●ケインズ主義の復権を訴える
ケインズ主義者としての丹羽氏の基本的な思想は、早くから変わっていない。その点を理解しないと、「救国の秘策」は異端・奇抜の説と映るだけだろう。そこで、1980年代から90年代前半の著書に拠って、丹羽氏の思想を概述しておこう。
丹羽氏は、昭和62年(1987)刊行の『ケインズ主義の復権』(以下、『復権』)の冒頭に次のように書く。「わが国をはじめ西側自由経済陣営は、いまや一日もはやく『反ケインズ主義』を清算しなければならない」。丹羽氏によると、「現在の全世界の自由経済陣営全体に及んでいる深刻な経済不況」は、「反ケインズ主義の跳梁」によってもたらされているものである。そして、丹羽氏はケインズ主義の復権を訴える。
私見によると、ケインズ主義は、資本主義の欠陥を正し、政府が一定の管理を行うことによって自由主義経済を維持・発展させようとする思想である。修正資本主義であり、福祉国家建設の理論でもある。反ケインズ主義とは、こうした経済思想に対抗し、ケインズ的な経済政策に反対する思想である。マルクス主義は当然、反ケインズ主義である。資本主義の改良ではなく、革命による世界の共産化を図る。冷戦下の米ソの対立、資本主義対共産主義、自由主義対統制主義の対立は、ケインズ主義とマルクス主義の戦いでもあった。ところが、ここに新たな反ケインズ主義の潮流が現れた。1970年代にアメリカで台頭した新自由主義・新古典派経済学がそれである。これは、資本主義を、ケインズ以前の古典的な自由主義に戻そうとする動きと言える。
丹羽氏は、ケインズ主義の立場から、これら左右の反ケインズ主義と論戦を行う。
ここで丹羽氏によるケインズの理論とはどういうものか、を示す。
「ケインズ的な政策の中心部分はマクロ的に見て、デフレ・ギャップもインフレ・ギャップも発生しないような最適な水準に総需要を維持し、それによって最適な雇用水準や操業度がもたらされるような生産活動の水準を、マクロ的に保っていくということである。このような狙いで、いわゆる機能的財政主義によって、フィスカル・ポリシー(註 財政政策)を運営し、総需要を調整していこうというわけである」
「機能的財政が有効に総需要管理をなしうるためには、国家財政収支の帳じりは、総需要抑制のためには黒字、総需要拡大のためには赤字であるべきであり、均衡財政に固執するような政策をとってはならないというのが、近代的財政政策の最も重要な基本原理である」
「生産・供給能力を十分に発揮した時に達成されるべき国民総生産、つまり、完全雇用・完全操業水準に対応する国民総生産の額に比べて、実現すると予測される総需要の額がそれを下回り、いわゆるデフレ・ギャップが生じる恐れの濃い年度においては、このギャップを埋めて経済活動を完全雇用・完全操業水準まで回復させるに足るだけ、赤字財政によって経済に購買力を注入し、それとは逆に、前者よりも後者が上回り、インフレ・ギャップが生じる恐れが強い年度においては、このギャップを取り去って需要インフレの発生を防ぐに足るだけ、黒字財政を実施することによって経済から購買力を吸い上げねばならないのである。
いうまでもなく、このような財政政策運営の方式は、ケインズ以後の機能的財政主義の近代的財政政策理論に基づく国民経済予算の考え方である。すなわち、ケインズ的政策は、このようにして自動化されうるのである」
「不況下においては、積極的な財政・金融政策によって総需要の拡大をはかり、逆に景気過熱の状況下では緊縮財政で総需要の抑制をはかる。かくして、デフレ・ギャップもインフレ・ギャップも発生させないようにしつつ、高い操業水準・雇用水準を維持しながら、スムーズな経済発展をはかるというのが、ケインズの分析に裏打ちされて第2次大戦後確立されてきた最も正統派的で妥当・健全な経済政策の原則であったはずである。戦後30年以上にもわたって、全世界の自由経済陣営に繁栄と成長がもたらされてきたのは、このようなケインズ的政策体系のおかげであった」(『復権』)
丹羽氏は、このようにケインズの経済理論の要点を示す。丹羽氏は、ここでサミュエルソンの名前を上げていないが、一般にサミュエルソンの新古典派総合が、戦後の経済政策の体系を確立したとされる。また、ヒックスによるケインズ理論の定式化をもとにしてクラインが発達させた計量経済学が国民経済統計を精緻化し、ケインズ的な政策の立案・施行を裏付けた。丹羽氏の自称「正統派ケインズ主義」による政策は、こうしたケインズ主義の展開を継承したものと見ることができる。
次回に続く。
ケインズ主義者としての丹羽氏の基本的な思想は、早くから変わっていない。その点を理解しないと、「救国の秘策」は異端・奇抜の説と映るだけだろう。そこで、1980年代から90年代前半の著書に拠って、丹羽氏の思想を概述しておこう。
丹羽氏は、昭和62年(1987)刊行の『ケインズ主義の復権』(以下、『復権』)の冒頭に次のように書く。「わが国をはじめ西側自由経済陣営は、いまや一日もはやく『反ケインズ主義』を清算しなければならない」。丹羽氏によると、「現在の全世界の自由経済陣営全体に及んでいる深刻な経済不況」は、「反ケインズ主義の跳梁」によってもたらされているものである。そして、丹羽氏はケインズ主義の復権を訴える。
私見によると、ケインズ主義は、資本主義の欠陥を正し、政府が一定の管理を行うことによって自由主義経済を維持・発展させようとする思想である。修正資本主義であり、福祉国家建設の理論でもある。反ケインズ主義とは、こうした経済思想に対抗し、ケインズ的な経済政策に反対する思想である。マルクス主義は当然、反ケインズ主義である。資本主義の改良ではなく、革命による世界の共産化を図る。冷戦下の米ソの対立、資本主義対共産主義、自由主義対統制主義の対立は、ケインズ主義とマルクス主義の戦いでもあった。ところが、ここに新たな反ケインズ主義の潮流が現れた。1970年代にアメリカで台頭した新自由主義・新古典派経済学がそれである。これは、資本主義を、ケインズ以前の古典的な自由主義に戻そうとする動きと言える。
丹羽氏は、ケインズ主義の立場から、これら左右の反ケインズ主義と論戦を行う。
ここで丹羽氏によるケインズの理論とはどういうものか、を示す。
「ケインズ的な政策の中心部分はマクロ的に見て、デフレ・ギャップもインフレ・ギャップも発生しないような最適な水準に総需要を維持し、それによって最適な雇用水準や操業度がもたらされるような生産活動の水準を、マクロ的に保っていくということである。このような狙いで、いわゆる機能的財政主義によって、フィスカル・ポリシー(註 財政政策)を運営し、総需要を調整していこうというわけである」
「機能的財政が有効に総需要管理をなしうるためには、国家財政収支の帳じりは、総需要抑制のためには黒字、総需要拡大のためには赤字であるべきであり、均衡財政に固執するような政策をとってはならないというのが、近代的財政政策の最も重要な基本原理である」
「生産・供給能力を十分に発揮した時に達成されるべき国民総生産、つまり、完全雇用・完全操業水準に対応する国民総生産の額に比べて、実現すると予測される総需要の額がそれを下回り、いわゆるデフレ・ギャップが生じる恐れの濃い年度においては、このギャップを埋めて経済活動を完全雇用・完全操業水準まで回復させるに足るだけ、赤字財政によって経済に購買力を注入し、それとは逆に、前者よりも後者が上回り、インフレ・ギャップが生じる恐れが強い年度においては、このギャップを取り去って需要インフレの発生を防ぐに足るだけ、黒字財政を実施することによって経済から購買力を吸い上げねばならないのである。
いうまでもなく、このような財政政策運営の方式は、ケインズ以後の機能的財政主義の近代的財政政策理論に基づく国民経済予算の考え方である。すなわち、ケインズ的政策は、このようにして自動化されうるのである」
「不況下においては、積極的な財政・金融政策によって総需要の拡大をはかり、逆に景気過熱の状況下では緊縮財政で総需要の抑制をはかる。かくして、デフレ・ギャップもインフレ・ギャップも発生させないようにしつつ、高い操業水準・雇用水準を維持しながら、スムーズな経済発展をはかるというのが、ケインズの分析に裏打ちされて第2次大戦後確立されてきた最も正統派的で妥当・健全な経済政策の原則であったはずである。戦後30年以上にもわたって、全世界の自由経済陣営に繁栄と成長がもたらされてきたのは、このようなケインズ的政策体系のおかげであった」(『復権』)
丹羽氏は、このようにケインズの経済理論の要点を示す。丹羽氏は、ここでサミュエルソンの名前を上げていないが、一般にサミュエルソンの新古典派総合が、戦後の経済政策の体系を確立したとされる。また、ヒックスによるケインズ理論の定式化をもとにしてクラインが発達させた計量経済学が国民経済統計を精緻化し、ケインズ的な政策の立案・施行を裏付けた。丹羽氏の自称「正統派ケインズ主義」による政策は、こうしたケインズ主義の展開を継承したものと見ることができる。
次回に続く。