北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

当別町で二宮金次郎のDVD映画鑑賞会が開かれます ~ 私も少しお話します

2024-07-02 22:49:03 | 報徳

 二か月ほど前に、知人から「当別にある有限会社亜麻公社会長の橋本さんをご紹介したい」という連絡がありました。

 その後橋本さんから連絡があり、「実は小松さんにお願いしたいことがありまして…」とのこと。

 そのお願いというのが「今度当別町で二宮金次郎のビデオ映画鑑賞会を開催することになっているのですが、鑑賞会の冒頭で二宮金次郎とはどういう人なのか、ということを紹介する講話をしていただきたい」ということでした。

 まずは一度お会いしましょう、ということで数日後に橋本さんがわが社を訪れてくれてお話をすることができました。

 橋本さんは、あるときに二宮金次郎に触れて上映権付きのビデオ映画があることも知りました。

 そしてそれを買い求めたうえで、このビデオを当別町民に見せたいと考えたのですが、やはり最近は二宮金次郎とか尊徳とかいってもあまり一般的ではありません。

 そこで少しでもこの映画に入りやすくするために、映画上映に先立って二宮金次郎について話題提供をするのがよかろう、と思い立ち、ネットなどを調べているうちに、ときどき報徳についての話をしている私が引っかかったというのです。

 ただ直接の知り合いではないので、知人を介しての紹介という形で繋がろうとしたのだそう。


 今日、二宮尊徳についてこのような形で広めようとしてくださっている方のお話を聞いて、もちろんお引き受けをした次第ですが、その上映会が今週土曜日の7月6日に開催されることになっています。


     ◆


 橋本さんが携わっている有限会社亜麻公社は、現在当別町で植物の亜麻を栽培してこの付加価値化を目指している企業です。

 亜麻は北海道開拓使の榎本武揚が栽培を導入したのが北海道での亜麻の始まりです。

 札幌では北区に亜麻の工場が作られそれが現在の麻生(あさぶ)っという地名の由来になっています。

 また札幌駅北口にはかつて帝国製麻の本社・工場がありましたが、帝国製麻はその後"帝国繊維"と名前を変えました。

 亜麻はその後化学繊維が台頭したことでビジネスが難しくなり、帝国繊維工場の跡地にテイセンと言う名のボウリング場が建設され、イベント会場にもなるテイセンホールも作られました。

 テイセンボールはその後その役割を終えて、跡地は今では高層のマンションになっています。

 1960年代に一度廃れた亜麻ですが、21世紀になってから、改めて復活しようと某コンサルタント会社が調査を開始し、栽培技術を復活させ、栽培に協力してくれる農家さんを探すなどの努力を続けたとのこと。

 その努力が実って栽培に協力してくれる農家さんが見つかり、なんとか無農薬での栽培方法を確立できたのだそう。

 現在亜麻は、そこから取れる亜麻仁油やそれを使ったサプリやドレッシング、石鹸などの商品ラインナップを揃えて、ビジネスに挑んでいるところです。

 
 農業で地域を興すということで思い出されるのはやはり報徳の仕法で飢饉に苦しむ村々を救った二宮尊徳です。

 橋本会長は、町民自主企画としてこの上映会を企画し、少しでも多くの町民にこの映画を見てもらい、町に元気を与えたいと考えています。

 私も上映会の冒頭で、わかりやすく二宮尊徳の人となりやその今日的意義についてお話をしようと思います。


     ◆


 ときまさに、新紙幣が発行されて1万円札に渋沢栄一の肖像が使われるとのことで、ちょっとした渋沢栄一ブームや彼の著した「論語と算盤」ブームが来ています。

 日経新聞が「超渋沢論~私はこう生かす」という徳州をはじめ、第一回は野球監督の栗山英樹氏を迎えて、選手たちに「論語と算盤」を読むように勧めた、と言う話題が取り上げられていました。

 しかし彼の思想をたどると、渋沢栄一は大蔵省在籍時に西郷隆盛に対して「二宮尊徳のやり方による相馬藩財政改革の四か条である《至誠・勤労・分度・推譲》にならい、国家の財政も尊徳の四か条を遵守すべき」と提案したといわれるように、二宮尊徳の「経済・道徳の一円融合」を支持していたことがわかります。

 二宮尊徳は農業の人でしたが、その思想を受け継いで実業の世界で花を咲かせたのが渋沢栄一であると。

 渋沢栄一ブームから本質的な二宮尊徳の報徳思想への理解が進み、分度・推譲が実践される社会になれば良いのですが。

 小さな一歩でも歩みを止めずに実践を続けていきましょう。 

【亜麻公社】  https://amakousya.co.jp/

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

弟子屈町の廃ホテル除却事業 ~ 次世代に負債を残すまい

2024-06-30 23:11:59 | Weblog

 今回の道東旅で感銘を受けたことの一つが弟子屈町での廃ホテルの除去事業でした。

 これは弟子屈町の徳永町長に挨拶をする機会があって、そのときに「おう、久しぶりだね」ということから会話が進み、最近の弟子屈町での話題を伺った時に町長から聞かされた話です。

 今弟子屈町ではおよそ70億円のふるさと納税が集まっているそうです。

 返礼品としての水産加工品に人気が出ているそうなのですが、弟子屈町って内陸で海がないのに水産加工品とはちょっと不思議です。

「なぜ弟子屈で水産加工品なんでしょうか?」と訊くと町長は、「川湯温泉には年間100万人が泊まった時代があって、そのときに一日3千人のお客に料理をださなくちゃならない。そこで川湯温泉にオホーツクからも太平洋からも魚を調達できるという加藤水産が会社を立ち上げ、こちらの質の高い商品が今大人気になったというわけですよ」とのこと。

 地元に品質の高い品物を出せる企業がある、というのはふるさと納税の世界では大変な財産ですね。

 そしてこのことにより集まったふるさと納税ですが、これが地元の古いホテルを解体して撤去する事業に使われているのだと。

「何かを始めるのじゃなくて、今あるものを壊すんですか?」
「川湯温泉はホテルの老朽化と時代の流れの中で来客数が減少して、ホテルや民宿ががどんどん廃業に追い込まれた。しかしそれをそのまま放っておいたのでは、これからの世代にとっての負債になるだろう。誰かがいつかやらなくちゃいけないと分かっているんだから、ふるさと納税みたいなあぶく銭があるうちにやってしまうべきでしょう」

 ホテルは既に4棟の所有権を取得して解体して更地にしています。

 今年もこれから3棟を解体する予定にしていてさらに来年以降も続けるとのこと。

 そしてそうして更地にしたところに進出を計画してくれたのが星野リゾートです。

 これから川湯温泉には新しい現代的なホテルが建ち面目も一新されることが期待されますが、そのための露払いとして古い時代の建物を除却して一度リセットするという一大事業が静かに先行しています。

 ふるさと納税の使い道って、案外自治体が何をしているのか見えないところがありますが、このような素晴らしい事業が行われていると分かれば、ふるさと納税寄付の一つもしたくなるというものです。

 次世代のために今我々がやるべきことはなにか、今の負債のリセットなのではないか。

 それも理想を唱えるだけではなく、予算を使って実践する。

 道東の小さな町の、次世代のための大きな挑戦です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

北前船寄港地フォーラムの本番です

2024-06-29 23:40:01 | Weblog

 いよいよ今日が今回の北前船寄港地フォーラムの本番です。

 午前中はともに開催されている「地域連携研究所大会」で、午後が「北前船寄港地フォーラム」という構成。

 まあまあ挨拶も来賓の挨拶も人数が多くて大変になりそう、と思ったのですが、短い発言の中にも凝縮された思いが詰まっていて、予想に反して勉強になりました。

 午前の部では地域連携の一つの形として、備前焼の備前市とまげわっぱと秋田犬の秋田県大館市の市長が登壇し、両市が連携して備前焼とまげわっぱ、秋田犬を出展した、イタリアはミラノのミラノフォーリサローネという世界から集まる展示会での成果が報告されました。

 なかでも大館市の福原市長さんはまだ若いながら、秋田犬の帽子をかぶって登場し、良い意味で目立つことで市の自慢を売り込むという姿勢がはっきりしていました。

 ミラノでも、来場者の注目を浴びて大いに地元を売り込むことができたと満足気で、首長のリーダーシップと行動力ひとつで地元の産品の売込みって変わるんだな、と痛感しました。


 また、今やふるさと納税で150億円以上を集めている白糠町の棚野町長からは、そのふるさと納税に関連して、「ふるさと納税が始まる前から、地元の産品を自ら売り込まないとわが町は潰れるという強い危機感が役場の中にも共有できていた」と語り、「楽天というネットサービスが始まった時から、自治体として店を開きたいと交渉して特例として認めてもらったという実績があった。その後にふるさと納税制度ができたので、それまでの知識や実績が大いにこの制度にマッチして人気が出たのがありがたかった」と、ふるさと納税に至る経緯を説明してくれました。

 ここでも危機感の共有やリーダーシップの妙が語られ、考えさせられることが多くありました。

 
     ◆


 釧路町の小松町長が参加した鼎談では、釧路町の昆布にまつわる話を面白く聞かせてくれて、「普通は食べる用の棹前昆布を2年寝かせてだしを取ったらこれがかなり行ける」と、同じく鼎談に参加していた昆布商(株)奥井海生堂の奥井隆さんに味わってもらって、「こりゃいけますね」とお墨付きをもらっていました。

 ただ最近は気候変動で棹前昆布の獲れ高が激減しているそうで、行く末が心配されるとのこと。

 北前船で栄えた資源や文化も気候変動の前に危うくなりかけているというのは問題意識を掻き立てられます。
 
 総じて面白い話が多く、会場も大いに盛り上がりました。

 フォーラム後は約300人ほどによるレセプションが開催され、ここでも大いに盛り上がりました。

 フォーラムは無事終了。

 次回はこの秋に石川県加賀市で開催されるそうです。

 熱い会合でした。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

北前船寄港地フォーラムのエクスカーション、二日目~ノロッコ号に乗りました

2024-06-28 22:01:05 | Weblog

 今日も「北前船寄港地フォーラム」のエクスカーションの二日目です。

 朝は川湯温泉を出発して硫黄山(アトサヌプリ)に立ち寄り。

 こちらの拠点施設はリニューアルされてセンスの良い建物になっていました。

 建物の中のお休み処からは大きなガラス越しに硫黄山がくっきり見えて素晴らしい景色が見られます。


 インフラは常にリニューアルを繰り返さないといけませんね。


     ◆


 続いては屈斜路湖畔のコタンアイヌ民族資料館を訪問。

 クマに感謝して神の国へと送り返すイヨマンテ(熊祭り)とはなにかについてとても分かりやすいビデオが上映されました。

 本州から来られたゲストの皆さんにも理解が深まったのではないかと思います。



     ◆

 次にバスはJR塘路駅へと向かい、そこからノロッコ号に乗車して釧路湿原の景観を楽しみました。



 ノロッコ号に乗るのは10年ぶりくらいでしょうか。

 釧路川が線路に近づいて川面が見えるようになったところに3人が乗ったカヌーが一艇あって、お互いに手を振り合いました。

 本州から来た一人の方が「えー? まさか仕込みじゃないですよね」というので、周り「そんなことはありませんよ(笑)」と爆笑。

 カヌー/カヤックも身近なアクティビティになってきました。


     ◆


 釧路市内に到着して夕刻からは、明日のフォーラムに向けた前夜祭が開催されました。

 開会式ではテープカットならぬ、12メートルの竿前昆布カットの記念行事。


 北前船が好んで運んだ北海道の産物である昆布にちなんだシャレでした。

 挨拶などでは有名人もなんだかんだで登場して、元大関琴欧州の鳴門親方、卓球の水谷準選手そして歌手の堀内孝雄さんが挨拶などで登場。

 堀内孝雄さんはギターを抱えてカラオケをバックに2曲を披露してくれましたが特に2曲目は「遠くで汽笛を聞きながら」を熱唱、同世代の人たちはステージに群がって大いに盛り上がっていました。


 挨拶やら鏡開きやらで壇上に上がる人の人数がやたらと多いのには苦笑いですが、実に多様でたくさんの方が関わっていることが改めて分かりました。


 さて、会合の後に繁華街に繰り出してくれた人はどれくらいいたかな?

 おもてなしも良いけれど、ほどほどにして開放したほうが地元経済には貢献しそうですがね。

 北前船寄港地フォーラムの本番は明日です。 
 


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

北前船寄港地フォーラムのエクスカーションは網走から始まる

2024-06-27 23:16:53 | Weblog

 昨日から道東方面に来ています。

 出張ですが、「北前船寄港地フォーラム」というイベントが土曜日に釧路で開催されることになっているのですが、木曜日から金曜日にかけてエクスカーションという形で網走~弟子屈・川湯温泉~釧路というルートで道東バス旅に参加しているのです。

 全国の北前船で栄えた自治体の関係者や観光関係者が集うて、新しい観光連携を探るという取り組みです。

 昨日は女満別空港に降り立って、そこから網走周辺観光で、まずはワサビで有名な金印さんが育成している青いバラの圃場を見学。

 青いバラはまだ咲いていなくて苗を育成中とのことですが、将来も苗として販売するのではなく、青い色素や香りを抽出して販売する予定だとのこと。

 ロザシアニンという青い色素があるのだそうで、今後が楽しみです。


      ◆


 続いては網走市内のモヨロ貝塚。

 網走には何度も来ていますが、モヨロ貝塚には初めてきました。

 このあたりには、北海道の歴史で縄文から続縄文という時代にさらに8世紀から13世紀にかけて独自の文化が息づいていたのだそう。

 サハリンから北海道のオホーツク海に面した海岸沿い、そして千島列島を股にかけて共通の土器や文化的な遺物が出ていて、アシカやトド、アザラシ、クジラなどを獲って暮らしていた人たちの文化があって、その中でも最も豊かな様子が分かるのがここモヨロ貝塚とのこと。

 北海道の歴史ももっと学ばないといけませんね。


      ◆


 夜は弟子屈の川湯温泉で地元の皆さんも参加してのウェルカムパーティが開かれました。

 地元弟子屈町の徳永町長も挨拶に立って、「ふるさと納税を活用して、古い廃ホテルを少しずつ解体してきれいになってきている。今後は星野リゾートの進出に希望をもっている」とのことでした。

 会場では昔懐かしい方にもお会いできたりして楽しいひと時でした。

 またお料理には、網走刑務所で技術を継承している木樽づくりを利用して始めたお酒も出されたり、また弟子屈町にもワイナリーができるとのことで、地元のお酒もいよいよ多種多様になってきますね。

 旅は新しい発見がありますね。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

公的介護保険の納付は全額所得税控除の対象です ~ 確定申告か年末調整をしましょう

2024-06-26 23:07:36 | Weblog

 先日の、公的介護保険料納付確認のお話の続きです。

 (※紛らわしいのは、生命保険と同じような民間の介護保険もあって、それもまた生命保険と同様の控除が受けられるのですが、今回話題にするのは、あくまでも「公的介護保険料」のお話です)


 65歳になってなお企業団体に勤める人の場合、公的介護保険料は天引きではなく自分で支払う形になります。

 公的介護保険料の納付方法は、年金をもらっているのであれば年金からの天引きになり、それはそれで完結。

 一方年金を受給していない場合は、もう6月のこの時期には役所から支払い通知と納付書が届いているので、納付書で6月から来年の3月分までを支払う方法と、口座から引き落としで支払うという方法があります。

 いずれにせよ、これによって支払った公的介護保険料は全額が社会保険料控除の対象です。

 なので、一つには年明け1月頃に役場から送られてくる前年の支払い額証明書を使って確定申告をするという方法があります。

 一方、企業・団体に勤めているのであれば、経理担当から書類作成を依頼される年末調整で処理してしまうのが簡単です。

 ただその際には、公的介護保険料をいくら納めたかを証明する書類が必要になります。

 もちろん、納付の際にその書類を取っておくことが一番ですが、公的介護保険料を一括で支払うと、前年に納めた6月から今年3月までの支払いと、今年の6月から来年の3月までの分という二種類の納付書類が必要になります。

 それらは1月から12月までの暦年での支払額ではないので面倒くさく感じます。

 そこで札幌市役所に問い合わせてみました。

 問いの内容は、「公的介護保険料を夫婦の分を納めた場合、区役所から納付額を確認する書類はいただけるのですか?」というもの。

 答えは「おっしゃるように納付済みであれば確認書を出すことは可能です。ご夫婦の分も、電話で問い合わせていただければ、郵送で送ります」とのこと。

 また、「納付確認書と言う形で送りますが、1~3月で1枚、6~12月分で1枚と言う形で2枚の書類でおおくりすることになります」とも。

 11月の年末調整の時期になったら忘れずに市役所に申請をすることにします。

      ◆


 ところで実は、市役所の本庁介護保険課に電話する前に住んでいる区役所にも同じ質問をしたのですが、区役所の職員はどうも要領を得なくて、「わかりません」というおかしな対応でした。

 そういうことを聞いてくる市民があまりいないのかもしれませんが、65歳以上でまだ働いているという人にとっては案外忘れていることなんじゃないかな、と心配になります。

 年金をもらっていなくてまだ働いている65歳以上という方限定ですが、注意しておくと良いと思います。
 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

古い充電池のリフレッシュサービス

2024-06-24 21:59:21 | Weblog

 今回のベランダ修理、基本的にはマキタの電動ドリル一本で施工したのですが、悩ましい問題が一つ生じました。

 作業は、板材に下穴を開けてからビスをねじ込む、という手順なのですが、ドリル一台だと、「下穴開け」→「下穴ドリルをドライバーに交換」→「ビスねじ込む」→「下穴ドリルに交換」→「下穴開け」という作業を繰り返すことになります。

 全部下穴を開けてから打ちこめばよいじゃないか、とも思いますが、ある程度固定しないと下穴の位置がずれてしまうので、慎重を期して一本ずつ施工しました。

 そこで思い出したのが、マキタのドリルを買う前に使っていた充電式のドリルです。

 こちらも充電池を充電してからドリル作業をするので、もしこれが使えれば片方を下穴専用にして、片方をビス打ち込み専用で作業ができます。

 しかし充電池が弱ってしまって、電気が溜められなくなったので使わなくなっていたのです。

 一縷の望みを託して納戸から昔の電動ドリルを出してきましたが、やはりもう充電池が寿命で使えません。

 これもまた性能が良いドリルなので電池が使えないからと捨てるのは惜しいところ。

 そこで(ネットならば交換用の充電池が売っているのではないか?)とネットを探してみました。

 もう15年以上前の古い商品なので半分は諦めていたのですが、なんと同じ充電池を買うのではなく、手元の充電池を一度メーカーに送って、中身をリフレッシュして使えるようにしてまたこちらに返してくれるというサービスがあることがわかりました。

 値段は「数千円プラス送料」とそれなりの額ですが、これで眠っている道具が使えるようになるならその方が良いに違いありません。

 すぐにネットで購入を決めると、「宅配業者が二日後に伺いますので、お手元の商品を簡易梱包して渡してください」とメールが来ました。

 妻に頼んで二日後に来た宅配業者に古い充電池を託しました。

 道具などはちょっとしたパーツが壊れて使えなくなって、その結果道具そのものを捨ててしまうということがありませんか。

 不具合の生じているパーツが手に入ったり、修繕が効くならそれに越したことはありません。

 世の中充電池で動く道具が増えてきましたが、充電池も修理が効く時代なんですね。

 いろいろな修繕サービスもネットだから手に入るのかと思うと、良い時代になったものだと思います。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

久しぶりの、川での実釣

2024-06-23 23:02:34 | 釣りのはなし


 南富良野方面へ車を走らせて、今年初めての渓流での実釣をしてきました。

 足の怪我で、明後日の火曜日までは「長靴禁止ね」とドクターから言われているのですが、もう痛い感じもないので我慢しきれませんでした。

 ポイントはあらかじめ国土地理院の地図で当たりをつけておいて、後は現地で車を停められる場所を探して川に入れるかどうかを確認します。

 最初に当たりをつけて行ってみた場所は、旧道を入って行けば橋があってそこから川に入れるかと思ったのですが、実際には橋は落とされていて、道が途絶えたところから川までは落差があって入れませんでした。

 まあそういうこともありますね。

 次は小さな川を渡る橋のところに車を停めて、小さな川を下って本流に入るポイントにトライ。

 こちらは良い渓相に恵まれていて、チビヤマベの反応が豊かです。

 いかにもいそうなポイントに、師匠直伝の羽虫のフライを投入すると良型のヤマベが食いついてくれました。

 さらにはニジマスが飛び出して遊んでくれました。

 妻は久しぶりの川でライントラブルに苦しんでいましたが、見事にヤマベを一匹釣り上げて二人してボウズ逃れのラッキーな一日になりました。


 久しぶりの川での実釣でしたがとても楽しめました。

 いよいよフライが足りなくなってきたのでそろそろ巻かなくては!


 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ベランダの補修完了~木材は交換が可能なのだ

2024-06-22 22:05:02 | Weblog

 苦労したベランダの修理がようやく終わりました。

 最初はただ防腐の塗装をするつもりだったのですが、思いのほか部材に腐朽が入っていて上を歩くと折れるかもしれないと心配になるほど。

(こりゃだめだ)ともう補修の効かないような部材は交換することを決めました。

 部材そのものは、2×6(ツーバイシックス)材でホームセンターへ行けば大抵は売っているのですが、作ってもらった時は14フィート(4.3m)で作ってあって、これでは自分の車では到底運べません。

 14フィート材を切りの良いところでカットして、短い二枚にして運び込んで現場合わせでビス止めをすることにしました。

 事前に面取りをしたり塗装をしてそれが渇くのを待つのにも結構時間がかかりました。

 一番大変だったのは屋根の傾斜を平らに調整する部材を切り出すことで、細かいのこぎりの造作が面倒です。

 どこまで補修するかに迷って、次々に補修範囲を広げて手戻りになる、ということもあって要領を固めるまでにずいぶん時間がかかりました。


 まあそれでもこうやって一度やってみると、勘所が掴めたので次からはもっとスムースに進めることができるでしょう。

 木材は腐ったと諦めずに、交換できるのが良いところ。

 元の形は保っていても、木材は修理の度に交換してある程度時間が経つと始めの部材は全く残っていないということもあるのです。

 コンクリートと違って木造のものは永遠に残るのです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

介護保険料は年末調整のときに手続きをするように

2024-06-21 22:35:26 | Weblog

 私が介護保険料の支払いで混乱していた、というブログを読んだ弟から連絡が来ました。

 内容は、「ブログを読んだけど、支払った介護保険料を年末調整したかい?」というもの。

 弟は以前会計事務所で仕事をしていたのでその手の経理に詳しいのです。

「あの調子では『やってない』と思うんだけどね」とも。

 言われて初めて、そのことが全く頭になかったことが分かりました。

 確定申告も、医療費とふるさと納税だけに気を取られていて、介護保険料の事は忘れていました。

「確定申告なら昨年分の修正という手もあるけど、今年は忘れないようにした方がいいよ」と弟。

 しかしそれでは65歳以上で年金をもらっていない人は皆確定申告をしているのかな?

 再び弟に訊いてみると、「会社勤めをしているんだから、年末調整の時に生命保険料なんかと一緒に書類を添えて経理担当に申告すればいいんだよ。もちろん奥さんの分も一緒にね。ただ、奥さんが年金をもらってそこから天引きされていれば、それは旦那さんの負担とはみなされない。支払いの書類もちゃんと取っておいて、年末には手続きを忘れないようにね」とのこと。
 
 なるほどなあ、いろいろなことをちゃんと覚えて変化する社会について行かなくてはなりませんな。

 64歳と65歳は違うのです。

 社会人になるためには、小中高大という勉強を十分にする時期があるのに、高齢者になるための勉強の機会ってありません。

 介護資格って、ある意味高齢者になるための勉強だったように思います。

 何事も予習が大切ですね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする