ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

トッドの移民論と日本36

2011-01-02 12:59:58 | 国際関係
●トッドは共和主義者であり普遍主義者

 移民問題においてトッドが国民国家的な理念の重要性を説く根拠は、フランスの存在である。トッドは、国民国家は長期的な歴史の流れとしては、超克されるべき運命にあるかも知れないが、政治的装置としてはまだ当分の間、大いに効用があるはずである、と主張する。そして、フランスを通じて国民国家を再構築し、移民への対応のモデルたらしめようとする。ここにいうフランスは、普遍主義の国であり、移民を寛大に受け入れ、ヨーロッパ人の純血に固執しない出生地主義の原則によって、移民の子供をフランス人として認め、同化するフランスである。
 私見によれば、トッドは、こういうフランスはヨーロッパや世界に必要な存在だとし、フランス的価値観を広めようとしている。トッドは差異主義的な価値観に反対し、差異主義から普遍主義へと転換すべし、と主張する。私の理解するところ、トッドの主張は、差異主義の諸国の家族制度が、平等主義核家族に変わることを期待するものとなる。具体的にはドイツの直系家族が核家族化し、イギリス・アメリカの絶対核家族が平等主義化することが望ましいということになる。わが国は、族内婚的な直系家族が主たる社会ゆえ、これも核家族化することが望ましいということになる。トッドの根底にあるのは、権威より自由、不平等より平等という自由と平等の価値を広めようという思想だろう。フランス革命の思想である。フランスの市民革命を理想化し、フランスという国家に期待するナショナリズムがここにはある。
 実際、トッドは、フランスで「国民共和主義者」と呼ばれているという。フランス革命が産み出した共和国の理念を擁護する共和主義者であるとともに、フランスというネイション(国家・国民・民族)を愛する愛国主義者であるという意味だろう。だたし、私見では、トッドの国民国家必要論は、フランスという国家が必要ということであって、国民国家一般を言うものではない。人種・民族の融合のために、フランスが必要だという意味であり、各民族の固有の文化の保持が目的ではない。民族文化保持なら、多文化主義への批判は別の論理による批判になる。それゆえ、私は、トッドはナショナリストである以上に共和主義者であり、普遍主義者であると理解する。
 共和主義とは、選挙で国の象徴または元首を選ぶ共和制をよしとする思想である。共和制は、君主制と対比される。わが国は、天皇を象徴とする立憲君主制の国家であり、私は世界に比類ない伝統を持つわが国の国柄を保守する者である。それゆえ、トッドがフランスで共和主義を信奉するのはよいが、日本で共和制を実現しようとする思想には反対する。核家族化の行き過ぎにも反対なので、トッドの論理構成に追従するものではない。

●トッドにおける国民と国籍の矛盾

 国家と国民に関するトッドの思想を批評する上で、重要なポイントは国籍付与に関する考え方である。
 『移民の運命』の刊行後、フランスでは、不法滞在者が問題になった。滞在許可証を持たない外国人は、「サン・パピエ」と呼ばれる。サン・パピエをどうするかは、移民問題の重大課題である。
 1997年10月、「出願したすべてのサン・パピエを正規化するためのアピール」と称する請願書が、フランス政府に出された。これに対し、11人の知識人が「移民問題をデマゴギーの舞台から引き出すためのアピール」を出して反論した。トッドはこのアピールに署名した。反対の理由は、出願した不法滞在者にみな滞在許可証を与えることにすると、無制限の移民流入に道を開くことになるからである。この判断は妥当であると私は考える。移民の受け入れ国は、移民に対して、流入を管理しなければならない。自国の社会的・経済的な事情を踏まえて、受け入れる移民を選択し、受け入れた後は、自国の言語・文化・習慣を学習させ、自国の社会に統合することが不可欠である。
 それゆえ、トッドの不法滞在者に対する姿勢は、私の賛同するところだが、国籍付与についてのトッドの考えには、私は反対である。トッドは、フランスの出生地主義をよしとし、自国で生まれた外国人の子供に国籍を与えて同化させるのをよしとする。ここで問題なのは、二重国籍の許容である。私の見るところ、トッドがフランスという国民国家の役割を回復・強化したいのであれば、フランスの国籍の価値を高め、フランス国民の他国民との差異を明らかにすることが必要だろう。フランスが国民国家であろうとするのであれば、二重国籍を否定し、国家への一元的な帰属を徹底すべきである。一方で移民の同化を進め、一方で彼らに二重国籍を認めるのは、矛盾している。
 トッドの所論に基づいてフランスの国民国家としての自立性を追及するならば、ヨーロッパの統合をやめることが必要となる。だが、普遍主義・移民同化・二重国籍は、フランス的な思想を実現するものであることによって、フランスを脱フランス化し、非フランス的な共和国に変えることになる。残るのはシステムとしての共和国であり、フランスの魂、フランス独自の精神文化は消滅する。これは大きなジレンマのはずだが、トッドは、フランスの魂、フランス独自の精神文化よりも、システムとしての共和国を求めるのである。
 先にトッドはナショナリストである以上に共和主義者であり、普遍主義者であると書いたが、私はここにトッドの根本的な思想があると思う。彼にとってのフランスは手段であって、目的ではない。この点、日本の伝統・文化・国柄の保守と、諸国・諸文明の共存共栄を目指す私は、その思想を日本で模倣することには反対する。外国の思想はわが国とは事情の異なる点があるから、参考になる点は肥料程度に取り入れればよいのであって、豚肉を食べれば豚になり、鶏肉を食べれば鶏になるような愚に陥ってはならない。

 次回に続く。