ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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トランプ現象の根底にあるもの~佐伯啓思氏

2017-02-02 09:30:35 | 国際関係
 昨年12月初めのことだが、京都大学名誉教授・佐伯啓思氏は、「米国の「価値」の神話は崩れた 日本は価値の機軸を自問すべきだ」という記事を産経新聞の「正論」に書いた。
 佐伯氏は、トランプ現象の根底にあるものは、「アメリカがこの20~30年掲げてきた価値の欺瞞があらわになった」ということだと言う。
 佐伯氏は、もっとも基底にあるものは、「経済的なグローバリズムと民主的な国家体制の間の矛盾」だとする。氏によると「経済的グローバリズムは、過剰なまでに自由な資本移動や技術移転、利益をめぐる激しい競争によって、国家間においても、地域間においても、また、国内においても格差を生み出した。成長にのれない不満層は、民主政治を通して政府に不満をぶつける。その結果、既存の政治は批判され、政治は不安定化する。この場合、不満層の矛先はグローバル化を推進するエリート層や、仕事が競合する移民へと向けられる」。経済的グローバリズムはアメリカ主導で作り出されたものだが、その「グローバリズムのもつ問題が、アメリカに深く内在する大衆的民主主義によって一気に顕在化した」と佐伯氏は述べる。
 佐伯氏は、もうひとつの背景は、「いわゆるアメリカ民主主義のもつ欺瞞性が身も蓋もなく露呈してしまった」ことだとする。氏によると、「アメリカの民主主義は、徹底した平等主義と人権主義によって支えられてきた。にもかかわらず、実際には、エリート白人層と人種的マイノリティーの間の社会的な境遇は大きく異なっていた。事実上の差別といってもよい。そのことに目をつむりつつ、他方では、逆に「ポリティカル・コレクトネス」が強く唱えられ、表現の自由などといいつつも、差別的発言などは政治的悪としてタブーになってきた。アメリカの民主主義がはらむ、この二重の欺瞞がほとんど限界まできていた」。そして、経済的に不遇を感じる大衆は「「ポリティカル・コレクトネス」の背後に隠されてきた移民やイスラム教徒への不信を一気に露わにした」と指摘する。
 佐伯氏は、このようにトランプ現象の根底にあるものを2点提示したうえで、「アメリカが掲げてきた諸価値の普遍性という神話は崩れ去った」と断定する。
 「アメリカを支えてきたものは、自由な資本主義と人権主義にもとづく民主主義であった。こうしたものをアメリカは普遍的価値とみなして、その世界化をはかってきた」。だが、そのアメリカ的普遍主義がうまくいかなくなっている。「自由な資本主義は、科学技術上のイノベーションと結合してグローバル資本主義を生み出した。人権主義や民主主義の普遍化は、アメリカの国益と結び付きつつ、中東への無謀な介入を生み出した。そして、前者は、中国の経済成長を助けはしたが、アメリカ国内の中間層の没落を招き、後者は、結果として「イスラム国」(IS)を生み出し、中東の混乱はいっこうに収まらない」。「自由な資本主義、科学技術の合理主義、人権主義と民主主義、そして、その普遍性というアメリカが高々と掲げた価値がどれもうまく機能しなくなっている」。そのため、トランプが出現し、「アメリカ・ファースト」を唱えて、アメリカの世界への関与を制限し、国内回帰へと向かおうとしている。だが、佐伯氏は「それで問題が解決するとは思えず、アメリカが再生するとも思えない」と述べている。
 佐伯氏は「アメリカが掲げてきた諸価値の普遍性という神話は崩れ去った」と断じ、日本は「日米の価値観の共有などというより前に、日本はまずは、自らの価値の基軸をどこに置くのか、それを改めて自問すべきなのではなかろうか」と述べている。
 私は、拙稿「人権――その起源と目標」第10章で、佐伯氏が自由主義を根底的に批判していることについて論じた。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion03i-4.htm
 佐伯氏は、20世紀末以降の世界はグローバリズムの拡大によって、各国の経済・社会が不安定になっているとし、「金融の経済」であるグローバル・エコノミーに対して、「労働・生産の経済」であるナショナル・エコノミーの強化が必要であると説く。グローバリズムの進行で人間が大地から切り離され、また家庭・地域・民族・国家が解体されていくのに抗するために、「善い生き方」とは何かを再考し、各国の伝統・文化を重視することを呼びかける。
 佐伯氏は、現在のわが国はデフレ脱却や大規模自然災害への備えを課題とするゆえに、特にナショナル・エコノミーの強化が必要だと強調する。そして、この点から、「日本的価値」の回復を訴えている。「日本的価値」の中核には、「日本的精神」があると説く。
 先のトランプ現象に関する論考で佐伯氏は、「日本はまずは、自らの価値の基軸をどこに置くのか、それを改めて自問すべきなのではなかろうか」と書いているが、その「価値の基軸」は、ここに引いた「日本的価値」であり、その中核には「日本的精神」があるというのが、佐伯氏の主張だと理解される。
 グローバリズムの克服は世界的な課題である。その克服のための道の一つは、それぞれの社会における伝統的な価値の回復である。欧米で起こってるナショナリズムの復権は、伝統的な価値を回復しようとする運動である。だが、伝統的な価値の回復は、超越的な義の信奉を硬直化し、非妥協的なものともなり得る。この点において、わが国に伝わる日本精神は、「和の精神」であり、共存共栄の理法であるから、ナショナルな価値の回復が国際的な正義の構築に貢献できるものとなるだろう。私は、日本精神には、世界的な経済格差の是正、文化的な多様性の尊重、自然環境との調和による共存共栄の世界を実現する原理が潜在していると考えている。
 以下は、佐伯氏の記事の全文。

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●産経新聞 平成28年12月6日

http://www.sankei.com/column/news/161206/clm1612060008-n1.html
2016.12.6 14:00更新
【正論】
米国の「価値」の神話は崩れた 日本は価値の機軸を自問すべきだ 京都大学名誉教授・佐伯啓思

 「トランプ・ショック」から約1カ月がたった。いまだに米国内では反トランプ運動がみられるが、株式市場は予想外の高騰となり(投資家は彼の経済政策に期待する、いわば「隠れトランプ」だったということである)、しばらくは様子見といった状態である。
 トランプ現象の解読や今後の展望は多数発表されているが、ここでは、この現象のもっとも根底にあるものを取り出してみたい。すなわち、アメリカがこの20~30年掲げてきた価値の欺瞞(ぎまん)があらわになったということである。

≪グローバリズムの問題が顕在化≫
 まず、この現象のもっとも基底にあるものは、経済的なグローバリズムと民主的な国家体制の間の矛盾である。経済的グローバリズムは、過剰なまでに自由な資本移動や技術移転、利益をめぐる激しい競争によって、国家間においても、地域間においても、また、国内においても格差を生み出した。
 成長にのれない不満層は、民主政治を通して政府に不満をぶつける。その結果、既存の政治は批判され、政治は不安定化する。
 この場合、不満層の矛先はグローバル化を推進するエリート層や、仕事が競合する移民へと向けられる。そこでこの不満をすくい上げた政治家は大衆(不満層)の歓呼をもって迎えられるだろう。英国の欧州連合(EU)離脱でも同じ構図が見られ、フランスにおける近年の国民戦線とルペン氏への支持も同じ事情が背後にある。
 そして、経済的グローバリズムはまさにアメリカ主導で作り出されたものであった。皮肉なことに、グローバリズムのもつ問題が、アメリカに深く内在する大衆的民主主義によって一気に顕在化したのである。

≪「本音」に火をつけたトランプ氏≫
 もうひとつの背景は、いわゆるアメリカ民主主義のもつ欺瞞性が身も蓋もなく露呈してしまった、ということである。アメリカの民主主義は、徹底した平等主義と人権主義によって支えられてきた。
 にもかかわらず、実際には、エリート白人層と人種的マイノリティーの間の社会的な境遇は大きく異なっていた。事実上の差別といってもよい。そのことに目をつむりつつ、他方では、逆に「ポリティカル・コレクトネス」が強く唱えられ、表現の自由などといいつつも、差別的発言などは政治的悪としてタブーになってきた。アメリカの民主主義がはらむ、この二重の欺瞞がほとんど限界まできていた、ということである。
 トランプ氏は他にあまり類をみない野蛮さをもって、アメリカ人のもっているある種の「本音」に火をつけたのである。経済がうまくいっておればよいが、ひとたび経済的に不遇を感じる大衆が出現すると、彼らは「ポリティカル・コレクトネス」の背後に隠されてきた移民やイスラム教徒への不信を一気に露(あら)わにしたわけである。そもそも「隠れトランプ」ということ自体が奇妙なことである。
 アメリカを支えてきたものは、自由な資本主義と人権主義にもとづく民主主義であった。こうしたものをアメリカは普遍的価値とみなして、その世界化をはかってきた。これらの普遍的価値の世界化が同時にアメリカの国益だとされたのである。そして、しばしば、トランプ氏の登場は、このアメリカ的普遍主義に対して大きな打撃を与えかねないといわれる。
 しかしそうではなく、そもそもアメリカ的普遍主義がうまくいかないがゆえに、トランプ氏が登場したのである。自由な資本主義は、科学技術上のイノベーションと結合してグローバル資本主義を生み出した。人権主義や民主主義の普遍化は、アメリカの国益と結び付きつつ、中東への無謀な介入を生み出した。そして、前者は、中国の経済成長を助けはしたが、アメリカ国内の中間層の没落を招き、後者は、結果として「イスラム国」(IS)を生み出し、中東の混乱はいっこうに収まらない。

≪日本は基軸をどこに置くか≫
 これが現実なのである。自由な資本主義、科学技術の合理主義、人権主義と民主主義、そして、その普遍性というアメリカが高々と掲げた価値がどれもうまく機能しなくなっているのである。
したがって、トランプ氏が「アメリカ・ファースト」を唱えて、アメリカの世界への関与を制限し、国内回帰へと向かうのはわからなくはない。しかし、それで問題が解決するとは思えず、アメリカが再生するとも思えないのだ。
 トランプ氏は、大規模な公共投資や減税、金融市場の規制緩和などで経済を成長させる、というが、それはまったく未知数である。世界から撤退するかのようにいいながら、ISの殲滅(せんめつ)や軍事力の増強を主張し、強いアメリカの構築という。現状では、彼の信条がどこにあるのかは不明である。
 確かなことは、アメリカが掲げてきた諸価値の普遍性という神話は崩れ去ったということだ。ということは、日米の価値観の共有などというより前に、日本はまずは、自らの価値の基軸をどこに置くのか、それを改めて自問すべきなのではなかろうか。(京都大学名誉教授・佐伯啓思 さえきけいし)
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関連掲示
・日本精神に関する拙稿は、下記のページをご参照下さい。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion04.htm