ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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トッドの人口学・国際論6

2009-08-22 08:47:47 | 文明
●移行期の危機に、家族の伝統的価値を再確認

 伝統的社会から近代的社会への移行期の危機には、国内的側面と対外的側面がある。まず国内的側面から見ていこう。
 トッドは、先に書いた家族理論に基づき、近代化の過程で現れた西欧の様々な社会思想には、家族構造に特有な価値観が反映していると指摘する。そして、これらの社会思想は、近代的な社会への移行期のイデオロギーとして表われ、国内に政治的不安定をもたらす。
 移行期の危機への反応について、トッドは、次のように言う。
 「移行期危機は初期段階では人類学的価値をヒステリー化する。近代性の伝統離脱は、家族の伝統的価値をイデオロギー的形態で再確認するという反応を引き起こす。移行期イデオロギーがある意味ではいずれも原理主義的であるのはそのためである。どれもが自覚的もしくは無自覚的に、過去への執着を再確認する」
 伝統的価値をイデオロギー的形態で再確認するという反応は、近代化の発祥の地・イギリスに始まった。私見によると、イギリスでは、伝統的共同体が解体し、市民社会が形成される過程で、家族の伝統的価値が再確認された。イングランドでは、近代化する以前から核家族が家族型だった。核家族の中でも、絶対核家族と呼ばれる型である。
 絶対核家族では、親子は自立的であり、子供は成人すると親から独立する。遺産は、親の遺言に従って分配され、兄弟の平等には無関心である。社会における基本的価値は、自由である。平等には重きを置かない。その価値観をもとに、イギリスでは、自由主義や個人主義が発達したと説明される。

 私は、トッドの理論は、どうしてイギリスの自由主義が個人を尊重しながら身分制を否定せず、格差を固定したか。どうして先進国イギリスの自由主義がフランスに入ると、自由と平等をともに求める思想に急進化したのか。どうして後進国ドイツでは、英仏流の価値観に対抗する思想が発達したのか等の問いの解明に、有効なものと思っている。
 トッドは、家族の伝統的価値の再確認という反応は、共産主義においても同様だと言う。
 「たとえば共産主義のように激烈に近代的であると自称している場合も、それは変わらない。ロシアにおいては単一政党、中央集権化された経済、さらにはKGB(国家保安委員会)が、伝統的農民家族が果たしてきた全体主義的な役割を引き継いだのである」と。
 この点でもトッドの見方は、どうしてロシアで西欧的共産主義が一党独裁的・個人崇拝的な思想に変質したのかという問いの解明に有効だと私は思う。

●危機は一時的、その後、リベラル・デモクラシーが普及

 移行期の危機は、国内的側面とともに、対外的側面もある。トッドは、対外的側面について、次のように言う。
 「伝統的社会はいずれも、識字化という同一の歴史の動きに引きずられていく。しかし移行期は諸民族・諸国民間の対立を劇的に強調する。そこでフランス人とドイツ人、アングロ・サクソンとロシア人の間の敵対関係は最大限に達する。それぞれがイデオロギー的形式の下に、己の本来の人類学的特殊性を、こういって良ければ、がなり立てるからである」
 フランス人とドイツ人、アングロ・サクソン人とロシア人の間には、家族型や基本的価値観の違いがある。移行期の危機にある社会は、それぞれ自己の伝統に基づく価値観を強調し、他者の価値観を排斥する。普遍的人権思想とナチズム、自由主義と共産主義の対立は、移行期の危機における対外的反応の相互作用と考えられる。
 こうした対立が強く現れた場合は、戦争となる。ヨーロッパにおいては、ヨーロッパ全体が近代化される過程で、何度も戦争が繰り返された。戦争は拡大し、第1次世界大戦、次いで第2次世界大戦へと大規模化した。自由主義、社会主義、共産主義、ファシズム、ナチズム等が激しくぶつかり合った。それを経て初めてヨーロッパは、協調と統合への道に進んだ。

 トッドは、伝統的社会から近代的社会への移行期は、一時的な局面であり、移行期における社会現象は、「この局面が終わると、危機は鎮静化する」と説く。そして、移行期のイデオロギーが後退した後に普及するのは、デモクラシーだとする。
 トッドは言う。「どの人類学的システムも、時間的なずれはあっても並行的に、識字化に由来する個人主義の伸長という同じ動きによって手を加えられる、ということが徐々に分かって来ている。デモクラシーへの収斂の要素がついに出現するのである」と。
 トッドの言う「デモクラシー」とは、個人の意識が発達することによる自由主義的な民主主義、リベラル・デモクラシーのことである。社会主義、共産主義、ファシズム、ナチズム等の移行期イデオロギーは、やがて後退し、自由主義的民主主義が普及するというのが、トッドの主張である。

 次回に続く。