ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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イスラーム49~西洋文明との関係

2016-04-30 08:41:32 | イスラーム
●イスラーム文明と世界の諸文明の関係

 ハンチントンは、21世紀初頭の世界は一つの超大国(アメリカ)と複数の地域大国からなる一極・多極体制を呈するようになったとし、今後、世界は多極化が進み、真の多極・多文明の体制に移行すると予想した。また特に西洋文明とイスラーム文明・シナ文明との対立が強まり、西洋文明対イスラーム=シナ文明連合の対立の時代が来ると警告した。後者の連合は、「儒教―イスラーム・コネクション」ともいう。このことは、多極化・多文明化する世界において、米国が徐々に衰退する一方、中国が経済的・軍事的な影響力を増すことを予想するものでもある。
 ここで、多極化・多文明化と米中の覇権争いが予想される21世紀の世界において、イスラーム文明と他の主要文明の関係がどのようになっていくかを考察したい。

●西洋文明との関係

 イスラーム文明が歴史的にお最も深い関係を持っている異文明は、西洋文明である。それは、現在から数十年先の将来にかけても変わらない。ハンチントンは『文明の衝突』で、西洋文明とイスラーム文明の衝突の可能性を警告した。これに反論して、トッドは文明は「衝突」せず「接近」するという将来予測を打ち出している。「接近」とはイスラーム文明における識字率の向上と出生率の低下による近代化、さらに脱イスラーム化の進行に基づく現象である。
 私は、長期的な傾向としては「接近」の可能性を認めるが、現状は、むしろヨーロッパへのイスラーム移民の流入により、ユダヤ=キリスト教的西洋文明とイスラーム文明の対立・摩擦が強まっていると思う。ハンチントンは、文明の衝突は文明の断層線(フォルトライン)で起こるだけでなく、文明の内部でも起こると述べた。ヨーロッパでは、文明と文明が地理的空間的に衝突しているのではない。一つの広域共同体の中で、先住の集団と外来の集団が混在し、その間で衝突が起こっている。ヨーロッパにおける主たるフォルトラインは、ある文明に属する諸国と、別の諸国との国境地帯にあるのではなく、都市の街区や学校の教室の中に立ち現れている。国境のフォルトラインで戦争が起こるのではなく、都市のフォルトラインで、爆弾テロが起こる。地理的空間的に展開する軍隊同士の争いではなく、地下鉄や劇場でゲリラが攻撃を仕掛ける。
 実際、イスラーム教過激派によるテロが都市で頻発している。2004年2月、スペインのマドリードの3駅で列車爆破テロが起こり、約190人が死亡した。2005年7月、イギリスのロンドンの地下鉄3か所、バス1台で同時テロが起こり、52人が死亡した。2015年(平成27年)1月のフランス風刺週刊紙襲撃事件や同年11月のパリ同時多発テロ事件等に見るように、文明の違い、価値観の違いによる対立・摩擦は深刻さを増している。これはハンチントンの予想を大きく超えた事態であるし、トッドはパリで、メトロで、コンサートホールで、無差別自爆テロが起こることを想定できていなかった。
 2016年3月18日ベルギーの捜査当局は、パリ同時多発テロの実行犯の一人、サラ・アブデスラム容疑者を、潜伏していたブリュッセル首都圏のモレンベーク地区で逮捕した。ベルギーは、パリ同時多発テロの実行犯グループがテロを準備する拠点となっていた。
 アブデスラム逮捕への報復が懸念されるなか、3月22日、ブリュッセルの国際空港及び地下鉄駅で連続爆弾テロが発生し、34人が死亡し、230人以上が負傷した。ブリュッセルは、欧州連合(EU)の本部があり、EUの首都とも呼ばれる。テロが起こった地下鉄駅は、EU本部に近くに位置する。
 3月22日の連続テロについて、ISILが犯行声明を出した。犯行声明は、正確に空港や地下鉄を標的にしたと指摘した上、「侵略の代償として十字軍連合は暗黒の日々を迎える」とし、ISIL掃討を目指す欧米諸国に対して警告した。
 フランスのオランド大統領は、「狙われたのは欧州全体だ」と語り、EUの連携を呼びかけた。またバルス首相は、「われわれは戦争状態にある」と述べ、国際社会の団結を訴えた。
ヨーロッパにおけるイスラーム文明と西洋文明の衝突は、ポストモダン型の戦争となっている。ISILは、自らが支配する領域への各国の空爆への反攻として、パリ・ブリュッセル等で大規模テロを行っている。彼らの側からすれば遠隔地の敵国への攻撃であり、遠隔地戦争である。そして、その戦争は手段を選ばずに一般市民を大量殺害することを目的としている。ヨーロッパは、その自由と普遍的人権の観念によって、恐るべきテロリストを地域内に抱えてしまった。
 ベルギーのテロは、2015年11月のパリ同時多発テロ事件より、はるかに過激だった。そのテロは最初、原子力発電所が標的だったのである。その動きを察知したベルギー当局が警備を厳重にしたため、都心部でのテロに変えたのだった。もし原発を攻撃されていたら、かつてない大惨事になった可能性がある。今回は、原発テロを未然に防げたが、今後、最大限の警戒・警備が必要である。
 深刻さを増す一方のイスラーム文明と西洋文明の関係は、将来どのようになっていくのだろうか。2009年(平成21年)8月、英『デイリー・テレグラフ』紙は、EU内のイスラーム人口が2050年までに現在の4倍にまで拡大するという調査結果を伝えた。それによると、EU27カ国の人口全体に占めるイスラーム系住民は2008年には約5%だったが、現在の移民増加と出産率低下が持続する場合、2050年ごろにはイスラーム人口がEU人口全体の5分の1に相当する20%まで増える。イギリス、スペイン、オランダの3ヵ国では、「イスラーム化」が顕著で、近いうちにイスラーム人口が過半数を超えてしまうという。
 近い将来、イスラーム人口が過半数を超えると予想されるイギリスでは、第2次大戦後、非ヨーロッパから多数の有色人種が流入した。主な移民は、ヒンズー教の一種であるシーク教徒のインド人、イスラーム教徒のパキスタン人、キリスト教徒のアンチル諸島人である。彼らは当初、イギリス社会に同化する気構えを持っていたが、イギリス人の拒否に会った。イギリスは、絶対核家族を主とする社会であり、自由と不平等を価値観とする。その価値観は、諸国民や人間の間の差異を信じる差異主義の傾向を生む。人間は互いに本質的に異なるという考え方である。移民集団は、イギリスでその差異主義による拒否に出会った。集団によって、それぞれ異なる結果が現れた。受け入れ社会と移民の文化の組み合わせによって、結果が違ったのである。ポイントは家族型の違いにある。
 インド人のシーク教徒の家族型は、直系家族である。彼らにはイギリスの差異主義が幸いし、囲い込みという保護膜に守られた形で同化が進んでいる。しかし、パキスタン人の家族型は、共同体家族である。共同体家族は、兄弟間の平等から諸国民や万人の平等を信じる普遍主義の傾向を持つ。世界中の人間はみな本質的に同じだという考え方である。この普遍主義とイギリスの差異主義がぶつかり、パキスタン人は隔離された。これに対しもともとイスラーム教スンナ派であるパキスタン人は、宗派の異なるイランのシーア派の活動組織と結び、イスラーム教原理主義に突き進んだ。
 イギリスの差異主義と衝突したイスラーム系移民の一部は過激化し、ロンドン等の大都市で、無差別テロ事件を起こしている。また、イギリス社会では、シャーリア(イスラーム法)の導入を巡って摩擦が起き、一つの社会問題となっている。イスラーム系移民の人口は、年々増加している。その過程で、イギリスの社会には、かつて欧米諸国が体験したことのない質的な変化が起こるだろう。
 イギリス以上にオランダの状態は深刻である。イギリス、ドイツ、フランスにおける移民の人口比は7~9%だが、2010年(平成22年)現在でオランダは10%を大きく超え、20%に近くなっている。オランダは、EUの加盟国以外の外国人にも、地方参政権を与えている唯一の国である。オランダは、この地方参政権付与によって、大失敗した。イスラーム系移民は、オランダ人とは融和せず、都市部に集中して群れを成して居住する。アムステルダムなどの都市部では、彼らが形成するゲットーにオランダ人が足を入れようとすると、イスラーム系住民は敵意を燃やして攻撃する。そういう険悪な状態に、オランダ人も危険を感じるようになった。特に新たに流入したイスラーム系移民たちの暴力、犯罪や組織犯罪が目立ってくると、関係は悪化した。国内に別の国家が作られたような状態となってしまった。人口全体の20%というのは、こういう社会になり得るレベルということである。
 欧州連合(EU)では2014年(平成26年)からイスラーム文明諸国からの難民・移民の流入が急増している。シリアの内戦やアフガニスタン、リビア等の混乱が原因である。2015年11月のパリ同時多発テロ事件後、ヨーロッパの相当数の国々で、こうした難民・移民を本国に帰そうとする動きが起こっている。EUは、2016年3月トルコと密航した難民・移民らのトルコへの送還などの措置で合意した。これらの政策変更によって、イスラーム文明諸国からの難民・移民の流入に一定の制限・抑止が働くだろう。だが、既にヨーロッパには、1000万人以上のイスラーム移民が定住している。今後、そうしたイスラーム移民の多くがヨーロッパ文明に同化するのか、それとも同化を拒否するイスラーム移民がますます対立的闘争的になって文明の「衝突」が深刻化するのか。この問題は、ヨーロッパ文明の運命に関わる大問題である。
 私は、前者つまりヨーロッパ文明への同化よりも、後者つまり文明の「衝突」の深刻化の可能性の方が遥かに高いと考える。かつて第1次世界大戦後、オズワルド・シュペングラーが『西洋の没落』を書いたヨーロッパは、第2次大戦後は、イスラーム教徒という「月と星の民」を多く受け入れることで、没落の道を覆う夜の闇を深くしている、と私には見える。
 ヨーロッパにおけるイスラーム教徒によるテロについて、わが国では、世俗主義・政教分離を強制するからムスリムが屈辱感を感じてテロが起きるという見方がある。だが、池内恵氏は、次のように指摘する。「ベルギーは政教分離を強制するどころか、移民集団の自由に任せ、放置してきた。それなのに(だからこそ)テロが起きている。なお、植民地主義の過去もなく、人道主義で意図的に移民・難民を受け入れてきた北欧ですらテロが起きている、ということも深く受け止めましょう」と。すなわち、移民コミュニティを放置してもテロが起きる、ホスト社会に統合しようと思想信条に介入してもテロが起きる。それが、ヨーロッパの深刻な現実である。
 トッドは、フランスが取るべき移民政策として「率直で開かれた同化主義」を説くが、移民の数が増大すれば、ある段階からその政策は機能し得なくなるだろう。どこの国でも移民の数があまり多くなると、移民政策が機能しなくなって移民問題が深刻化する、その境界値は人口の5%と私は考える。ヨーロッパが自らの西洋文明を守るには、各国で移民の規制をする必要がある。移民を合法的手段で強制的に本国に帰国させる方法があるし、人口の何%以内と上限を定める方法もある。ヨーロッパは、早くそうしないと手遅れになる。西洋文明だけでなく、イスラーム文明の人々にとっても、不幸な結果になるだろう。
 その点、米国の場合は、人口に対するイスラーム教徒の割合は、現在のところ約1%であり、2050年の時点でも約2.1%と予想されているから、ヨーロッパにおけるほど米国内の問題は深刻化しないだろう。しかし、政府による国家間においては、もはや米国とイラク、シリア、イラン、アフガニスタン等の関係が、それぞれ抜き差しならない関係となっている。今後もイスラーム文明との外交は、米国の対外政策において重要な位置を占め続けるだろう。特にイスラエルとの関係とイスラーム教諸国との関係のバランスのとり方がますます重要になっていくだろう。また、イスラーム文明にとっても、米国との関係は一層重要性を増すだろう。その際、世界的規模で米国と覇権を争う中国が中東外交を強化しており、イスラーム文明は、米中の覇権争いの舞台となる。
 先にEU内のイスラーム人口が2050年までに現在の4倍にまで拡大するという『デイリー・テレグラフ』紙の調査結果を記した。人口全体に占めるイスラーム系住民は、現在の移民増加と出産率低下が持続する場合、2050年ごろには20%まで増える。イギリス、スペイン、オランダの3ヵ国では、近いうちにイスラーム人口が過半数を超えてしまうと予想される。
 帝国の中心部(メトロポリス)に、周縁部(ペリフェリ)から移民が流入し、やがてその移民が帝国の運命を左右する。これは古代ローマ帝国で起こった出来事である。周縁部からゲルマン人が流入し、ローマ帝国は大きく傾いていった。帝国中心部の経済力・軍事力を、周縁部の生命力・人口力が徐々に凌駕していく。かつて古代ゲルマン人がヨーロッパ先住民族を圧倒したように、今度はイスラーム教徒が現代ゲルマン人を圧倒していくことが起こりかねない。古代ローマ帝国は部族的信仰を持つゲルマン人をキリスト教に改宗させ得た。それが、キリスト教的なヨーロッパ文明を生んだ。しかし、今日の西洋文明には、イスラーム教徒をキリスト教に改宗し得る宗教的な感化力は存在しない。世俗化の進む欧州諸国では、熱烈な異教徒を信仰転換できる宗教的情熱は、みられない。近代化・合理化は、他の文明から流入する移民の価値観を変え得る。だが、人々が宗教に求める人生の意味、魂や来世の問題については、何ももたらすものがない。イスラーム教はその信徒に近代化・合理化の進む西洋文明がもはや与え得ない宗教的な安心感を与えているようである。そのため、増加するイスラーム教国出身者及びその子孫がそのままイスラーム教の信仰を続け、逆にキリスト教徒をイスラーム教に改宗させる事例が増えていくことが予想される。
 『デイリー・テレグラフ』紙の調査によればイギリス、スペイン、オランダでは人口の過半数がイスラーム系移民になっていく。彼らの人口が増大する過程で、それらの国々の社会には、かつてどの国も体験したことのない質的な変化が起こるだろう。これと並行して、他のヨーロッパ諸国でも、イスラーム系移民の流入・増加による変化が、様々な形で現れるだろう。白人種・キリスト教のヨーロッパ文明から、白人種・有色人種が混在・融合し、キリスト教とイスラーム教が都市部を中心にモザイク的に並存・対立するヨーロッパ文明への変貌である。このまま進めば、やがてユーラシア大陸の西端に、「ユーロ=イスラーム文明」という新たな文明が生息するようになると思われる。ヨーロッパの人々が、それを避けようと欲するならば、早い段階で移民を規制する政策に転換すべきである。

 次回に続く。

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