「日本人として知っておきたい近代史」(中西輝政著 PHP文庫)を読みました。
吉田松陰から乃木希典まで、8人の英傑の人となりと歴史の中で成し遂げたことを紹介することで、明治という時代を浮き彫りにしようという試みです。
歴史というと、ともすると年表を暗記して出来事の繋がりを覚えるという教養のようになりがちです。しかし本当の歴史とは、一つ一つが人間の行いと営みによって出来上がる物語のことのはず。
この本で紹介されているのは、吉田松陰、岩倉具視と大久保利通、伊藤博文、桂太郎、児玉源太郎、小村寿太郎の「明治の三太郎」、乃木希典の8人。
著者の中西輝政さんは、この時期の日本の歴史の中に「大きな三つの筋」を読み取ります。
一つ目は、芸術や文化の領域だけではなく思想や道徳観、人生観にまで及ぶ『日本人特有の繊細で美的な感性』です。
二つ目は、日本において政治は現実的で実用的な統治の手法であって、決して特殊なイデオロギーに支配された理想論に陥ることはなかったということ。
そして三つ目は、『日本とはこういう国家である』という国家意識です。山があり谷があり急峻な河川があり、しかも台風や洪水、地震などの災害に見舞われやすい国土で、狭い平野部にたくさんの人が住んでいます。
おまけに資源もなく周囲を大陸のロシアや中国などの大国に囲まれているという地政学的条件も加わります。
そんななかにあって、長く続いた鎖国時代の太平の時期から一気に、国が国を飲み込んで行く列強の帝国時代に放り込まれた日本のリーダー達の苦悶と挑戦の姿を省みることは、いつの時代においても重要な知識と言って良いでしょう。
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この本で紹介されている8人は大きく三つに分けられています。
一つ目は江戸時代を終わらせて日本を近代国家に脱皮させた立役者としての吉田松陰から大久保利通まで。次にそうした建国の父達の偉業を受け継いで苦難を乗り越えて明治国家の感性に力を尽くした伊藤博文と「明治の三太郎」たち。
特に著者は、この明治の三太郎を「現代の歴史観では不当に軽く扱われている」として、日清日露戦争を戦い抜いて崩れるように若くして無くなった三人の「太郎」を賞賛しています。
そして三つ目は、日本という国柄の精神を生ける人間として体現した吉田松陰と乃木希典に代表させています。
特に乃木希典については、司馬遼太郎の「坂の上の雲」などの影響が強く、愚鈍な将軍として紹介されている風潮が強いのに対して、説得力ある反証の書物なども出始めていて、当時の上層部などの事情などを勘案すると決して無能な将軍などではなかったし、彼の真骨頂はどのような苦境にあっても部下からの信頼が決して崩れない『統率力にあった』としています。
明治天皇の崩御に際し、妻共々自決して明治という精神を全うしたその生き様は、日本人の心に深く刻まれ、愛され続けました。
しかし第二次大戦の敗戦と同時に戦前の教育が否定されたことで、これらの歴史的偉人達の業績も教えられることが禁止され、いつしかそれが当たり前の風潮になってしまっていることにも、著者は強い危機感を感じています。
歴史を、人が大きな責任を背負って悩み苦しんだ物語として捕らえれば、事件や出来事の羅列とは異なる国家の建設作業として見えてきます。
「日本人として知っておきたい近代史」というタイトルがそのままの内容。
長いゴールデンウィークの中で自分を成長させる一冊です。