7万トン級の船だが、ロイヤル…社が所有している22隻の船の中では最も小さい船であり、現在はアジア航路から離れてヨーロッパで用いられている。

 東アジアは経済発展も顕著なために最も魅力的な市場であり、そのためにもっと大きな船を使うという旅を造成する流れになっている。

 ところがそうなると十分な深さや岸壁を持った港は限られており、そこが彼らの悩みでもある。

 特にこれまでは中国に近い九州や沖縄などの港を巡る旅が中心だったが、北海道は大人気でここを巡る旅の要望はとても多いのだという。

 「釧路の耐震岸壁は魅力的なので是非底を掘ってもう少し深くしてほしい」、というのが彼らの要望だったが、観光にも十分なインフラとはどういうものかという中期的な展望が必要なのだ。

 整備だって時間はかかるし、簡易なもので対応している海外の港の例なども勉強しなくてはなるまい。


   ◆   ◆   ◆


 昼食を取りながら地元の宣伝をするコーナーでは、阿寒湖や知床などが紹介されたが、早速質問されたのは「知床は短時間ステイのクルーなどには遠すぎるように思います。ヘリコプターによる短時間での遊覧などは可能でしょうか」という質問だった。

 そんなことは考えたこともなかったが、朝到着して夜には出港するという短時間での寄港で移動するクルーズ観光では、ヘリによる遊覧などのニーズは極めて高く、アラスカなどではそうしたオプションが充実しているのだそう。

 乗っているのが富裕層でもあれば、なるほど、そうした需要だって考えに入れておかなくてはならないだろう。

 我々も安さを売り物にするつましい旅だけではなく、富裕層の思考回路に慣れてしっかりとしたビジネス観を養っておきたいものだ。


   ◆   ◆   ◆


 ちなみに阿寒湖が映った時に、「実は僕はこの週末は阿寒湖で釣りをしていたんだ。阿寒湖はマスの釣りで有名なので、ぜひ時間を取って楽しんでほしいものです」と注釈を加えられたのは、我ながらちょっと自慢だった。

 地元の楽しみを知り尽くしておかないと、カバンから魂を取り出すような営業マンになれはしない。

 歴戦の強者であれば、地元を自慢するセリフが原稿を読んでいるのかそれとも魂から発せられているものかを簡単に見極めてしまうだろう。

 大人の遊びってそういうことを強化するためにあるのだろう。

 良く遊べないと良い大人にはなれないと、最近とみに思うようになった。

 これもまた道東の持つフィールドならでは、だと思うのだが、苦しい仕事からは楽しいセリフは生まれない。

 楽しいセリフは楽しい遊びからでなくては、ね。
 
 
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タンチョウ、全国制覇を目指す

2012-10-29 23:45:42 | Weblog

 【手前のタンチョウの頭部が全国制覇を目指す】


 幣舞中学校からかわいらしい三人の女子中学生が市役所を訪ねてくれた。

 三人の女子中学生の名は、長谷川果さん、谷川あやかさん、上野裕香さん。

 この三人は、釧路少年少女発明クラブで「ネイボラNo.1」というチームを作っているのだが、9月に釧路高専で開かれた第3回全国少年少女チャレンジ創造コンテスト釧路地区大会でタンチョウの頭をイメージした作品を出品。

 大会の課題は「モーターとゴムで動くハイブリッドカー」というものだが、手回し発電機で電気を起こしながら車を動かし、同時にゴムを巻くことでエネルギーを蓄え、今度はその力で元の場所まで戻るタイムを競うというもの。

 さらには、車体のデザインや動いている最中のパフォーマンスも採点の対象になり、その合計が点数化されるというシステムなのだそう。

 「ネイボラNo.1」チームは、タイムで二位、パフォーマンスで一位を獲得したが、この点数を全国各地で集計し、上位60チームが全国大会へ進出することができる。

 このチームの作ったタンチョウの頭をイメージしたトゥールー号は、コースガイドで直進性を強化したり、全体の軽量化を図り、さらに地元の自慢であるタンチョウをテーマにしたことが受けてここだけが北海道でただ一チーム、全国60位に入り来たる11月17日に東京工業大学で行われる全国大会に参加することになったのだ。

 このトゥールー号は走りながらくちばしが上下したり、頭部の赤い部分がLEDで光るなどの工夫が凝らされている。

「なるほど、今年はタンチョウが特別天然記念物指定60周年の節目の年だからタンチョウなんだね」というと、「ええ?知りませんでした!そうだったんですか、偶然です」との答え。

 なんとも屈託がないなあ(笑)。

 
   ◆   ◆   ◆


 さて、エントリーした車体での試合とは、15mの距離を手回し発電機で移動して、帰りはゴムの力で自走してくるという者だ。

 口頭で説明されてもイメージがわかず市役所の廊下でデモを行ってもらったところ、わずか数秒で15mを走り切った。かなりの速度が期待できて、全国でも有望なのではないだろうか。

 全国大会では緊張せずに力を発揮してほしいものだ。


 なお、このコンテストではデザインの好みを事前に投票することができる。

 アドレスは下記のとおりなので、釧路っ子はこぞってクリックで応援してあげてほしい。

 地元の応援はきっと力になる!


【2012年度チャレンジ創造コンテスト 投票サイト】
 http://bit.ly/VyP2MI ← 釧路の「トゥールー」に投票してね。
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今日の阿寒湖、波高し

2012-10-28 23:32:28 | Weblog

 阿寒湖畔での二日目。

 昨夜は湖畔のT旅館に宿泊したが、当日の宿泊者が奇しくも晩御飯で一緒になり、釣談義に花が咲いた。

 魚の生態の話、道具の話、フライの作り方、

 宿泊者の内訳は、札幌方面から3人、埼玉県から1人、横浜方面から1人、それに私の計6人。

 誰もが阿寒湖でのニジマス、アメマスの釣りが楽しみで仕方がないのだが、全員なかなか釣れないと苦笑い。

 今年は例年と様子が違うという点では意見が一致した。

 館主で師匠のMさんも、「さっき見た通り、撒き餌をすればやってくるのはアメマスの群れ。例年はこんなに遅い時期にアメマスがいるわけがないんだけど、まだ産卵のために川に上がりきっていないんだなあ。ニジ(マス)とアメ(マス)の関係って不思議なんだけど、アメの群れがいる限りはニジが出てこないんだよ。何を遠慮しているのかと思うんだけどね(笑)」と首をひねる。

 明日こそ頑張りましょう


    ※     ※     ※     ※     ※


 
 朝は5時半に宿を出発。昨日と違って雄阿寒岳の頂上付近は雲がかかっている。


 昨日と同じく阿寒湖の大島へ渡船で渡してもらってニジマスを狙ったのだが、今日は昨日よりも風が出て魚たちは全く反応がない。




 仕方なく10時ころに船を呼び寄せて宿へ退散。やっぱりまだ季節が悪いのかなあ、と皆すっかりあきらめ顔だ。

 札幌組はもう帰り支度を初めてここでお別れ。遠くからくる人たちがこちらで使える時間には限りがある。

「釧路にいるっていいですねえ、本当にうらやましいです」

 夫婦連れはまた来月来る予約を入れて帰っていった。来月こそ本当にニジマスの季節が来ることを祈りたい。


   ◆   ◆   ◆


 残った私は師匠に連れられて、午後の時間を使って最後のあがきでひょうたん沼へ向かった。

 もう暗くなろうかというころにやっと25センチのアメマス二匹が釣れた。

 それが今回の釣果の全てだったが、全くのボウズよりはマシだろう。

 それに釣果を求めるのも良いが、それよりも師匠と時間を過ごす中で目の前で起こっていることを説明してくれる言葉の全てや、釣りの合間の様々な会話にこそ何よりの価値があると思える。

 ニジマスの大群にはまだ会えないが、きっと機が熟していないだけだ。

 風景、釣り人とのつながり、阿寒湖の見方、故郷の全て…

 きっと知らないことを一つずつなくしてゆくのが人生で、それでいて実は、新しいことを一つ知れば知らないことが二つ増えるのも人生なのに違いない。

 そしてわが故郷の話題とネタをひとつずつ増やしながら生きるのが良いと思うよ。    

  ◆   ◆   ◆


 ちなみに、東京出張で風邪を拾ったらしく、阿寒湖畔へ来てからも背筋に悪寒が走っていた。

 それが二日間の釣りで風邪が一気に吹っ飛んでしまった。

 釣りをしている最中はずっと闘争本能が全開で、体中にアドレナリンが出まくっているのが良く分かる。

 なにしろ、釣りをしていると空腹を忘れ、寒いのも忘れ、尿意も吹き飛んでいるなど、およそ体に不都合なことを感じなくなるのだ。

 風邪が吹っ飛んだのもアドレナリンのおかげだと勝手に信じているが、誰か医学的な根拠を知っている方がいたら教えて頂きたい。

 「風邪を引いたら釣りへ行こう」って、いいキャッチコピーだ思いませんか?
 

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阿寒湖で本格的な釣りをする

2012-10-27 23:19:41 | Weblog
 この週末、道東の天気予報は概ね良好。

 普段はなかなか会えない湖畔の釣りの師匠もこの週末は湖畔にいるとのことで、気持ちは完全に紅葉と釣りモードに移行。

 慌てて連絡したレンタカー屋には最後の一台が残っていて助かった。

 午前中に一つあった挨拶の仕事を終えてから、ワゴンRは軽快に北上する。


  ◆   ◆   ◆


 あまりに天気がよいので、まずは阿寒湖畔を越えて少し足を伸ばし、雌阿寒岳をぐるりと回りオンネトーの紅葉の様子を見てきた。

 さすがに紅葉の時期はもう終わりかけに近く、山には赤よりも黄色が目立っている。


 【緑色の湖が印象的だ】


 ドライブをしていると夏の盛りはどこを見ても緑の森が続くが、秋になると赤くなったり黄色くなったり、それでも緑のまま頑張っていたり、木々の個性が際だってくる。

 俳句の季語には「山」に関するものがあって、春は「山笑う」というのだが、秋は「山粧う」と書いて「やまよそおう」と読む。

 何とも私的な表現ではないか。日本人の自然を見る目の細やかさを誇らしく思うのである。


    ※    ※    ※    ※


 ようやく昼過ぎに阿寒湖畔に到着して、そこからはすぐに着替えて一気に釣りモードに頭を切り換える。

 湖畔のM師匠の手引きで、阿寒湖の右下にある大島まで渡船で渡りそこで釣りをしようと言うのだ。


 【船で湖を移動する】


 狙いはアメマスまたはニジマス。

 世界の湖で、これくらい小さな湖なのに魚の生息密度が高い上に一匹が80センチクラスにまで成長する湖というのは極めて稀なのだそうだ。

 それだけ餌の環境が良いとも言えるのだが、とにかく心底大物釣りが楽しめるというのが阿寒湖の釣りの最大の魅力なのだ。


  ◆   ◆   ◆


 今回は特性のワカサギフライを使って挑戦する。


 【小魚を釣ったわけではない。これがニセの小魚フライ】



 冷凍ワカサギを撒き餌すると、立っている回りがにわかに慌ただしくなって、そこかしこで魚のライズが始まる。

 中には竿の届くような範囲で捲かれたワカサギを食う物まで出てくるほどだ。

 さて、爆釣!…といいたいところだが、そこからがどうにも調子が悪い。

 どうやら群れで近づいているのはアメマスのようだが、彼らは実にシビアで、捲かれた本物のワカサギとニセのワカサギフライをしっかりと見極めているようで、こちらのどのフライにもかからない。

 回りでこれだけ魚のライジングショーを見せてもらいながらかからないというのは、師匠も「やっぱりアメマスは見極めるなあ…」と言葉少な。


 【魚が来ない…】


「ニジマスだったら一発でかかるんだけどな。彼らは何も考えないからね(笑)」なんだそうだが、とにかく難しい釣りになった。

「取れるのは写真だけだね(笑)」
「写真が多い時は釣れていないって事ですね(笑)」


 【取れるのは夕焼けの阿寒湖の良い写真だけだった】


 風向きの関係でニジマスのベストポイントへ行けなかったのが残念だが、師匠ともじっくりと釣りの話ができたり、同内外から来ている同宿の皆さんとも友達になることができた。

 地域の人材の話をじっくり聞くことだって地域の宝の再認識だ。

 もっと隣の人と話そうよ。自分の知らないことを知っている人は皆自分にとってはありがたい存在なのだ。

 よし、釣りの理論は頭に入った!明日こそは捲土重来を図って、魚たちの顔を見てやりたいものだ。 
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石炭が結ぶ日中交流

2012-10-26 23:45:19 | Weblog
石炭 釧路日中友好協会主催による講演会が開かれた。

 日中国交正常化40周年記念事業として行われたもので、東京の一般財団法人石炭エネルギーセンター(Jコール)から常静(ジャン・チン)部長が来てくれて、「世界は再び石炭の時代へ」というタイトルで1時間半にわたり、石炭を巡る話題を聞かせてくれた。

 日本は国を挙げて脱原発と原発存続で意見が分かれているが、石炭は安価で安定供給が期待できる有望なエネルギー源としていまだに不動の地位を占めている。

 日本は一年に約1億8千万トンの石炭を消費するが、国内で生産される石炭は、釧路コールマインでの約60万トンと空知地域で産出される60万トンの併せて120万トンに過ぎない。

 そういう意味では微々たる量に過ぎないが、坑内掘りで石炭を掘るという明治以来の炭鉱の技術は、長年積み重ねてきた保安のためのシステムや保安思想として蓄積されており、これがこれから坑内掘りを始めなくてはならないような炭鉱後進国への格好の教師役になりうるのだ。

 KCMが平成14年から始めた産炭国での採炭技術高度化事業では、中国からこの十年間で約900人の炭鉱技術者に研修を行い、その多くが中国国内で炭鉱エリートとして活躍している。

 研修の最中には、KCMのある地域で研修生を交えた交流事業なども盛んに行われており、港まつりではチームを作って船漕ぎ大会に参加するなど、民間交流としても一定の役割を果たしてきた。

 国家レベルでの緊張は、中国国内の事情によってこうした民間交流にも影を落としていて、今年も行われる研修事業には予定されていた中国研修生が急きょ派遣延期となっている。

 どちらが先に音を上げるかの我慢比べの様相を呈しているが、どちらにとってもあまりメリットのある話ではない。

 民間交流、自治体交流というチャンネルはしっかりと継続しておきたいものである。


   ◆   ◆   ◆


 さて、北海道には23の日中友好協会があるが、釧路日中友好協会は昨年6月に道内22番目に設立された若い協会だ。

 若いということはエネルギーがあるということでもある。

 大いに活動の輪を広めて日中双方の交流が深まることを期待したい。
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港湾は四方を海に囲まれた日本の生命線だ

2012-10-25 23:45:47 | Weblog



 東京出張のいくつかの用務のひとつは『港湾を考える全国集会』への出席だ。

 来年度の概算要求が出されていますが、北海道の港湾整備関係の予算は十年前の4割以下の167億円というもの。

 現政権が公共事業、とりわけ港湾整備に対して厳しい姿勢であったことの一端が伺えるが、予算はただ減らせばよいと言うものではない。

 四方を海に囲まれた我が国にとって、港湾は原材料やエネルギーを海外から調達し、かつ手に入れた原材料に付加価値をつけた製品を世界中に送り出す窓口である。しかも、地域の経済はそれらの移出入に大きく支えられている。


 また東日本大震災の教訓は、陸地が大規模に被災した時に真っ先に救援と復旧に向かい、緊急物資や生活用品を搬出するなど、物資輸送支援拠点としても港湾は重要なインフラだということだった。

 しかし、港が地震や津波でやられていては接岸することができないのであって、一見見えないところで耐震岸壁や防波堤などの港湾インフラの強靭化は、災害時における地域の安全性と被災地復旧のための備えである。

 
   ◆   ◆   ◆


 港湾を取り巻く世界の潮流はますます深度のある大きな港を整備して国際間の資源調達合戦に勝ち抜くという戦略だ。

 中国や韓国などではそうした港湾の重要性に気が付いたところで戦略的な港湾整備を一気に進めたことで、日本の港湾はハブ港湾としての機能を奪われてしまった。

 こうしたことの反省に立って、港湾整備の選択と集中を図ろうと計画されたのが国際バルク戦略港湾の指定であり、釧路がそこで選ばれたということは、飼料穀物の国家的拠点港としてのポテンシャルがあると思われたからだ。

 釧路市長が港湾管理者となっている釧路港は、国の将来を担っているのだ。


   ◆   ◆   ◆


 また、平時におけるクルーズ観光も年々歳々規模が拡大している観光分野である。

 規模が拡大しているために船はどんどん大型化しており、先日入港したレジェンド・オブ・ザ・シーズは過去の釧路港で最大の船だったが、これで約7万トンの船である。

 ところが世界的にはこの倍の14万トン級のクルーズ船があり、最大級では20万トンを超える船も運行を開始している。

 もうこうなるととても現状の釧路港では水深が足りず、寄港先として選んではもらえない。

 日本は海外からのお客さんを呼ぶ、という観光の方針を立ててはいるものの、宣伝が主で、受け皿となる部分のインフラ整備が格段に遅れてしまっているのだ。

 実はこの14万トン級のクルーズ船だと、東京湾のレインボーブリッジも、横浜のベイブリッジもくぐれない。高さが60mを超える船は想定していないのだ。

 そのため横浜港に寄港するときは、ベイブリッジをくぐる前の本牧ふ頭などに接岸するしかなく、工場地帯に観光客が下りるという、なんとも格好のつかない状態になっている。

 インフラが全てというわけではないが、インフラがなくては受けられない部分も多い。

 こうした課題ごとの解決方策をきっちり議論して、明日の日本をよくしたいものだ。

 港湾を取り巻く環境は厳しいが、港湾の堅実な整備と維持管理は日本中の港を持つ自治体の切なる願いであり、質の高い国民生活への貢献だ。
 
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文京区での人口増減

2012-10-24 22:51:35 | Weblog
 港湾事業の要望で上京中。

 行き交う人たちは寒そうだけれど、北海道から行った組はこの程度の寒さはどこ吹く風。暑いくらいです。

 釧路では今週の日曜日に文京区の本郷商店街で開催されるいちょう祭に、地元の物産を展示即売する準備を進めているところ。

 文京区長さんとは今年6月に盛岡市で開催された、「石川啄木没後百年記念事業」でのゆかりの地サミットでご一緒させて頂き、知己を得ていることから、ご挨拶に行ってきました。

 成澤区長さんは、「いやあお久しぶり、その節はご苦労様でした」と快く迎えてくださいました。

 啄木の話から様々な文学者の話になったところで、「実はもううちは啄木じゃなくて、今は森鴎外の話題で大変なんです」とのこと。

「森鴎外といいますと…?」
「実は今年が森鴎外の生誕百年なんですよ」

「ははあ、そんなことを言い出したら実に多くの偉人達が文京区では生まれたり死んだりしているのではありませんか?」

「実におっしゃるとおりです。実は啄木の関係で先日も盛岡市議会議員の皆さんが視察に来られたのですが、そのときに森鴎外の話をしたところ、『それだったら今年は新渡戸稲造先生の』生誕百五十年の年ですよ」と言われてしまいました。
「はあ、言われてみないと分からないものですね」

「そうですねえ、でも次々に言われても対応しきれるかどうかは自信がありません(笑)」


 先人の生き死にを話題にし始めると、どこかで線を引いておかないと大変なことになりそうです。

 ちなみに文京区は面積が11平方キロメートルで住んでいる夜間人口は20万人だそう。

 人口だけで言うと釧路とそんなに変わらないとは意外です。

「これでも増えたんですよ。ちょっと前には16万人にまで落ちましたからね。都心回帰でマンションが建ち、人口が20万人に増えたのは良いのですが、保育所が足りなくなったりして不満の声が聞かれます」


 面積が1360平方キロメートルで人口が18万人の釧路市と比べると、随分違っているのが分かります。

 自治体って一つひとつに特徴があって本当に面白いですね。
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幸せの公式~木鶏会十月例会

2012-10-23 23:45:45 | Weblog
 月刊誌「致知」の読者による木鶏会の十月月例会が開かれた。

 今日は市内で学校の先生をしているAさんがリーダーとなって、致知十月号の記事を読んだ感想で意見交換を行った。

 教育の世界の大家である森信三さんの文章があったが、森先生が唱えた『しつけの三原則』というのがある。

 三原則とは、①挨拶、②返事、③後始末、の三つのこと。 

 自ら、あるいは声をかけられた時にしっかりした声で挨拶と返事ができているか。

 靴を脱いだ時には揃え直しているか、また席を立つときは椅子を机に入れているか。そんな小さなことだが、それがしっかりとできていれば大きな間違いはあるまい。

 
   ◆   ◆   ◆
 

 おなじく森先生は、「立腰」ということをよく述べた。

 椅子に座るときには猫背になったりだらしない恰好をせずに、背筋を伸ばして胸を張る。手は太ももか机の上に重ねて置くと良く、これだけで精神まで一本筋が通る。

 A先生は参観日の保護者との懇談の時に、「黒板に『姿勢』と書いたとたんに保護者の背筋がぴっと伸びましたよ」と笑ったが、少しでも意識をすればそうした姿勢を取ることなど簡単だ。

 問題は普段から意識しているかなのだ。



   ◆   ◆   ◆
 


 さて次の( )にどんな言葉が入るだろう?

①髪型は( )れる
②服装は( )れる
③姿勢は( )れる 

 答えは、①と②は(乱)れるで、③は(崩)れるだ。

 乱れているくらいなら比較的簡単に治せそうだが、崩れたものが簡単に元に戻るだろうか。

 よく生徒手帳には身だしなみとして髪型や服装についての注意が書かれているが、姿勢については記述はどうだろう。

 
 A先生はクラスで姿勢が悪いやんちゃ坊主を前に呼んで、わざと悪い姿勢と良い姿勢を取らせてみた。

 悪い姿勢だとクラス中から笑いが起こるが、良い姿勢をするとクラス中から称賛の声が上がる。

 悪い行為と悪い考えは悪い姿勢から生まれるもので、良い姿勢を保っている限り悪い行為はしにくいのだ。

 姿勢にはそういう力がある。


   ◆   ◆   ◆


 幸福に生きるためには三つの条件があるという。

 それは、
①分を知る
②比べない
③自分の現在与えられた境遇を感謝する、という三つだそうだが、これらは主に一人ひとりの考え方によるという主張に思える。



 【幸せには公式があるらしいよ】


 A先生が師事したN先生は、授業で幸せの公式について述べてくれたそうだ。

 幸せにはやはりある程度のモノが手に入っていなくてはならず、ひとそれぞれだろうが、その授業では『健康、金、人、平和、観(=考え方)』ではないか、ということになった。

 ではこれらのすべてを足し算した、「健康+金+人+平和+観=幸福」と言えるだろうか。

 実はこの公式には不備がある。

 正しく修正すると、幸福=「健康+金+人+平和」×「観」なのだと。

 幸せの要素がいくら手に入っていても、「観」の大きさが変われば、ゼロにもなれば持てるモノが無限の幸福をもたらすことだってあるのだ。

 では「観」を磨くのにはどうすればよいか。

 それは人生の宿題だ。

 答えを見つけられた人は幸せになり、まだ見つけられない人には放浪の旅が続くだろう。

 あなたはもう見つけられましたか?
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仕組みを作ろう~蝦名釧路市長再選

2012-10-22 21:00:04 | Weblog
 昨夜の夜9時過ぎ、集まった人たちの目は前に置かれたテレビに映ったNHKのドラマに釘付けになっていた。

 別にドラマに興味があったわけではない。問題はドラマの画面に出るであろうテロップだ。

 午後9時20分過ぎに、「釧路市長選、現職の蝦名氏が当確」というテロップが出されて会場は拍手に包まれた。

 事前の下馬評では「問題は勝ち負けではなく勝ち方だ」とまで言われていたのであり、開票時間が9時20分だったのだ。

 最終的な結果としては、現職の蝦名市長が40,977票で当選、中家候補が8,408票、八村候補が1,393票という結果だったが、投票率が34.45%と釧路の選挙史上最も低い数字である。

 当確の報が出てから数分後に蝦名市長が登場すると会場には大きな拍手が沸き起こり、待ち構えていたマスコミの記者たちからカメラのフラッシュが焚かれた。

 女性スタッフからはお祝いの花束が贈られて市長夫妻は満面の笑みだ。





 型通りの挨拶がひと通り終わったところで、NHKの記者による共同インタビューが始まった。

「この低投票率をどう思いますか?」という質問に市長は、「まあ優良可・不可があるとしたら、優をくれるという方が私に投票をしてくださり、『不可だ』という方が私以外の候補に投票をされたのかな、と思います」という面白いたとえで返す。

 大きな争点がない選挙戦だったように思うが、まずは市民の意思が示された形となった。

 さらに続くインタビューでは、二期目への抱負を問われて、「経済が回るような仕組みを作りたい」と述べた。

 そう、『仕組みを作る』ということが必要だ。

 結果としての成果を約束するのは言葉では簡単だが、約束という山の頂上に達するには、ルートを定めて最初に一歩を踏み出し、その歩みを止めないことだ。

 心機一転して新しい一歩を踏み出そうではないか。


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 かねてよりやりたかったのだが、市役所の職員とともに市内の有識者たちの話を聞くような勉強会をしたいと思っている。

「一人ひとりの勉強が足りない」と上から目線で嘆くのは簡単だが、それで職場のパフォーマンスが上がるわけではない。

 チームの力は、一人ひとりの力を伸ばしつつ、互いの関係性をより強くすることで上がってゆく。

 一人ひとりの力とは「意思」と「能力」であり、互いの関係性は知り合って共感することで育まれる。

 それを実現するには何らかの「場」が必要になのだが、場を用意するのは年上になった者の責任なのだと思う。

 さて、声をかけたら一体何人が参加してくれるだろう。若手が出てくれるようだと嬉しいのだが。 
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