大手電気通信会社の富士通(株)が主催するエグゼクティブフォーラムを聴いてきました。
講師は二人いたのですが、前半に行われた富士通総研相談役の伊東千秋さんが『日本再生のシナリオ ICTと多様性で価値創造経済へ』と題する講演は聴きごたえがありました。
伊藤さんはここ20年の日本経済について、「我慢の企業経営」→「勤労所得の低下」→「将来不安」→「消費低迷」→「デフレの継続」→「我慢の…(ふりだし)」という負の連鎖に陥っていたと言います。
日本は2000年からの経過を見ても、輸入物価指数はじりじり上がっているのに輸出物価指数はほとんど横ばい。つまり、安くないと売れないコモディティ(日用品)を売ろうとして、後ろから追いかけてくる後発の新興国と不毛な競争を強いられているのです。
その結果、株価は低迷。資本コスト以上の収益が上がらない状態が続いています。
株式にはROEという指標があって、株主資本に対する当期純利益の割合を差しますが、直近の五年平均で言うと企業の65%がこれが0~10%に留まっていて、マイナスという企業も18.5%に上るなど、会社の儲からない時代が続きました。
そんな中、実は日本企業もがんばっていて、労働分配率は先進国中最大という調査結果があるのですが、何しろ率は高くてもそもそも儲けが少ないのだから労働者報酬は低下する一方です。
【日本の産業構造の変化】
さて、経済の発展が進むと労働力は二次産業から三次産業へ、つまり製造業からサービス業へと移って行きます。
日本でも金融や不動産はGDP増大に貢献していますが、そこへ移れる人は限られていて、多くの労働者が移動したのが福祉・介護の世界でした。
しかし福祉・介護分野は低賃金労働が常態化していて、結局労働者の収入は低下。サービス産業が増えたのに経済は沈滞化する一方です。
アメリカでは、オバマ大統領が「製造業への回帰」を言い出しました。アメリカでも高収入のサービス産業に従事できる人はごく一部に限られているからです。
ドイツは同じ製造業で食っている国ですが、早くから製造業のための製品づくりに力を入れていて、これは低価格化を強いられるコモディティ生産とは一線を画した、高付加価値を生み出して他に代替性のない製品づくりということ。
つまり伊東さんは、日本もデジタルの世界の様な、組み立てだけで同じような品質の製品が低価格で提供できるようなリングで戦い続けることをもうやめよう、と言うのです。
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実は日本だって、ビッグネームのブランドにはなっていなくても世界的なチャンピオン企業は枚挙にいとまがありません。
浜松フォトニクス(浜松)、島精機製作所(和歌山)、東洋炭素(大阪)、マキタ(安城)などは、その分野で世界的シェアが60%を超える様な他の追随を許さない企業です。
気が付くのはこれらが東京ではなく地方都市に拠点を置いていること。つまり世界を相手にするような企業は別に東京になどいなくても良い。東京で目に付くのはコモディティばかり。直接世界に目が行くのだから、地方都市にいたって良いのです。
そこまでいかなくたって、東日本大震災で東北地方のサプライチェーンがずたずたになった瞬間、たった一本のネジの供給が止まったことで、世界中の多くの製品づくりが大きな打撃を受けたことはまだ記憶に新しいところ。
しかしそういう企業たちが大手の下請けでいる限りはやはり利益は低い水準にとどまらざるを得ないのです。
伊東さんはこの悪循環を断ち切るにはやはり『イノベーション』という新しい価値創造の新機軸を生み出さないといけないと言いますが、実はみなそのことには気が付いていながらできずにいるのが現実。
そして、イノベーションを起こすためにやるべきだがやっていないこととして、①多様なイノベーションのための経営と、②ICTをもっともっと利用すること、の二つを挙げます。(ほほう、ほらほら、そろそろ富士通の出番のようですぞ)
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①の多様な経営として具体的に挙げるのがイノベーションを起こせる多様な人材の投入で、例えば女性、若者、高齢者、障碍者、外国人などをもっとチームに入れましょう。
日本の経営者層をみるにつけても、そこには、「日本人で男性の生え抜き」ばっかりではありませんか。そんな同質性のぬるま湯につかっていると、「そりゃおかしい!」と言うことのできない雰囲気になりさがっているのです。
世界の優れた企業がCEOに女性を迎える例が増えています。
それは、同じくらいの能力の男性だって数多くいるはずなのに、そこは敢えて女性であることで、これまでの惰性的慣性力を変えてくれることに大きな期待があるのに違いありません。
【もっともっと、もっとICTを使おう】
さて、今時代は「クラウド」の時代と言われています。
日本語では「クラウド」と言いますが、英単語では"cloud(雲=ネット情報)"と、"crowd(群衆)"の二つのクラウドがあります。
ネットのクラウドも大切ですが、実はもう一つの群衆によるクラウドの力も大きなものがあります。その代表はwikipediaのような知識の寄せ集めであったり、twitter、facebookのようなSNSでの人々のつながりです。
つまり「人」こそが知恵、感性、価値観を生み出す源泉であり、これらが関係することの力、そして関係できるようになったことで力が生み出され続けているのです。
一例を上げましょう。
アメリカにEli Lilly(イーライリリー)という売上高世界第九位の製薬会社があります。
ここが薬を作る過程でどうしても解決できないプロセスがあったのを、なんと二億円の顕彰をつけてアイディアを世界に公募するということがありました。
すると二週間で2万件のアイディアの応募があり、その中に問題解決につながるアイディアがありました。
しかもそのアイディアを出したのが、専門分野を突き詰めた多くの博士を向こうに回したただの素人だったというのです。
そこでイーライリリー社は、イノベーションとインセンティブを掛け合わせた造語のイノセンティブ(Innocentive)という会社を作り、各企業の課題をより低廉に解決できる知恵集めの会社を作り、これが成功を収めています。
日本でも石川県と群馬県でバーチャル工業団地が始まり、地域の得意技を公開して組み合わせることで新製品開発に繋げようという機運が出始めています。
【シミュレーションは第三の科学】
科学の世界では、「理論」を第一の科学、「実験」を第二の科学と言いますが、第三の科学それがシミュレーションです。
ノーベル賞を取るためには、長年の地道な研究とある日訪れる幸運の女神の様な偶然、そしてその偶然に気がついて追及する力が必要だ、と言われます。
しかしそれならばある日訪れる女神様を、スパコンを活用したシミュレーションで加速させることができるでしょう。
今注目されているのは「人口光合成」を行う技術開発。これができれば炭素循環はコントロールできるようになり、CO2問題は一気に解決されることでしょう。
また新薬開発の現場では、新しい薬を作るのに約2万種類の化合物を合成しなくてはならないのですが、それを手作業で行うのではなく、スパコンの中でシミュレーションして絞り込みを効果的に行うことができます。
さらに新薬ではその約40%が心臓への副作用(不整脈)のために失敗するのだそうですが、それならば心臓のモデルをつくってみたらどうなるか、というのが心臓シミュレータという発想です。
今や心臓のモデルさえ仮想的に作り出そうという試みがなされていて、このことに巨大製薬会社や世界の大学が参加していると言います。
【ビッグデータに語らせる】
最近は判定プログラムを人間が書くのではなく、膨大なデータの解析から判定式をコンピューターに考えさせるという手法が進歩しています。
富士通では今年の健康データから次年度に糖尿病になるかどうかの、糖尿病予備軍のデータ2万6千人分を解析して、「なる・ならない」を判定させたところ、名医と呼ばれる人でもこの確率は65%程度だと言われる中、正答率が96%に達したのだそう。
このように、膨大なビッグデータを活用することで効率的で効果的な課題解決ができつつあります。
こうした技術をさらに活用して、イノベーティブで活性化した明日の日本を描こうではないか。
医療・福祉・広域行政の世界でも、効率的でかつリスク耐性のある社会を形成しようではないか。
世界に冠たるエネルギー、資源、環境の誇れる国を目指そうではないか。
日本はそんなことの目指せる世界有数の国であるはずです。
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以上が講演の概要ですが、具体的な事例に数多く接している講師の伊東さんの話術に会場は飲みこまれていました。
伊東さんは政府の委員会委員などの経験もあって、やはり現場を経験している人の言葉には力があると思いました。
日本はまだまだ技術でも国民の勤勉性、能力、どれをとっても世界出数少ない先進国の一つです。
これからも自国とその将来のために、そして世界に貢献できるような先進的な活動にまい進してゆきましょう。
なんだか力が湧いてくるような魅力的な講演でした。