北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

財政健全化に取り組む背景~地方都市の財政

2010-08-31 23:53:22 | Weblog
 今日は釧路市と合併した旧音別町の音別地区と、旧阿寒町の阿寒地区で、今市役所が行おうとしている財政健全化の取り組みについての説明会を開催しました。

 地域の住民の皆さんへの市政報告については、市長も出席する市政懇談会というのがあるのですが、今年は上記の二地区については8月の上旬にすでに行ってしまい、そのときには財政健全化への取り組みについての説明ができる状態ではなかったため、追加の説明会となったものです。

 
 釧路市ではすでに平成18年から今年度平成22年度までの5年間にわたり「集中改革プラン」として毎年度50億円に上る財源不足の解消をめざして、行政改革に努めてきました。

 しかしながら、その5年間も終わろうとしている今段階で、やはり毎年の財源不足を埋められずにいるという状況なのです。

 それは一つには景気の悪化によって市民税が予想を超えて大幅に激減しているということです。本来であればその不足部分を埋めてくれるのが地方交付税交付金であるはずですが、国の財政も厳しいということで小泉改革の時に全体枠が大幅に抑制されて、不足分を補うに至っていません。

 そのため、この5年間の間も、毎年の財源不足を減債基金という借金の償還に充てるための、いわゆる市における貯金を切り崩して帳尻を合わせてきました。

 ところがいよいよその減債基金も底をつき始めているため、本格的に穴埋めなしで財政が収まるような体質づくりを迫られています。

 しかもそんなときに、市が出資している第三セクターである、土地開発公社と振興公社という二つの関連公社の負債があまりにも大きいということで、国から解散を含めて早期の問題解決を図るよう求められています。

 この二つの公社は、主に市が行う公共事業のために必要な土地を事前に購入して事業をしやすくするという部分を担っていたのですが、買っていた土地で必ずしも事業が行われず、しかも地価下落により買った時の価格よりも現在価格が大幅に下がっているという状態です。

 つまり、市中銀行などから借金をして買った土地がもはやそれだけの価値がないということで、足りない部分を補ってお金を銀行に還さなくてはならないのですが、その借金をしたときに保証をしたのが市であるために、市としての責任は免れないというわけです。

 そしてこの二つの公社の負債総額が二つ合わせて約140億円にもなっていて、これは年間の一般会計予算が960億円の釧路市としては、一気に支払える額を超えているため問題を解決できずにいました。

 そこで国では、市の厳格な財政運営を条件に、この負債に相当する部分を新たに市が起債として借金をすることを認める「三セク債」と呼ばれる制度を5年間に限って実施することとしました。

 そのため釧路市では、この時期に解決させず先送りをすることは、いつか一気に支払いを求められることになるわけですから、今こそ解決しようという重大な決断をしました。

 そしてこの前提となるのが厳格な財政運営であり、年間の収支がきちんと収まるような財政計画を作らなくてはならないのです。





    ※     ※     ※     ※     ※

 財政の収支を合わせるには二つのアプローチしかありません。すなわち、収入を増やすか、支出を抑えるかの二つです。

 収入を増やすためには経済の活性化が必要で、市としても観光の振興や水産業の振興のために事業を行っていますが、将来に向けて安定した財源にはなりえません。

 そのためまずは支出を抑える方向での調整も行わなくてはならないわけで、今日の説明会はそうした釧路市財政を取り巻く背景の説明ということで行われたものです。


    ※     ※     ※     ※     ※


 会場からは、穏やかなもの言いながらも「具体的な対策がまだ示されていないのでなんとも言えない」という意見や、「市役所職員の数や給与が多いのではないか、そちらの改革も先ではないか」といった厳しい意見も出されました。

 また合併を選択した町として、「釧路の借金を合併時に隠していたのではないか」とか、「旧の町部の話題よりも、釧路市の事情を説明に来ただけのようだ」といった意見も寄せられました。

 ごもっともな部分もあれば、まだ説明が不足している部分もあるという印象ですし、具体的な解決に向けた方策の提示はこれからとなります。

 対策が具体的になればなるほど、「なぜこういう対策しかないのか」というさらに厳しいご意見や質問もあるでしょう。

 しかるべき時期には、市の幹部も率先して現状や対策について説明に伺うことを考えています。

 地方都市財政の厳しい現実を感じながら、現段階で最も良い選択について考え行動してゆくこととしています。

 9月には定例議会も始まります。厳しい日が続きます。






 なお、明日から来週の月曜日までは道東地区の観光PRのために、地域の首長さんたちとともに上海へ出張してきます。

 現地ではネットが使えるようですので、引き続き日々のレポートをお届けするつもりです。それでは行ってきます。
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あけてくだちゃい事件

2010-08-30 23:47:48 | Weblog
 もう19年も前のこと。

 水戸に住んでいたときの夏に、福島県の桧枝岐(ひのえまた)村という北関東でも秘境と言われるようなところにある、キリンテオートキャンプ場というところへ家族でキャンプに行きました。

 桧枝岐村はちょうど群馬県の尾瀬沼を挟んだ北側にある村で、尾瀬というと群馬県というイメージがありますが、実は福島側からも行けるのです。



                   【桧枝岐村はこちら】


 当時は世にオートキャンプ場が流行し始めたころで、私も三菱デリカ4WDというワンボックスカーを買ってあちこちキャンプへ行き始めていました。

 キリンテキャンプ場へは、当時一緒に仕事をしていた仲間や友人と一緒に行ったのですが、テントを張るときにちょろちょろされると困る当時二歳の次女は車の中に入れて寝かしつけていました。

 ところがテントを張る作業をしていると、車の中から次女が「あけてくだちゃーい! あけてくだちゃーい!」と叫んでいるのが聞こえました。

 炎天下の夏でしたので、「しまった!暑くて苦しいのか!熱射病にでもなったか!」と慌てて、車へ駆けつけて叫んでいる次女を助けようと車のサイドドアを開けました。

 すると車の中の次女は、袋入りの飴を見せて「あけてくだちゃーい!」と叫んでいるのでした。

 開けて欲しかったのは車のドアではなくて、車の中にあった飴の袋だったというわけで、そこにいた一同大爆笑。

 そのときの様子がホームビデオに残されていて、いまでもそれを見ると家族中大爆笑。我が家で「あけてくだちゃい事件」と呼ばれている出来事です。


    ※     ※     ※     ※     ※


 そんな次女の今日は21歳の誕生日。

 東京にいる娘におめでとうのメールを送ると「今日生んでくれてありがとう」というメールが返ってきました。

 家族がみんな一緒にいる時間なんて本当に短いものです。折角買ったホームビデオで、どれだけの記録が取れたというのでしょう。

 皆さんは今年の夏に家族と良い思い出ができましたか。
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刑務所の矯正展

2010-08-29 22:12:24 | Weblog



 釧路には刑務所があって、明治18年に釧路国川上郡熊牛村字標茶に釧路集治監として開設したのが始まり、とされていますが、そこがどこだったのかは私にはわかりません。

 最近までは「釧路刑務所」であったのですが、平成19年に組織を改正して帯広刑務所釧路支所として帯広刑務所の下部組織になり今日に至っています。

 その釧路刑務支所で今日は矯正展というイベントが開かれたので行ってみました。これは道内各地の刑務所への理解を深めるとともに、収監者たちの刑務作業によって作られた家具などの製品を宣伝・即売するイベントです。

 家具などは出来の良いものが格安とあって売却済みがたくさんありました。そういう耳寄り情報を知っている人も多いのかもしれませんが、売れるとやる気になることでしょう。







 現場に着いていろいろとお話を伺っていると、「後ほど中を見学するツアーがありますよ」とのこと。興味深いのでこちらにも参加してみました。

    ※     ※     ※     ※     ※

 見学は整理券をもらって、時間までに大きな鉄扉の前に集合。結構な数の家族連れが集まっています。

 見学前には注意があって、携帯電話は電源を切りカメラによる撮影は禁止。刑務官の方に案内されて大きな鉄の扉から入ります。





 こちらに収監されているのは、26歳以上で懲役が10年未満の人たちで犯罪傾向が進んでいない人たちだそう。中には女性もいて、それには女性の刑務官が対応するそうです。

 見学対象は主に木工、金属加工、紙製品などの職業訓練と製品づくりをしている工場の現場で、更衣室にはドアが二つあって片方から入って服を着替えてもう一つのドアから出ることになっていて、そこで道具を持ち出したりしないかなどをチェックしているそう。

 なにしろ30~40人の作業者を刑務官一人で監視しているのですが、武器は携帯していないとのことで、なんだか不気味な感じがします。こちらで作業をすることで溶接などの資格を取ることもでき、社会復帰のための技術習得は大事な準備と言えるでしょう。

 狭いながら運動場もあってソフトボールをしたりしているようですが、来週は運動会があるそうで、グラウンドにはかけっこの円が描かれていました。

 何か質問はありますか、というので「刑期を終えた人たちは、大きな門から映画のように『お世話になりました』といって出てゆくのですか?」と訊いてみると、「そんなことはありません(笑)。我々も使う通用門から出ていきますよ」とのこと。

 重ねて「ちなみに脱獄はあるのですか?」とも訊いてみたところ、「二年前に試みたものが一人いましたが取り押さえました」とのことで、気の抜けない仕事は大変です。

    ※     ※     ※     ※     ※

 こちらの場合、収容定員は300人なのだそうですが、全国的に収容オーバー気味でこちらでも321人(=107%)が入っているのだとか。

「これでも政府はさらに公務員を減らそうとしているので、また刑務官も減らされるかもしれません」と言われると胸が詰まります。危険と伴う職場の最前線を垣間見ました。


 帰り際に、刑務作業でできた製品の売り場を見ていると、帯広刑務所の農作業で取れたじゃがいもを安く売っていたので買ってきました。ビニール袋に詰めるだけ詰めて、約4kgほどのメークインが200円と格安でした。

 ちょっとお得な社会参加です。


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わが市の事業仕分け

2010-08-28 23:12:34 | Weblog
 朝一番の汽車に乗って釧路に戻りました。今日は市事業に関する事業仕分けが行われたので出席してきました。

 市が行っている事業は非常に多岐にわたっていて幅が広いのですが、受益者が一部の市民に限られるようなものや、果たして時代に即していると言えるのかがやや不明というような事業を事前に事務局が洗い出し、約40事業として仕分け人に提示をしたものです。

 これらからさらに事前に仕分け人が調整をして14事業を選択し、今日の仕分けの議論の俎上に載せることになりました。

 仕分け人は全部で8人で4人ずつの二班に別れ、議論を整理する役回りのコーディネーターを別に置いた形で議論が行われました。





 対象となった14の事業とは、産業クラスター創造研究推進費や移住促進事業費などの未来への投資関係事業、市民文化会館芸術鑑賞事業補助金や湯治運動実施費と敬老祝金支給費などの個人への補助事業、フィットネスセンターや勤労青少年ホーム管理運営費などの施設管理費、学校開放事業や市立美術館開催費などの市民サービスなどに分けられます。

 仕分けのやり方は、国関係事業を大々的に行った方法とほぼ同じで、
  ・事業説明      7分程度(釧路市職員)
  ・論点説明      3分程度(コーディネーター)
  ・質疑、討議     20分程度(仕分け人⇔釧路市職員)
  ・評価、判定     7分程度(仕分け人)
  ・結果集約及び発表  3分程度(コーディネーター)

となっています。

 その後に、判定と意見を書き込んだ評価用紙を提出していただきます。

 評価は、①現行通り、②何らかの見直しが必要、③廃止という三区分ですが、②の何らかの見直しについては、②ー1事務処理方法の見直し、②ー2事業内容の見直し、②ー3規模の縮小、とさらに三つに区分されて評価できるようになっています。

 仕分け人の数が4人ということで、現行通り2票対見直し2票という同数になることもありましたが、そのようなときは、行政の姿勢としてより厳しい意見を代表させるということにしたのだとか。








 総じて事業実施に厳しい意見が多かったように見受けましたが、なかにはある委員から「大切なことは事業の予算削減ということだけではなくて、こんな施設や事業があるのだということを市民の前に明らかにして注目と関心を呼び寄せることもあるのだろう」という意見がありました。

 まさにそのとおりで、事業仕分けのような目立つことがなければ関心を持たないというのも残念なわけで、いかに普段から市民との対話の中で関心を醸成するような関係性を持つことができるかどうかが鍵になりそうです。


    ※     ※     ※     ※     ※


 以前にも書きましたが、「情報は偏在する」ために、説明担当者には各事業が始まった経緯や歴史、現在の関係者など多くの情報があるものの、短時間でどれだけを伝えきれたことでしょうか。

 逆に、伝えきれないために却ってしがらみから逃れられるとも言えそうで、この辺りは難しいところです。

 何度も実施することで、一定の常識を形成してゆくことが大切になりそうですね。

 
 なお結果は週明け30日の市役所ホームページで公開されるようです。 
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映画「ハナミズキ」を観ました ~ 道東ロケ満載

2010-08-27 23:45:54 | Weblog
 
                                 【ハナミズキ公式ホームページより】


 新垣結衣、生田斗真主演で8月21日公開の映画「ハナミズキ」を観てきました。

 北海道~東京~ニューヨーク~カナダと多くの土地を巡りながら、十年越しに結ばれる純愛物語というテーマですが、一つ目のウリは一青窈(ひとと よう)の大ロングヒット曲「ハナミズキ」が使われていることで、エンドロールでこの曲がかかると、さすがに席を立つ観客はいませんでした。

 映画の設定は、水産高校に通って家業の漁師を目指す木内康平(生田斗真)と、進学校に通い東京の大学を目指す平沢紗枝(新垣結衣)の二人を巡って、高校時代から10年間に亘る月日を描いたもの。

 二つ目のウリは、この二人の高校時代に出会いの場である北海道のロケ地として、釧路、白糠町、浜中町などの風景が使われて、素朴な地方の暮らしぶりを提供していることです。

 康平と紗枝の二人の会話には「なしてー?」「いいっしょ!」など北海道弁が満載で北海道風味も満点です。

 実際のロケ地は、公式ホームページのロケ地マップに示されていますが、釧路では幣舞橋や出世坂に市立北陽高校が使われています。


                           【ハナミズキ公式サイトより】



                           【ハナミズキ公式サイトより】



                           【ハナミズキ公式サイトより】


 またハナミズキの植わった紗枝の実家は、釧路市に合併した旧音別地区の尺別にあった建物を改装して撮影されたのだそう。湿原と海に挟まれた絶妙な土地の風景が道東らしさをよく表しています。

      ※     ※     ※     ※     ※

 単線で一車両の汽車に乗る二人のシーンも時々出てきますが、こちらはJR根室本線で、駅は釧路市の尺別駅と浜中町の茶内駅だそう。駅名は架空のものに変えられていますが、今度行ってみますね。

 そして一番印象的な場所は、二人にとって思い出の場所となった岬の突端にある灯台で、こちらは私も7月に訪れた霧多布岬の湯沸岬灯台。 





 周辺は厚岸道立自然公園に指定されているだけあって、断崖と太平洋と落日の美しさが格別です。この映画を観て、ロケ地巡りをするというお楽しみを身近に味わえるのはすばらしいことです。

 ぜひこの秋はハナミズキロケ地巡りで道東を旅してみてはいかがでしょうか。

      ※     ※     ※     ※     ※

 映画の方は、私の妻は涙ぐんでいましたが私はちょっと泣けませんでした。泣く映画というよりは、良き友人に囲まれた青春純愛ものというところでしょうか。

 先週の映画ランキングでは初登場第一位に輝いていましたので、是非たくさんの方にご覧いただきたいものです。  


【ハナミズキ 公式サイト】
 http://www.hanamizuki-movie.com/index.html


【ハナミズキ ロケーションマップ】
 http://www.hanamizuki-movie.com/aboutthemovie/index.html
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全道副市長会議in小樽市

2010-08-26 23:24:55 | Weblog
 小樽市で全道副市長会議が開催されました。

 道内には35の市がありますが、ほとんどの市から副市長が参加。ただし副市長が2名いるところからは一人だけの参加なので、全道の副市長全員に会えたわけではありません。

 昼食時に会えた方とは挨拶をすませましたが、就任後初のメンバーは会議の冒頭で挨拶をする場面があるのですが、それが会へのデビュー。

 代理出席の方も含めてとりあえず名刺交換ができました。これで全道の市を訪ねるときは知人がいることになります。こういうネットワークが非常に大事でありがたいのです。

 なにかと縁の深い旭川や札幌、室蘭、稚内などの副市長さんたちとも懇親会で親しく話をさせていただけて、次回お訪ねする楽しみが増えました。


 会議後の市内視察では、地酒の蔵元やガラス工房、交通博物館などをご案内いただき、その途中で市内に残る歴史的建造物なども見せていただきました。

 歴史のある町は、建造物なども絵になるし町の品格が高いものですが、それらの保存・保全・維持管理などにずいぶんとお金もかかるのだろうな、という印象。歴史の品を保つには先立つものも要りそうです。

 かといって、それらを軽んじるとまた世間の目は厳しそうで、難しいところです。

 お友達が増えると、いろいろな情報が入ってくるようになります。噂で漏れ聞いた話の実情などは実に興味深いものがあり、噂がいかに当てにならないか、ということもよく分かるものです。

 今回の会議のおかげで、道内の自治体ネットワークがぐんと広がりました。
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ふるさと納税で道産ギフトをゲット

2010-08-25 23:39:40 | Weblog
 東京に社団法人北海道倶楽部というところがあります。

 この北海道倶楽部は「北海道の発展のために何らかの寄付をしよう」と、北海道を愛する人々、北海道に何らかの関わりのある企業・団体が集まった社団法人で、昭和2年に結成されました。創設期にはなんとあの新渡戸稲造先生も会員になっていたとのこと。

 そしてこの北海道倶楽部が行っているのが「ふるさと納税キャンペーン」。北海道内の自治体へのふるさと納税を支援してくれるのです。

 このキャンペーンは社団法人北海道倶楽部が皆様のふるさと納税(という名の寄附)の意向を道を通じて道内各自治体に連絡をしてくれるというもの。もちろん直接自治体に連絡してもかまわないのですが、こちらを通してふるさと納税の寄付をした場合、3万円以上の寄附を北海道倶楽部が確認の上、5千円相当の「道産品ギフト」を贈呈してくれるというのです。





 社団法人北海道倶楽部が行いますが、社団法人の会員(有料)になる必要はなく、誰でも参加できるというのが嬉しいところ。

 以前も書きましたが、ふるさと納税の方法とは、まず市民税の十分の一程度の範囲で自治体に寄付をして受領証を受け取ります。

 サラリーマンであれば滅多にしませんが、その受領証を添付して2月15日からの確定申告時期に確定申告を行うと、5千円以上の部分が還付されるという仕組み。

 寄付できる額がそれぞれ払っている住民税によって違うことや、確定申告をしなくてはならないことから、実際にしようとすると結構面倒くさく、さらに5千円分は戻ってこないという点で負担感が大きいのが事実です。

 そうした負担感を、3万円以上の寄付をしてくれた方には戻ってこない5千円相当の道産ギフトを贈ることで支援しようと言うのがこの制度というわけ。ギフトも海産物から農産物までいろいろと種類があります。寄付をするのだったらこれを使わない手はありませんね。

 ふるさと納税寄付をすると、北海道知事の名前でふるさと北海道応援大使館員任命証も送ってくれるのだとか。今は遠くに住んでいる道産子たちにふるさとを改めて感じてもらえることでしょう。

 実際東京に住んでいる我が市の東京事務所長のKさんも、この制度を使ってふるさと納税をしてくれています。

 本気でふるさとを救おうと思う方にはお勧めですよ。

 お願い!ふるさとを助けて~。

 

【ふるさと納税申込用紙】はこちら
 http://www1.ocn.ne.jp/~h-c/hurusato/hurusatomousikomi.pdf






ちなみに
【社団法人北海道倶楽部】
 http://www1.ocn.ne.jp/~h-c/ 

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炭鉱の坑内見学~KCMの海底力

2010-08-24 23:43:29 | Weblog
 平成13年12月、太平洋炭鉱が閉山した後に地元資本で石炭採掘事業を継承したのが釧路コールマイン(通称KCM)です。

 現在日本で実際に坑内掘りで石炭を採掘している最後の炭鉱です。実際に石炭を採掘しているという意味で生き山と呼ばれています。

 ここでは釧路の陸地から斜行の坑道を下って、太平洋の海底200mのところにある採掘現場で、世界でも最先端の機械と技術を使った効率的な採炭をしています。

 閉山後は、職員の雇用継続を主眼として①採炭、②海外からの坑内掘りの研修受け入れ、③新規事業開拓という三本柱の事業を行い今日に至っているのですが、今日は実際に坑内を見学させてもらえるということでこちらにやってきました。

    ※     ※     ※     ※     ※

 まずは用意していただいた下着、作業服、安全靴に着替えます。この後ヘルメット、防爆タイプのヘッドライト、防塵マスク、安全メガネなどを着用して入坑の準備は完了。

 女性も入坑できますか、と訊いてみたところ、「昔はお父ちゃんが掘削してお母ちゃんがもっこで担ぎ出していたという歴史があるので、女性でも入坑できますよ」とのこと。

 ただ、「事前に伺ったサイズの作業服を用意しますが、女性の場合ときどき申請のあったサイズが小さくて現場で切られないということもあります(笑)」だそうで、見栄は張らない方がよさそうです。


 さて、こちらでは7時、15時、23時に入坑する三交代で採炭作業を行っていますが、見学者の入坑は、これらの合間を縫って10時出発の斜行人車によって行われます。

 入坑前に全員で、「災害ゼロ!ヨシ!」と三回声を出して確認をします。声を出すことで身が引き締まります。ここから先は、火花を出す恐れのある電子機器は持ち込めないためデジカメも地上の方に預けます。





 20%の勾配の坂を、レールで走るトロッコで降りてゆきますが、降りるときは坑口を向いて逆向きに降りてゆきます。時速20kmの速さで降りるトロッコは約6分で坑道の一番奥に到着。

 ここからは坑道を1500mほど歩いてドラムカッターによって切羽作業をしている採炭現場へと向かいます。坑道は天井の高さが高くなったり低くなったりしていますが、これは地圧で地面が膨れ上がってくるためだそうで、坑内に持ち込まれた掘削機械でときどき地面や天井を削って大きさを保っているそうです。地圧ってすごいです。

    ※     ※     ※     ※     ※

 歩くこと20分ほどで切羽の最前線へ到着。途中はケーブルとパイプが何本も走っていて、石炭を掘るためにいかに事前の準備や保安体制が重要視されているかがよくわかりました。

 石炭は、高さ2.5mほどの炭層になっていますがこれを直径1mほどの回転ドラムのついた切削機が左右に動きながら石炭を砕き、自動的にベルトコンベアーに乗せられて運び出されます。

 切羽の手前は油圧の自走枠がいくつも並べられて天井を支えます。ドラムカッターが左右の端まで動ききったところで前へ押し出され、枠も一歩前に進みます。これを繰り返してどんどん前に前にと石炭を掘り進めるのです。

 枠が前に行った後ろは空洞になっているのかと思いきや、やはり地圧で潰れてしまいます。でも掘った後はもうどうでもよいのです。考えてみれば余計な支保工の資材などがいらないので合理的な掘削方法です


           【KCMのホームページより】



           【KCMのホームページより】


 これだけの作業を行うのに、切羽のオペレーターをはじめ作業員は全部で7人×2交代という少なさ。

 もともとこちらでは石炭以外の砂利が多く混じっていて、歩留まりは5~6割という効率の悪い炭鉱だったそう。そのため逆に早くから機械や技術を効率的なものに変えることが必要だったのですが、それが結果として現在でも世界に通用する、安全で効率的な坑内掘りの技術とそれを生かした採炭現場を保持することに繋がっているというわけです。

 坑内の奥では炭塵を吸い込んで屋外に吐き出す空調装置がついているため、坑内には外気が強い風となって入り込みます。今日くらいならまだ心地よい風ですが、真冬ともなると痛いほどの冷たい風が吹き込んでくるんだそう。

 現場へ行ってみないと感じられないことは多いのです。

    ※     ※     ※     ※     ※

 現在、中国やベトナムにはまだ地表面に露頭している石炭層を削って取るだけの単純な採炭も多く行われていますが、旺盛なエネルギー需要によって次第に作業場所が深くなりつつあり、そろそろ坑内掘りでなければ効率が悪くなっているのも事実だそうで、こちらではベトナムと中国からの研修生を受け入れて、実際に石炭を掘る現場実習を通じて保安や技術的なノウハウを学んでいます。

 もちろんこちらから技術者を現地へ派遣して実地の技術指導も行っていますが、現地の技術レベルは作業場所によってばらつきがあるため、こちらへ来てもらって体系的な技術を研修する意義はきわめて大きく、両国の政府からも高い評価を得ています。

 培ってきた技術を海外へ継承するというのも日本の大きな役割です。




    ※     ※     ※     ※     ※

 ちなみに、トロッコで降りてくる途中に福司酒造のお酒を貯蔵する小屋を教えてもらいました。

 名付けて「海底力(そこぢから)」という、縁起物のラベルのお酒ですが、人気が高くて発売と同時に売り切れてしまうのだそう。こういう付加価値の付け方も炭鉱ならではですね。
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フードバトル in 釧路 B級グルメの祭典

2010-08-23 23:08:00 | Weblog
 


 釧路青年会議所が主催するイベント「フードバトルinくしろ B級グルメの祭典」が、8月21日(土)、22(日)の二日間にわたって、幣舞橋のたもとの河畔広場で開かれました。

 このイベントは釧路青年会議所が今年初めて開催したもので、釧路の新しいB級ご当地グルメを発掘しようという試みです。

 この企画に呼応して、市内から腕に覚えのある味のお店が18種類もの自慢のオリジナル食材を一食300円という格安で提供。釧路にもこんなに人がいるんだ、と驚くくらいの人気で会場は大混雑でした。

 私は日曜の昼時に行ってみたのですが、釧路らしくない炎天下で強い日差しに肌はジリジリと焼けて行きます。

 食材は上げたり焼いたりと熱いものが多いので、主催者が開いた飲料コーナーでのボトル飲料が一番売れていたかもしれません。

 食材は、B級グルメにふさわしくこれまで聞いたことのないようなオリジナルなものが多く、どれも味わってみたい魅力に溢れています。お腹が一杯になるので一人ではせいぜい3~4種類くらいしか挑戦できませんが、友達や家族連れで一口ずつ試してみるのにはちょうど良かったことでしょう。

    ※     ※     ※     ※     ※

 私はまず『クジラカツドッグ』に挑戦。クジラの竜田揚げと野菜を柔らかいコッペパンに挟んで甘酸っぱいオリジナルソースで味付け。これはいける!
 軽食で軽くクジラが出るまちなんておしゃれです。捕鯨解禁でシュプレヒコールを上げたり署名活動をするくらいなら、クジラカツドッグを手軽に食べたいものです。




 次は『イカまんまコロッケ』を購入。こちらはイカの胴体に、ゲソをすり身にしたものを詰めてパン粉をつけて揚げたもの。
 ちゃんとゲソの部分も使いながら、見た目にイカらしい形を残しつつ食べやすく仕立ててあります。これも新しいイカ料理として美味しくできていて合格です。



 
 もう一品!と思って最後に挑戦したのが『夕日焼き』。これは一つでたこ焼き8個分という野球のボールくらいある巨大なたこ焼き。釧路と言えば釧路川から見る夕日が美しいことで有名ですが、これにあやかったご当地グルメの提案です。

 これだけ大きいたこ焼きを焼く鉄板を作って商売をしていることに脱帽ですが、夕日をイメージして注ぎいれる汁まですでに赤いというのには笑えました。おまけに魚介類もたっぷり入っていて、タコしか入っていないたこ焼きよりはずっとリッチです。  

 残念だったのは、お店だとお皿で出すので食べやすいかもしれませんが、出店でのイベントではサイズぴったりのプラケースに入れてくれるので、具がポロポロこぼれ落ちてちょっと食べにくい点でした。ちょっと惜しかったなあ。









    ※     ※     ※     ※     ※

 このイベントは、食材対抗のフードバトルと銘打ったもので、参加者は最初に竹箸をもらい、食べた後の箸を釧路のご当地グルメにふさわしいと思うものの投票箱に入れるという投票企画もありました。

 私はクジラカツドッグとイカまんまコロッケに投票しましたが、一番人気を集めたのは、釧路発祥のザンギだったそうです。なんだかもう一定の地位を確保した食材にも思えますが、釧路っ子には根強い人気があるのですね。





 
 見て回っていると、なんとビール片手に楽しげな蝦名市長にも出くわしました。市長はどれに投票したのかは謎です(笑)





 このフードバトルは今後も季節の風物詩になりそうな予感。若い人たちのエネルギーと地域の食材で明日の釧路を元気にしてほしいものです。

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新造船への大きな期待

2010-08-22 21:12:45 | Weblog
 


 地元の漁業会社が新潟の造船上で作らせた新しい船が、今朝入港してきましたのでお祝いに駆けつけました。

 新しい船の名前は「第十五富丸」。会社の方に名前の付け方を訊いてみると、「決まりはないですね。ただ縁起の良い数字と縁起の良い文字を組み合わせて作ります。実は今は登録を抹消した前の船も同じ第十五富丸だったんです」とのこと。

「折角だから中をご覧になりますか?」と誘ってくださったのでこれ幸いと船に乗り込みました。

 富丸は160トンの船で、大体数人から十数人くらいが乗り込んで漁に出ます。多くは日帰りか前日出て翌日帰ってくるくらいの感じだそう。基本的には沖合で海底近くにいる魚を対象にした漁をする底引き網漁業に出ます。

 獲る魚はスケソウダラが多いようですが、すり身にするものと箱単位で売れる魚を船内で選別するのだそう。

「前の船はコンベアーの幅が狭かったんですが、今回は広くしてもらって作業をしやすくしました」 

 船員の船室や休憩スペースも以前よりは広くなったのだそうですが「ILO基準に適合して労働条件を満たさないといけないんです。広くすると魚のスペースが少なくなるんだけどこればかりは仕方がありません」







「今のところは冷凍設備は使わないんですが、もしも冷凍する漁をしなくてはならなくなるようなときのために、冷凍設備もつけてもらっています。こういうのは後からじゃあつけられませんから」

「エンジンも今回は省エネタイプで、ローリング(縦揺れ)が大きくなると出力が上がらないようにできているんです」

 最新の技術を使って新しいニーズに対応した船なのです。 

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 見学をしていると、予備室という部屋があったので、何に使うのですか、と訊いてみると、「ロシア海域に出漁するときはこの港からロシアの担当者を乗せて漁に出ます」とのこと。漁業の厳し一面を垣間見ることができました。

「出漁はいつからですか?」
「8月は禁漁期で9月1日から解禁なのですが、8月31日は仏滅なので、明けて1日になった夜中に出向だと思います。魚場に朝4時くらいに着く感じじゃないでしょうか」 

 新しい船のお披露目は、山本譲二の「兄弟船」をガンガンかけて、漁業関係者や家族たちがたくさん集まってにぎやかなもの。

 大漁旗がいくつも翻る中、新しい船をみんなで出迎えて港には笑顔が満ち満ちていました。


 サンマが不調な今年の漁模様。沖合の底引きは豊漁を期待したいものです。

 




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