ほそかわ・かずひこの BLOG

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ユダヤ76~ユダヤ人マルクス主義者によるフランクフルト学派

2017-07-16 08:46:15 | ユダヤ的価値観
●ユダヤ人マルクス主義者によるフランクフルト学派

 ワイマール時代のドイツで1923年、フランクフルト大学に「社会研究所」が設立された。出資者は、ユダヤ人富豪の跡取りだった。当初、研究所の名称を「マルクス主義研究所」とする案があった。そのことに表われているように、この研究所は、ルカーチを先駆とする西欧マルクス主義の研究機関であった。代表的なのは、マックス・ホルクハイマー、テオドール・アドルノ、ウォルター・ベンヤミン、エーリッヒ・フロム、ヘルベルト・マルクーゼ、ユルゲン・ハーバーマスらである。彼らがフランクフルト学派と呼ばれる。左記のうち、ハーバーマス以外はユダヤ人である。
 1931年に哲学者マックス・ホルクハイマーが、研究所の所長となった。彼は、哲学と経験的個別科学との学際的研究を組織した。彼のもと、哲学者、社会学者、経済学者、歴史学者、心理学者などの共同研究が行われた。ホルクハイマーの理論は、批判理論と呼ばれる。その理論の核心はマルクス主義であり、彼の哲学は弁証法的唯物論である。
 ホルクハイマーは、研究所の共同研究のテーマとして、「権威と家族」を選んだ。彼を含め、研究所の主要メンバーはユダヤ人だったので、ナチスの弾圧の手が伸びてきた。1933年、ドイツ議会は授権法によってヒトラーに独裁権を与えた。すると、ナチスは「国家に対する敵性」があるとして研究所を閉鎖してしまった。
 ホルクハイマーは、やむなく34年にアメリカに移住した。そして、資本主義の牙城ニューヨークで、研究所を再建した。コロンビア大学の社会調査研究所がそれである。ここで「権威と家族」の共同研究は続けられ、36年に『権威と家族』が刊行された。
 この研究は、なぜドイツでファシズムが勝利を収めたか、またなぜユダヤ人の大量虐殺が行われたか、その原因を究明するものだった。ナチスを支持し、反ユダヤ主義に走ったドイツ人には、強い者に服従し弱い者を虐げる性格の者が多かった。こうした権威主義的な性格が作られるには、家父長制家族が大きな役割を果たしていることが報告された。家父長制家族は、父性中心のユダヤ=キリスト教的な西洋家族の特徴である。
ホクルハイマー、アドルノ、マルクーゼは、第2次世界大戦後のアメリカで、若者を中心に大きな影響を与えた。その点は、後に戦後アメリカにおけるユダヤ人反体制思想に関する項目に書く。

●ナチスの心理学的・人類学的・哲学的分析
 
 フランクフルト学派は、マルクスとフロイトの統合を試みた。マルクスとフロイトは、ともにユダヤ人であり、反キリスト教、唯物主義、合理主義において共通している。
 社会研究所のマルクス主義的な社会研究と、フロイトの精神分析とを媒介したのは、エーリッヒ・フロムである。フロムは、フロイトの弟子の一人であり、彼もまたユダヤ人だった。
 ユダヤ人としてナチスの弾圧を経験したフロムは、1941年刊の『自由からの逃走』で、ナチズムの心理的なメカニズムを考究し、権威主義的性格について分析した。権威主義とは、自我の独立性を捨てて、自己を自分の外部にある力、他の人々、制度等と融合させることである。言い換えると、親と子、共同体等の一次的な絆の代わりに、指導者等との二次的な絆を求めることである。このメカニズムは、支配と服従、サディズムとマゾヒズムという形で表れる。そしてフロムは、サドーマゾヒズム的傾向が優勢な性格を、権威主義的性格と呼んだ。
 フロムは権威主義的性格が家庭で作られることを明らかにしたが、その家庭とは、トッドによれば直系家族であり、かつ極度に父権の強いドイツ独特の家庭だった。トッドは、直系家族社会における「排除」が極端な形になったものが、ナチスによるユダヤ人「絶滅の企て」だった、と言う。トッドはこれを「絶滅の差異主義」と呼ぶ。
 トッドは、次のように言う。直系家族の権威と不平等の価値の組み合わせは、「矛盾する二つの願いの共存をもたらす。権威は単一性へ、不平等は差異主義へと導く。還元不可能な差異を感知しながらも、同質性を夢見るならば、可能な解決策として、『異なる』と指名された人間集団の排除を考えるようにならざるを得ない。歴史的危機の局面によっては、こうした論理的過程はその行き着くところ、差異の観念が固着した集団の追放あるいはせん滅にまでいたることもあリ得る」。そして、「これこそナチス問題の核心」だとする。
 一方、フロイトの弟子の一人だが、非ユダヤ人である分析心理学者カール・グスタフ・ユングは、フロムとは別の見方をした。
 第1次大戦の敗戦国ドイツは、同じ白人種の間でひどい扱いを受け、極度に自尊心を傷つけられ、また経済危機による生活困難に陥った。追い込まれたドイツ人は復讐を誓い、他国への敵愾心を燃やした。その結果が、ナチズムの登場となる。ユングはこれを「民族の孤立と求心的秩序による集団化」と言っている。「ヒットラーが政権を握ったとき、私には、ドイツに集団精神異常が始まりつつあることがはっきりわかった」とユングは書いている。ユングはこの集団病理を「集合的憑依現象」「心理的伝染病」とも言っている。ナチスは集団精神異常を示しながら、狂った牙を特にユダヤ人に向け、彼らを激しく迫害した。
 ユングは、無意識には個人的無意識とは別に集合的無意識があると考えた。そして、当時のドイツ人の集団心理の中に、集合的無意識の作用を見て取った。ユングは、人類や民族の集合的無意識は元型的イメージとして現れるという理論を説いた。キリスト教に改宗する前のゲルマン民族の神話には、暴力と闘争に荒れ狂う放浪の神ヴォータンが登場する。ユングは、ゲルマン民族の集合的無意識から現われる元型の一つにヴォータンがあるとし、ヴォータンの元型の働きが、ヒトラーとナチズムに現われたと見た。

 次回に続く。

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